あてる

 執務室で報告を終えてテンゾウは建物から外に出る。よく晴れた日の光を感じ思わず空を仰げば、すぐ近くではアカデミーの建物が近いからか、子供たちの楽しく騒ぐ声が聞こえる。それに違和感を感じるのはまだ正規部隊に配属さえてそう日にちが経ってないからなのか。そこからゆっくりと顔を前に戻し、そこで視界に入った人影にテンゾウは目を留めた。
 巻物やら書類やら抱えて歩くのは中忍のうみのイルカで、カカシやナルト達を関わるようになってから、何度か顔を合わせる事があり、名前を覚えたのも最近だ。
 ナルトが先生と呼ぶイルカは、本人から聞いたわけではないがその通りアカデミーの教師をしているのだろう。アカデミーの勤務とは言え、それでも、受付や報告所、それに執務室でも見かける事があり、内勤として中忍は色々使わいるんだと思ったりもした。
 いつもだが、今日もまた忙しそうに歩く姿を目にしながら。興味深い目で追ってしまうのは、つい先日の事があったから。 

 数日前、ナルトの特訓を見ていた時。顔を見せたカカシが自分の隣に並び、その時にふと口にした話題に、カカシが分かりやすいくらいに不機嫌になった。
 最近受付でよく見かけるイルカは、あのナルトを助けた中忍なのかと訪ねる自分に、何気ない会話のはずなのに、ふうん、とも、そうだね、とも、うんともすんとも返してこないカカシに、不思議に思うも分からない。思わず、先輩?と聞き返していた。呼べば、少し先で一人少し離れた場所で特訓をしているナルトから、ようやくこっちへ視線を向ける。普段よりも冷えた目が自分を映した。なに、と言われるが、この距離でさっきの質問が聞こえてなかったわけがない。
 何を考えているのか分からないのは相変わらずだが、戸惑いながらも、だから、ともう一度質問を繰り返せば、ああ、とカカシは相づちを打った。そうだよ、と小さく答える。
 なんかよく分からないけど、不機嫌なのは丸わかりだから、取りあえずナルトに集中しよう、と思考を切り替えようとした時、
「イルカ先生ね」
 そうだよ、と言ったそれと同じ低いトーンで言われ、一瞬何を言ってるのか分からなかった。え?と聞き返す前に、
「イルカさんじゃなくてさ、イルカ先生ね」
 そう続けられ、耳を疑った。
 過去、カカシが理屈にならない理屈を口にした事がない。
 それは、どういう事ですか?
 そう口にするのは容易いが、勿論言えるわけがない。
 不機嫌になったポイントがそことは思えないが、そこしかなく。混乱しながらも、分かりました、と返すしかなかった。
 
 人というのは、大人になっても、どこか変わっていくところがあるんだろうけど。そこまで変わらないだろうし、昔と変わらないと言われる事の方がどちらかと言えば多い。
 カカシもまた同じだと思っていたから。
 仲間意識は強くとも、任務から一旦離れれば、他人にそこまで興味がない。カカシから他人の話題なんて出たことがなかったし、こっちから聞いてもそれに返ってくるものがほどんとなかった。
 それなのに。
 どういう意味で言ったのか、カカシに今さら聞けるわけがないが。ただ、カカシにではなく、イルカに多少興味がなかったと言ったらそれは嘘だだった。
 カカシさんみたいなエリート忍者が何言ってるんですか。
 いつかどこかで、顔を合わせた時。二人が立ち話を初め、自分はただ後ろで立って聞いていた。会話の流れで、卑下したカカシに、イルカが可笑しそうに笑いながらそう返した。内心驚くものがあった。同じ階級ならまだしも、イルカは中忍だ。顔見知りだろうが、冗談でも言えっこないだろう台詞をごく自然に口に出していて、しかしそれをつっこむ空気ではなかった。カカシもまた、それに対してイルカと同じように笑っていて。と言うか、それが当たり前のような。初めて見るカカシの顔。今思い出しても、それは俄に自分自身信じ難いのに。
 
 確かに話しやすそうではあるが。どんな人なのか。
 そう思ったら、声をかけていた。
「イルカ先生」
 カカシに言われた通り、先生をつけて呼べば、黒いしっぽがくるりと振り返る。自分の顔を見て、そこまで話した事もないのに、イルカは直ぐに、ああ、と笑顔を浮かべた。
「お疲れさまです」
 荷物を抱えているにも関わらず、きっちりとした身なりそのままの、きちんとした挨拶をされ、テンゾウはぺこりと頭を下げた。
「ナルトの新しい師の、」
「ヤマトです」
「ヤマトさん」
 名前までは把握していなかったのか。口にした名前を出すと、イルカは頭に入れる為なのか、繰り返す。短い会話の中でも、言動に嫌みがない人だと思った。
 ナルトはどうですか、と、自然に成り立つ会話を始められ、テンゾウは笑顔を浮かべながら、話せる範囲の返答をする。
 ナルト達の時はそこまで感じなかったが。この人といる時はこう言ったらなんだが、昔からカカシを知っている自分からしたら別人のようだった。
 誠実で、生真面目で。そんな性格だからか、カカシがこの人を買っているのは分かったが、そこまでの人なのか。会話を続けながら探ろうと別の話題に変えようとした時。
「先生」
 その声に、イルカが反応した。振り返るまでもない、その声が誰か分かり、内心舌打ちする。たまたま顔を合わせたのは間違いがないが。勘ぐるつもりがなかったわけではない。勝手に気まずさを覚えるが、ただ、それを顔に出さないのは得意だ。
 イルカに合わせるように、会釈をするテンゾウに、カカシは多少の反応は見せるが、直ぐにイルカへ顔を向ける。
「荷物半分持つよ」
 言われて、イルカは素直に困った顔を見せた。そこまで重いわけではないですから、と断るイルカに、どうせ行くのは報告所でしょ?俺も行くから、と言いながら了解を得る間もなく半分くらいの荷物をカカシは持つ。自分とイルカがいた時とは違う、別の空気に晒されるが、それが何なのか。
 淡々と任務をこなす毎日に、雑務すらなかったから。カカシが見せるその情景に馴染めないでいるのか。
 暗部のマントを羽織り、闇夜ををひたひたと歩くカカシしか浮かばないからなのか。
 じゃあ、失礼します。
 そう頭を下げカカシと歩き出すイルカを見送るテンゾウに。肩越しにこっちに視線を向けたのはカカシだった。
 またしてもその視線の意味が分からなくて、その青みがかった目を、見ていれば、カカシがそのままイルカの髪へ唇を寄せた。
 思わず目を見張るテンゾウを前に、愛おしそうに、そのイルカの匂いを吸うように。唇を押しつける。
 髪に触れた唇に気がついたイルカが、少しだけ驚き、そして困ったように責めるが、耳まで赤くしながらも、笑う。
 許したんだ。
 それが分かったら。かあ、と身体が熱くなった。
 あの二人の入る隙のない空気の理由を、あんな感じで突きつけられ。馬鹿馬鹿しいくらいに子供じみたカカシに呆れて言葉にならない。 
 それなのに、あてられたものを見ただけで、普段起こさない動悸は、直ぐに治まりそうにもなくて。
 自然、眉根が寄る。
(・・・・・・どうりで)
 カカシは今までなかったものを手に入れた。
 違和感を感じた事が見事に合致し、納得する。身体の力が抜けるような感覚は何なのか分からないが。カカシの手に入れた幸せに、テンゾウは息を漏らすように笑った。


<終>
 
スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。