愛のカタチ

カカシさんと俺は仲がいい。
ナルトの上忍師として挨拶したのがきっかけで挨拶する程度から飲みに誘い誘われる事も増えてきた。
こんな俺みたいのにも腰が低くて優しいのは、上忍ではカカシさんくらいじゃないんだろうか。
いや、中忍にもいないかも。
なんて思っていた矢先だったんだ。あんな事言われたのは。

「おいイルカ!」
朝職員室に入った途端、同僚が勢いよくイルカに駆け寄ってきた。まだ鞄を肩にかけたままのイルカの腕を引っ張り廊下に連れ出した同僚に、なんなんだよ、と言えばえらく神妙な顔をずいと近づけた。
「お前、はたけ上忍を振ったんだってな」
小声で言われたイルカは、数秒の間の後、ああ、と応えた。
あっけらかんと応えるイルカに、同僚はさらに眉を顰めた。
「信じらんねえ」
「はあ、何がだよ」
とぼけた口調に同僚の目が見開いた。また距離を縮められる。
「お前・・・・・・何で?何でだよ?あんな仲が良かったじゃねえか。はたけ上忍だってあんなにお前に対して優しくしてくれたって言うのに」
言われて、ため息を吐き出した。
「そんな事はお前に言われなくたって分かってるよ。てか、お前それどこで聞いたんだよ」
やけに早い情報に眉を寄せると、同僚が口を開く。
「そりゃ、本人が言ってたから」
それを聞いてイルカはゆっくりと息を吐き出した。
まあ、言いそうではあるけども。
そんなカカシが想像出来てイルカは視線を斜め横に漂わせた。そこから、そうか、と返事をするとイルカは職員室へ再び足を向ける。
その腕をまた同僚が掴んだ。
「だから、何なんだよ。俺これから支度があるんだけど」
「何だって、お前。いいのかよ」
「・・・・・・何が」
「はたけ上忍」
「だから、」
呆れた顔でまた口を開いた時、予鈴が鳴り始めた。
「あ、やべ」
おい、と止める同僚を無視してイルカは慌てて鞄を肩から下ろすと職員室の自分の机へ向かった。
急いで支度を始める。
いいのかよって。何なんだよ。
責める同僚の言葉が頭に残ったまま。
イルカは教材を手に取りながら僅かに眉を寄せた。

告白されたのは昨日だった。
いつものように夕飯に誘われ、いつものこじんまりした小さな居酒屋で二人で酒を飲んだ。
カカシさんと話していると、楽しくてつい酒も進んでしまう。酔っていつものように子供達の話や、教育とはなんぞやなんて自分の酒癖が出てくるのだけど、カカシさんはそれをにこにこと嬉しそうに聞いてくれた。
カカシさんは酒が弱い。梅サワーを一杯飲んだだけで白い顔が赤く染まる。
食べ物の趣味は合っていて、いつもメニューからいくつか頼んでそれを二人で分けて食べる。カカシさんの勧めてくれるメニューはどれも自分の舌に合うし、美味い。
昨日は鰈の煮付けと茄子の煮浸しとその日のお勧めの刺身を数点、どれも美味かったのを思い出す。
最後に頼んだ梅のおにぎりと蜆の赤出汁は最高だった。
店を出て会計を済ませる時、給料日直前だった事もあり払うと言ったが、カカシさんが、いいから気にしないで、と払ってくれた。
そんな事があるとだいたい給料が出た次の約束に俺が払う事にしている。
でもそんな時に限っていつもカカシさんは、ラーメンを俺に強請る。どうしても食べたいからってカカシさんは言うけど、あれもカカシさんの優しさなんだと分かっていた。

会計を済ませた後、並んでしばらく歩いてすぐ。カカシさんが名前を呼んだ。振り返ると人通りも少なく街頭も少ないその道でカカシさんが、足を止めてこっちを見ていた。
どうしたんですか?
そう聞こうとした時。
「好きです」
カカシさんが口にした。
緊張した顔でじっと見つめられる。
「もし、よかったら。俺とおつきあいしてくれませんか?」
月夜に輝くカカシさんの髪はすごく綺麗だった。カカシさんの緊張が直ぐ近くにいるこっちまで伝わってきたのを思い出す。


「イルカ先生」
名前を呼ばれた。
振り返るとサクラが立っていた。
少し機嫌が悪いのが分かる。
「カカシ先生を何とかしてくださいよ」
またか。
内心うんざりしてため息を吐き出した。ああ、そうだな、と返事をしてイルカが歩き出すとその横をサクラが歩調を合わせ歩き出す。
桜色の頭をぴょこんと出した。
「ねえ、聞いてます?」
「ああ、聞いてるよ」
気持ちをどう察しているのかは分からないが、先生の気持ちも分かるけど、とサクラは小さく呟いた。
「すっごく落ち込んでるんです」
「そうか」
「任務中はしっかりしてはいるんですけど、休憩中とか。もうすっごい暗くて。見てるこっちまで負のオーラが移りそうで」
負のオーラって、と横目でサクラを見ると取り繕うように小さく笑った。そんなサクラを見ながら、カカシのそんな姿が安易に想像でき、イルカが吹き出すと、サクラが非難の目を向けた。
「笑い事じゃないんですって。先生からも何とか言ってあげてください」
「俺からって言ってもなあ・・・・・・」
イルカは視線を少し上にずらしながらまた息を吐き出した。
「振った本人から元気を出してくださいなんて言われても、カカシさん困るんじゃないのか?」
「・・・・・・そうですけど」
それ以上打つ手がないのか、サクラは思案気味に視線を落とした。
「でもまあ、お前の気持ちは分かったから」
そう言えば、サクラはじゃあ、お願いします。と、ぺこりと頭を下げ反対の方向へ走って行った。
その後も、別の同僚や友人。受付に入ればその仕事仲間や報告にくる上忍から声をかけられるのはカカシの話題ばかりで。そしてくノ一からは辛辣な言葉。ナルトにまでどうにかしろと言われる始末。
職員室へ戻ったイルカは、一日溜まった仕事をしながら。自分の席で深いため息を漏らした。
人の噂も七十五日と言うけれど。そのくらいで収まるといいのだが。
一人そこでペンを持ちながらぼんやりと視線を漂わせ、イルカは席を立つ。職員室を出た。

建物の外に出たイルカは、そのままアカデミーの門を出る。
「先生さよならー」
「ああ、また明日な」
声をかけられ、返事をしながらもイルカはカカシのスケジュールを頭に思い浮かべた。
カカシさんは今日は任務はなかったから、緊急で入ってなければ今は里にいるはず。
思い出しながら早歩きで歩く。
商店街やその裏の道から公園。よく二人で行く店にも顔を出してみたがカカシはいなかった。
探しているうちにも日が沈み、まだ明るい空に月が輝き始める。
いつも気がつけば隣にいる人だから。改めて探してみるといないもんだな。
姿が見えないカカシを思ってふと寂しい気持ちになった。
さすがに家に戻っていたらアウトだな。
だって俺、カカシさんの家を知らない。わき上がってしまった寂しい気持ちが溢れそうになり、それを振り切るように、イルカは沈みそうになる夕日を背負いながら足に力を入れ飛んだ。

カカシは。どこに行ったわけでもなく。アカデミーの裏庭のベンチに座っていた。どこか寂しそうに見えるのは気のせいではない。
銀色の髪もいつもよりも草臥れているようにも見える。
それにカカシの横顔を見たら、何とも言えない気持ちになった。
職員室の目と鼻の先だった事に、イルカはため息を漏らすとカカシへ向かって歩き出した。
カカシがイルカに気がつき顔を上げる。
思った以上に気配に気がつくのが遅いカカシに、イルカは呆れ気味に手に腰を当てた。
「ここにいたんですか」
顔を上げてイルカを見上げるカカシにそう言えば、カカシはすごく気まずそうな顔で、はあ、と答える。
「隣、座ってもいいですか?」
聞くと、うん、とすぐにカカシから返事がくる。イルカはカカシの隣に腰を下ろした。
裏庭から見える空は、日はもうすっかり沈み星が瞬いている。
空から視線をカカシに移すと、カカシはイルカを見つめていた。その視線はすぐに外され地面に落ちる。
「カカシさんはこんな場所でなにされてたんですか?」
聞いてもすぐに返事はこなかった。代わりに、
「イルカ先生はどうしてここに?」
俺を慰めにでも来たんですか?
少し拗ねてそう口にしたカカシに、イルカはじっとカカシの横顔を見つめた。
「・・・・・・周りがうるさいんですよ。同僚や上忍の方やサクラやナルトまで」
顔を上げたカカシの眉がぐっと寄った。そこから眉が下がる。
「そうなんだ」
力なく微笑む。その顔を見て、イルカは顔を強ばらせて一回目をそらした。
胸が押しつぶされそうになり、拳に力を入れる。
「イルカ先生・・・・・・泣いてるの?」
言われて自分の目から涙が滲んでいる事に気がついた。
どうしたの?もしかして周りから酷いことでも言われた?心配そうに問うカカシに案外間違いでもないが、違う、と首を振り、濡れた目を袖で拭う。
涙を見せるつもりなんかなかった。だったらここに何をしにきたのかと問われたら、心配だったから。だけど、カカシの顔を見たら、せり上がってくる感情を押しとどめる事が出来なかった。
「だって・・・・・・あんたがそんな顔するから」
強く責める口調のイルカに、カカシは驚きに目を丸くした。
「え、・・・・・・何が?」
「だって、そうじゃないですか。カカシさんはSランクの任務だろうが、どんな過酷な任務でも平然と受け入れて遂行するくせに。瀕死で帰ってきた時だって、病室で笑って俺を迎え入れて。それなのに、・・・・・なんで・・・・・・なんで俺なんかが振っただけでそんな泣きそうな顔するんですか」
「・・・・・・そりゃ先生に振られたから」
「だから!俺ですよ?こんなぱっとしないどこにでもいそうな中忍なんかが振ったぐらいで、もっと、こう、あっけらかんとしてたっていいじゃないですか」
「イルカ先生が好きだから」
再び好きと口にされ、イルカはぐう、と口の中に残っていた言葉を押しとどめると、口を閉じた。頬が紅潮する。
カカシに手を取られた。
「もしかして、断った理由はそれ?」
間近で見つめられる視線に、イルカは堪らず目をそらした。
そうだ。俺は怖かった。
目の前にいるカカシは、男の俺でもうっとりするくらいの美形で、当たり前のように女性から秋波を送られるモテ男で、それでいて話してみたら、すごく誠実で優しくて。だから、怖くなって当たり前だ。
もしカカシの告白を頷いてしまったら。ずっととはいかなくとも、少しは一緒にいれるだろうが。いつか飽きられて捨てられたりするんだったら。
だったら最初からこのちょうどいい距離のまま。この人の友人でいられたら。
それでいいと、思ったのに。
振った時のカカシの顔が。
苦笑いでも浮かべると思ったのに。
今にも泣き出しそうで。
反応が余りにも予想外で。
言葉を失った。
そこから普通に接するのがどれだけ大変だったか。
わかりもしないカカシは、イルカの手を握ったまま続ける。
「そうだよ。俺は死を背にして敵を殺すのも、陥れて殲滅させるのだって動じずにできるよ。それで身体が傷ついたとしても、あなたに振られた時の傷の方が正直痛い」
イルカは目に涙を浮かべながらも思わず小さく吹き出した。
「あ、先生酷い」
「だって、カカシさんがあまりにもすごい事言うから」
言えば、それは先生だって、と、カカシは口を尖らせた。
「それに。仕方ないじゃないですか。俺初めて人を好きになったんだもん」
「え」
「そうだよ。初めて好きになって、初めて告白して、玉砕したの。こんなに辛いもんなんだって初めて知った」
あまりにも意外過ぎてイルカは目を丸くした。
「なに」
「え、だって。意外性だってあいつに言う割には、カカシさんの方が結構意外性持ってるなあって」
「もーイルカ先生酷過ぎ」
「・・・・・・すみません」
申し訳ないと苦笑いを浮かべたイルカをカカシがじっと見つめた。
「じゃあ、もうこの手は離さなくていいって事?」
ぎゅっと握っていた手に力を入れられ、イルカの心臓がドキンと跳ねた。手を力強く握るのに聞き方は弱々しくて。
今更なはずなのに。
俺なんかに。
緊張してるんだもんなあ。
(・・・・・・もう)
イルカは観念したように内心ため息を吐き出した。
「俺なんかでよければ」
「イルカ先生がいいんですって!」
気がついたらカカシの腕の内にいた。
実は、俺は嫉妬深いし、焼きもちやきで、きっとカカシさんなんかよりずっと好きって言う気持ちは大きいんだけど。
分かってんのかな。
そう思うが、先生。好き、大好き、大切にします、とカカシにキスの嵐を降らせられて幸せを感じずにはいられない。

翌日、結局こういう事になりましたと、皆に告げると。心底安堵し、そして祝ってくれた。まあその中には毒を吐くくノ一がいたが。
それもカカシさんと俺への愛と言うことで、有り難く受け取っておこう。
告白するのも愛。
振るのも愛。
愛のカタチは色々なのだ。

<終>