10センチ

「ね、前向いて」
カカシの低い声のささやきに、イルカの身体がビクと反応する。耳元で囁くためにカカシの熱はイルカの最奥へ押し込まれ、じくじくとした感覚に思わずイルカは声を漏らした。不覚にも中でカカシをぎゅう、と締め付けているのが分かる。誘うそうに強請るように。それが丸で女のようで、恥ずかしくて、イルカは息を漏らしながら、唇を噛んだ。
囁いたカカシの言葉。それが聞こえていたけど、イルカは答えなかった。答えなければ、聞こえなかったと流してくれると思ったけど、そうはいかなかった。
「イルカ」
聞こえていると知っている。カカシは名前だけを呼び、緩く腰を動かしながら、イルカの答えを待つ。
イルカは、答える変わりに首を振った。解かれた黒い髪が肩から落ち、健康的な肌に浮き立つうなじに、カカシは誘われるようにその肌に唇を落とした。ちゅ、ちゅ、と音を立てキスをして吸いつく。しつこいくらいに舐められる。
獣のような格好でカカシに自分の奥深くに身を埋められているのに、それよりも、カカシに言われた言葉に羞恥心を煽られた。
一番奥まで貫いたまま、カカシは腰をゆらゆらと動かす。もっと強い刺激が欲しくなって、イルカは自分でも腰を振った。
「このまま...もっと、して」
カカシは答えなかった。代わりにイルカの腰を大きな掌が掴む。そこからがつがつと奥を激しく付き入れる。欲していたものを与えられ、イルカは淫らに声を漏らす。シーツをぎゅっと掴んだ。



シャワーから上がってきたカカシは不機嫌だった。いつもならシャワーを上がってもべたべたしたがり、子犬のように甘えたりもするのに。
「先上がったよ」
なんて言葉を呟くように、イルカの顔を見ずに言うと、カカシはがしがしとタオルで銀色の髪を拭いて、キッチンに向かった。
冷蔵庫を開けミネラルウォーターのペットボトルを取り出す。蓋を開け、喉を鳴らせて飲んだ。
頭にかけたタオルが肩に落ちる。シャワーで濡れた髪は銀色が強く増しながら透明感も見え、それはイルカが好きな色で。
その透明感のある毛先から水滴がぽたりと落ちるのを目で追っていると、カカシがこっちに振り返った。
目が、合う。
「シャワー、浴びてきたら?」
ニコリともしないで言われ、イルカはただ頷くしかなかった。素直にベットから身体を起きあがらせ、浴室に向かった。

シャワーを浴び、リビングに顔を出すとカカシはいない。寝室で服を着込んでいた。
「カカシさんご飯、食べてくって言いましたよね」
聞けば、目だけこっちに向けた。ベストのジッパーを引き上げ堅い音が部屋に響く。
「やっぱ、いいです」
「任務ですか」
カカシに首を振られ、イルカは眉を寄せた。さっきから不機嫌なのは知ってはいたが。食べていくって言って、色々用意してあるのは、さっき冷蔵庫をカカシが開けた時点で知っているはずだ。

「だったら、何でそんなに怒ってるんですか」

それはカカシが苛立つに十分な台詞だった。
ただ、今の自分の気持ちをどうぶつけたらいいのか、カカシは開こうとした口を閉ざす。苛立ちよりも悲しい気持ちが沸き上がってきていた。
「別に怒ってませんよ。...ああ、思い出しました。短期の任務です」
態とらしいと、自分でも思った。自分の気持ちが直ぐに収まるとも思えない。嘘をついてでも数日、距離と取りたい。それは自分の素直な気持ちだった。
率直に距離を置きたいと言えばいいのかもしれないが、イルカの性格上、そのまま受け入られ、変に誤解されるだけだけは避けたい。
ただ言った言葉では、丸でそれはイルカを煽っているのと同じだと、知っている。でもその言葉を選んでしまっていた。
予想通り、イルカの目つきが変わった。何か言いたげな顔を見せるが、そのカカシ好みのふっくらとした唇を結ぶ。そこから、薄く開いた。
「...そうですか。お気をつけて」
ふいと身体ごと向きを返られる。
苛立ちと悲しさが混じりながらも、イルカの背中は妙に寂しそうで、背中から抱きしめたくなる。カカシはその気持ちを振り払うように口布を元の位置に戻すと、額宛を結び部屋を出た。

イルカの部屋を出て半時もないない内に呼び出しがかかった。
極秘に言い渡される短期任務。
ついていない。
イルカに誤魔化そうと言ったことだが。内心嘆息しながらも、安堵していた。仕事に没頭したい。そう、何も考えたくない。
カカシは他の上忍と共に里を後にした。

イルカとのセックスはいつもうしろ。
最初が悪かったのかもしれない。階級差はあるものの、イルカとはナルトの繋がりから、会話が増え、酒を酌み交わす間柄になっていた。程良い距離感でイルカも自分に接し、自分も同じくそれに合わせる。
じりじりとした気持ちは芽生えていたが、カカシは我慢していた。
イルカに嫌われたくなかったから。
それだけで、自分の気持ちを押し殺して、これからもずっとそのままでいるつもりだったのに。
ある晩、いつものように店で酒を飲んで、その流れでイルカの家に招かれた。たまにある事だった。イルカは気分良く酔っていた。酒屋の店主にもらったんです。と、嬉しそうに一升瓶を見せられ、それを水割りにして飲んで。
手が触れ、視線が絡み合って。
そこからは、夢中になっていた。許された、と言う気持ちから一気に箍が外れた。気が付いたら、イルカに覆い被さり腰を打ち付けていた。
字の如く、けだもののように繋がり。イルカを何度も貪った。
曖昧なまま始まってしまったからなんだろうか。なりゆきのように関係をもったからなんだろうか。
イルカはうしろからしか、許してくれない。
こうして肌を重ねるのに、特別な思いを抱いているのは、自分だけなのかもしれない。
それは決定的な胸の痛みだった。
「顔を見たい」
数日前、初めてそうカカシは口にした。
イルカは、背を向けたまま。駄目です、と言った。行為に没頭するような熱の籠もった声で。
そう言われると思ったけど、はやりカカシは傷ついた。
顔を見るだけなのに、何がそんなにいけないのか。
なんでなのか、聞きたいのに聞けない。
どうして俺に身体を許したのか。
本当は、自分じゃなくとも、誰でもいいのか。
そう口にしたら、終わってしまう気がして、怖くて口に出来ない。
恋人みたいに一度でいいから繋がってみたいのに。それをイルカは求めていない。
一方通行な気持ち。
女々しい。こんな気持ちが自分にあるなんて。
それが、少しずつ苛立ちに変わるのは時間の問題だった。


それで、あれだ。
カカシはため息を零した。
数日里を離れていても、結局考えるのはイルカの事ばかり。こんなに考えてしまうのに、イルカはきっと仕事や生徒の事で頭が一杯なのだろう。
働くイルカの姿も彼の好きな理由の一つなのに、今やその気持ちも嫉妬心で覆われてしまっている。
5日離れた里に戻り、カカシは報告を済ます。
建物を出て、イルカの家に身体が自然に向かっていた。あんな別れ方してイルカの家に行けるわけがない。
カカシは口布の下で苦笑いを浮かべる。
誰も居ない自分の家に帰るのも気が引けた。
肌を重ねたい。誰でもいい。
当てもなく繁華街に向かって足を向けて歩く。
「あら、カカシ」
その声にカカシは視線を上げた。
記憶にある。同じ上忍で何回か身体の関係があった女。
「任務だった?」
そんな空気を纏っていたのだろう。すぐにそれに気が付き、女が赤い唇の端を上げた。
カカシの横にくると、するりと腕を絡ませる。上目遣いでカカシを見上げる。大きな亜麻色の目。
その目で言われる事は至ってシンプルだ。
(ま、いっか)
カカシは深く考えたくなく、ぼんやりその目を見つめ返しながら思った。

結局、女の家に泊まった。数日休みをもらっていたから、言われるままにそのまま女の家に泊まる事にした。
家に帰ればきっとイルカの事で頭が一杯になる。それが嫌だった。
夕食を外で食べようと誘われ、繁華街に向かう。
ふと聞こえる声。
中忍数人飲んだ帰りだろうか。赤い顔して楽しそうに、大きな声で笑いながら歩いている。
その中にいるのは、見間違えようがない。イルカがいた。
イルカの目がカカシを捉える。
黒い目は驚きに見開かれる。
イルカの性格上分かりやすいほど顔に出してしまうのは、知っていたが。カカシはそれに酷く動揺していた。
中忍の輪の中から、一人背を向け歩き出したイルカの後を、カカシは思わず追っていた。

忍びの特性も生かさず歩いていただけのイルカは、すぐに捕まる。
カカシに掴まれた腕をイルカは振りほどいた。
薄暗い路地裏で、イルカは振り向く。
「何で追いかけてくるんですか」
「何でって、イルカ先生が逃げるからでしょ」
言えば、イルカはカカシを睨み、何かを言おうとしたが、唇を結んだ。刺々しい空気が流れる。
間を開けてから、イルカは唇を開いた。
「...だって...任務だって、聞いてのに...里に居ないと思ったから、驚いたんです」
「ええ、数日前に終わりましたよ」
「だったら...っ」
カカシの言葉にそう言い掛けて、イルカはまた咄嗟に口を噤む。
「だったら、なに?あんた俺に出てけって言ったじゃない」
イルカは黒い目を開いた。
「言ってませんっ」
そんな目をしていたくせに。カカシは眉を寄せた。
「でも残れとも言わなかったじゃない」
イルカもぎゅっと眉間に皺を寄せる。
「帰ってきたなら...」
また言い掛けて迷っているような表情。カカシはじっとその顔を見つめた。
「帰ってきたなら、なに?何を迷ってるわけ?」
言っても苦しそうな表情になるだけで口を閉ざす。予想通り、自分の好きな黒い目は困窮するばかりで。
イルカに、顔を近づけた。
「言えるわけないよね。こんな10センチの距離でさえ、あんたは迷ってるんだもんね」
小さく笑いを零す。挑発するかのようなカカシの笑みに、イルカはまた眉を寄せる。
「あんたはそれをのぞ、んむっ」
望んでるんでしょ、と言い掛けた言葉はイルカの唇によって塞がれていた。口布の上から。
目を見開くカカシに、イルカは唇を浮かせ、口布を引き下げる。薄く開いたままのカカシの唇に自分の唇を押し付けた。何度もキスを重ね、舌を割り込ませてきたイルカの熱い舌を、久しぶりに感じる。
驚きに身体が一瞬固まったが、煽られ、本能的にカカシも舌を絡ませようとした時に、引き抜かれ、唇は離される。
紅潮した頬のイルカを呆然と見つめるカカシに、イルカは口を開いた。
「家に来てください」

どちらが何を言うわけでもなく、二人でベットになだれ込んだ。服を脱ぎながらキスを重ね、熱い吐息さえ交換するように唇を重ねる。
イルカの肌が恋しかった。カカシは服を脱ぐとその少し汗ばんだ、健康的な肌に唇を落とす。鎖骨が浮かぶ薄い肌に吸い付き、赤い痕を残した。一度だってやらなかった、やってはいけないと思っていた。でも、イルカはそれを許すかのように、カカシの頭を腕で抱きしめた。
カカシの指は入くべきところに向かう。最奥を指の腹で確かめるように擦りながら、指を潜り込ませる。既にしっとりしていて、誘うような質感に、カカシは思わず喉を上下させた。
指が2本に増えたところでイルカの鼻にかかった嬌声が部屋に響く。
指を引き抜いた時、イルカの腕がぐい、とカカシを布団の上に押し倒した。
「.....?なに、」
突然の動きにカカシは目を丸くする。何をしようとしているのか。予想がつくが信じられない、とカカシは目を見張った。
「俺が、こうしたいんです」
イルカがカカシにのしかかったまま火照った顔で唇を重ねてくる。自分から。
ちゅくちゅくと音を立てながら舌を絡ませ、やがて唇を離すと、イルカが腰を浮かす。不安そうなイルカの表情に、カカシは優しく微笑んだ。
「大丈夫。...ゆっくり...息を吐いて」
言えば、薄っすらカカシに微笑みを返す。
カカシはイルカの腰を抱き、自分にまたがったままのイルカを見上げた。イルカはゆっくりと腰を下ろし、カカシの熱を飲み込んでく。
「....ん....ふ..ぅ....」
圧迫感からか、イルカ初めての体位に苦しそうに眉を寄せた。自然、カカシの息も上がる。
最奥まで飲み込むと、イルカは短く息を吐き出した。そこからイルカは腰を動かし始めた。
苦痛を感じているのか、気持ちいいのか、何かを堪えるように唇を噛むイルカを、カカシはぼおっと見上げた。
初めて見る、繋がったままのイルカの顔。いつもと、全然違う。想像してたより、ずっと、可愛い。
こんな可愛い顔をずっとしていたんだ。
そう思うと、胸が苦しくなり、顔が緩む。カカシは必死で動かしているイルカの腰をぎゅっと掴んだ。
「可愛い...」
呟きながら、下から突き上げると、イルカは声を上げ、ぐっと眉を寄せる。顔を横にそむけた。
「見ないで....っ」
「何で?こんなに可愛いのに...?」
そう言っても、イルカの眉は元に戻らない。怒ってるのだろうか。何故自分はこんなに嬉しいのに。イルカは嬉しくないんだろうか。
また悲しい気持ちがカカシの心にじわりと広がる。
ゆらゆらと腰を揺らしながら、耐えるような表情のイルカを見つめる。
「....やっぱり...しい、っ」
カカシが突き上げる度に目を潤ませながら、呟いたイルカに、何を言ったのかと目を細ませれば、
「だから、はずかしっ、い、んですっ」
ぎゅ、と中を締め付けられ、カカシは射精感に耐えるように、眉根を寄せた。
そこから、イルカの言った言葉が頭に入る。
恥ずかしい。
何が恥ずかしいのか、理解出来なくて。それでもカカシは突き上げる度にイルカは切なそうな顔をする。
薄く開いた唇や紅潮した頬や、伏せられた瞼も。全部、可愛い。
それなのに、動かす腰の動きがいやらしくて。
カカシは恍惚としながらイルカを眺めた。イルカの腰を掴み直すと、激しく突き上げる。
もっと、もっと見たい。
「カカシさ、...っ、やめっ」
「無理...」
欲望のままにカカシは奥を掻きまぜるとイルカはまた喘ぎ赤い唇から甘い声を漏らす。
イルカ視線とぶつかった時、潤んだ目に背中に痺れが走る。初めての感覚で、カカシは誘われるように腰を強く突き上げる。繋がっていつ部分がきつく締まり、イルカは白濁を放つ。カカシも我慢する間もなく、イルカの中に熱いものを吐き出した。イルカの身体がぶるっと震える。敏感になっている部分をさらに締め付けられ、カカシは短く呻いた。
イルカがぐったりと力を抜いてカカシの上に覆い被さる。荒々しい息を吐きながら、イルカは横に身体を横たえた。
カカシが胸を上下させたまま横を向けば、イルカは腕で顔を塞いでいた。
「イルカせん、」
「恥ずかしいんです」
呼びかけに、またそんな言葉で台詞を遮られ、カカシの胸がぎゅうっとなった。
何がそんなに嫌なのか。
ふと、イルカが腕をずらして、目をのぞかせ、カカシを見た。困ったような表情にも見える。
「俺、酷い顔だったんじゃないですか?」
「え...?」
酷い?何を言い出したのか、カカシは困惑した。
イルカは自分の腕を顔からのけると、口はへの字になっている。怒っているとまではいかないが。はやり、困った顔と言えばいいのか。
「みっともない顔だから、...カカシさんに見られたくなかったんです...」
そこでぎゅうう、と顔を顰める。泣きそうな顔にカカシは慌てた。
「何言ってるの?あんな可愛い顔なのに」
言うと、かあ、とイルカの顔が一気に赤くなるのが分かった。潤んだ目で睨まれる。
「恥ずかしいから言わないでくださいっ」
その恥ずかしがるイルカの子供のような表情に、カカシの胸が締め付けられた。カカシ思わず顔を緩ませれば、イルカはごろりと背中を見せてしまう。
「だからずっと顔見せてくれなかったの?」
背中から優しく抱きしめ、赤くなっている耳元で囁く。イルカの身体がぴくりと反応した。
「そうですっ...だって...今更あなたに、こんな情けない顔なんて見せられなくて」
だからあの格好しか。
そう言われ、嬉しさで胸が一気に暖かくなる。身体の力も一気に抜ける。
「そうだったんですか...俺は、てっきり...」
そこでイルカがこっちに向き直した。
「てっきり、何ですか」
「いや、てっきり、俺の事嫌いでいやいやしてるのかと思ってたんです」
その言葉にイルカの目が大きくなる。何を言ったのかと、言うような顔。そこからむっとした表情に変わった。
「俺は、好きな人としかこんな事しませんっ」
真っ直ぐ、カカシの目を見つめ、はっきりと言う。
今度はカカシが目を丸くしていた。そんなカカシに、ふっとイルカは悲しい目を見せる。
「え、なに、どうしたんですか」
聞けばカカシの胸にイルカは顔を埋めた。
「はっきり言えなくて、すみませんでした。...だから、もう...あの、女の人のところには行かないで...ください...」
消えてしまいそうな声。思わずカカシはイルカを強く腕の内に入れ、きつく抱きしめた。
「はい」
しっかりと伝えるように言えば、イルカは一回だけ頷く。
「言われなくとも、ずっとそうします」
言えば、イルカは顔を上げる。
10センチの距離で嬉しそうに、笑った。


<終>



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