デート③

 今日は小春日和だったとは言え、日が沈めばやはり寒い。気温が下がった職員室で、イルカは明日の授業の準備に教本を開き見つめていた。紙面に目は落としているも、視線は文字を目で追ってはいない。
 数日前、カカシとキスをした。
 カカシに告白をされた日もしたが、それではなく、また別の日で夕飯を一緒に食べた帰りだった。寒いのもあって、並んで歩くその距離は近くてそれだけでドキドキとした。告白される前からこうして一緒に歩いていたはずなのに。それは何も変わっていないが、関係は変わった訳で。
 だって。ただの上官や知り合いではなく、恋人なのだ。
 知り合って多少近い距離になったとは言え、まさかあのはたけカカシが自分に好意を持っていたなんて夢にも思わなかったし、そして今は夢でもなんでもない。自分の恋人だ。
 自分とは住む世界が違う人だと思っていた。ただナルトの上忍師として知り合ったが、同じ里の忍であっても生きてきた世界が違う。挨拶をしたり時々飯を食ったり酒を飲んでいても、自分とは違うと、そう思っていた。いや、思いこんでいた、が正しい。
そう。だって、そう考えていた自分とは違い、カカシは自分を身近な相手として見てくれていたのだ。恋をする対象として。
 好意を持っていると知ったあの日、ただただ心底驚く自分に、カカシは眉を下げて笑っていた。それはもしかしたら彼にとってはよくある経験からだから。
 そう思ったら胸が痛くなった。
 きっと、写輪眼のカカシとして、里一の技師として、振り返られる事はあっても高名である事が優先して周りが距離を取ってしまっている。その通り、自分もその中の一人だった。
 そう考えただけで涙が出そうになったのは、自分がただ単に情に弱いだけなのか。
 だけど、こうして横顔を見るだけで、すごく格好良くてーー。
 隣で歩いていたカカシがふとイルカを見る。青い目がイルカを映し、イルカは慌てて視線を前へ戻した。
 口布の下でふふ、とカカシが小さく笑った声が聞こえた。
「何、先生。どうしたの?」
 言われてもう一度カカシへ目線を戻すと、その笑い声の通り、目を少しだけ細めて笑っていた。柔らかくも涼しげなその目元にまた見ほれそうになり、イルカは笑っていや別に、何でもないです。と誤魔化しながら、首を横に振った。
 後々気が付いてきた事なのだが、カカシの顔は自分のタイプなんだと思う。
 男の顔にタイプがあったなんて自分でも驚きだが、いい歳して、同性の恋人に胸をときめかせているのは事実だ。
 そうしている間にも、それぞれの家へ向かう為の分岐点が近づいてくる。と、カカシが足を止めた。イルカも合わせるように足を止める。
「さっきも言ったんだけど、俺明日から数日里を離れるんだよね」
「ええ、そうですよね」
 イルカは頷いた。数日カカシと顔を合わす事が出来ないが任務だ。少し寂しいなあとは思うが、そればかりは仕方がない。
「だからさ、キス、していい?」
「・・・・・・え?」
 時間も時間で街灯もない真っ暗な夜道に、自分達以外に人の気配はない。冷たい空気が包む中、聞き返すイルカへカカシは腕を伸ばす。カカシとの距離が近づき、自分の口布を下げた。
 あ、キスをされる。そう思った。
 あまりにも慣れない空気に心臓がどくどくと鼓動を早めるが、恋人同士なのだから、当たり前だと思い直す。
 前と同じ様にカカシの唇が自分の唇に触れ、重なった。イルカは目を閉じでそれを受け止める。それだけで、頭の奥がじんとした。
 そこからゆっくりと唇が離れ、終わったのだとイルカは目をゆっくりと開ければ、カカシの手がイルカの頬に包むように触れた。え、と思った時にはカカシの顔が傾き、再びキスを落とす。それもまた受け入れるようにうっとりと目を閉じた時、深く口づけられ、僅かに開いた口からぬるりとカカシの舌が入り込み、イルカは思わず目を開けた。
 驚いている間にも思った以上に熱い舌が、口内を蠢き驚き縮こまったイルカの舌に絡む。ん、と鼻から息のような声のようなものがイルカから漏れた。これがキスだって知らない訳がない。
 でも、頭では知ってはいても、正直初めてで。上手く息も出来なくて、頬が熱くなり、目が勝手に潤む。唇が離れても、しばらくそのまま動けなかった。カカシは優しくもう一度唇を落とし、イルカの顔をのぞき込む。
「イルカ先生?」
 ぼおっとした表情のままのイルカにカカシは少しだけ顔を傾げる。
「大丈夫?こういうの、駄目だった?」
 少し心配そうに聞かれ、イルカは濡れた睫毛で瞬きを何度かした後、そこからようやく笑顔を作った。
「いえ、全然。ただ、ちょっとびっくりしただけで」
 動揺しながらも笑顔を浮かべるイルカに、カカシは安堵した顔をし、
「良かった」
 と、カカシも少しだけ白い頬を赤く染め、微笑んだ。

 それが週の始め。
 あの後平静を装ってカカシと別れ、家に帰り布団に入った後も結局中々寝れなかった。
 思い出してイルカは頬を熱くさせた。
 既に教本の内容は頭に入っていない。
 ふと思い出しただけで、あのキスをしている時の感覚が蘇る。だから考えないようにしていた。考えないようにしていても、こうしてふと思い出し身体の芯が熱くなる。イルカはぐっと唇を結び、いかんいかんと首を振った。
 ペンを置き立ち上がると、まだ残業をしていた最後の教員は鞄を持ち立ち上がり、給湯室へ向かうイルカに、お疲れと、言って職員室を出て行く。
「お疲れさまです」
 イルカは挨拶を返すとマグカップを持って給湯室へ向かった。
 ポットのお湯はまだ残っていた。イルカはインスタントのコーヒーの粉をカップに入れ、お湯をポットから入れる。ポット電源は最後まで残っている教員がやるべき仕事で、それを忘れないようにしないといけない。先に電源のコードを抜き、煎れたばかりのコーヒーを飲もうとしたとろこで扉が開き、イルカは驚き顔を向けたのもつかの間、覗かせた顔に自然に笑顔がこぼれた。
「カカシ先生」
 名前を呼ぶ。
 カカシが部屋に入ってきた。四日ぶりだった。
 いい大人のくせして恋人が恋しいなんて思ってはいけないとなんとなく感じていて、その気持ちを抑えようとしていたから、尚更だった。
 きっと会えても明日の仕事が終わった時くらいかと思っていたから、余計なのかもしれない。
「任務終わられたんですね」
「うん」
 怪我もなく帰ってきた事にほっとすると、カカシは頷いた。
「さっき里に戻ってきたんだけど、先生もしかしたらだまいるかなあって」
 任務は過酷な内容だったはずなのに、それを全く見せる事なく微笑むカカシの顔は優しい。カカシの言う通り、まだ背中にはリュックを背負っていた。
「イルカ先生の顔が見れて良かった」
 こんな状況でそんな事言うのは狡い。微笑むカカシに胸がきゅうと締め付けられ、たった四日だったのにも関わらず、その中で無意識に抱えていた寂しさが急にイルカの心から溢れた。
「あの、俺も・・・・・・会いたかったです」
 言えた。
 歯の浮くような、とは違うかもしれないが、素直に自分の口から到底言えなかった言葉をカカシに伝える事が出来、心の中でガッツポーズをする。
 カカシは。少し驚いたような顔をした。でも直ぐに嬉しそうに微笑む。
「うん、俺も。会いたかった」
そう言ってカカシはイルカに近づき抱きしめた。
 カカシの腕の内でカカシの肩に自分の顔を埋める。土埃と、あとカカシの匂いだろうか。その匂いが酷く自分を安心させた。目を伏せる。
 少しだけ身体を離したカカシの指がイルカの顎に触れ、イルカを顔を上げさせた。
 カカシは口布をもう片方の指で下げながら顔を傾け、唇を重ねた。息づかいや温もりで、カカシの事がこんなに恋しかったのだと、自分の中で実感する。
 同時にこの前のキスの感覚を思い出しただけで胸が変に高鳴った。そう思い躊躇したのもつかの間、カカシの舌がまたイルカの口内に入り込む。それだけでぞくり背中がとした。この前は初めてだったから。そう思いたいのに、ぬるぬると舌が絡まっただけで、身体がじわじわと熱を持った。キスの合間に声が漏れ、それが丸で自分じゃない甘い声で。恥ずかしさに熱が増した。
 カカシの舌が、歯並びを確かめるように舐め、またイルカから声が漏れた。
 身体が、もどかしい。下半身に熱が集まっているのは明らかで。イルカはキスをしながら眉根を寄せた。
 もしかしたら自分はおかしいのかもしれない。
 知らなかった自分の一面を知ってしまった。身体が密着しカカシにそれがバレてしまうのが恥ずかしい。
 イルカは腕の力を入れ、カカシを押しのけた。重なっていた唇が離れる。
「・・・・・・イルカ先生?」
 聞かれて、真っ赤な顔を俯かせた。
「すみません、ちょっと、」
「どうしたの?」
 不思議そうに問われてイルカは困った。恋人と久しぶりに会って拒否されたら誰だって不思議に思うだろう。
 でも。
 中々答えれない。なんて言ったらいいのか。
「嫌だった?」
 言われてイルカは顔を勢いよく上げていた。
「違います」
「そっか。じゃあ・・・・・・なに?」
「いえ、あの・・・・・・」
 こんな事で誤解を招きたくない。目を伏せて自分の手をもう片方の手で握った。
「舌が・・・・・・、」
「え?」
 イルカは顔を上げる。 
「舌が入ると、駄目なんですっ」
 訴えかけるイルカの眼差しに、カカシは一瞬きょとんとした。
「・・・・・・舌?」
聞き返されて、イルカは一回唇をぐっと結ぶ。
「嫌いじゃないんです。でも、何て言ったらいいか・・・・・・あの、カカシ先生の舌が入ると、気持ちよくて、変になっちゃうって言うか、その変て言うのは変な意味じゃ、いや、違う、そうじゃなくて、」
 説明を必死にしているはずなのに、自分でも何を言っているのか分からなってくる。
 それに、さっきとは違う意味で身体が熱くなり、イルカはもう一度唇を噛み、だから、と言い掛けた時、
 カカシから笑い声が漏れた。のが聞こえた。必死になっている自分の前でまさかカカシが笑うなんて思っていなくて、そっと顔を上げると、やはりカカシは笑っていた。
 いつも見せる、小さく笑うような感じとか、そんなんじゃなく、明らかに声を立てて笑い出していて、イルカはカカシを見つめながら眉を顰めた。
 人がこんなに一生懸命に説明していると言うのに、一体何がそんなに可笑しいのか。
 ぽかんとしたままのイルカを前に、自分の口元に手を当てて一頻り笑ったカカシは、イルカへ顔を向け、ごめん、と小さく言った。
 ごめん。とは、何が?
 イルカが問う前にカカシは口を開く。
「あのね。それはそうなって欲しくてキスしてたの」
 まだくすくすと笑いをこぼしながら、カカシは言う。
「でもそっか、あなた思った以上に感じてくれてたんだ」
 三秒後、イルカの顔がさらに真っ赤に染まった。
「嬉しいな」
 本当に嬉しそうに、カカシが言う。
 酷い。と言うか、悔しい。恥ずかしくても、カカシを不安になせたくない、その一心で伝えたのに。なのに、そんな事って。
 イルカの拳がわなわなと震え始める。
「もどかしかった?」
 羞恥に耐えている間にもそう言われ、顔を真っ赤にしながらイルカが恋人になったカカシを初めて殴ったのは言うまでもなかった。


<終>


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