愛されればいい。

 サクラちゃんってば可愛い!
 夏の暑い日に目を輝かせて満身の笑みを浮かべて言ってきたナルトに、私が返したのは軽蔑の眼差しだった。
 だって、全然嬉しくない。落ちこぼれのナルトに言われて何が嬉しいのか。意中のサスケくんにそう言われたら天にも昇るくらいに嬉しいのに。
 なのに、どうして、ナルト。
 暑くてイライラしながら、幼稚な感情をそのままにぶつけてくるナルトに苛立ちしか覚えない。ホントにやめてよね、と言い放ち振り返る事なくそのまま教室を出た。
 だから、その時、ナルトがどんな顔をしていたかなんて、覚えていない。
 イルカ先生!
 どんなに怒られてもイルカ先生の姿を見たら飛びつくナルトを見て、私は内心苦笑いを浮かべていた。単純にただ好きだと言わんばかりに、無条件に受け入れてくれるイルカ先生はナルトにとっては特別な存在だと、深く考えなくともそれは伝わってきていた。
 私もそう。成績が常に優秀なのは陰では一生懸命努力しているからだという事を、知っていてくれる先生が大好きだった。ナルトとは対照的に他人に興味を持たないようにしているサスケくんにも多くの言葉をかけないが、イルカ先生はちゃんと見守ってくれていて。サスケくんが唯一先生と呼ぶのもイルカ先生だけだと言う事も知っていた。
 それぞれに、イルカ先生は特別な存在で。それはアカデミーを卒業しても変わらなくて。
 ただ、ナルトのイルカ先生に対する変わらない感情が、少しづつ変化してきているのだって、気が付かないはずがなかった。
 適わない恋をしているのは私もそうだから、それに踏み込むつもりもなかった。悲しいかな初恋が成就する事がそうそうない事も知っていたから。
 なのに、自分の気持ちが丸で分かっていないナルトは、イルカ先生を見かける度に満面の笑みを浮かべる。自分のものだと言わんばかりに抱きつく。
 カカシ先生にとってもイルカ先生が特別な存在なのだと、気がつく事もなく。
 私たちの元担任としてイルカ先生が挨拶をしたその数日後から、二人が明らかに違っていたのに。
 イルカ先生にだけ甘い目を向けるカカシと。恥じらいながらもカカシに寄り添うイルカ先生が目の前にいるのに。
 
 最低と、何で言ってしまったのか。

 相手のいる前で明らかな答えを求めたナルトが。丸で子供が母親の愛を確認するような事に、卑怯だと思った訳じゃないのに。
 大好きなラーメンを前にして、手を止めて聞くナルトは今にも泣きそうな顔をしていた。
 馬鹿ナルト。ホント、遅すぎるのよ。
 横顔を見つめながら、思わず割り箸を持つ手に力が入る。
 どうせなら、ずっと気が付かなければよかったのに。
 何も知らずにいてくれればよかったのに。
 ただ、好きだという感情だけ。純粋に持っていればよかったのに。
 二人の関係は長くて、長年寄り添ってきた関係が出来上がっていて、割り込む隙はないのよ?もうすぐカカシ先生は綱手様の後を継ぐのよ?
 それが、何を意味するのか。知ってるの?
 冗談に変えて、くだらない事言わないでよ、とナルトの背中を叩くのは簡単だった。
 ナルトの立場で考えれば、ナルトの性格上、聞かずにはいられなかった事も分かるのに。
 冗談に変える事も出来ずに、そして責めずにいられなかったのはーーナルトを二人から突き放したかったから。
 「サクラちゃん」名前を呼ぶその顔には、口には出さなくとも大好きだと、そう書いてあったナルトの面影が、背が伸びてきただけの、何にも変わっていないナルトはずなのに。あまりにも重ならなくて。ただ、胸が痛んだ。
 可愛い笑顔を浮かべた、とろくさいだけの、私を好きだと言うナルトはもういない。今更ながらにそう思ったら、一人で夜道を歩きながら、思わず笑っていた。
「馬鹿よ、ホント」
 呟かずにはいられなくて、勝手に言葉が溢れる。
 それでいて、本当に馬鹿で本当に最低なのは、カカシ先生。
 次期火影にもなろうというカカシの、あまりにも子供じみたあの態度には呆れた。
 誰もカカシ先生からあのイルカ先生をとれるわけがないんだから。
 ナルトにだって無理。だってイルカ先生はカカシ先生にぞっこんなんだもの。だから、あんな言い方しなくても。
 余裕が丸であるようでない。イルカ先生よりも早くナルトに返したカカシ先生の言葉にはほんと呆れる。同じ目をイルカ先生がカカシ先生に向けていたのも知っている。
 だから、今夜はカカシ先生はいっぱいイルカ先生に怒られたらいいのよ。
 いっぱいいっぱい、ナルトの変わりにたくさん叱られて、それでいてたくさん愛されればいいのよ。


<終>
  
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