愛があればいいのだ。

「お、偉いねえ。お使いかい?」
八百屋の店主に言われ、ええまあ、とつられるようにサクラは笑った。お使いと言うより自分の為の買い物だけど。そんな事言ったって仕方のない事ぐらい分かっている。だから、お使いにしておけばいい。だって、ほらーー。
頷いたサクラに、予想通り、これおまけね、とリンゴを2つ袋に入れてくれた。
「おじさん、ありがとう」
にっこり微笑んでその袋を受け取る。サクラは八百屋を後にした。
勉強が出来ても、レシピが頭に入っていたとしても、苦手なものは苦手なんだと自分で分かっている。だから、その練習の為にリンゴを数個、買い込んだ。

クナイの使い方で上忍師のカカシに駄目だしされたのは先週の事だ。
チャクラを上手くコントロール出来るようになったのだが、力が弱いからか、標的に深く刺さらない。カカシはサクラの投げたクナイを拾い上げその切っ先を指で触れた。
「ん~、後一息なんだろうけどねえ」
論理的に考えすぎなんじゃない?
カカシに言われて、頭では分かってますと、言おうとしていた事を見透かされ、赤面した。
口を結んで黙ったサクラに、眠そうな目が向けられる。
「ま、器用さも影響するんだろうけどさ」
それは、まるで自分が不器用だって言いたいのか。そんな事ないと顔を上げたら、
「俺はクナイでもリンゴを剥けるな」
言われて内心驚愕し、そう口にしたサスケを見た。
クナイでリンゴを?
料理は母親に習い始めたばかりだが、苦手だった。包丁を上手く使えない時点で、クナイなんかでリンゴを剥ける訳がない。
それなのに、意中のサスケはそれが出来ると言う。なぜか焦りがサクラの胸の内で広がった。
「オレは皮ごと食べるから必要ないもんね」
ナルトの台詞にサスケがだろうな、と小さく呟いた。
そうよ、リンゴは皮に栄養があるって言うし、別に剥かなくたって。
心の中で思うがそれを口に出せない。いつものようにあっけらかんとしたいのに、サスケの器用さに、惚れ直す以上に、自分が情けなくて、ただ、二人の会話を聞いているだけの傍観者になっていた。
「でもオレ、ジャガイモは綺麗に剥けるぜ」
「だったらリンゴもきっとじゃがいも並だな」
「んだと!?」
サスケが鼻で笑い、ナルトが睨んだ。
私だって、練習すれば。
それだけが心の中で渦巻いている。それは心に押し込めて、
「情けないわね、ナルトは。リンゴくらい綺麗に剥けるわよ」
と相づちのようにサクラは笑った。
出来るわけがないのに。
だから、自然笑っても頬が引き攣る。
鳥の鳴き声が自分たちがいる裏山で響いた。カカシがそれを見上げる。緑色の鳥は鳴きながら裏山の反対方向にある演習場へと消えていく。それを見届けたように、カカシが三人に向き直った。
「じゃ、取りあえず今日は解散ね」
ええ、もう終わりかよ。と当たり前のようにナルトから怒号が出た。
「練習、復習、やることはいくらだってあるでしょ」
ため息混じりに言って、それをやり過ごして。カカシは歩き出す。
やるべき事は頭で分かっているのに。自信を無くしたまま、自分の不器用さに自己嫌悪する。
ふと、目の前にクナイが差し出される。顔を上げるとカカシが立っていた。カカシからクナイを受け取る。これ以上駄目だしされたくないと、サクラは俯いた。
「じゃがいもだって、愛があればいいんじゃない?」
その言葉に目を丸くし、顔を上げる。カカシがにこりと笑って、消えた。


サクラはリンゴ抱えて歩く。
カカシに見透かされていた。あの時、顔から火が吹くと思った。
とぼけた風だけど、私の嘘なんて分かってたんだ。
恥ずかしい。
改めてサクラはため息を吐き出した。歩きながら考える。
それに、カカシはああは言ったけど。
その不細工なリンゴを見て、サスケが鼻で笑うのを想像でき、良いわけがないと思い直した。
ナルトはともかく、自分は女なのだ。好きな人に綺麗なリンゴを剥いてあげたいのは、当たり前だ。
サクラは家路を急ぐ。練習だ。練習すれば、私ならきっとすぐに上手くなる。
早歩きで商店街を出て、ふとカカシの顔を思い浮かべた。
そういえば。
あのカカシがあんな風に自分を慰める事なんてなかった。しかも部下の恋路には面倒くさい、の一言を身体から滲み出して、いつもだったら、関わろうともしないくせに。
でもあの一言に救われて、励まされたのは確かだ。
自分が笑っていても、思ったより傷ついていたのを、カカシは分かっていたのだろうか。
ふと屋根の上に鳥が止まっているのが見えた。緑色の小鳥だ。
そこから、カカシがあれから単独任務で怪我をして入院しているのを思い出した。
お見舞いに行こうとしたが、大したことないから明日には復帰出来ると、紅を始めイルカ先生も言っていたから、病院にも行っていない。
しばらく考え込むように小鳥を眺めて。サクラはそこから向きを変え、病院へ歩き始めた。


あの先生の事だから、もう退院してるかもしれないわよね。
そう思ってみて、受付で聞いたら、カカシの病室を教えてくれた。
励ましてくれたお礼に、リンゴをあげよう。
夕暮れの病院の廊下を歩く。一般病棟と忍びは別の階だからか、通る人も看護師以外見かけない。ひたひたと歩いて、一番奥の部屋の前で立ち止まった。部屋の番号を確認する。
ここだ。
私なんかが来たらびっくりするかな。いや、それよりもしかしたら素顔が見れるかも。
カメラ持ってくれば良かったかしら、と思いながら不謹慎だわ、と思い直し。扉を開けようと手を伸ばしたら、看護師が来たばかりだったのだろうか。ドアは少し既に開いていた。
サクラは何気なくそこからひょこと顔を覗かせた。
寝てたら置いてこっそり帰ろうと思っていた。
最初に目に入ったのは見覚えのある後ろ姿だった。高く一つに括った黒い髪がぴょこんと見える。それを見てサクラは内心首を傾げた。
イルカはパイプ椅子に座りながら、カカシのベットに伏していた。目を丸くしてふと視線を横にズラせば、上半身だけ起きあがっているカカシと目があった。
額宛は外してあるが、残念、口布はしてある。
そんな事を考えてみながらも、また改めてイルカに目を戻す。
(....イルカ先生がなんでカカシ先生の部屋に。それに、あれって)
と状況を冷静に判断しながら、カカシの手が寝ているイルカの肩に優しく添えられているのを見て、すぐにその状況に至る理由を把握する。ちなみに、状況判断の把握に秀でていると先日カカシに誉められたばかりだ。
マジで?と思うがそれしかない。
驚くサクラを前に、カカシがふと目を緩ませた。思わず息を呑む。カカシはその右目を弓なりにしながら、嬉しそうに微笑み、立てた人差し指を口元に当てる。
内緒
カカシにそう表情で言われ、サクラはまた息を呑むしかなかった。
自分がカカシとイルカがどんな関係なのか悟ったのに気がついたのだ。
言っちゃ駄目。
そう物語るカカシの目に、サクラは思わず苦笑いを浮かべる。カカシと自分の元教え子が無言でそんな状況になっているとは知らないイルカは、すやすやとカカシのベットに伏せたまま寝ている。
サクラはそのまま首を引っ込めて病室を後にした。

病院から出て、再び家路に向けて歩き出す。
自分たちがカカシの部下になってから、イルカとカカシの微妙な距離感のある、じれったくなるやりとりを見る度に、早くくっついちゃえばいいのに、なんて一人思ったりした事もあったのだが。
(...くっついてたんかい...しゃーんなろ...)
力なく心で呟き、リンゴを抱えなおしながら息を漏らしながら、病室から首を引っ込める時に一瞬視界に入ったものが頭に浮かぶ。
それは、ーーサイドテーブルに置かれていた。
そのリンゴは剥かれて皿にのせてあったが。
間違いなく、イルカがカカシに剥いたのだろう。それは綺麗でもなんでもない、でこぼこに皮を剥かれて切られたリンゴ。
サクラはふふ、と笑いを零した。
そうよね。愛があればいいのよ。
愛らしいじゃがいものようなリンゴを思い出してサクラは頬を染めながら歩く。
(練習、練習っ)
リンゴの入った袋を抱きしめながら家路へ向かった。


<終>