「あ」
 授業で汚れた服を脱ぎ、ロッカーの裏扉に張られた鏡に映る自分の姿に、思わず声が出る。どうした?と当たり前に同じ更衣室で着替えていた同期に声をかけられるが、イルカは笑顔を浮かべ、何でもない、と答えた。
 先に着替えを終えて同期が出て行った後、新しいアンダーウァエを着てベストを羽織りながら、誰もいなくなった更衣室で、イルカは手を止め舌打ちをする。そこから、上着の上から鎖骨の上辺りをそっと指で触れた。

 昼休み、イルカは子供たちに手を引かれ外を歩いていた。午前中に体術の授業をして、昼飯を食べてそこまで時間も経っていないのは子供たちも同じはずなのに。休憩もそこそこに、一緒に遊ぼうと外に引っ張り出される。ここ数日雨が降り、久しぶりに晴れているからなんだろうが。子供たちのパワーに改めて圧倒される。そんな急がなくてもいいだろう、と声をかけながら顔を上げ、向こうから歩いてきたカカシにイルカは目を留めた。
 カカシの顔を見た途端、さっきの事を咎めたい気持ちがわき上がるが。今は子供たちに両手を引かれていて。仕方ないと思い直す。
 ここから上忍待機所のある建物は近く、通りを他にも上忍が何人か歩いていて何もおかしくはないが、相手が相手で。しかし素通りするのかと思っていたカカシがこっちへ向けるから、そしてこっちはこっちで勝手に素通りしようと思っていたから。イルカは内心何だろうと思いながらもカカシへ会釈をする。カカシは、いつも通り、どーも、と返事をした。
「先生、お昼は?」
 そう聞かれ、構えていたこともあり、そんな台詞に、イルカは、ああ、えっと、と声を出す。
「さっき済ませました」
 素直に答えると、カカシは、そっか、と銀色の頭を掻いた。
「まだなら一緒にどうかなって思ったんだけど」
 珍しい。
 いつもは自分以上に余所余所しいくせに。
 そんな事を思いながら、イルカはカカシを眺めた。そして子供が苦手だからと言って、自分が子供たちといる時は特に近寄ってこないのに。
 そう不思議に思うもカカシの思考を読めるわけでもない。取りあえず、すみません、とイルカは少し苦笑いを浮かべれば、ふとカカシが何かに気がついたのか、目を留める。イルカの首もと辺りにカカシの手が伸びた。ベストの襟部分に触れる。
「これ、カレー?」
 聞かれ、自分も同じように目を落とす。その汚れにイルカは、ああ、と苦笑いを浮かべた。
「カレーうどんを昼に食べまして」
 言えば、ああ、だから。とカカシは納得してその汚れを指で触れる。ホントだね、と言いながら。その指が、ベストから、アンダーウェアに移る。
 ぎくりとした。カカシの指はカレーが飛んだだろう部分を擦っているだけだと思おうと努力するが、イルカは微かに眉を寄せた。抑えようとしても顔が熱くなるばかりで、思わず奥歯に力を入れる。その手を撥ね除けたくとも、両手は子供たちによって塞がれていて出来ない。
 その手を引く子供たちに、早く行こうと急かされ、イルカは笑顔を作る。じゃあ、すみません、とカカシに会釈をすると、子供たちと一緒に歩き出した。



 カカシを見つけたのはその日の夕方。執務室がある建物で、向こう側から歩いてくるのがカカシっだと分かったイルカは、書類を片手に歩み寄る。周りには誰もいない。こっちに気がついたカカシの腕を取り、今いいですか、と言えば、少しだけ驚いた顔をカカシは見せる。そのカカシを廊下の隅へ引っ張る。こんなところを誰かに見られたら、噂どころではなく、上官に対する態度で減給ものだ。
「イルカ先生、どうしたの?」
 少しだけ戸惑っているように見えるものの、カカシは至って普通で、余裕さえ感じる。そこにも悔しさを感じながら、昼間の事ですが。そう言えば、カカシは首を傾げた。昼間?と返され、そのとぼけ方に苛立つ。イルカはカカシを強い目線で見つめた。
「わざとですよね?」
「わざとって、」
「この場所にあの痕があるって分かってて指で撫でるとか、やめてください」
 怒りや恥ずかしさを滲ませながら、責める眼差しを向ければ、カカシは、丸で今気がついたかのように、ああ、と呟いた。涼しい目線をイルカの首もとへ向ける。
「そんなところにあった?」
 白々しい言い方に、イルカの目つきが鋭くなった。
「あったって、あなたがここに付けたんでしょう?」
 言い返しながら、自分で首もとに手を当てれば、カカシの手が伸びる。アンダーウェアをぐいと引っ張られ、その勢いに思わず、うわ、とイルカから声が出た。驚くイルカに構わず、カカシは露わになった首元に顔を近づける。触れた唇が強くイルカの肌を吸った。
 カカシが唇を離した箇所に、また赤い痕が浮かび上がる。昨夜の痕よりもはっきりと残った痕を見つめ、カカシは満足そうに目を細めながら、口布を戻す。
「なっ・・・・・・、」
 一瞬の出来事だったが、まさかこんな場所でしてくるとは思わなくて。唖然とするもカカシの唇が触れた箇所が、熱くて。混乱しながらカカシを睨んだ。
「なんで、」
 駄目だと言ったばかりなのに。顔を真っ赤にさせて身体を震わせる。
「何でって。煽ったのはあなたじゃない」
 煽った?俺が?いつ?
 当たり前だと言わんばかりの顔に、心外過ぎて、イルカの顔が更に赤みを増した。こんな事をするなと責めただけなのに、なんでそうなるのか。悔しさにぐっと口を結んだ時、前から別の上忍が歩いてくるのが視界に入る。
 その気配を背中で感じてるはずのカカシが、こっちに顔を近づけるから、反射的に思わず身を固くすれば、
「あんたは俺のものだから」
 じゃあね。耳元でぼそりと呟いてそのままカカシは歩き出した。

 カカシも、他の上忍もいなくなり、一人で廊下に佇みながら。イルカは眉根をぐっと寄せる。
「・・・・・・そんなのは、当たり前だろうが」
 イルカはぼそりと呟く。
 そう、そんな事は今更だ。
 じゃなきゃ男相手に好き好んで脚なんて開くわけがない。
 書類を持ち直し呼吸を整えるように息を吐き出すと、黒い目を前へ向ける。執務室へと足を向けた。


<終>
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