デート

 受付に戻ろうと歩いている時にカカシ先生を見かけた。
 ナルトの上忍師であるカカシは、受付や帰りに時々顔を会わせるだけで、自分の行動する範囲内ではあまり見かけない。
 上忍仲間と話していたのにも関わらず、イルカに気が付いたカカシはにこりと微笑んだ。それがあまりにも自然で思わず笑顔で返しそうになり、慌てて頭を下げる。そして通りがけにすぐ、声をかけられた。
 足を止めて振り返ると、一緒にいた上忍は既に会話を終え背中を向けていた。
「先生は今日は受付?」
「ええ、今日は一日受付です」
「残業とかあるの?」
 聞かれてイルカは考えを巡らせた。今の時点でまだ残業になる仕事は持っていない。と言うか、さっき火影から渡された手に持っている書類の進み具合による。
「どうですかね、まあ・・・・・・いつもよりは早く上がれると思いますが」
 答えながら何だろうとカカシを見つめていると、カカシはがしがしと頭を掻いた。
「また夕飯でもどうかなって思って」
 カカシに誘われたのはこれで三度目だった。イルカは軽く頷く。
「ありがとうございます。たぶん火急な用が入らない限りは大丈夫かと思います」
 と言えばカカシもまた頷いた。
「俺もです」
 そうですか、と返すイルカにカカシは、じゃあまたね、と背を向ける。その背中にイルカは慌てて呼び止めた。
「あの、カカシ先生」
「はい」
 返事をしてカカシは僅かに首を傾ける。
「あの、今度は俺が奢ります」
 念を押すように言った。
 前回は居酒屋でそれなりに二人で飲み食いしたのにも関わらず、一銭も払わせてもらえなかった。せめて自分の分くらいは払いますと言ったのだが、大丈夫の一点張りで結局全てカカシが支払った。
 それがものすごく心残りだったのだ。
 誘われる事は嬉しい。しかし、そこにはきちんとした礼儀が必要だ。
 カカシは少し不思議そうな顔をした。
「そうなの?」
 残念そうに言われ、あれ間違ったかと思うが、自分が間違ってるとは思えないし、そう簡単には譲れない。そうです、と返答しようとした時、
「じゃあ割り勘にしよう?」
 先に別の手を打たれ、妥協すべきなのか分からなくなり、それならいいでしょ?と追加して言われ、結果渋々頷くしかなかった。

「お前さ、さっき何話してたの?」
 受付に戻ってすぐに隣に座っていた同僚に聞かれ、イルカは持ってきた書類に目を通しながら、何が?と聞き返す。
「はたけ上忍」
 名前を出されて頷いた。
「ああ、夕飯一緒にどうかって」
「へえ」
 同僚が関心を示す声を出した。
「怖くないの?」
 イルカは顔を同僚へ向ける。
「何で」
「え、だってあのはたけカカシだぜ?それにいつも口数少ないしなんか威圧的って言うか、」
 イルカは軽く頷いた。知り合う前のカカシは確かにそんな感じだった。元々ナルトの上忍師として挨拶をした時も、初めまして以外はあとは相づちぐらいなもので、会話という会話はなかった。無言が多くそれに加えて威圧的に感じるのは、カカシのそのあまりにも高い名声が手伝っていたのもある。
 元々中忍とあまり話さない上忍は多く、特にそこまで気にしていなかったのは、あのナルトが懐いていたから。サスケもサクラも同じ様に愚痴は言うものの、話す度に成長が感じ取れた。
 それにちょっとずつではあるが、カカシとも会話らしい会話するようになったのは最近で。
 ただ、少し不思議な人だなあと思ったのは、先月の大雪で雪かきをしていた時の事。
 誰もが笑う自分の体験談を、カカシは笑わなかったからだ。ナルトでさえ、今時雪の精なんているわけがないじゃん、と全く信じてもらえなかったのに。
 俺は信じますよ
 馬鹿にする事もなく、笑う事もなく。それは本当はカカシの本心ではなかったのかもしれない。でも感じる限り適当でもない口調で、カカシがそう言ってくれた事に驚いたが、それ以上に嬉しかった。
 その後食事に誘われた事もかなり驚いた事だった。体が冷えていたからラーメンをカカシ先生と食べた。その時もそこまで弾むような会話はなかったが、何故か居心地は良かった。初めて見た素顔にラーメンを食べながら覗き見るとカカシと目が合った。そして嫌がる訳でもなく、逆にニコっと微笑まれた。美味しいね、と言うカカシは本当に嬉しそうで、その子度もっぽい表情にさっきの自分の事を笑わなかったのが何となく納得出来てしまった。もしかしてクリスマスとかも結構大きくなるまで信じてたのかな、とか。それは大げさなのかもしれないが。とにかく、彼の名前に構えてしまっていた事は事実で、イメージが変わったのも事実だった。
 怖いと感じる同僚に悪気はない。
「怖くなんかないよ」
 笑うと半信半疑な眼差しでイルカを見る。
「まあ、繋がりがあるからってのもあるんだろうな」
 自分で納得するように同僚は呟いた。
「で、お前からは誘ったりするの?」
 言われてペンを持ちながら首を横に振った。
「ないよ。流石にそれは出来ないだろ」
 だよな、と隣から声が返る。
 誘われたから一緒に食事はするものの、それは流石に出来なかった。この縦社会で自分から誘う事はあまりない。よっぽど仲が良いなら別だが。昔から知ってるアスマでさえ自分からは誘わない。そこはわきまえている。
 昔から話しやすいとは良く言われていた。カカシもまたそう感じてくれているのなら、それは嬉しい限りだ。
 正直、彼から子供たちの事を聞けるのも嬉しい。
 

 俺が良く行く店でもいいですか?
 そう尋ねるとカカシはすぐに承諾してくれた。
 いつもの居酒屋にカカシと二人で暖簾をくぐる。 
 今日は寒いから、と熱燗を頼むとカカシもまた合わせるように熱燗を頼んだ。そこまで酒は得意じゃないと言っていた。
 ちびちびとお猪口を口に運ぶカカシを見つめながら、イルカは眉を下げた。
「大丈夫ですか?無理して俺に合わせなくても良かったんですよ?」
 少し白い頬をピンク色に染めたまま、カカシは大丈夫、と小さく答えた。
「ちゃんぽんしなきゃ平気」
 それに和食と合うしね。それは確かにその通りで、イルカもまたカカシと同じ様に煮魚へ箸を伸ばした。
「そう言えば今日ナルト達がね、」
 ふと話が途切れた時に口にしたカカシの言葉に、イルカは顔を上げた。確か今日は任務ではなく修行だった事を思い出す。ランクの低い任務に関しては不満たらたらなくせに、カカシとの修行でカカシ先生は厳しいだのきついだのと言った愚痴は言うものの、不満らしい不満は聞いた事がない。それは、子供たちなりにカカシ先生を師として認め受け入れていると言う事で、それは自分自身すごく嬉しく、喜ばしい事だった。
「やたら先に進みたいって駄々こねるから、その分今日の特訓した内容と倍にしてあげましたよ」
 腕立て伏せとか、腹筋とか。
 呆れ口調で言うカカシに、それは安易に想像出来てイルカは思わず含み笑いを零した。
「じゃあ今日はみんなぐっすり寝てるんでしょうね」
「ね、ホント」
 自分と一緒に笑っていたカカシが、あ、と何かを思い出した様に声を漏らす。そこから少し困った表情を浮かべ、イルカは心配になり杯をテーブルに置いた。
「どうしたんですか?何か急用でも?」
 聞くと、すぐに違うとカカシは苦笑いを浮かべながら手を軽く振った。じゃあ何だろうと思っていると、徳利を持ったカカシに促され、イルカは慌てて杯を持った。酒を注がれ、イルカもまたカカシの杯に酒を注いだ。
 途中になってしまった話にイルカが視線を向けていれば、それに気が付いたカカシは口を開き、
「・・・・・・いやね、アスマにはデート中に仕事の話はあんまりするなって忠告されてたんだよね」
 飲みかけていた酒を少し吹き出していた。慌てておしぼりで口元を押さえながらカカシを見る。
「あの、これ・・・・・・デートなんですか?」
 聞き間違えって事はないが、一応、とイルカは確認する。カカシは直ぐに頷いた。
「うん、そう。俺はそう言うつもりで誘ってたんだけど、」
 駄目だった?
 そうカカシに聞かれ、何故か耳まで熱くなった。
 イルカの頭の中は猛烈な勢いでぐるぐる回り始める。
 そんな可能性は微塵も感じていなかったし。それをあまりにも普通に口する事とか、一体どこからなのか、もしかしてラーメンを食べに誘われた時から?いや、それ以前?てことは初めて挨拶をした時って事か?いや、俺がデートする相手?デートって、え、これデートなの?そうなの?
 同性同士はそこまで珍しくないケースだけど。そんな気配全くしなかった。だからこそ、こんなに驚いたんだけど。
 でも。自分はノーマルなのに。不思議な事に、カカシにデートだと言われても嫌な感じはしない。
 イルカは静まりつつある思考にカカシへそっと顔を上げた。イルカを見つめてたカカシは、にこりと微笑む。邪気がない子供っぽい微笑みに、イルカもまたつられるように微笑んだ。
 何て答えようか。迷ったものの、イルカは自分の杯を手に取る。
「えー・・・・・・承知しました」
 正直上手い言葉ではないとは思う。でもこんな時に何て言ったらいいのか。
 軽く上げた杯に、イルカの言葉に。カカシは僅かに目を見開いた後、優しく目を緩め、言葉を受け止めるかの様に杯を上げる。陶器の音がかちんと鳴った。

 
<終>
スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。