あなたが大事

暖かな日差しがイルカの身体を心地よく照らしている午後。
「イルカ…おい、イルカ」
名前を呼ばれたイルカはがくんと首が揺れると同時に目を覚ました。
持っていた箸が指から落ちそうになり慌てて持ち直す。
「食べながら寝るなんて器用だなお前は」
同僚の笑い声に顔を上げ、今自分が受付裏の休憩室で昼休憩をしていた事を思い出した。
昼飯の弁当を食べながら。
「寝不足か?」
「ああ、まあ色々あってな」
苦笑いを浮かべてそうに答えると、イルカは昼食を再開させた。
そんなイルカに笑いながら同僚は先に休憩を終え部屋から出て行く。
その背中を見送ったイルカは小さく溜息を吐き出した。
色々、なんて誤魔化したが。原因はたった一つだった。
はたけカカシ。教え子たちの現上忍師と元担任の間柄。なのは表向きで、彼とは恋人同士だった。
男以前に女性とも付き合った経験もなく、恋愛経験さえほとんどないイルカにカカシが猛アピールしてきたのは、出会って直ぐだった。
戸惑い考える隙も与えられなかったし、カカシの強引とも言える誘いを断れなかった自分も自分だった。
勝手で我儘なカカシに対して強く否定出来なかったのは、格上の上忍であったからではなく、そんな彼に惹かれている部分もあったからだ。
しかも、何もかも自分の初めてを奪われたのも確かだった。
ベットの上では必然的に下になり。毎回泣かされる事になり。
昨夜もまた朝方まで喘がされたのだから、寝不足になるのは当たり前だった。体力には自信があったのに、午後になる今でも下半身は怠さが未だ残っている。
イルカは眉を寄せた。
やりすぎなんだよ、大体。
忌々しいと思いながらもイルカは頬を赤く染める。
見た目もそうなのだが、カカシの第一印象は冷淡で飄々としていた。が、今はそれが180度変わったと言っても良かった。
それくらい自分に対する執着心が凄く、それに加えやきもちが凄かった。
丸で下級生の生徒と接してる気持ちにもなる。
最近その事で頭を悩ませているイルカは、弁当を食べながらまたため息が出そうになった。
箸を咥えたイルカは、自分の平たい弁当箱を見つめる。
つい先日もその事でカカシと言い争いをしてしまった。
ナルトを含めた部下3人に関してカカシはどの上忍師よりも厳しいと感じてはいたが。
ちょっと甘やかし過ぎなんじゃないの。
そう言われてカチンときた。自分でも十分に分かっていた。それをカカシに指摘され癇に障った。
分かっている。
どの生徒にも平等に接しているつもりだったが、ナルトにだけ特別視していていたのは事実だった。
誰よりも自分が手を差し伸べなくてはいけないと。そう感じていた。それが間違っていると思った事はなかったが、自分から手を離れればそれもまた変わってくる。
そんな事も自分では分かっていたつもりだったのに。
イルカは弁当を食べ終えると蓋を閉じ、顔を上げ窓の外を眺める。
それは自分でも分かってるつもりです。
そう強く言い返したイルカに、カカシはじっと見つめた後口を開いた。

違うよ。先生は分かってない。

言われた直後は、ただカカシはイルカが言った事に対する反発心で、そう言い返しただけだと思っていたが。
冷静になってよくよく思えば、ひっかかるものを感じた。自分の考えとすれ違っているような気がしてならない。
だとしたら、カカシはどんな意味で違うと言ったのだろうか。
葉が散ってしまった寒々しい木を見つめながらイルカはぼんやり思った。

それと、もう一つ並行して気になる事は、ナルトの行動だった。
昔と変わらない嬉しそうな笑顔で自分に懐いてくれるが、時々それを我慢しているようにも見えた。
ナルトなりの成長と言えばそれまでだろう。そんな年齢なのは確かだし、自分にもそんな覚えがある。
甘えることが恥ずかしくなる歳だ。
つい最近も、ラーメンを一緒に食べに行くか、と誘ったが。一瞬笑顔を見せたくせにナルトは首を横に振った。
無理しなくていいって。イルカ先生も忙しいんだろ。
拗ねたような言い方で。
無理なんかしてる訳がないイルカがぽかんとすると、ふいと背中を向けられた。
走り去るナルトの後ろ姿を見つめながら、寂しさが胸に広がった。
そう言えば、最後にナルトを抱き締めたのはいつだっただろうか。
太陽の匂いがするナルトを思い切り抱き締めたい。無邪気に腰にまとわりつくナルトを思い出す。
寂しさが胸に詰まる思いに、イルカはナルトが走り去った道を眺めながら眉を下げた。

どんな事があっても自分はナルトの味方であり、側にいる理解者であり続けたいと願ったが。
それはもう必要ないのか。

数日後、定時にアカデミーを出たイルカは、オレンジ色に染まるナルトの背中を見つけた。
任務帰りなのか、少し土埃で服が汚れている。イルカはその小さな背中をじっと見つめゆっくり息を吐き出すと、大きく一歩を踏み出した。
「ナルト」
声に反応してナルトが振り返る。
昔と何も変わらないくるりとした青い目が自分を見つめていた。
「どうだ、ナルト。この前はあれだったけど、今日は一緒にラーメン食いに行かないか」
屈んでナルトの目を見つめる。返事を待つイルカに、ナルトは迷いを見せるかのように視線を揺らした。
「カカシ先生は今日一緒じゃねーの?」
ナルトから出た言葉にイルカは瞬きをした。
「……カカシ先生か?いや、一緒じゃないけど」
ふうん、と口を尖らせたナルトに相槌を打たれても何故だかよく分からない。不思議そうな顔をするイルカに、ナルトはまた口を開いた。
「約束してねーって事?」
「しつこいな、ナルト。俺は今日はカカシ先生とは約束なんて、してないって言ってるだろ」
言いながら気がつく。
ナルトの言っている意味が。
カカシとの関係に、ナルトは気がついている。
かあ、と動揺と共に身体の芯が熱くなるのに、同時にナルトの視線の奥にある感情に気がつく。
いや、違う。
イルカは反射的に心の中で否定した。
そんな事があるはずかない。
ナルトが自分に向ける対象はそのままの元恩師か年の離れた兄弟か、はたまた父親に似た存在であるはずで。
なのに。
ナルトに向けられた感情を裏付けるように、カカシの言葉が浮かび上がった。
イルカ先生は分かってない。
どくどくと心音が早まる。
それでもまだ否定したいイルカに、ナルトは口を開いた。
「でもさ、イルカ先生にはカカシ先生がいるだろ」
どうしても否定したいのに。
そんな言葉を吐かれ。動揺しながらも冷静に感じ取っている自分がいた。
そう。ナルトは、カカシと同じ感情を俺に持っている。分かってしまった途端、ちりちりと胸が痛んだ。
それでも俺はーー。
その辛さを隠すように。イルカはすう、と息を吸い込んだ。
「……そんなの……関係ない。ナルト、俺は決めたぞ」
ナルトが口を挟む前にイルカは続ける。
「今日は俺の奢りで特製ラーメン食べに行く。分かったな」
輝きを取り戻す青い目を見つめながら、イルカはニコリと笑った。

ナルトから向けられた感情が初めて辛いと感じた。どんな感情でも自分は向き合えると、いや、向き合うと決めていたのに。
恋愛感情までは自分の守備範囲内ではなかった。出来てない人間なのだと痛感し情けなくなる。
こんな時、どんな風にナルトに寄り添えばいいのか。

「どうしたのイルカ先生」
ピクリとイルカの身体が揺れ、思考が引き戻された。
目の前にいるカカシがイルカを見つめていた。
「……いえ、何でも」
「嘘ばっかり」
カカシはあっさりと否定をすると、イルカの足を広げ、繋がってる箇所ぐりと押し付ける。思わずイルカの口から声が漏れた。
「集中してないなんてさ、余裕って事だよね」
薄い笑いを浮かべたカカシはイルカの膝の裏を掴みそのまま大きく開脚させた。
「やっ……ちが、」
首を振ると、ゆったりとのしかかってくる。
「じゃあ教えて」
耳元でキスを落としながら囁かれ、背中がぞくりとし、イルカは眉を寄せた。
嫉妬深くてやきもち焼きのカカシに正直に言うつもりもないし、上手く説明した所でどう思われるか。
「っ……、本当に何でもないって言ってるじゃないですか」
葛藤を見せながらも、そう口を開いたイルカにカカシは静かに、そして不満気に眉根を寄せた。
「……今日のアンタは可愛くないなあ」
色違いの双眸に間近で見つめられ、イルカは小さく息を呑んだ。
足を掴んでいた手が離れたかと思うと、その手がイルカの両手首を掴む。
「なっ……っ、カカシさん何を」
拒もうと反射的に力を入れたが、当たり前のようにカカシを前にピクリとも動かなかった。
「ナルトの事だって、素直に言えばいいでしょ」
面白くないと言った顔で言うカカシにイルカの目に動揺が浮かぶが、それもカカシにしっかりと見られていた。
やっぱりね、と呟くと易々と掴んだイルカの両腕を頭上に上げる。驚きに固まったままのイルカを前に、カカシはベットの下に落ちていた額当てを拾い上げた。
「え、……なに、」
手慣れた手つきでカカシはイルカの両手首を縛り上げる。
そこでようやく自分の置かれた状況を把握した。
解こうと腕を動かしても、先ほどカカシに掴まれていた時と同じく、ビクともしない。
「ちょっと、ふざけないでください」
睨むイルカに、カカシは微笑みながら首を傾げた。
「何で?やですよ。今日はこのまま楽しむ事にしたんですから」
平然とそい言い切ると、カカシはイルカの太腿へ指を這わせた。それだけで肌が引き攣る。
「いやっ……だっ」
抵抗しようも、両腕は動かないし片足はカカシに掴まれ、しかもまだカカシと繋がっている。
「前からする?それとも後ろからがいい?」
「な……あっ」
何を馬鹿な事を、と続けたいのに、胸の突起を強く吸われ、言葉が続かなかった。ぬるぬると舌でからかうように扱われる。
そこからするするとカカシは指を動かした。太腿からわき腹に移る。その指がやらしくも優しい。
ふさふさて銀色の髪を目前にしながら、もどかしさにイルカは息を漏らした。
ふと胸から唇を離しイルカへ顔を向ける。潤んだ目がカカシの視線とぶつかる。その目が優しく緩んだ。
「後ろからじゃ顔見えないから、やっぱりこっちからね」
「ぁあ!?……っ、やっ」
間を置かず腰を激しく動かされ、奥まで突き上げられる。
その律動についていけなくなり、声にならない声が溢れた。
「あっ……はぁっ、……カカ、シさ……」
喘ぎながら名前を呼ぶと、下を向いていたカカシが荒い息をしながら顔を上げる。
解いて欲しいと目で訴える。だが、カカシは薄く微笑みを返すだけで、そこから唇を奪うように塞がれた。


翌日、イルカは歩きながら怠い腰をさすり息を吐き出した。
「いい加減にしろってんだよ……あの馬鹿は」
イルカは1人呟く。
馬鹿とは誰と言うまでもなくカカシなのだが。腹立たしくもなるも、隣にカカシがいるわけでもなく。隣にいたら勿論蹴っている。
いや、早朝にカカシを家から蹴り出したのは事実なのだが。
だって嫌だと言うのに。あんな格好をさせたまま一度だけではカカシはおさまらなかったのか、何度も欲望をイルカの奥へ放った。
夕方だと言うのに、またしても残っているのは下半身の怠さでだった。それに加え今回は手首にもすり跡が残ってしまっている。
服の下にはカカシによってつけられた赤い跡。
イルカは歩きながらため息を吐き出した。手には野菜が入った袋が一つ。

休日だった今日。カカシを部屋から追い出し二度寝をする気にもなれなかったイルカは一通り溜まっていた家事をこなした。昼過ぎにイルカの玄関を叩いたのは下の部屋に住んでいる大家だった。
老夫婦、仲良く暮らしている大家の奥さんが扉の前に立っていた。
いただきものなんだけど食べきれないから、と袋いっぱいに入った野菜を差し出される。
カカシがよくこの部屋を訪れているのを知っているの知らないのか。男の一人暮らしには多いくらいの量だが、イルカは有難く礼を言って頂戴した。
扉を閉めふと浮かんだのはナルトの顔だった。無理矢理押し付けでもしない限り自分から野菜を口にしないナルト。
ラーメンを一緒に食べる時も、嫌がろうが野菜を多めにと店主に頼んでいた。嫌な顔をしながらも、口に運ぶナルトの横顔を思い出して、イルカは一人微笑んだ。

土のついた人参に大根。今八百屋でも値が上がっている白菜も入っている。
それを頂いたのだから、本当に有難い話だ。
大家の気持ちに胸を暖かくしながら行った先にナルトはアパートにいなかった。しばらく待ったが帰ってくる気配がない。
仕方がなくドアの前にどかりと袋を置いてイルカは家路へと戻る。
行きとは違う、河原を眺めることの出来る道へ足を向けていた。
日が沈みかけている。太陽の色は暖かくイルカを照らすが空気は冷たい。
ぶるりと震えたイルカは、背中を丸めるように寒さに腕を組んだ。
そこでふと感じたのは薄いナルトのチャクラだった。毎日接していたからこそ、イルカにはそれがナルトのものだと気がつく事が出来た。
それくらいに微かなそのチャクラはまだナルトが近くにいる事を示している。
なにやってんだ、こんな所で。
イルカは眉を寄せながら辺りを見渡した。視線を向ける河原の奥には森に続く雑草地が広がっている。暗くなり始めた視界でイルカは注意深く見つめながら、残されたチャクラの跡を追った。
見つけた先にいたナルトの姿を目にして、さっき頭に浮かんだ台詞と同じ言葉を口にしていた。
「何やってんだこんな所で」
「何って……別にいいだろ」
「良くないだろ」
地面に仰向けに倒れてたまま、イルカを睨み返すものの、その表情には疲労が見える。
「イルカ先生こそ、何しにきたんだよ」
腰に手を当て、強がっているナルトを見下ろした。
「今日大家さんから野菜をたくさんもらったから、お前に分けようと家に行ったんだ」
でもお前はいなかったから、と理由を説明しながら、野菜と言うキーワードにいつも通りの反応を見せられ、イルカは微かに目を細めた。
本当は、薄いチャクラが弱っているのに気がついていた。何かあったのか、もしかしたらと心配したのも事実だった。
だがまだ憎まれ口を叩く元気があるなら良かった。
内心安堵し、ナルトの姿から任務が休みだった今日、一人で頑張って倒れるまで鍛錬していた。アカデミーでは口ばかりで勉強も練習も嫌いだったあのナルトが。
その成長にイルカは胸が震え、同時に目頭が熱くなる。
ただ、無理をし過ぎるのはどうかとは思うが。
触れてもうチャクラが残ってない事に気がついたイルカは苦笑いを浮かべると、ナルトはふいと視線を逸らし、それにもイルカは微笑んだ。
不貞腐れていようが、一人で立てないのは明白だった。
それでも。
「立てるか?」
必要ないと断られるかもしれないが。もう担任でもなんでもないが。
手を差し伸べる事しか自分には出来ない。
案の定、手を差し出すイルカを目にしてナルトの青い目が揺れた。
それが泣きだすように見えて、イルカは不安を感じ眉を寄せた。今、ナルトの泣き顔を見たくない。
「ナルト?」
名前を呼ぶと、カカシとは違う青色の目がイルカをじっと見つめた。
「……なあ……先生」
「何だナルト」
答えるとナルトの手が伸びる。イルカはしっかりとその手を握った。
自分から伸ばしたのに、ナルトは苦しそうな顔をして眉根を寄せた。その表情にイルカも胸が苦しくなる。
ナルトは、何を言うのか。
もし、今気持ちを伝えられたらーー。


チャクラ切れの疲労から意識を失ったナルトを家に送り届ける。扉を閉めるとイルカはゆっくりと歩き出した。
ベットに寝かせたナルトの寝顔は、あどけなさが残っていた。

「先生、……ちょっとだけでいいから。抱き締めて欲しいって言ったら、駄目か?」

ナルトに言われた言葉を思い出しただけで、目頭が熱くなった。息を漏らすように笑いを零した後、身体に力を入れ涙をやり過ごす。
そこから黙って歩き続け、自分のアパートの前で立っている人影に気がついた。
朝叩き出す様に単独任務に行かせたが、終わった足でこっちに向かってきたのか。
ナルトの様に薄汚れたカカシの背中を見つけてイルカ息をゆっくりと吐き出した。
そこから大股で歩き出す。立っているカカシを無視し、その前を素通りしたイルカは扉の前で立ち止まる。
カカシへ振り返った。
「入らないんですか?」
聞くと、カカシは少し驚いた顔をした。
「……いいの?」
いつも俺様のように勝手に入ってくるくせに。イルカは呆れ顔でカカシを見た。
今朝怒られたのが身に沁みたのだろうか。イルカを見つめるカカシは、丸で叱られた仔犬のような顔で。
そんな顔を見ていたら責める気持ちは残っていたはずなのに、そんな持ちは何処かへ失せてしまったようだ。
「何言ってるんですか。ほぼ毎日一緒にいるんだから。ここに住んでるようなものでしょう」
イルカはため息を吐き出しながら、仕方なくいらっしゃいと手招きすると、少しだけ安堵の表情を浮かべたカカシが、おずおずとイルカへ足を向ける。
鍵を取り出し開けながら口を開いた。
「上がったら先に手を洗ってくださいね。俺風呂を洗っちゃいますから」
玄関を上がり、後ろを向くとまだカカシは不安そうな顔をしていた。
落ち込んだような顔に、落ち込みたいのはこっちだと言いたい気持ちをぐっと押さえるが。
今日、成長したナルトを見て。
カカシの存在を感じずにはいられなかったのは事実だった。
ーーそれに、ナルトを抱き締めた時に浮かんだのは。
カカシへの確かな気持ちだった。
イルカは内心苦笑いを浮かべる。
(……ごめんな、ナルト)
そこからイルカは、切り替えるようにカカシへ笑顔を見せた。
「今日野菜を大家さんから貰ったんですよ。だから鍋にしましょう」
俺が作る肉団子、カカシさん好きでしょう?
イルカはにっこりと微笑む。
「うん……まあね」
恥ずかしそうに答えると、カカシは玄関を閉めた。
部屋の電気が灯る。

そこには暖かな色が、二人を映し出していた。

<終>
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