デート④

 職員室でふと顔を上げると、時計の針はもう定時から三時間過ぎようとしていた。
 今仕事はそこまで忙しくはないが、どうしても今日やってしまいたかったのは、週末に残業をしたくなかったから。それは、週末、カカシと会う約束をしているからで。
 そこまで思ってイルカは動機が不純だなあ、苦笑いを浮かべた。浮かれている自分に少し恥ずかしさを感じるものの、そこには週末にカカシと過ごす時間が持てると言う事の嬉しさが勝る。
 波があるが、最近カカシは忙しい。七班の任務に加え単独任務を請け負っているのだから当たり前だ。そこまで深く事情を知る由もないナルト達からは、カカシ先生が気楽で羨ましいと、そんな言葉を零され苦笑いをした事も少なくはない。自分は自分で、何言ってんだ、と聞き流しながらも、自分もカカシが背負っている全てを知っている訳ではなく、その事はイルカの胸を痛めた。
 ただ、カカシとつきあい始めてから。たかが約束でこんなにわくわくした気持ちはいつぶりだろうかと、感じる事は少なくはない。
 イルカは確認し終わった書類の束を一纏めにする。イルカは帰り支度を整えると職員室を後にした。


 帰りながら明日の仕事の段取りを頭に浮かべる。調整した通り明日の仕事をこなせばその後は週末だ。
(・・・・・・腹減ったな)
 少し気がゆるんだからなのか、急に空腹を感じイルカは肩にかけた鞄に手を突っ込む。その中から饅頭を取り出した。一口饅頭だ。行儀が悪いが夜道で誰かが見ている事はない。職員の一人からおみやげだと渡されたものがだ、小腹が空いている時にはちょうどいい。イルカは歩きながら包みを取り口に入れた。
 今日は適当にカップラーメンにしようかと、買い置きしてあったカップ麺の種類を思い浮かべた時、
「イルカ先生」
 その声にイルカは振り返った。
「カカシさん」
 カカシの顔を見て思わず笑顔になる。カカシも、イルカの顔を見て嬉しそうに眉を下げた。お互いに歩み寄る。ここ一週間、カカシは里にいてもいないような生活を送っていた。受付に顔を出す事は七班の任務の後くらいで。だから顔を合わせれた事に尚更嬉しさが募る。と、カカシに目を細めながらじっと見つめられ、何だろうと思うも、そこからカカシはにこりと微笑んだ。そこから人差し指で下ろしながらイルカに顔を近づける。ドキンと心臓が鳴った。
「あの、」
 不意過ぎて、そして他に人はいないが裏道でもなんでもない場所で、言いかけたイルカにカカシは唇が触れ合う直前で動きを止め、そして恥じらうイルカの顔を見て薄く微笑んだ。
「少しだけ」
 言って優しく唇を重ねる。カカシの唇の感触にうっとりとしながらイルカは目を閉じた。何度か短いキスを繰り返しながら深く重なり、一回だけ舌が絡む。そこでカカシは唇を離した。
「あま」
 躊躇ったくせに物足りなさを感じながらも、カカシにそう言われ、その意味に気がつく。
「あ、えっと、さっき饅頭を食べて、」
「歩きながら?」
「ええ、まあ、」
 認め苦笑いを浮かべるイルカにカカシはまた目を細め小さく笑い、口布を戻した。一緒に歩き出す。
「先生今日はもう家に帰っちゃったのかと思ってた」
「え?」
 聞き返すと、カカシは手を後頭部にまわし銀色の髪を掻いた。
「報告がてらアカデミー通ったんだけど、もう電気消えてたから」
 言われ、ああ、とイルカは相づちを打つ。
「実はさっきまで俺だけ残ってたんです」
 自分が週末の為に仕事内容を調整している事は恥ずかしくて言えないが、そう口にするとカカシはそっか、と納得したように頷き、だから饅頭、と言って笑った。
 そしていつものお互いの家路までの分岐点に差し掛かった時、カカシは立ち止まらなかった。
「あの、」
 戸惑うと、うん?とカカシは足を止めイルカに振り返る。
「送ってく」
「え?」
 当たり前のように言われ、その申し出に少しだけ驚いた。でもそれは素直に嬉しくて。恋人同士でも同性である以上送ってもらう事に最初抵抗はあったが、カカシと少しでも一緒にいたいのは同じだった。
 そして、カカシが明日夜も明けないうちから任務が入っている事は知っている。断続的な他国の偵察とだけ聞いてはいるが、それ以外どんな内容かは分からない。
 だから、と躊躇するも、僅かでも一緒にいられる時間が正直ものすごく大切なものに感じた。
「じゃあ、お願いします」
 もごもごと口にすると、カカシは小さく笑った。眉を下げ、うん、と答える。
 そこからまた一緒に歩き出した。いつもと変わらない自分の今日あった出来事を話す。もう少し自分のアパートが遠かったら良かったのに、と思うのは甘ったれてるなあ、と自分でも感じる。もっと十代の、若い子の初々しいカップルでもあるまいし。カカシはともかく自分の容姿を思うだけでそう思うことがみっともない事だと思えてしまう。
 言ってはいけないような事が多いとも感じるようになったのはカカシが忙しくなってきてから。
 ただ、自分が素直に気持ちを吐露しない変わりにカカシが口にしてくれる言葉でいくらか救われているのは確かだった。
 会えて嬉しいとか、先生といると幸せとか、ーー好きだよ、とか。寂しい、までは口には出さないが、カカシの言葉が自分のもどかしい気持ちを緩めさせてくれる。
 アパートの自分の部屋の前で二人は立ち止まる。鞄から鍵を取り出すイルカを見つめながら、カカシは微笑んだ。
「じゃあ、帰るね」
 約束通りの言葉を、カカシの口から聞いただけで、それだけで寂しくなった。だが、明日はまたお互いに忙しい一日が待っていて、そして明後日は一緒に休日を過ごせるのだ。もどかしいなんて言ってられない。
「はい」
 イルカは笑顔を作り少しだけ伏せていた顔を上げ、微笑む。その顔をカカシは見つめ、何故か少しだけ眉を下げ微笑んだ。それだけで寂しさが募る。
 口布を下るカカシにイルカもまた顔を上げ唇を重ね口づけを受け入れた。何度も啄むようなキスの後、緩く開いたイルカの口にカカシは舌を絡め、あくまでも甘いキスを繰り返す。
何度もこうしてカカシと口づける度、今は本気のキスをしないようにしているのが分かった。目をゆっくり開けると、カカシの目も開き間近でカカシと視線が交わった。そこから一回唇を離すも離れ難いようにもう一度唇を軽く重ねる。ちゅ、と音を立ててようやく唇を離した。
「土曜日楽しみだね」
 そう口にするカカシはゆっくりと口布を戻す。
 少しだけ離れただけなのに、急に温度が下がったような気がして、そして、さっきまで隣にいた温もりがなくなるのかと思うと、無性に寂しさを感じた。
「先生は明日も朝から授業だよね?」
 優しく微笑みながら聞かれ、イルカは頷く。しかしカカシの方が自分よりも早く発つ。
「カカシさんも、無理しないでくださいね」
 イルカの言葉にカカシも同じように頷いた。
「じゃあ、行くね」
 別れ際に口にするいつもの台詞を言うと、カカシは背を向ける。その背中を見た途端、イルカは手を伸ばしていた。カカシの袖を掴み、当たり前にカカシが振り返る。
「どうしたの?」
 不思議そうに問われイルカは慌てて手を離した。
「あ、すみません、えっと、」
 正直自分でも驚いていた。寂しいから。もっと一緒にいたいから。引き留めたいと思うあまり手が伸びてしまったなんて、酷い言い訳にも程がある。というかみっともない。かあ、と顔が赤くなった。
 何やってんだ俺。
 口ごもる声も弱々しくなり言葉が出なくなる。だけど早く言い訳を口にしなくてはと顔を上げた。
「・・・・・・あの、なんかちょっとだけ寂しいな、なんて思っちゃって、」
 言った後に似合わないと自分でも思った。頬が熱くなり一気に後悔の念が押し寄せる。こんな自分が寂しいなんて、酷いにもほどがある。似合わないですね、と笑いながら口にした時、思い切りカカシに引き寄せられ抱き締められ、驚きに、わ、と声が出た。
「・・・・・・カ、カシさん?」
「ごめん、今ちょっと無理」
 カカシが苦しそうな声で小さく呟く。腕の内に入れられカカシの顔は見れない。ただ抱き締められカカシの匂いに反応して心臓がきゅうと苦しくなった。寂しいと言ったのは事実なのだから嬉しいのだが、無理と言われ心配にならないはずがない。もう一度名前を呼ぼうとすると、もう少しこのままでいさせて、と言われイルカはそれを受け入れ口を閉じた。カカシの温もりを感じながら、カカシの匂いも感じ取る。
 そっとカカシの背中に手を回した時、カカシの抱き締める腕の力が少し弱くなり、そのまま首もとに唇を落としたカカシがちゅう、と吸い上げる。身体が思わずびくりと跳ねた。予想していなかったから、あ、と声が自分の口から漏れた。自分のみっともない声に顔が赤く染まる。
「え、・・・・・・あの、」
 戸惑う声を出してみるが、返事がない。変わりにねろりと舐められ息を呑んだ。外だって分かっているから息を殺そうとしても、カカシの愛撫に声はどうしても漏れる。
「カカシさ、」
 恥ずかしさが募り名前を呼んだイルカの唇をカカシが塞いだ。そのままその勢いでイルカをその部屋の玄関のドアに背中を押しつけた。さっきとは全然違う強引なキスに、まだ冷たい空気の中カカシの唇も、触れる箇所が熱く感じる。受け入れるだけが精一杯で一体どうしたのかと聞く事もままならない。キスだけで膝が情けなく抜けそうになっている。そのイルカの手にある鍵をカカシは奪うと部屋を鍵を開けそのままイルカを引っ張り込んだ。


 その行動が信じられなかった。こんな性急なカカシは初めてで、いつもは落ち着いていて余裕があって。何かにつけ経験のない自分とは違うんだと、そう感じていたから。
 そう思っている間に玄関先の冷たい床に押し倒された。カカシが自分の額当てを外し、その欲火が含む赤い目と視線が交わる。それだけで自分のうっすらと潤んだ目元が熱くなった。カカシはイルカを見下ろしながらベストを脱ぐとイルカに覆い被さる。首元の薄い皮膚を噛むように舐められ、ぶるりと震えた。ベストのジッパーを下ろされ服の上から突起を指で潰される。
「ん・・・・・・、あの、カカシさん、明日、朝早くから任務ですよね」
「うん」
 そんな事はあるはずがないが、任務の事を忘れてしまったのだろうかと、取りあえず聞いてみるがカカシは顔を上げずにそう返してくる。
「これじゃ、あなたの寝る時間が、」
「平気」
「でも、」
「いいから」
 またしても返されるのは短い言葉だけだった。そしてイルカはそれ以上言えずに口を結ぶが、早くその気にさせようとしているのか、カカシの手が上着から入り込み、イルカから声が漏れた。もそ、と動く手は胸を弄り、もう片方は緩められたズボンから下着の中に潜り込んだ。思わずイルカは息を詰める。
「ん・・・・・・、ん」
 本当にいいのか、そればかり気にかかるのに、零れるその自分の声が、もうすっかりそのつもりになってしまっている。それ以上にカカシの急にその気になってしまっている事も自分の興奮を煽った。だって今押し倒されている場所は、玄関先の床だ。ベットでもない場所で求められるなんて思ってもみなかった。
 ただ、さっきカカシに口にしたように寂しかったのは事実で、こうなる事は、嬉しい。
 下着の中でカカシの手がゆるゆると動く。せわしなく胸と下を同時に触れられ息が上がった。背中についた床が冷たいと思ったのは最初だけで、今は背中も顔も熱い。カカシの首筋にかかる息もまた同じように熱く、その口がうなじをねろりと舐め、鳥肌が立ちイルカはぎゅっと目を瞑った。
 上着は中途半端に捲り上げられたまま、カカシは下のズボンを下着ごと脱がす。晒された箇所にカカシは迷うことなく手を向ける。ぬちゅ、と音が立ち、そのくらい濡れてしまっている事を知らされたようで恥ずかしさで頬が更に熱くなる。内股が震えるのを感じた時、その濡れた指をカカシは後ろにまわした。
 カカシによってすっかりそこはそういう箇所にさせられている。前と後ろを同時にいじられ、押し殺そうとしても声が漏れた。
 最初はさすがに抵抗を感じた。元々自分もそしてカカシもノーマルで、カカシにと出会った当初は彼に足を開くなんて予想だにしなかった。本当、先のことなんて分からないものだと本当に思う。
 カカシに好きだと言われ、こうして肌を重ねる関係になっていてもなんだか夢のようで。
 そこまで思って、夢と言う言葉を使った自分の、カカシへの思いの丈を思い知らされてしまったようで、胸が苦しくなる。
 固い床にの上でカカシの体重がさらに乗った。集中力がまばらになりながらも、せめてベットに、と思った時、カカシが自分のズボンをくつろげ、取り出したそこは腹につくほど反り返っていて。
「・・・・・・あ、」
 思わず声がぽつりと漏れていた。ふと顔を上げカカシと目が合う。自分の身体の奥が疼いたのがカカシにバレてしまったわけでもないのにそこでかあ、と顔が熱くなった。
「カカシさ、んっ」
 カカシに荒々しく唇を奪われる。その場で四つん這いにされ、たっぷりと慣らされたそこを獣のように後ろから突き上げられた。
 場所もこの体勢も結合部から漏れる水音も、何もかも恥ずかしくて堪らないのに、それが逆に興奮を促されているようで、頭で何も考えられなくなる。
 後ろから激しく腰を使われ、前を手で扱われてイルカはそこまで時間がかからず達した。カカシも間もなく身体を震わせる。最奥へと飛沫を放った。
 涙でぼやけた目で床を見つめながら、ふ、ふ、と息をする。余韻に震える手にカカシの手が触れ、指を絡めた。指先まで暖かくなったカカシのその指が、背中から包まれるように抱き込まれ伝わるカカシの早い鼓動が愛おしくて。イルカは僅かな力で握り返した。カカシが首筋に何度もキスを落とす。
 カカシに向きを返られ背中を床につける。カカシがうっとりとした顔でイルカを見つめた。
「もっと・・・・・・してもいい?」
 強請るような言葉がくすぐったく感じて、でも、自分も、もっとカカシの側にいたい。明日の任務とか、分かっているけど色々な事を取っ払って、今はただ、もっとカカシと抱き合っていたい。イルカは潤んだ目でカカシを見つめ返しながら、微笑みカカシへ手を伸ばした。

 翌朝、ベットでイルカは目を覚ました。隣にカカシはいない。あの後何度もベットでカカシと繋がり、二人でぐったりと抱き合って眠りについたまでは覚えている。身体を少しだけ起こし、部屋にかかった時計の針を確認した。そこから息を吐き出しながらイルカはもう一度ベットに横たわる。
 いつもより乱れたシーツや布団と、カカシの匂いが残る布団の中で、きっと今頃里の外で、任務を初めているのだろう、とぼんやりとカカシを思った。
 自分も当たり前に寝不足で身体もだるい。もっと言えば晩飯だって食べてない。
 でも、気分は悪くない。
 そして今日も一日忙しい。
 よっ、と、イルカは声を出しベットから起きあがる。そこからシャワーを浴びる為に浴室へ向かった。
 
「せんせ」
 夕方、執務室から出てきたイルカに声がかかる。ついさっきイルカと入れ違いで執務室から出ていったカカシが廊下で立っていた。
「お疲れさまです」
 無事に任務を終えれた事に安堵する。イルカの言葉にカカシは、うん、と嬉しそうに返事をした。自分が見る限り、カカシの疲労した様子はそこまで見られない。一緒に並んで廊下を歩き出した。
「身体はどう?」
 書類を抱えながら、優しく聞かれたその言葉に、イルカは顔をカカシに向けた。
「身体ですか?」
 うん、と返され、イルカは間を置く。
「ええ、いつも通り、」
 と続けたイルカに、じゃなくて、とカカシが言葉を遮った。
「背中とか、痕にならなかった?」
「背中・・・・・・?」
 カカシに言われた言葉を呟き、視線を漂わせ。そこから、ようやくカカシの言っている意味が分かる。頬が熱くなった時、カカシがそれを察したのか、ふっと笑う声が聞こえた。イルカは視線を戻すとやはりカカシは目元を緩めて微笑んでいて。どうしようもなく間抜けな自分が嫌になった。苦笑いを浮かべながら、
「あの、全然!俺は丈夫だけが取り柄ですから」
 その場を取り繕うように笑うと、うん、と答えながらもそこから言葉を繋げないから、不思議に思いカカシへ顔を向けていると、歩きながらカカシの青い目がふっとイルカへ向けられた。
「心配させてよ、恋人なんだから」
 小さく、言う。不満げに、白い頬を赤く染めて。
 それに驚きながら。
 むず痒くて。
 嬉しくて。
 恥ずかしそうなカカシの横顔を見つめていたら、頬が勝手に緩んでいく。
「はいっ」
 と、元気よく返しながら、イルカは目を細めた。

<終>