ご褒美

 あ、いる。
 そう思ったのは受付に入って直ぐ。視線の先にいるイルカは受付には座っておらず、奥で書類の山に囲まれていた。
 受付やそれに関連した雑務よりアカデミーの仕事の方が大変だが性に合っていると言っていた通りなのか、書面に向かうイルカの顔は気むずかしそうで、その表情にふと目を細めた時、イルカが顔を上げカカシに気が付く。顔を綻ばせた。
 その顔は、出会ってから、そんな表情を変わらず自分に向けていたはずなのに、イルカが自分の恋人になってから、顔には出さないようにしているものの、自分の顔を見ただけで嬉しそうにされると、心の中がむず痒くなる。そんな心を知るわけでもないイルカは席を立つとカカシがいる受付の窓口に来た。
「今日は七班の任務ですよね」
 笑顔で応対するイルカに、うん、とカカシは答える。
 任務表の受け取るとカカシはそれをポケットに入れる。頑張ってくださいと言うイルカに背中を見せ、歩き出し、受付を出る手間で振り返ると、イルカは既に奥の席に戻ろうとしていた。この任務がナルト達の働きにもよるが、予定なら午前中で終わるはずだ。だから、昼飯を誘おうか、そう思ったものの、書類の束を持った他の中忍がイルカに声をかけ、既に山になっている書類にその書類を追加する。それを目で追いながら、イルカが仕事に追われているのには間違いがなく。仕方ないと割り切ると、カカシはそのまま受付を後にした。
 
 もう一度イルカを見かけたのは午後のナルト達の鍛錬が終わった頃。自分より先にイルカを見つけ駆け出すナルトに、内心目ざといと思いながらも、自分もまたサクラやサスケに続くようにイルカがいる方へ足を向ける。既に定時を越えている時間だが、イルカは肩に鞄がかけておらず、両手には書類を抱えていた。場所的に、ちょうど建物から別の建物へ向かうところだったのか。そう思っていれば、ナルトはそんな事には構わず、いつものようにイルカにラーメンをせがんでいる。下忍になり多少の成長は見せてはいるが、相変わらずなところは相変わらずで。
「ほら、先生を困らせるんじゃないよ」
 そう言いながらカカシが歩み寄れば、イルカは苦笑いを浮かべた。
「確かに最近食べに行ってないもんなあ」
 それがただ単にイルカが忙しいからで、でもそんな理由とは関係なく、だろ?と反応するナルトに内心呆れながら、あのねえ、とカカシが口を開いた。
「お前と違って忙しいって事なのよ、分かってる?」
 ポケットに手を入れたまま嫌み混じりの言葉を言えば、ナルトが、俺だって頑張ってるってば!と過剰な反応が返ってくる。それを聞いたイルカは、そうだな、とナルトの頑張りを認めるように、くしゃりと笑う。その笑顔を見つめながら、でもさ、とカカシが言えば、イルカの視線がこっちへ向いた。
「ホントに最近忙しそうだし、良かったら今度ラーメンでも食べに行きますか?」
 ご褒美に。
 ナルト達の手前、安易にデートに誘うような言い方は出来ないから。ご褒美と言う言葉で誤魔化しながら、本当は今日の朝言いたかった事を口にすれば、イルカは一瞬目を丸くした。
 当たり前にナルトからはずりー!と不満たらたらの声が上がるが、カカシは無視した。
 イルカがナルト以上にラーメンが好きなのは、カカシ自身当たり前だが知ってるし、恋人だからといってイルカの食生活にそこまで口を挟むつもりはないが。野菜をもっと摂った方がいいと言う自分にラーメンを食べるのを控えるようになったのも、知っていた。だから、少しぐらいは、と甘えさせたい気持ちがあったのも事実で。
 それをイルカがどう受け取ったのかは分からないが、
「嬉しいです、ありがとうございます」
 そう嬉しそうに微笑むが、少しその言葉に、口調に、少し歯切れの悪いようなものを感じ、何だろうと思うが、分からない。
「じゃあ、また時間ある日に」
 言えば、カカシを見つめながら黒い目を緩ませ、はい、と答えるイルカに、カカシもにこりと微笑み返す。会釈をして別の建物へ向かうイルカの背中を見つめた。

 
「カカシさん?」
 その声にカカシが小冊子から顔を上げると、その声の通り、イルカが驚いた顔をしていた。手に持っていた小冊子を閉じ、背中を壁から離せば、鞄を肩にかけたイルカがカカシに駆け寄る。どうしたんですか?、と当たり前の事を聞かれ、カカシは微笑んだ。
「昨日も会えなかったし、待ってたら来るかなって」
 ほら、俺も任務で少し前に上がったところだから。そう付け加えると、イルカは申し訳なさそうにしながら微笑む。
 ただ、過去どんな相手とつき合っても、一緒に帰りたいからとか、会いたいとか、そんな事すら思った事がないから、正直気恥ずかしくもなる。
 そんな感情を隠したくて、行こ?と言えば、イルカは素直に頷く。並んで歩き出した。
 歩き出して直ぐ、そうだ、と口にしたカカシにイルカが顔を向ける。
「ラーメン食べてく?」
 昨日の誘いを思い出して聞けば、同じように思い出したのか、ああ、と相づちを打つイルカに、
「俺奢るから」
 そう付け加えると、でも、とそんな声を出すから、カカシは小さく笑った。
「ほら、ご褒美って言ったでしょ?」 
 先生仕事頑張ってるし。
 優しく微笑みながら、隣を歩くイルカへ顔を向ける。
 ここには昨日みたいにナルト達もいないから。素直に喜んでくれるかと思ったのに。昨日目にした時と同じような、少し戸惑った顔をイルカは見せた。
 昨日の今日で、不思議に思わないわけがない。まさかとは思うがダイエットとしていてラーメンと控えているとかなのか。
「どうしたの?」
 両手をポケットに入れたまま、カカシは不思議そうに顔を覗くように聞けば、イルカは目を伏せるように、視線を下へ向けた。
「いや、ラーメンはすごく嬉しいんです」
 そう言われ、内心安心する。なのにカカシが見つめる先でイルカは口を結び、少し厚みのある下唇を軽く噛むように、もごもごさせる。
 イルカらしくない、そう思うから、
「じゃあ何?」
 聞くと、イルカは落としていた視線を上げ、カカシへ顔を向けた。
「抱きしめて欲しい、とかじゃ、駄目ですか?」
 言われた言葉に。カカシはきょとんとした。
 不意過ぎて、驚きながら見つめる先のイルカは顔が赤い。その顔を見ていたら、カカシもまた同じように顔が熱くなった。自分の反応に内心困りながらも、そんなのでいいの?と聞けば、イルカはこくんと頷く。
「最近カカシさんと会える時間もなかったし、ご褒美とかは、出来れば、そういうのが、」
(・・・・・・うわ、)
 たどたどしくも、そう言葉を結ぶイルカに、胸が締め付けられる。
 まだつき合って間もないが、自分の恋人なんだと嫌でも実感して、単純にもそれがすごく嬉しくて。
 遊びすぎとも紅に言われたのに、そんな今までの自分の女性経験がなかったかのように吹っ飛んで。
 カカシはぎこちなくも、その手でイルカを腕の内に入れる。
 優しく抱きしめた。

<終>
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