馬鹿な人

はたけカカシを変な人だなあと思ったのは、ここ最近。
高名であるカカシの事は、顔を合わせる前から名前だけは知っていた。自分は中忍ではあるが、そんな有名な忍びと共に同じ里に仕えているのは嬉しいとさえ思っていた。
その後自分の生徒の上忍師として知り合い、その当初は、ナルトの事でよく話しをする事が増えたが、この当時自分はカカシと変な人ではなく、不思議な人だな、と感じていた。それは、今まで周りにいた上忍とは違い何を考えているのかよく分からなかったし、いつもどこかぼんやりしているようで、そうでもなく。自分のように感情を表に出さない。とっつきにくいと感じた。
それをはっきりと確信したのは中忍選抜試験の時だった。あんな場所で突き放した言い方にショックを感じながらも、自分が間違っていた事を思い知らされた。そこから謝る機会もなく。まあ、自分とは肌が合わない人がいるんだと気持ちを切り替えようと思っていた時、カカシに声をかけられた。
 ねえ先生、よかったら一緒にご飯でもどうですか?
驚き面食らった顔を隠さず出した自分に対し、カカシはにこにことイルカに微笑んでいる。
正直カカシとは話す事はなにもない。そう思うから、当然戸惑った。
警戒した表情も思い切り出してしまっていたと思う。
しかし相手は上忍、しかもナルトたちの上忍師。
一回くらいは。
そんな気持ちで頷いたのが最初だった。
良かった、断られると思ってたから嬉しいです。
言葉の通り、にこにこと嬉しそうにそう言われてまた面食らったのを覚えている。
それからカカシが声をかけてくるようになった。カカシが里にいる時はほぼ毎日と言っていいくらいに。
断ろうとしても、俺が奢りますから。ね、お願い。なんて自分に甘えてくる始末。一体どこがどうなってカカシ気に入られてしまったのか。考えてもさっぱり分からない。顔を合わせた当初より、カカシの事を知ってきているからか、そんな嫌でもなかったが、断る理由もなく誘われるままに一緒に時間を過ごす時が増える。
周りの同僚からは、いい男に惚れられて良かったな、ついでに掘れられんなよ、などとちゃかされる事もしょっちゅうで。
これではいい歳なのに彼女を作る以前の問題だと、イルカは頭を痛めた。

いい加減これじゃあ駄目だよな。
そう思いながら、イルカは走っていた。
目覚まし時計に起こされて、寝坊した事に気がつき部屋から飛び出てきたのはさっき。
昨日もカカシに誘われて、酒が入り、カカシに誘われるがままつい2軒目まで足を伸ばしてしまったのが悪かったのか。
大体。酒が弱いなら無理して2軒目まで行かなくても良かったんだよ。
そう思いながらイルカは、昨夜酒で顔を赤くしながらも、嬉しそうに微笑むカカシを思い出し、眉を寄せた。
カカシが酒が好きな自分に合わせてくれているのも、知っていた。
ラーメンだって、もしかしたらカカシはそんなに好きじゃないのかもしれなくて、無理に自分に合わせているのかもしれない。
ーーもしそうだったら嫌だな。
誘われて一緒にいるだけなのに、丸で自分が無理にそうさせているような錯覚を覚えて、それだけで何故か寂しい気持ちになった。
「ーーーっくしょいっ」
走りながら、朝方の冷えた空気にさらされ身体が震える。
声とともに大きなくしゃみが出た。
今日はやけに冷えるなあといつものくせで首元に手を当て、そこで自分がマフラーをし忘れている事に気がつく。
どうりで首辺りがさっきから冷えるわけだ。
イルカはもう一度身体を震わせながらも足を早めた。日直で朝早く登校する生徒よりは早く着いていたいのに。
「今日はこっちから行くか」
イルカは近道をすべくいつもとは違う道へ身体を向け、足に力を入れた。

二度目のくしゃみが出た時は、執務室にいた。
「申し訳ありません」
止めようがなかったくしゃみにイルカが頭を下げると、火影はパイプをふかしながらやれやれと、そんな目で一瞥される。
「風邪か」
「いや、そんな事ないと思いますけど。留意します」
鼻を啜りながらイルカは苦笑いを浮かべて答えると、そんなイルカを火影はじっと見つめた。
「体調管理も忍びとしての大切な仕事の一つ。子供たちにそれを指導する立場のお前が風邪をひいたら面目が立たんな」
嫌み混じりの言葉に、はあ、とイルカはまた答えるしかなかった。
「イルカ、お前もそろそろちゃんと相手を見つけたらどうだ。所帯を持てば自分だけの身体ではなくなるし、自然責任も生まれよう。さすれば少しでも寝坊する事も減るんじゃないのか?」
あちゃー、とイルカは内心苦い顔を作る。
「そこは、申し訳なく思っています」
そう答えるイルカに、不満そうな眼差しを火影が向けた。
「見合いをしろと言ってるんだ」
何度か言われた台詞。
「はあ」
言い淀みながらイルカは困った。そう、何度か火影に見合いを打診されてはいたが、どうしても受ける気にはならなかった。
そりゃいつかは結婚をして子供を作るんだろうと言う漠然とした考えは持ってはいたが。そういい縁がある訳なく、良い人止まりで終わってしまう事もしばしば。
こればっかりは努力だけではどうにもならないし。
どんな言い訳をして断ろうかと困るイルカに火影は呆れたようにため息をついた。
「まあ、いい」
もう用はないと言われ、イルカはほっとした。
書類を置きにきただけなのに、脱線してこんな小言が続いては敵わない。
「では、失礼します」
イルカは早々に退出するべく、頭を下げ背を向けると、
「大体、カカシなんかがお前の尻を追ってるのが問題かもしれんな」
ため息混じりに呟かれた言葉。
イルカは眉根を寄せながらも黙って扉を閉めた。

尻を追っている。
それはその通りだった。
なのに。それを自分が思うでもなく、他の人間に言われた事に傷ついていた。
そんな言い方しなくてもいいじゃないのか。
イルカは不機嫌に眉を寄せて歩く。
たしかにカカシは、ここ最近しょっちゅう自分に声をかけ、一緒にご飯を食べるが。
それだけで。
カカシは自分に尻を追うような事はしていない。
ーーそれに、その事で自分が嫌な思いをしているわけではないのに。
自分の周りでそう言われていてもおかしくはないが。火影の耳にまで入っていたなんて。一体どんな風に思われているのか。
気持ちが重くなり、つい頭が下を向く。建物を出たところでつい足が止まっていた。
北風に吹かれ、イルカは出てきた鼻水を手の甲で拭い、ため息を吐き出した。
知り合った当初は不思議な人だと思っていたが、忍びとしては尊敬しているし、子供たちとも師として向き合ってくれている。
自分に対してやたらと声をかけてくるのは、表だって揉めた後、カカシなりに距離を縮めようと努力しているからで。
なのに、それを丸で悪い事みたいに言わなくてもいいじゃないか。
そこでイルカははっとする。
いや、言われたのはカカシであって自分じゃないのだから、そんなに怒る必要もないのか。
そう改めて思いながらも、イルカは黒い目を虚ろに遠くの景色を眺めながら、軽く唇を掻んだ。

身体が重いなあ、と気がついたのは最後の授業が終わった時だった。
子供たちがいなくなった教室で一人黒板を消す。
 イルカ先生
いつもこのタイミングの時にカカシに名前を呼ばれていたと、ふと思う。何となく手を止め扉の方へ顔を向けた。
誰もいない出入り口を見つめ、イルカは思わず小さく笑いを零した。
何考えてんだ俺は。
頭痛にイルカは額に手を当てた後、再び黒板を消し始めた。
大体今日は体調が悪いから、もし来られても困る。
なのになんでカカシの顔が思い浮かぶのだろうか。
イルカは困ったように笑みを浮かべながら教室を後にした。
「イルカ、もう帰るのか」
職員室に戻ってすぐ退出しようとしたイルカを見つけた同僚の声に、イルカは怠い身体をその同僚に向けた。
「ああ、まあな」
「今日はカカシ上忍と一緒には帰らねえの?」
からかい口調の台詞に、イルカは、全く、とため息を吐き出した。
「カカシさんだってそんな暇じゃねえよ」
「でもほぼ一緒にいるじゃねえか」
そう言われたらそうかもしれないが。返す言葉が見つからなくなり、イルカはわずかに眉を寄せて唇を結んだ。
そこで咳が出てイルカは手で押さえた。
「あれ、風邪?」
「ああ、かもな」
「こんな日にカカシさんに襲われちゃったら、抵抗できないから気をつけろよ」
冗談だと分かっているのに、思わず怒りがこみ上げてきた。同時に今日火影に言われた言葉を思い出す。
火影と言い、自分とカカシは周りにそんな風に思われているのだろうか。
顔に出ていたのだろう、同僚が険しくなった顔に気がつき、取り繕うように笑った。
「いや、冗談だって。でもさ、あの人昔は結構遊んでたって噂で、今だってモテてんのに一切興味ないみたいだし、お前意外は」
「・・・・・・そんな事ねえよ」
そう答える事しか出来なかった。
思った以上に機嫌の悪くなったイルカに、同僚はまた笑って、だよな、と心ない同調する。
イルカは息を吐き出した。
「俺もう帰るから。もしカカシさん来たら今日は帰ったって伝えてくれ」
イルカは再び出た咳にポケットから引っ張り出したハンカチで押さえると、ああ、と答える同僚に背を向け、職員室を出た。



朝マフラー忘れただけだったのにな。
今日起きたら布団から出て寝てたし、それかどこかでもらっちゃったのか。
イルカは部屋に帰って早々に着替えると、ベットに身体を横たえた。
計ってはいないが、たぶん熱も出ている。
咳程度の風邪ならよくひいていたが、熱が出たのは久しぶりだ。
火影に言われた通り、この時期特に体調管理には気をつけるよう生徒には注意喚起しているのに。
明日も熱が出たままなら、休まざるを得なくなる。
それは困ると、イルカはぼんやり天井を見つめた。
ただでさえ人で不足だと言うのに。
受付をかけもちしている分、どちらにも迷惑がかかってしまうのだけは避けたい。
ただ、気持ちだけで治るわけがないのくらいは分かる。
何も考えないようにしていたいのに、気分が沈んでいるのは確かだった。
マスクをしていると余計に熱があるようにも感じる。
イルカは額に手を当てながら目を瞑る。
「なんか口にしないとな……」
イルカは一人呟いた。
なんで帰りに何か買ってこなかったのか。
とにかく早く横になりたいと、それだけを考えて帰ってきたから、そこまで頭が回っていなかった。
かと言っても買い置きしている食材で何かを作る気力もない。こんな時一人暮らしの不便さを痛感する。と言うのも毎回だなあ、と内心イルカは笑うしかない。
そう、こんな思いも風邪が治ると忘れ、また風邪をひくと感じると言う、幼い頃から一人暮らしをしている自分にとっては毎回感じるループなのだ。
慣れと言えば慣れなんだろうが。ただ、年々歳を重ねるにつれ、この寂しさが濃くなっている事は否めない。
火影に言われた通り、男の一人暮らしにピリオドを打つ事も考えた事もあるが、ただ、それを理由に彼女を見つける気にはなれなかった。
こっぱずかしくて誰にも言えないが、既に幸せな結婚をしている同僚を見て思ったが、はやりそれなりに恋愛をして恋人をみつけたい、が自分の考えだった。
そこまで思ってカカシの顔が浮かび、イルカは眉根を寄せ寝返りを打った。
違うだろ。
自分に情けない声で突っ込む。
昨夜、カカシは酔って赤くなった頬に立て肘をついてイルカを見つめた。
その視線に気がつき、何ですか?と聞くと、カカシは幸せそうに微笑んだ。
「いや、こうしてあなたと一緒に酒が飲めて幸せだなって」
酔うとカカシはいつもこんな感じだった。
男の自分でも感じるような色気の含んだ目をイルカに向ける。
言われ慣れたイルカはグラスを傾けながら笑った。
「それはどうも」
「本当だよ?」
「ええ、それは毎回聞いてますから」
言えば、カカシは子供のように口を尖らせた。
「分かってないよ、絶対。先生は俺の気持ちなんて全然分かってない」
「いや、十分分かってますって」
いつもと同じ会話を繰り返し、笑いながら視線をカカシからそらした。
ーーそう、俺はいつもの会話をそうやって笑って誤魔化す。
ああ、こんな事を考えるのは弱っている証拠だ。
イルカはむくりと起きあがった。
さっさと治す事を考えなければ。
取りあえず、空腹は感じないが何か腹に入れなければ。
のそのそと布団から出た途端、悪寒に襲われ目眩に襲われる。思わずしゃがみ込んで目を瞑った。そこからゆっくり目を開き、またゆっくりと対上がる。
床に落ちてい半纏を羽織り、財布をズボンのポケットに突っ込むと玄関に向かった。
サンダルを履く。
(あー、でもコンビニまで行くのはしんどいかも)
思いながらドアを開け、目の前に立っている人影に驚き目を丸くした。
カカシがドアの前に立っていたからだ。
ぽかんとしてカカシを見つめ、
「え・・・・・・カカシさん?」
本当にそこにカカシが立っているのか不思議で、名前を呼んでいた。
「なんでここに、」
いるんですか、まで言い終わる前に勢いよくカカシの手がにゅっと伸び、額に触れた。
「熱がある。なのに何で起きてるんですか」
言われた事よりも、カカシの厳しい口調に驚き思わずイルカの身体がびくりとした。
そこからカカシに問われた事を機能しない頭でゆっくりと考える。
「あ・・・・・・俺まだ夕飯食べてないから、それで、」
カカシの眉間に皺が寄った。
「この熱で食べれる訳ないでしょう」
「いや、でも食べないと治らないし」
「何を馬鹿な事を」
どうしてカカシがそんなに怒るのか分からなかった。
ふらふらしたイルカの身体をカカシが支えるように腕を掴む。掴んだと思ったら背負われさすがに驚き、声が出た。
「ちょ、ちょっと、カカシさん?」
「病院に行きますよ」
「え?」
たぶんカカシより重いだろう自分の身体をカカシは楽々と背負う。そのままカカシはひらりと飛躍した。
「たぶんあんた40度超えてる。今インフルエンザが流行ってるの知ってるよね?」
それは知っているが、と言いたくても何故か言葉が自分から出ない。
「もしそうだったらどうするの。なのに起きて外に飯を買いに行こうなんて。だったら早く診てもらわなきゃ駄目じゃない」
言われて、熱のある頭でぼんやりと、そうだよなあ、と思った。
大の男の大人を背負っているのに、カカシのスピードは落ちなかった。そればかりか揺れる事なく心地良い。
急に眠気に襲われながらも、イルカは胸が苦しくなった。
どうしようもない苦しさに、涙腺が緩むのは、熱のせいなのか。いや、きっとそうだと、自分に言い聞かせた。
大体カカシは何で自分の家なんかに来たのだろう。
今までカカシは一度も自分の家に来たことがなかった。だから来るとすれば自分の職場である受付か職員室で。
それに、同僚に今日は無理だって、そう伝えたのに。
そこまで思った時、だからカカシは同僚に聞いて、イルカを心配して家まで様子を見に来たのだと。否応なしに気がつかされる。それは間違いない事実で。胸が張り裂けそうになった。
「・・・・・・馬鹿ですよ、カカシさんは」
苦しさに、口から言葉が溢れた。
俺なんか。放っておけばいいのに。大人なんだから、自分でどうにか出来るんだから。
それに、カカシに風邪がうつったら、それこそ問題なのに。
こんなどこにでもいるような、中忍の男なんか相手にしないで、カカシさんだったらどんな女性でも振り向くのに。
火影の言うとおり。俺の尻なんか追わなくたっていいのに。
本当、馬鹿だ。
「イルカ先生、何か言った?」
スピードを緩めて顔をこっちに向けるカカシに、イルカは首を振り、その広い背中に顔を埋めた。
鼻がつんとして視界がぼやける。
でも。
自分が一番馬鹿だ。
カカシが自分から離れていったら辛いのは分かっていた。
こんな風にカカシとご飯を食べたり、一緒に過ごす時間がなくなったら、怖いとさえ感じた。
それを認めたくなかった。
この気持ちが恋だと、そう認めてはいけないと、そう思いこませた。
だからカカシなんて好きじゃない。
好きになってはいけない。
そう思うのに、カカシは優しくて。
昨夜、自分といるのが幸せなんだって言われた時、嬉しくて、俺もです、と口から出そうになった。
それをやっとの事で誤魔化したのに。
カカシの背中で、カカシの温もりを感じていたら、カカシへの愛おしい気持ちがどんどんと溢れてくる。
イルカは頬を涙で濡らしながらも、心地よい静かな揺れに眠りに襲われる。
瞼が重くなり、目を閉じた。
もし、次の日の朝。目が覚めてカカシがそこにいたら。この気持ちを伝えても、いいのかな。
そう思った時、初めて幸せな気持ちに包まれた。
そこからイルカは、カカシの温もりを感じながらゆっくり眠りに落ちていった。


<終>
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