あけぼの。

 何事もなく午前中が終わり昼休みに入り、イルカはいつものようにアカデミーの建物から外へ出る。午後は初っぱなから小テストを行う予定で、もちろん生徒たちに前触れもないから、どんな反応をするかも想像が出来る。不満げな顔をするんだろうなあ、と内心苦笑いを浮かべながら商店街へ向かうべく道を曲がった時、道沿いにある塀の上に現れた人影に、イルカは驚き、目を丸くした。
 塀の上に足を着けしゃがみ込んでいるのは、猫でも鳥でもなく、上忍のはたけカカシで。忍者たるもの気配なく急に現れる事は難なくする事で普通の事だが、ここは里内で忍び隠れる事なく誰もが普通にしているから。当たり前だがイルカは驚いた。だから、
「どうしたんですか」
 驚いた顔のまま当たり前の事を口にすれば、ねえ先生、とにこりと微笑んだカカシからも声がかかる。ちょっといいですか、の語尾を聞く前にイルカの身体がふわりと浮かんだ。え?と思った時にはカカシにひょいと肩に担がれる。そのままカカシが飛躍した。うわ!と言うイルカの驚いた声が響いた時には既に二人の姿はそこにはなかった。

 担がれながら、ちょっと、一体何なんですか、と驚きに問うイルカにカカシはいーからいーから、と言うだけで大の男一人を担いでいるにも関わらず、ひょいひょいと軽い足取りで飛躍を繰り返しながら、建物の上を進んでいく。
 下ろされたのはアカデミーの奥にある高い建物の屋上だった。
「ま、ここら辺でいいかな」
 イルカを下ろして言うカカシの台詞は全く意味が分からない。いや、そもそもさっき会ってから担がれてここに来るまで意味が分からない事だらけだ。イルカは訝しみながらカカシを見た。
 ナルトの上忍師として顔を合わせてから。見た目もそうだが、何を考えているのか分からない人だとは思ってはいたが。
 急に一体何なのか。火急な用なのかと担がれながら内心思ったものの、なんとものんびりとした様子のカカシを見ていたら、そう言うわけでもなさそうだし。
 じゃあ、一何なんだ。それに、ここは関係者以外は立ち入り禁止だ。
 素直に眉を顰めるイルカに、カカシは里を眺めていた視線をイルカに戻した。
「ね、先生お昼ご飯は?」
 自分の心境や今の状況とは全く関係のない事を聞かれ、イルカはカカシが上官相手にも関わらず、は?と聞き返していた。
 今度はなんで飯の話だと思うが、カカシの表情はにこやかで自分が間違った事を聞いてるとは思っていない。えっと、とイルカは言葉を繋げる。素直に、まだです、と口にした。
 それを聞いたカカシは僅かに頷くと、
「じゃあ、ちょっと待っててくれる?」
 またしても、は?と聞き返せば、カカシは屋上にイルカを残して姿を消した。


 カカシは五分と待たずとも直ぐに戻ってきた。そして手に持った袋から取り出したものをイルカに手渡す。
 それは弁当だった。
 確かにさっきカカシに昼飯の事を聞かれ、まだだと答えたが。自分の中では想像していなかった事に、弁当を手渡されるままに受け取ったものの、当たり前だが躊躇う。えっと、と言えば、カカシが、それ先生の、とまた普通に言うから。イルカは、礼を口にした。
 カカシは袋から自分の弁当を取り出すと、屋上に設置された浄化槽で日陰になっている場所にカカシは腰を下ろす。座って?と言われ、促されるままにイルカも隣に腰を下ろした。
 今度は、食べましょうとも言わず、カカシは自分の弁当を開け始めるから、イルカもまた同じように食べ始める事にした。横目で見ている先で、カカシは躊躇なく自分の口布を下ろすと、割り箸を口で咥え器用にその割り箸を割る。いただきまーす、とカカシが言い、そこまで目にしたところで、イルカはハッとした。そこで視線を自分の持っている弁当に戻す。見ちゃいけない、そのはずなのに、至ってカカシは普通で。だからそこを自分からツッコむ訳にはいかない。イルカも割り箸を割ると手を合わせる。いただきます、と言って弁当の白飯を口に運んだ。
 弁当は近くにあるコンビニの幕の内弁当だった。基本自分がコンビニで弁当を買う時は残業上がりで商店街の店が閉まっていて、自炊する気力もない時で。しかも今日はラーメンを食べるつもりだったから、自分の腹はすっかりラーメンの腹になっていたのだが。
 ただ、これはこれで、美味い。
 いやでも、なんだ、この状況。イルカは頭を捻りたくなる。
 もそもそと食べるイルカに、さっきね、とカカシが弁当を食べながら口を開いた。
「昼飯食べようと歩いてたらナルト達にあとをつけられててね」
 そう言われ、思わず、え、とカカシに顔を向け、そこでまた視線を慌てて弁当に戻すイルカに、カカシはのんびりと続ける。
「ほら、いつもの俺の顔を見ようって魂胆なんですけど、大体は直ぐに撒くんですが、今日は少し遊んでやってもいいかなって」
 少しだけ楽しそうな口調でカカシは話しながら続ける。
「そしたら先生がいたのが見えたから」
 ビックリしたよね。そこまで言うと、カカシがイルカへ顔を向けた。にこりと微笑まれ、額当ては外していないものの、普段見慣れない素顔で、しかも、同じ忍びながら、びっくりしたと言われた不甲斐なさに情けなくもなり、イルカは複雑な顔で、いえ、と小さく言葉を返した。
 確かにいきなりどうしたんだと、今さっきまで思っていて、相変わらず変な人だと思っていたのは事実だったから、カカシの事情を聞き、そこは申し訳なく思う。そして相変わらずのナルトの行動にも呆れた。
 だから、つい。
「なんか、すみません」
 そう口に出せば、何で先生が謝るの?、とカカシから直ぐに言葉が返り、やっちまったと、思うが遅い。中忍試験の時に軽はずみではなかったが、あれだけ自分の口にした言葉に猛省したと言うのに。
 カカシの言うとおりで、自分が謝ることではない。ナルト本人の問題であり責任だ。そして今はカカシが師だ。
 なにやってんだ俺は。
「すみません」
 と箸を止めて謝れば、まーねえ、とカカシがのんびりとした声を返した。
「イルカ先生は先生だもんね」
 顔を向けると、カカシは咎める風でもなく、ぼんやり見ているイルカに、僅かに目を細める。ね?と言われ、どんな意味で受け取ったらいいのか分からず、はあ、と答えると。カカシはまた食べるのを再開した。
 
 
 職員室に戻ったイルカは自分の席に着き、午後の授業の準備を始める。配布する小テストを枚数を数えながら。今さっきの時間は何だったんだろうと思う。
 ただ、カカシと一緒に弁当を食べた。それだけだったんだが。
 相変わらず変わった人には変わらないし、何を考えているのか分からない人だと思うけど。
 想像すらしていなかったものの、箸の持ち方が綺麗だった。立て膝をつく姿勢は行儀が悪いとは思ったが、食べ方も綺麗で。米粒一粒も残さず食べるのも内心感心して。
 そして、揚げ物が苦手だった。
 これあげるから先生の卵焼きちょうだい?と交換してきた事を思い出し、イルカは思わず小さく笑う。だって子供みたいだ。
 弁当はカカシが自分で選んで買ったくせに。
 そして、自分を誘ったのは、たぶん中忍試験の事を少しでも気にしてくれているんだと、今更ながらに気がついた。だとしたら、すごく不器用な人だ。
 イルカは手をそこで手を止め顔を上げる。太陽の光を浴びて輝く緑の葉を見つめながら、
 今度、ラーメンでも誘ってみようか。
 今まで思ったこともなかった事を考えながら、イルカは微笑んだ。
 
<終> 


 
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