ディープブルー

まだ誰もいない神社は空気がピンと張っているみたいだった。
丸砂利が敷き詰められた道を歩いて、賽銭箱に硬貨を投げ入れる。手を合わせてイルカは目を閉じた。
願う事は生徒の事、里のこと、最後にーー。
目を閉じるイルカの眉間に皺がよる。

『どうか、今年は良い事がありますように』

ありふれたような願いだが、イルカは縋るような気持ちを添えていた。他に何てお願いしたらいいのか分からなかったからだ。
そう、良い事。嫌な事なんて、もう沢山だと。目を開けたイルカは真っ直ぐ神が祀られているだろう場所を見つめた。
赤いマフラーを巻き直して。イルカは境内から背を向けアカデミーへ向かう。
昨年担当した生徒は問題なく進級し、仕事仲間も友人も、皆いい関係で、今年も楽しく過ごせるだろう。
イルカの心を深く重くさせるのは、ただ一つ。災難。そう、災難としか言いようがない。
昨年突然現れた銀髪の男。

あの日。夏も終わりに差し掛かった、まだ蒸し暑い日だった。
初めて受付業務とアカデミー合同で行われた飲み会。大人数ということもあり、いつもは安さがメインの大衆居酒屋だったのが、少し高めの旅館へと場所は移された。料理もそれなりに美味く、宿泊を兼ねている為か、皆上機嫌で酔いつぶれん勢いで酒を飲んでいる。いつもはおしとやかな女性職員も顔を赤くしながら楽しそうに酒を飲む。
酒の好きなイルカだが、上司が含まれる仕事の飲み会の場合、いつもより酒をセーブしていたが、その上司も無礼講とばかりにイルカに酒を勧めてきた。
自分もだいぶ酔っていると認識していたが勧められるままに酒を飲んで、気がつけば視界がぐるぐると回り始めている。
やばいな。
イルカは冷静に考えて、そっと宴会場から抜け出した。それだけで肌に感じるいくぶん涼しくなった空気に、ほっと息を吐き出す。浴衣を着ているだけだが、まだ廊下は蒸し暑さを感じた。眠さと吐き気にイルカは顔を顰めた。もともと酒は好きだが強い方ではない。このままいたらきっと周りの迷惑になり兼ねない。
壁に手をつきながらよろよろと歩き、ポケットから紙を取り出した。宴会が始まる前に渡させた部屋割りだ。
とろんとした目を手の甲で擦り番号を確かめると、またイルカは紙をポケットに戻して、自分の部屋に向かって歩き出した。

階段を使って登りきった先の廊下を見渡した。宴会場から程遠く、騒がしいその声さえもう聞こえない。まさしく千鳥足でよたよたと歩き、指差し確認しながら部屋番を順番に確認して、自分の部屋番を見つけると、イルカは勢いよく襖扉になっている部屋を開けた。
明かりがぼんやりとついて部屋を静かに灯している。上品で綺麗な部屋だ。
イルカは部屋に入って更に奥にある襖を開けた。そこには既に寝られるよう布団が敷いてある。その布団の柄も見たことがないくらい高級感に溢れ、イルカは吸い込まれるようにその布団にうつ伏せになる。羽毛布団はしっとりとイルカを包むんだ。
「あー…ねむ…」
顔をグリグリと布団に擦り付けながらその柔らかさに眠気が誘われる。
睡魔に襲われ、瞼は恐ろしいくらいに重い。それに反抗するつもりもない。イルカの目の前が徐々に暗くなっていった。

次に意識が戻った時、何故か身体が暑かった。そう、暑い。肌が汗ばんでいるのが分かる。喉はからからだ。そして四肢の異変に眉根を寄せた。うつ伏せになっている身体を起こそうと腕に力を入れた途端、グイと力強い腕が腰を掴んだ。
「ぁっ!?」
驚く間もなく下腹部に圧迫感を感じ耳に入る水音と肌を打ち付ける音。ズルリと下半身の内部が擦れ今まで感じた事のない刺激に頭が動転する。
「あ…っ、やっ…」
脳がまた震えた。眠りに落ちる前とは明らかに違う脳の揺れ。何が起きているのか分からない。だが、自分の内部に埋め込まれた熱の塊が何度も中で擦れ、その度にイルカは言葉にならない声を上げた。
「あぁ!!だ、め…っ」
「気持ちいー…」
背後で呟くような声がする。
自然に目に涙が浮かぶ。ただ、自分の身に起きている事実は朦朧としながらも認識出来、それはショックを与えた。
男は構わずわ自分の身体を貪るように腰を打ち付けている、ずちゃずちゃと部屋に響く水音に聴覚が刺激された。逃げ出したい衝動に駆られ、腕に力をいれるが、がっちりと掴まれた腰は動かない。絶え間なく背後から突き上げられ、イルカは短い悲鳴を上げた。
「あんたのケツサイコー」
うっとりとした声が耳元で囁かれ、知らず身体がぶるりと震え、高まっていた自身の熱から白濁を布団の上に吐き出した。




四肢が重い痛みを感じる。
瞼をぴくぴく動かしながらイルカは身体の痛みで目を覚ました。腰から下が、特に排泄にしか使われない場所の痛みは一気に眠気を吹き飛ばしていた。
途端心臓がどくどくと脈打つ。思い出したくもない、途切れ途切れの記憶は恐ろしく、それだけでここから消えてしまいたい気持ちに駆られた。
布団に埋もれていた自分の身体は思った通り、布一切れすら身につけていない。つまり裸。それは更に気持ちを焦らせる。もぞと身体を動かして上半身を起こし、カピカピになったシーツに染まっていた赤色が目に入った途端眩暈がし、頭を抱え込んだ。
「嘘だろ…」
紛れもない自分のされた事を示している。
最悪なのか、ラッキーなのか、部屋にいるのは自分1人、誰もいない。
一体昨夜は自分の身に何が起きたのか。思い出そうにも、記憶は曖昧で、分かるのはされた事実だけ。飲みすぎた自分にも失態はあるが、犯罪に近い行為は明らかだ。
長い嘆息を漏らしながら、イルカは泣きそうになった。
着替えて部屋を出て、漸く気がついた。自分が入った部屋は割り当てられた部屋ではなく、別の特別室。酔って間違えて別の部屋に入って寝てしまったのだ。
そして、その部屋の男にーー犯された。
部屋を間違えたのは自分だ。勝手に入って、あろう事か寝てしまったのだから。
忘れよう。そう決意した。
が。
何故か、考えたくも無い筈なのに、徐々に蘇ってくるのは、あの男の断片的な記憶。
銀色の髪、色違いの双眸。低い声と、微かなあの男の匂い。
そして、形のいい薄い唇が開く。
  俺、アンタ気に入っちゃった。
そこでキツく目を閉じ、浮かんでくる言葉を掻き消すように頭を振った。
忘れよう。タチの悪い犬に噛まれたと思えばいい。
それが一番と分かっているのに、脳に染み付いた記憶にまた浮かび上がる。
ぼやける視界に写るのは、軽薄で綺麗な冷たい微笑み。

  俺、アンタ気に入っちゃった。だから憶えてて。俺の名前、はたけカカシ。

あの時、確かにそう言った銀髪の上忍は、忘れようとしている自分の前にのうのうと現れた。驚愕し嫌がる自分の身体を支配して、獣のように再び貪られた。家でも外でも。場所を選ばず、自分勝手に現れては欲を吐き出す。
写輪眼の異名を持つ凄腕の上忍。歳はさほど違わない同じ里の忍びだが、平凡な中忍の自分には雲の上の存在で憧れてさえいた。
こんな野獣のような男だったとは。見る目がなかったと、一言では済まされない。
力で叶うはずもなく、況してや上官であり階級差から下手に抵抗さえ出来ない。
一体何故あの男は自分を選んだのか。
読めない男の目の色を脳裏に浮かばせる。
いつもは眠そうな目をして思考の色すら窺えさせないのに。行為を敷いている時に自分を見る目は、目の奥にある欲火が強く燃え上り、自分の抵抗力さえ掻き消すようで。
もう一つ疑問に思う事があった。それはーー。
「先生おはよー!」
背後から生徒が走ってきた生徒に我に帰った。笑顔を見て、イルカは反射的に笑顔を返し手を挙げた。
「おはよう!」
笑顔を解く前に生徒が走りながらまた振り向いた。
「先生は走らないのー?」
「え?!」
「だって走らないと遅刻しちゃうよ!」
家は早く出たつもりだったのに。気がつけばぼんやりと歩き過ぎていたのか。
イルカは背を向けた生徒の後を追い走り出した。






カカシが部屋で寝転んで寝ている。いや、本当に寝ているかどうかは知らないが。
無理矢理関係を持たされて半年が過ぎ、最初は犯すだけの為に部屋に上がり込み、行為が終われば姿を消す事が多かったのに。
今日のように、飯を催促し、寛ぐ姿を見せるようになった。
自分に取っては困惑しかない。
困惑。そして怒り。
なのに。目を閉じたその顔は丸で邪気が無い。生まれ持った顔の役得であろうか。幼子は寝ている時が一番可愛いと言うが。それはこの男にも通ずるものがあるな、とくだらない事を考え。視線の先にある太陽の光に当たる銀髪を見つめた。真っ黒の髪の自分からしたら、不思議な色で、それに吸い込まれそうになっていた。
ーー用がないなら帰ればいいのに。
イルカは台所でしばらく寝転がる銀髪の男を眺めて、諦めるように溜息を吐くとカカシの近くに正座した。遠くで見るより更にきらきらと輝いている。一度も触れた事がないその髪は、柔らかそうだ。カカシは瞼を閉じたまま浅い呼吸を定期的に繰り返している。
触ったら起きるだろうか。
イルカはそっと手を伸ばしてゆっくりと指で髪質を確かめるように撫でた。
反応がない。それに気を良くしてイルカは何度も銀髪を撫で続け、漸く反応するように銀色の睫毛が開き、青い目がイルカを見上げた。
「したいの?」
イルカはくっと眉間に皺を寄せきっぱりと否定した。
この男はそれ以外考える事はないのか。
「違います」
触ってみたかったなどとも言えず険しい顔を見せれば、薄い唇の端を上げた。
「何で?俺はしたい。ねぇ、しよ?」
あぁ、まただ。
イルカは綺麗な顔を見ながら思う。
どうせ嫌と言っても力ずくで無理矢理やるのだから、こんなやり取りは必要無いはずだ。
気分なのか、有無も言わさず行為に及ぶ時もあれば、今みたいに、どう捉えていいか分からない言動をして。やりたいならさっさといつもみたいに押し倒せばいいだろう。
嫌な錯覚が自分を支配しそうになり、動揺強くなる。
そんなイルカの思考など知る由も無いカカシは腕を伸ばし首に回すと引き寄せるように腕に力を入れる。薄く開いた唇がイルカの唇に重なり舌が割りいる。
嫌なはずなのに。一生許さないと、思っている筈なのに。
頑なに力を入れ閉じているイルカの歯並びを確かめるように舌がなぞった。
「ほら口開けて舌、出して」
だから、こんなふざけた事を言うこの舌を噛み切りたい筈なのに。
眉根を強く寄せながらイルカは口内を荒らすのを許し、舌を差し出した。







カカシに捕まったのはアカデミーの裏庭だった。長期任務に就くと聞いていたから油断していた。
裏庭で同僚と話した後別れて、教材を持って歩いていた筈なのに、気がつけば近くにある資料室に引きずり込まれていた。
「カカシさ!?何を…!」
腕を強い力で捩じ上げられ持っていた教材がバサバサと足元に散る。
「やめろ…っ!」
力を込めて抵抗するが、容赦ない力は簡単にイルカを封じ込めた。難なく片手でイルカの両手を掴み頭上の壁に押さえつける。悔しさにギリと唯一露わになっている右目を睨んだ。
「離してください。今から授業があるんです」
それに薄っすら眼を細めると、空いているもう片方の手で自分の口布を下げた。
「やですよ」
唇の端が上がることさえない。冷たく言い放たれイルカは焦った。
「いつもいつも、あんたは何考えてんですか!?」
カカシは怪訝そうに片眉を上げた。
「何言ってんの?漸くキッツイ任務終わって帰ってきたんだからさ、昂ぶってる身体を鎮めさせるのがあんたの役目でしょ?」
言いながらも長い指が上着の隙間から入り込み目を剥いた。
「やめてください…っ!子供達が待ってるんです!」
あと10分もしないうちに授業が始まる。もう生徒達は教室に集まり始めているだろう。
目に力を入れて強い口調で言う。と、カカシの元々ない表情が更に消えた。底冷えした目を見て、背中に冷たいものが走る。
逃れようと筋肉が震えるほど力を込めるが、それはビクともしない。
涼しい顔をし、冷たい目はそのままに、赤い口の端だけが薄っすらと上がった。


「はぁ……っ、ぅっ、ん……」
アンダーの下から手が入り込み既に硬くなっている突起を強く擦る。下着ごとずり下されたズボンからは尻が剥き出され、背後からカカシが乱暴に腰を揺すり突き上げられる。イルカは堪らず壁に手を置きながら呻いた。
「ん…!ふっ…あっ」
「もっと声、出しなよ。いつもみたいに、さ…っ」
ほら、とガンガン突き上げられ耳に熱い息とともにねじ込まれる低い声に、堪らずイルカは息を詰めた。この半年ですっかりカカシに身体を慣らされてしまっている。どうあがらい気持ちの中で抵抗しても、無理矢理突き入れられ、長く細い指が肌を這うだけで、いやおなしに身体は素直にビクビクと反応する。それはイルカの陰茎にもしっかり表れ、触られていないのにしっかりと勃ち上がり、先端から出た白く濁った液で濡れそぼっていた。
「はぅっ!……あっ!んっ……!」
再奥まで強く挿れられ、堪えていた声が大きくなる。その口の端からはとろと唾液が零れた。
「そう、それ…。あんたも気持ちいいんだからさ、…素直になりなよ」
荒い息は快楽を含んでいるのか。腰をつかみ直し揺すり上げ、恍惚とした声をカカシは漏らした。
もう授業は始まってしまっている。こうなったらカカシが満足するまで付き合わさせるだろう。誰か代わりの人が授業をしているだろうか。足元に無残にも散らばる教材を眺めた。自分の陰茎から零れた液で汚れてしまっている。
それに、何考えてるんだ。任務から帰ればどうせ人の家に上がりこんでくるのだから、やりたければ家ですればいい話だ。なのに、授業中だから誰も入ってはこないと思うが、いつ人が来てもいい、こんな場所で。嫌だって言ってるのに。
「なに別の事考えてんの…?ほら、…ちゃんと集中しな、よっ」
「ひっ、ぁあ!」
イルカの弱い場所を器用に何度も擦られ、潤んでいた黒い目から自然と涙が零れ落ちた。
突起を爪で齧られ痛みを伴う快感にカカシを咥え込んだ内部を締め付けた。
「気持ちいい…」
うっとりと漏らすように出たカカシの声に、堪らず眉根を寄せ、イルカはぶるりと背中を震わせた。カカシの快楽がまるで自分の快楽と同じくらいに自分を煽る。こんな気持ちになるのはおかしいし間違っていると分かっていても。それは増す一方で。
朦朧としてくる頭の中で、限界が近いと感じていた時、腰を掴まれ、ぐるりと身体の向きを変えられ、今まで手をついついた壁に今度は背を押し当てられた。結合部がぐちゅと湿った音と共に急の反転に目を回す。
「はぁっ、やっ….、な、に?んぅ…っ」
少し開いた唇をカカシによって荒々しく貪られた。熱い舌が遠慮なく動き回り、抵抗がないイルカの舌を吸い、擦り合わせる。それだけで、イルカの目がとろんとし、感じていた。
イルカの両足を軽々持ち上げ再び律動を始める。外さない口付けはお互いの吐息さえ求めているようだ。
唇を離し、ゆるゆるとした突き上げを次第に早めていく。イルカは揺さぶられるままにカカシと自分の腹辺りに熱を放つ。
同時にカカシも中で吐き出し、短く呻く。
カカシはイルカの脚を持ち上げたまま、熱っぽさを含んだ目がイルカの顔を確かめるように見た。何故解放しないと眉を顰めるイルカに、
「あんたさ、全然自覚が全然ないよね」
「……は?」
ボソリと呟くと腕を解かれ、イルカはへたりとその場に座り込んだ。
床に視線を落としたままのイルカに手を伸ばし、行為によって少しだけ緩んでいる尻尾をグイと掴み上げ、自分に顔を上げさせた。
「なっ……?!」
身体の力も気も抜け落ちていたイルカは驚きに顔を顰めだが、その頭を乱暴に掻き混ぜた。
「なにす…っ」
「俺が彼氏だって自覚ある?」
また低い声で呟かれ、聞き直す間もなく、服を直したカカシは直ぐに姿を消した。
1人資料室に残されたイルカは、最後何を言われたのか、カカシの不可解な言動にただ首を傾げ、聞こえてきたチャイムの音に我に返った。抜けかけている腰と、痛む身体を奮いたたせ、汚れた教材を袖で拭う。流石にシミになってしまったものは作り直さなければならない。
気持ち悪いが取り敢えず持っていたタオルで身体を拭い服を着る。
「自覚・・・?彼氏・・・?冗談・・・」
眉根を寄せながら、手を動かし。ふっとカカシに捕獲される前の自分が思い浮かんだ。
同僚と昨夜見たお笑いの番組の事で話して盛り上がって。同僚が笑いながら自分の肩を叩き、頭を撫でた。
そこではたと動きを止める。
カカシにぐしゃぐしゃにされた頭を触る。
  俺が彼氏だって自覚ある?
あれって。
もしかして。

所有物のように扱われてるのに。
最近家に居ついたり。
甘えたような仕草をしたり。

思い浮かびそうになった結論に、ブルブルと頭を振った。
猫のように目を細めて微笑むカカシの顔と、先ほどの少し拗ねたような顔で自分を見下ろしていたカカシの顔が交互に浮かぶ。

タチの悪い犬に噛まれたと思っていた。

イルカは複雑な顔を浮かべどう表現したらいいかわらかないと、顔を顰めた。
きっとあの猫は今日も自分の家に帰ってくるだろう。
その時どんな顔で迎えればいいのか。

深く青い目の色だけが、イルカの頭にぼんやりと浮かんでいた。



<終>

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