愛される理由

 最初あの二人を見た時、ふざけてるなあ、と思った。
 だって元々カカシは、あんなに他人を甘やかすような人間じゃなかった。あの整った容姿から好意を寄せられる事が多く、その自分に秋波送る相手の気持ちを知っていながら、どうする事もせずに冷めた眼差しを送るだけで、恋をする相手を面白がり、馬鹿にしているようにも見えた。
 別人だよ、別人。
 私がむくれながらそう言うと、紅は少し呆れを含ませながらも、そうねえ、と微笑むだけ。向けられた眼差しの意味も分からず、期待外れの反応に少しがっかりする。
 待機所でちょっとお茶でもしようと、緑茶と三色団子を持って部屋に入ろうとしたら、見たくもない、いちゃつくカカシとイルカと遭遇してしまったのだから、不機嫌になるなって言う方が無理だ。
 肩を寄せて、イルカをのぞき込むカカシのその距離感と、無邪気な顔で楽しそうに話をするイルカを目の当たりにし、お茶と団子を持ったまま、ねえ邪魔、と思わず口に出ていた。
 私の声でようやくイルカは気配に気がついたのか、顔を上げて私を確認すると、持っていた書類を慌てて抱え直した。仲良くするなら別の場所にしてよね、と追加すると、
「すみませんっ、アンコさん。ちょっと夕飯どこにするか話してたら長くなっちゃって」
 声を上擦らせたイルカが、顔を赤面させた。動作も大きくなっている。
 何を今更、と鼻から息を漏らす私に、カカシはカカシで私の存在を気にも留めずイルカの後に続いて部屋を出ていく。
「じゃあ先生、後でね」
 猫背の後ろ姿のカカシは、イルカに手を振った。
 そのカカシの横顔に、甘いものを食べ過ぎた後の胸焼けみたいな感覚を覚える。それを言葉に出さずとも顔に出したまま、熱い緑茶を口に含んだ。
 カカシとイルカを見ていて感じるのが、甘い、だ。雰囲気とか、目の前でいちゃつかれている事もそうだが、一番に思ったのがカカシはイルカに甘いと言う事。
 もっと年下の可憐とかそんな言葉が似合いそうな女性なら、百歩譲ってまだ分かるけど。
 相手はあのイルカだ。年下であっても、聞けば年は二つしか離れていないと言うし、愛嬌はあるとは思うが、可憐とはほど遠い成人した男。
 そんなイルカに、カカシは甘い。
 酒の席も素面であっても、仲間内で話していると、なんだかんだでカカシの話題の九割がイルカの惚気になっているし、喧嘩した時なんて落ち込みようが酷い。喧嘩が嫌だったらカカシがさっさと謝ればいいじゃん、と言えば、そんな事は分かっている、とカカシに恨めしい目を向けられた。そりゃ俺が謝るのは簡単だよ。でもさ、先に折れる事がいいって事にはならないでしょ。口布の下で口を尖らせながら言う。
 先生はね、頑固なの。自分が悪いって分かっていてもすぐに謝らない。だからさ、あの人が謝れるきっかけを作りたいの、俺は。
 私はそれに目を丸くして、甘くない?と聞けばカカシは短く笑い、他人同士上手くやるためにはそんな事も必要なのよ。そう言った。
 それを思い出しながら、改めてそうかなあ、と思う。
 なんかだんだで、イルカに合わせているのはカカシだって丸分かりで、それにこの前なんて、任務帰りの報告所で、イルカが頭に包帯を巻いているのを見て、驚き目を見開き、イルカに飛びついた。ちょっと酔っぱらってこけちゃっただけなんですって、と言っているのに、カカシは傷の具合を確認する為に包帯を無理矢理に剥がそうとして、むちゃくちゃイルカに怒られていた。包帯を巻いているとかじゃなく、指に傷テープを貼ってあるだけでも、カカシは似たようなリアクションをしていた。それはただ単にスライサーで指もスライスしてしまった、という経緯だったにも関わらず。
 結局、カカシはイルカに甘い。
 団子を頬張り、頭の中で達した結論に自分の中で納得した時、待機所の扉が開き、イワシが顔を見せた。
「すみません。イルカからここにいるって聞いて、」
「ああ、うん。何だった?」
 団子を咀嚼しながら顔を上げると、手に持った資料を手にイワシが近づき、手を伸ばす。団子を持つ腕に、イワシの指が触れた。
「アンコさん、これ痣ですよね」
「これ?」
「ええ、昨日はなかった」
「あー、うん。何だろ。どっかでぶつけただけだと思うけど」
「しっかりしてくださいよ」
 自分でも余り記憶にないのは、任務ではない。分からないんだから仕方ないじゃん。文句を浮かべ顔を上げると、眉を寄せ、こんな事に心配だと言わんばかりの表情を浮かべるイワシが目に入った。
 それを目にした途端。

(・・・・・・あ、)
 
 顔が熱くなった。
 イワシは安堵したように息を吐き出す。
「もう、気をつけてください。アンコさん忍としての才能は認めますが人体感覚はあまり、」
 ・・・・・・アンコさん?
 頬を真っ赤にさせた私に、イワシが訝しむ眼差しを見せる。
 違う。
 これは、違う。
 イワシの顔をじっと見つめながら心で必死に否定する。
 でも、気がついてしまったのだ。
 紅が自分に向けた眼差しの意味と、カカシがイルカを愛し、そしてーー人が愛される理由を。
 






 カカシさんと喧嘩した。
 原因は些細な事だった。
 喧嘩は両成敗だと常々生徒に言ってはいるが、今回は完全に自分が悪かった。
 それでも勢いに任せてしまったまま、その状態を引っ込めなくなってしまい。
 気がつけばカカシさんに背を向けていた。
「で、何日目なの?」
 居酒屋で視線が下向き加減になってきていた時にかかる声。目線を上げると、隣で見透かしたような眼差しを向けるイワシに、ため息が出た。
「何が」
「いや、俺は何日目かって聞いてるの」
 話をはぐらかそうとするのもしっかりバレているのが、何か悔しい。渋々口を開けた。
「・・・・・・三日目」
「何だ、もっと長期戦かと思った」
 ビールを飲みながら軽く笑われ、むっとするがイワシは気にも留めないでまたビールを飲む。
「その顔」
「え?」
「そんな辛気臭い顔してるって事は、十中八九お前が悪いんだろ」
 さらっと口に出された事は的を射ていて、すぐに反論出来なかった。沈黙は肯定と見なされ、目の前の皿にある肉じゃがを箸で摘みながら、イワシはまた笑う。
「イルカさあ、自分の教え子によく言ってなかったか?喧嘩したら原因に関わらず先に謝れって、」
「わーっ、それを言うなっ」
 耳が痛い台詞に思わず両耳を押さえると、当たり前に豪快に笑われ、テーブルに伏したまま、思わず口をへの字にした。
「その姿は流石に子供達には見せらんないな」
「だから言うなってっ」
 お前みたいに俺は人間出来てないんだよ。と言い返すと、隣から呆れた眼差しを向けられた。
「お前が羨ましいわ」
「・・・・・・何が」
 顔だけを上げて問うと、イワシは視線をカウンターへ戻す。
「甘やかされてんなあって、思って」
 思わず伏していた上半身を、起こしていた。
「誰に」
 真面目な顔して再び尋ねれば、今度は酔いに少し顔を赤くさせた俺に、イワシは視線を向ける。
「カカシさんに決まってるだろ」


 俺、ーーカカシさんに甘やかされているのか?
 イワシと別れて一人で夜道を歩きながら、言われた事を考える。
 謝りたいと自分でも思っている。
 そりゃそうだ。そこまで子供じゃない。
 今回だって、カカシさんが我が儘言うからつい熱くなって、売るつもりもない喧嘩を売ってしまった。
 喧嘩するつもりなんてなかったのに。

 言い過ぎました。
 俺が悪かったです。
 あんな事言うつもりはなくて。

 カカシさんに謝罪の言葉を言うべく、いくつか言葉を浮かばせて見ても、本人を前にしたら。何か言いたげに、しかし何も言わないカカシさんを見たら。喉まで出かけていたはずなのに。その言葉がどうしてもどこかに失せてしまう。
 昨日だって。風呂沸きましたって言ったのに。ぴくりと俺の気配に反応したくせに。返事もなく、いつもの小冊子を読みふけるフリなんかして。返事くらいしてもいいのに。
 思い出した事に怒りは覚えるのに、口から出たのは大きなため息だった。
 意地を張る自分は、やっぱりみっともないと思う。 
 黒い空に浮かぶ、雲に半分隠れる月を見上げ、あーあ、と心で盛大に呟く。
 そう言えば。
 ふと今日見かけたカカシさんを思い出した。
 報告所に姿を現したカカシは、案の定自分ではない列に並んだ。そりゃそうだ。ろくに口だって利きたくないはずなんだから。それに今の俺はたぶんすごいムカつく顔してるんだろうし。勝手に納得し、次の人、と自分の列に並んでいる方へ声をかけた。
 その時、視界の隅に入っていた銀色の髪が。カカシさんがふと動いた事に気がつき、視線を少しずらすと、隣の列に並んでいるカカシさんがこっちを見ていた。一瞬何か言いたげに表情を崩したのに、そこから無理矢理俺から視線を外した。
 その行動の意味が分からなくて訝しむ眼差しだけを送ったみたが。

 思い出したその場面に、どんな意味だったかと考えてみる。
 もしかして、謝ろうとした?
 あんな混み合う報告所の隣の列から?
 考えられない。
 ああ、そんな事より。今日は時間的にも、カカシさんはきっと先に家にいる。
 そう思っていたから、アパートに向かう細い夜道にカカシさんが立っていたのを見た時、驚き思わず目を丸くしていた。 
 心細いくらいの暗い街灯の下に、カカシさんは立っていた。気がつき目を大きくさせる俺を見て、ポケットに手を入れたまま一回視線を地面に落とし、そこからゆっくりとこっちに向かって歩き出した。
「奇遇だね」
 まだちょっと謝る準備が出来ていなかったから。驚いたままの俺に、眉を下げて微笑んだ。
「ちょうど俺もさっきアスマ達と飲んでて」
 思わず眉を寄せた。
 繁華街なら兎も角、こんな場所でこんな時間に。そんな偶然あるわけないだろう。
 突いて出そうになる台詞を、奥歯を噛んでぐっと堪えた。
 そこからゆっくりと息を吐き出す。身体の力を抜くように。
「・・・・・・そうですか。偶然ですね」
 言うと、カカシさんが嬉しそうに微笑んだ。
 歩き出すと、俺にまた歩調を合わせるようにカカシさんもゆっくりと並んで歩き出す。
「今日は、久しぶりに月が綺麗ですね」
 俯き歩いていた視線を上げカカシさんに向けると、その台詞通りに月を見上げていた。
 雲にかかってしまっている月の光は弱く、丸で朧月のように霞んでいるのに。
 いつもだったら、喧嘩している事をはぐらかしていると責めている。
 でも、これがカカシさんの優しさなんだと、気がついてしまった。
 甘やかされていると、言った友人の言葉の意味にもようやく気がつき、思わず笑いたくなり、軽く首を横に振る。
「・・・・・・ごめん・・・・・・カカシさん」
 滑り落ちるように口から出た謝罪の言葉。横を向くと、カカシさんは少し目を見開いていた。固い表情のままの俺を見つめた後、やがてふにゃりと笑顔を浮かべた。手を差し出される。
 その差し出されたその手に、自分の手を伸ばし繋ぐと、また嬉しそうに微笑んだ。
 繋いだ手から、冷えていた指先が温かくなる。指先から身体まで。そしてぽかぽかと心まで温かくなるような気がした。
「ね、手の怪我。それどうしたの?」
 自分でもすっかり忘れていた事を聞かれ、瞬きをした。
「左手の人差し指」
 確かにそこには傷テープが貼られていた。確認するように親指の腹で擦る。
「これは生徒が今日花瓶を割ってしまって、片付けてる時に粗相しちゃって、」
 苦笑いを浮かべると、カカシがホッとした顔をした。そっか、と小さく呟くその横顔を見ていて、今日の報告所でのカカシの言動が合点した。
 それだけの事なのに思わず泣きそうになって、視線をカカシから黒い空へと変える。
 愛されてるなあ、俺。
 雲ににすっかり隠れてしまった月を見上げ、俺はそんな事を思った。
 
<終>




えみるさん、誕生日おめでとうございますー!
送るならイワアン書いて送りたいなあ、と思っていたのですが、浮かんだのでちょっと時期が早いですが書かせていただきました^^
イルカ先生とアンコさん、それぞれの愛される理由を書きたかったのです。
上手く表現出来たかは分かりませんが^^;
えみるさんとは色々なものを超えて仲良くなっている気がして、本当に嬉しい!
いつもえみるさんの優しさに励まされています!!
また会える日があったらたくさんお話したいね^^
その日を楽しみにしております♪
えみるさんにとって素敵な一年になりますように。

2018.10.18 nanairo
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