fake it

友達に、恋人が出来るというのは。
小さなショックだ。

幸せとか、特に欲しくなかったのに。
ショックだと言う事は。自分もそんな幸せを望んでいたんだな、と思わざるを得ないって事で。
改めて寂しい気持ちになる。

なのに。

「イルカ先生」
顔を上げるまでもない。分かっている存在に、イルカはペンを止めて顔を上げた。
「ねえ、今日一緒に夕飯でもどう?」
イルカは声をかけてきたはたけカカシをじっと見て、視線を書類に戻す。
「..結構です」
いつものように誘う上忍と断る中忍。そんな図式ができあがったのはつい最近だ。
気に入らない。
それ以上なにも言いたくなくて、無視を徹するイルカに、隣の同僚は気が気じゃない空気を思い切り出している。
それも分かるけど。
イルカは書類を睨みつけるようにペンを動かし続け。カカシがいなくなるまでそれを続けた。
「お前さ、断るにもそれなりの断り方ってもんがあるだろーが」
こっちの身にもなれって。そんな事を隣からぼやかれる。
そんなのは自分でも分かっている。
でも。
気に入らない。
気に入らないんだから仕方がない。
カカシに誘われる事は嬉しい。
そう、嬉しいのに。
持っていたペンに力を入れた。

(なんであんなチャラっとした誘い方しかしてこねーんだよ!)

とどのつまりーー問題はそこなのだ。

気になる人に声をかけてもらえて。夕飯に誘ってもらえて。嬉しくないはずがない。
でもあの人は。
あの件の後、声をかけてきた。
何を言うのか緊張が走る自分の前で、カカシは名前を呼ばれて振り返ったイルカを見つめ、少し恥ずかしそうな風で頭を掻いた。
そこまでは良かった。
「あのね」
「...はい」
「俺とさ、一回つきあってみるのはどう?」
そう言った。
え、なにそれ。浮かんだ一文がイルカの頭の中を浮遊する。

見た目普通の真面目そうな俺に。
ええ、ぜひ。なんて答えるとでも思われているから、そう声をかけてきたって事だ。
今までの流れを汲んでも。
それ、おかしいだろ。
そう思ったら。無性に腹が立った。
好きだから。
余計に許せなかった。
想いを寄せていた相手に言われたかと思うと。ちっぽけな俺のプライドは見事にずたずただった。
もともと自分が堅物だって、言ってしまえばそれまでなのだが。
そうじゃない。
フランクなつき合いでも求めているのかもしれないけど。
俺は見たまんまの、普通の恋愛感情しか持っていないんだ。
お試しみたいなもん、受け入れるわけがないだろ。

そう言いたかったけど。言えなかった。
だから、誘われても断る事をする。
でもカカシはまだ自分に声をかけてくる。
飽きもせず。何が面白いんだ。
好きな相手に好きと言われているようなものなのに、この敗北感たらない。
自分もいい加減この男は駄目だと思いたいのに。
それでも、目で追ってしまうのは事実だった。
もともと面食いなのもあるし。
なにより、あの瞬間。カカシに恋をしてしまった。
そう簡単に嫌いになれない自分。
どうしたらいいのか。
はっきり断っているつもりなのに。
もっと、け落とす勢いで言えばいいのか。
そこまで思って簡単に胸が痛くなる。
ちゃらく誘われるのも嫌なのに、まとわりつかれなくなるのも嫌。
(....俺、気持ちわる....)
出口のない状況は酷く自分を憂鬱にさせた。

分かってる。自分が悪い。
中途半端にさせている自分が。

その日は忙しかった。
山のように積まれた書類を仕分けし終わり、さっさと決済にもっていかせる為に、イルカはそれを抱えて席を立った。
綱手様には悪いが。思い切り嫌な顔されんだろうな、と分かり切った事に苦笑いを浮かべながら廊下を歩く。
狭い廊下で前から歩いてきた上忍にぶつからないように避けた時、少しバランスを崩す。
背中に何かが当たった。
それが人だって分かるから、イルカは慌てて振り返り、
「すみませ、」
言い掛けた言葉が最後まで出ずに止まる。
カカシだった。
落ちそうになる書類はカカシの手で直される。
「....ありがとうございます...」
尻つぼみになりながら背中を向けようとして。
「何で逃げるの」
はっきりと言われた。
逃げようと思ってたわけじゃ、と、思うも。それは間違いではないから。
イルカはもう一度カカシに振り返った。
たぶん、すごく感じ悪い顔してるんだと、分かっている。
「すみません」
分かっているから、謝りながら、そこからカカシを窺うように目線をおずおずと向けると、カカシの表情が少し変わった。ような気がした。
不機嫌そうにふっと視線を外される。
「何だ。やっぱり逃げてるんじゃない」
言われてイルカはむっとした。そうさせてるのは、自分だろ、と言いたくなり。唇を噛んで耐えた。
「逃げてなんかないです」
「嘘ばっか。いつも逃げてるくせに」
「逃げてなんか...っ」
売り言葉に買い言葉の状況の中で、本人に突きつけられる事実。
嫌味混じりの口調に言い返してもいいと思うのに。
それじゃ駄目だと、気が付く。
そうだ。いいはずがない。
「...イルカ先生?」
固まったように動かなくなったイルカを、カカシは不思議そうに見つめる。
抱えた書類に、ぎゅっと力を入れた。
「今週末。土曜日、お時間いただけますか?」
不意の台詞はカカシの目を見開かせた。
たぶん、想像もしていなかったのだろう。
カカシは驚いた顔のまま。じっと見つめるイルカの目を見つめ返しながら、頷いた。
「いいですよ」
「じゃあ...19時に酒酒屋で」
「分かりました」
そこから別れて自分は執務室へ向かう。
面食らったカカシの顔。
あんなに驚く事だったんだろうか。
冗談でも、言えば良かったか。
カカシみたいに。もっと、ちゃらく。
笑って。
お茶しませんかって。
そしたらあの人はーーきっと、笑っていいよって、
「おい、イルカ」
綱手の声に我に返る。
山のような書類を隅に置けと言われて、置いたその場所で綱手に顔を向ければ、聞いていなかったのが分かったのか。仕方ないね、と眉を寄せられた。
「ほら、その一番上の赤いの。それだけここに入れといてくれるか」
早急な書類(はほとんどだが)特に急ぎの書類だけ赤い付箋が貼られている。
イルカは言われてその書類だけ机の上の未決済箱に置く。こちらを見る綱手の視線。
気まずそうに苦笑いを浮かべると、綱手は表情変えず見つめ、そこからため息を吐き出した。
「浮かない顔だね。お前にしちゃ珍しい」
「そうでしょうか。寝不足だからですかね」
誤魔化せる訳がないと分かっているが。上司相手に嫌味にもとれない言葉に、綱手は机の上の書類に目を落としながら、気にする様子もなく口を開いた。
「だったら今日はさっさと帰りな。帰って寝るのが一番だ」
何に頭悩ませてるか知らないけど、寝て忘れるくらいが何事も丁度いいんだよ。書類をめくりながら言われる。イルカは頭を下げて部屋を後にした。

勢いでしてしまった約束。
イルカは綱手の言葉通り、家に帰って居間で寝ころんで、ふと今日の事を思い浮かべた。
どうしよう。
思い出しただけで緊張して、イルカははあ、と盛大に息を吐き出した。
横たえた身体をごろりと向きを変える。
仕事の忙しさにかまけていたのもあるけれど。
洗ったはいいが、乾いたままでたたんでいない洗濯物や、まとめるだけまとめたゴミ袋。そのゴミとして捨ててもいない、部屋の隅にある空き缶。
思い切り独身男の一人暮らしだと嘆かれてもおかしくない。それくらい汚れている。
情けなさにイルカは小さく笑った。
いい歳して、と商店街の八百屋のおばちゃんに言われても仕方がない。
その通り、いい歳して仕事に明け暮れて部屋は汚くなって。時間もないから恋人なんて出来っこないし、考える暇もないし。
それでも。
(...そんな状況でも人を好きになるもんだな)
その事実にまた一人笑って。
それに。
こんな自分に好意を抱く相手がいる。
イルカは床に転がりながら目を閉じた。
寝ても。
きっと明日になってもこの気持ちは変わらない。
目を開けて自分の今さっき空にした缶ビールを見る。
前を向いたら、何か変わるんだろうか。
イルカは缶ビールを、ただじっと見つめた。

少し前向きになっていたから。
だから。
こんな状況は予想していなかった。
週末。イルカは酒酒屋で一人テーブル席に座っていた。
腕時計はしていないから、店の壁にかけてある時計を見る。
(...俺、19時って言ったよな)
21時を過ぎようとしているその時計の針を見た。
(酒酒屋って、言ったよな...?)
何がどうなったらこうなるのか。
さんざん誘ってきたくせに。
俺が誘ったら何故来ない?
そう思ったら、途端に寂しさが募った。
似合わないくらいにセンチメンタルな気分が自分を襲う。
「お客さん、注文はどうしますか」
と店員に声をかけられると同時にイルカは立ち上がった。
「あ、すみません。帰ります」
取りあえず、としてビールしか注文していなかったが、イルカは札をテーブルに置くと店を出る。
そのままイルカは走り出した。

すっぽかすって事は。
そういう意味だと分かってる。
でも。
あんまりだ。
やっぱり遊びだったって、思い知らされても。
イルカは休む事なく走って、肩で息をしながら足を止める。
そこはカカシが住む上忍専用アパート。
(....いる)
探す角の部屋に灯る明かりを見て、イルカはぐっと眉を寄せた。
他の部屋は明かりはついていない。
ついているのはカカシの部屋だけ。
イルカはそのままアパートに向かって階段を上る。
一言言わなきゃ気が済まない。
正直何を言ったらいいのか、混乱してるのに。イルカの足は止まらなかった。
部屋の前で立ち止まる。
腕を上げて一瞬躊躇するも、イルカは扉をたたいた。
「カカシさん。いますよね?」
返事がない。
そこから感じ取れる気配はあるのに。
自分の声だけが虚しく響く。
無視って。
(....何だよ、これ。顔ぐらい...見せろよ)
そう思っただけで。カカシの顔を見たいと思ったその事実に気がついて泣きたくなった。
迂闊にも目に涙が浮かびそうになって、力を入れる。
きっとカカシは部屋の中で聞いている。
イルカは口を開いた。
「...あんたが何で来なかったのか知らないけど、あんまりじゃないですか」
扉の向こうに感じる気配に向かって、イルカは話す。
「カカシさんの気持ちが俺には分からない。何で俺を誘うのか。どうしてあんな風に、...軽い感じで誘ってくるのか。無碍に断ってた俺も悪いと思います。でも俺は、それなりに...俺も、色々...考えて...」
そこまで言って。
カカシの部屋にまで来て一人話している自分に、そして、考えてると言ったのに、何を言ったらいいのか分からなくなっている自分に、眉間に皺が寄った。
ここに来たのは、気持ちを伝えたかった訳じゃない。
カカシが来なかったから。
怒りにまかせて。
つまり俺は。思い通りに事が運ばないと人にあたり散らす。
ヒステリーでバカな子供みたいな奴だ。
こんな子供みたいな男相手に、カカシが恋愛感情を抱くはずもない。
そう思ったら可笑しくなった。
自然と笑いが零れる。
でも。
「...こんなに俺を振り回して、楽しいですか」
開かない扉に手のひらを当てる。鉄の、ひんやりとしたドアの冷たさが、悲しいくらいに伝わる。
言っては駄目だと思うのに。
口が開いていた。
「こんなに俺に期待させるカカシさんだって悪いんだ。里の上忍なら上忍らしく、俺なんかに構わないでいればいいんだよっ...あんたはそれでいいのかもしれないけど、大したことないかもしれないけど、俺は、...傷ついて...っ」
目頭が勝手に熱くなる。
「だから...嘘でもいいから俺を嫌いって言えよ」
涙が浮かんだ時、ガン、と扉の向こうで音がする。
その音に驚く。解錠の音と共に扉が開く。
目の前にいた相手に。一気に頭が真っ白になった。
見た事もない綺麗な女性が、扉を開け、こっちを。イルカを見ている。
女性が。
カカシの家に女性がいるかもしれないとまでは、考えていなかった。
今の自分の阿呆みたいな台詞を、この女性が聞いていた。
聞かれてしまった。
一気に青ざめたイルカは頭を勢いよく下げた。
「...み、すみませんっ!」
頭を下げて勢いのまま逃げるように背を向けたイルカの手首が掴まれる。
そこにまた驚き、振り返る。
その綺麗な女性が少し眉を寄せている。ーー不機嫌そうに。
「あの...本当に、...すみません」
腕をふりほどこうと動かして、
「待って」
強い口調で言われた。
待てと言われても。
「すみません」
「先生、違う。俺」
謝る事しか出来ないと、また口にしたイルカにかかった声に、え?、と、イルカは聞き返した。
目の前の女性の、その綺麗な女性そのままの声。
言われた言葉におかしな箇所があったと思うのに、それが聞き間違えかと、イルカは飲み込んだ。
「俺です。カカシです」
色白の女性が、華奢な細い腕を伸ばして、そう言った。
何を言ってるのか。
何回か瞬きしたままその女性を見つめる。
さっきから、そうだったが。また苦しそうな表情を浮かべて、イルカをじっと見つめた。
「先生、聞こえた?カカシって言ったんだけど」
「....はい」
素直に頷く。
ごめん、入って。と、そのカカシと名乗る女性に部屋に入れられ、扉を閉められる。
「あの、カカシさんってどういう事ですか、」
聞きかけて、その場に崩れそうになった女性に驚きイルカは身体を支えた。
「ごめん。今日行けなくて」
そこまで言われてようやく目の前の女性がカカシだと認識する。
でもまだ頭がついていけない。動揺しながら見つめた。
「任務が予定より遅くなって...今さっきここに帰ってきたばかりなんです」
情けない笑みを浮かべる。
「任務中に敵に攻撃を受けたんだけど、それが何でか女体化して、そのままで。...チャクラも切れてるし。約束してたのに、こんな格好で店に行けっこなくて...本当、ごめん」
綱手様はお前は家に帰って寝てればいいって笑って言うだけだし。
以前自分が陥った状況を思い出し、そこで苦笑いする女性を見て、これが本当にカカシだと分かる。
「出るか迷ってるところで、あんたどんどん話進めるんだもん」
困った表情を浮かべながら、薄く微笑んだ。
「それは....だって...」
イルカは座り込んだ女体化したカカシを前に眉を寄せる。
そんな事言われても。
「俺ってそんなにあんたを困らせてた…?」
カカシは怠そうな表情で、身体を壁にもたれさせ。チャクラが切れたと言ったカカシの言葉に手を差し伸べれば、片手を振って微笑んだ。
「いい。そこまでじゃない」
「でも、」
「兵糧丸さっき食べたから」
イルカは眉を寄せた。
「カカシさん。あんたまた無理して...」
責める眼差しに変わったイルカに、眉を下げる。
「ないない。してないです」
明らかに嘘だと分かるような口調に、イルカの眉がピクリと動いた。
「だったら...なんでそんな動けなくなるくらいになってんですかっ」
弱ってる相手に言う言葉じゃないと思うが、言いたくもなる。
「ごめん」
困った顔のままカカシが言った。
謝ればいいとでも思ってるのか。あっさり認めた事に怒りも覚えるが。
それでも、上官のカカシにそこまで言わせてる事実に、イルカはそこで口を閉じた。
そんなイルカをカカシは見つめ。
「さっきの話しだけど。嫌いなんて俺は言わないよ」
言うわけないじゃない。
真剣な眼差しで見つめられ思わず唇を噛む。
「あと、何が気に障ったのか分かんないんだけどさ、...俺はイルカ先生と交際したいって思ってるし」
そこで細い腕で自分の髪を触る。
「んでもって...脈ありって思っても、いいよね?」
カカシは綺麗な長い髪を肩に流しながら、言う。
見た目カカシじゃないのに。色気漂う綺麗な女性の姿で。
イルカはカカシから視線を外した。
「.....」
「イルカ先生?」
カカシの問いかけに、イルカはちらっと目線だけ向ける。
「......ぶっ、ふ、ははっ」
笑い出したイルカにカカシは驚き眉を寄せた。
「え、なに」
だって。
ーーこの状況は一体何なんだ。
どう言ったらいいのか。
さっきまですごく責めたい気持ちでいっぱいだったのに。
「女性の姿でそんな言い方...っ、しかも交際って」
「えーそこ?仕方ないでしょ」
交際って、言わない?
カカシは自分の身体を改めて眺めながら言う。
それに加え。
何でこんなに綺麗なんだ。
女体化した自分の姿とは余りに違う。それは何故か腹立たしくなる。
「俺が...扉の前でさっき言った事は忘れてください」
カカシがイルカに顔を向ける。
「えぇ、何で?嘘でしょ?」
綺麗な女性の顔で慌てるカカシに、イルカはふいと顔を背けた。
当たり前だ。
こんな状況だって知らずにあんな事。
カカシへ顔を戻すと、困った顔をしている。
「ーー男に戻ったら、もう一度言いますよ」
その言葉にカカシは安堵の表情を見せる。それがまた可愛いのが憎らしい。続けて口を開く。
「覚悟しててください」
嫌味なくらいに綺麗な女性の顔で、カカシは嬉しそうに微笑み、
「あんたもね」
そう言った。



<終>
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