剥がれる 後編

週明け、イルカは居酒屋でビールを飲んでいた。
本当はそんな気分になれなかった。だけど、たまたま怪我が治ったもう一人の同期の快気祝いとなれば話が別だ。
縫った跡が残る腕を見せ身体が頑丈だけだ取り柄だと笑う同期に、怪我だけで良かったと内心安堵しながら、合わせるように笑う。
嬉しい酒なのに気分も晴れず上の空になる理由は、一つしかなかった。
あれからカカシに会ったら謝ろうと思っていた。だが、翌日もその次の日もカカシに会えず、避けられてると思ったら、以前はあれだけカカシから距離を詰められて疎ましいと思っていたくせに、重い石が鎮座したように旨が苦しくなった。
いや、疎ましいとは違う、要は、ーーこうなる事が怖かったからだ。
不安を持ちたくないから。だったら最初から何もない方がいいから。
でも自分の気持ちを上手く伝える事も出来ずに、こんな風になって。
イルカはグラスを傾けながら盛り上がるテーブルで、皆に合わせながらも、小さく一人笑った。
週末、上忍待機所に顔を出したらカカシは勿論おらず、しかし紅がいた。
紅に任務予定表を渡し、挨拶をして部屋を出ようとしたら、一週間もいないんじゃ寂しいわよね、と言われキョトンとすれば、カカシ、と言われ、そこで言っている意味を理解する。紅自体もカカシから聞いているのか、いないのか、何となく把握しているのか。どう答えるべきか迷い、苦笑いをして誤魔化して待機所を後にした。
素直にそうです、と紅に頷けない自分がいた。
そして短期任務でいないから会えなかったのかと理解するも、それすら自分は知らない事には変わりはなく、馬鹿みたいに気分が落ち込み、自分らしくなくて、笑いたくなった。

それが週末の事で。紅の言った事が正しければカカシが里に帰還するのは明日だろう。
そう思っただけでそわそわするのに、だからと言って何かが変わるわけでもないから、どうしようもない。
避けてるから何も告げずに短期任務へ出かけたのだ。
(あー、……嫌だ)
せっかくの酒の場でこんな風に一人塞ぎ込んでる自分が嫌になる。
友人のためにも、気持ちを切り替えて飲もう。
ビールの追加の注文をしようとした時、
「あれ飲み会?」
自分のいるテーブルに声がかかる。そこには見た事がある上忍が数人立っていた。
店員に誘導され奥の席に向かおうとしていたのだろう、同期の一人が知り合いなのか、お疲れ様です、と頭を下げ、自分も同じように会釈をする。ふと、その上忍がこっちへ視線を向け、そこからじっと自分を見る。嫌な目つきだった。
「もしかして、女?」
馬鹿にしたような口調を向けられるが、慣れていた。昔からこういうやつはいる。
「まあ、一応」
笑顔を作るイルカに、鼻で笑う。
「じゃあさ、お前ら一緒に奥で飲むか」
テーブルに座る同僚に促し、当たり前に、その空気に同僚は苦笑いを浮かべた。
今日は快気祝いで、上忍の酒に付き合うためにいるわけではない。しかも男に混ざっている変わったくノ一をどう扱うか、それしか考えてないのは明らかで隣に座っていた同僚の一人が、心配気にイルカへ視線を向けた。
「いや、今日は。すみません」
断った途端、上忍の目つきが変わった。
「なんだ、それ。まさかそれを守ろうとかじゃないよな?大丈夫だって、取って食いはしないからよ」
どう見たって好みじゃねーし、女には見えねえもんな。笑う上忍に、他の上忍仲間も笑う。
ーー、本当、こんなんばっかりなんだよな。
イルカは上忍達の笑い声を聞きながら内心笑う。
綺麗に思われたい、可愛く見られたい、そんな努力もしないで、ただ、強くなりたくて、今は教師として子供達を守り育てたくて、ただそれだけなのに。
昔からそうだ。本当に、面倒くさい。
「ほら、いいから来いって」
笑いながら、上忍が自分に手を伸ばしてくる。それをぼんやり見つめた。
これは自分の問題で、同僚に守られるとか、そんなつもりもなくて。
隣に座る同期もまた同時に庇う為にイルカ手を伸ばし、しかしその手は掴まれた。
同期が顔を上げ、自分の手を掴んだ相手を見て驚いた顔をするのと同時にその相手が代わりにイルカの肩に手を置き自分に引き寄せた。
急に肩を引き寄せられた事にイルカは顔を上げ目を丸くしたのは、カカシが自分の肩を掴んでいたから。
そう、カカシがいた。
確かにカカシが目の前にいるのに。信じられなくて。
ただ瞬きをしてカカシを見つめれば、肩に乗ったカカシの手にわずかに力が入る。さっきよりも強く引き寄せられた。
「これ、俺の女だけど、なんか用?」
カカシがニコリと上忍に微笑む。
俺の女
カカシが確かにそう口にした。
顔を上げ、眺めていたイルカの目が丸くなった。感じるのは、いつものカカシの匂いと任務帰りの土埃の匂いとカカシの温もりで。とくとくと自分の心臓が動き出す。
突然現れたカカシに、こっちへ手を伸ばしていた上忍や、デーブルにいた同期は驚いてただ、固まった様に動かない。
カカシはぽかんとした顔で見つめているイルカへ顔を向けた。
「ごめんね、遅くなって」
優しく微笑む。
ーー約束なんか、してないのに。
その顔を見たら、カカシの声を、言葉を聞いたら、張り詰めていた何かが自分の中で切れた。泣きそうなほど眉を顰め、黒い目が潤む。
気がつけばカカシに腕を伸ばしていた。カカシの首に手を回せば、カカシもまたイルカを抱き寄せる。腕の内に入れた。
「帰ろっか」
言われ返そうにも声を出したら今にも泣き出してしまいそうで、詰まったように言葉が喉から出てこない。眉根を寄せ、カカシを見つめ、ただ、イルカはこくこくと頷いた。カカシは眉を下げ微笑み、イルカをもう一度抱き寄せる。
「じゃあ、イルカ先生は連れてくから」
成り行きを固まったまま見ていた上忍にカカシは声をかけ、
「二度はないから」
忘れないでね。
ニコリと笑うカカシに上忍は息を呑んだ。軽々とイルカを抱き上げるとカカシは片手で印を結ぶ。
綺麗な印の結び方にそれに目を奪われてる間に、二人の姿は消えた。


連れてこられた場所は、カカシの部屋だった。あの時以来、カカシは自分のアパートに来るから、だから二回目で。でも、生活感のあまりないこの部屋には確かにカカシの匂いがした。
安堵感に包まれ、堪えていた涙が黒い目から零れ落ちる。
靴を履いたままだからか、イルカを抱えたまま、向かい合うように跨がせるとカカシは部屋のソファに座った。そこでイルカの靴を脱がせる。
グズグズと鼻を啜りながら濡れた目をカカシに向けるとカカシと目が合う。久しぶりに見たカカシの顔に、泣くつもりがないのに涙がこみ上げる。カカシの目がふわりと緩んだ。
「泣くほど嬉しかった?」
嬉しそうに聞く悪戯っぽい口調に、イルカは泣きながら笑う。あんな別れ方したのに、カカシは相変わらずだ。だが、それが安堵感が心を満たしていく。イルカは笑いながら濡れた睫毛を伏せた。ゆっくりとカカシを見つめる。
「すごく、……嬉しかったです」
こんな素直になりたいと思ったのはいつぶりだろうか。幼い頃から、色々な物を隠してきた。その方が楽だったから。いつのまにかそれが自分になって、これでいいんだと思い込んでいた。
自分でそう言ったくせに、イルカの言葉に少し驚くカカシに腕を回し、ぎゅっと抱き締める。自分からカカシに抱きつくなんて、考えられないけど、さっきもそして今も、こうしたいと自分が望んでいた。
なによりも密着しただけで、カカシの体温が心地いい。
話し合いたいと、そう思っていたのに、抱き合ったらそれだけで良くなっていた。ずっとこうしていたい。
飽きずにカカシに跨ったまま抱き合っていると、カカシがイルカの肩を掴み顔を上げさせる。視界に入ったカカシは既に口布を下ろしていて、視線が交わっただけで、どちらからともなくお互いに唇を重ねていた。すぐに深い口付けに変わる。
口付けをしながらカカシの手が伸び、自分の額当てを外す。そして、カカシの長い指がイルカの額当てと、紙紐を外した。
いつもだったら、恥ずかしくて否定的な態度を含ませてしまうけど、それは今のイルカにはなかった。
夢中でそして必死にカカシの口付けに応える。
角度を変え舌が口内を探り自分の舌と絡み合う。お互いの息遣いと水っぽい音だけが部屋に響いた。やがて、唇が離れる。目が慣れてきた暗い部屋で、またカカシと視線が交わった。
頬も火照り、身体が熱い。こんな湧き上がる自分ではないような感覚を覚えるが、紛れもなく自分で。
イルカはカカシが見つめる中自ら自分のベストのジッパーを下ろし、脱ぐと床に置いた。カカシの腕が伸び、服と下着を捲り上げそして、露わになった胸の先端を口に含み、吸う。
何度されても慣れない刺激にイルカから声が小さく漏れ、身体が跳ねた。カカシはもう片方の手を背中に回し、イルカの身体を支え固くなったそれを舌で絡ませるように吸う。
「あっ、ぁ、んっ、」
甘い声が自分から漏れ手の甲で口を塞ぐが、胸の愛撫だけで頭が真っ白になっていく。
カカシの片手がズボンのベルトを器用に取り、性急に、求めるように下着の中に入り込む。カカシの指を秘部が濡らした。そこは既に口付けだけで慣らさなくてもいいくらいに濡れ、カカシは中指をそのまま突き立てた。柔らかい肉がその指を飲み込む。堪らずまたイルカから声が漏れた。
「すご、……」
その感触にカカシが興奮気味に声を漏らし、羞恥に頬が更に熱くなる。でもどうしようもないくらい感じていて、カカシが欲しくて堪らない。
イルカはカカシのズボンに手を伸ばしたそこはズボンの上からでも分かるくらいに固く張り詰めている。カカシもまた自分と同じ様に欲している。嬉しさに背中が甘く痺れた。
布の上から指で擦るように触れる。
「カカシさん、このままで……いいから、もう、挿れてください」
物欲しげに言うと、カカシは少しだけ目を見開いた。
「え、いいの……?」
頬が燃えるような熱さを覚えながら、イルカはこくんと頷いた。カカシに跨ったまま、自分のズボンを脱ぎ下着を床に落とす。
カカシは自分のズボンのジッパーを下ろすと屹立した陰茎を取り出した。視界に入るそれの大きさに、イルカはこくりと喉を鳴らす。
「腰を上げて」
イルカは言われた通り、カカシに跨ったまま、腰をゆっくりと上げた。望んでいるのに今更ながらにこの体勢に羞恥に頬を火照らせた時、カカシがイルカの腰あたりを支えながらイルカを引き寄せる。熱い肉の棒が中にズブズブと入り込みイルカは切なげに眉を寄せ身体を震わせた。カカシの全てを飲み込み、その先端の形までハッキリと伝わる。自分でも分かるくらいに、中が締まった。カカシが、う、と短く呻く。
ゆっくりと息を吐けば、一番奥まで押し込まれ、ぐい、と突き上げられた。
「あぁ、っ、」
イルカの柔らかい尻をカカシが掴み、そこからゆっくりと何度も突き上げる。
気持ち良さに目眩がした。繋がっている箇所が更に濡れ水音が大きくなる。
「すご、気持ちいい」
ゆさゆさとカカシはイルカの身体を揺さぶりながら熱っぽく呟いた。胸の先端をしゃぶるように舐め口に含む。
「んっ、あっ、う、ぁっ、」
それすら、感じてイルカの声が絶え間なく漏れる。気がつけば自分もカカシの上で腰を振っていた。
カカシを全身で感じて、胸が苦しくて、込み上げるものに、目頭が熱くなる。
「カカシさん、好きです」
口から溢れていた。
カカシもまた、息を切らしながら顔を上げる。そして、眉を寄せ泣きそうなイルカを見つめ、うん、と答え、ふわりと微笑んだ。嬉しそうに。胸がきゅうと苦しくなり、黒く輝く目から涙が一粒零れ落ちる。心から溢れた言葉なのに、それがこんな時で、酷く自分が厭らしく感じて、イルカは首を横に振った。
「ちが、そうじゃなくて、カカシさんが、好きなんです、本当に、」
「うん、分かってる」
カカシの言葉に遮られ、イルカは濡れた目を瞬きすると、カカシは優しく微笑んだ。
「先生が俺の事好きだって事は、ずっと前から知ってる」
そこまで言ってカカシはじっとイルカを見つめた。
「ね、イルカ先生、あなたとこうして身体を重ねるのも好きだけど、俺も先生の全てが好きなの。どうしたらいいか分からないくらい。俺も一緒だから、」
だから、今は俺を感じて?
困ったように眉を下げて微笑まれ、イルカもまた泣きながら、小さく笑う。
唇を重ねた。
そこからゆっくりとカカシが律動を始め、イルカもまた合わせるように腰を動かした。


次の日から、周囲の視線を感じるのは勘違いでもなんでもなく、そして間違いなくあの上忍から広まったのだろうと思うが、イルカにとってはどうでも良かった。
はっきりとカカシに恋をしていると確信してしまったのだから。
今まで無下な態度を取っていた相手には悪いが内心ざまあみろと思う。
そして執務室に顔を見せた時、三代目に半信半疑にカカシの事を聞かれた。あるわけがないと信じきっている火影にイルカがあっさりと素直に認めると、今まで見たことがないような顔を火影は見せた。丸で自分が幼い頃意外な悪ふざけをした後のような、そんな顔で。
懐かしさを感じるも、まあ、そうなるだろうなあ、と予想出来ていた火影の顔を見つめ、麗しさを含んだ目を細める。
「そういう事です」
と、イルカは幸せそうに微笑んだ。


<終>


後日談的な


最初はナルトが持っていたハンカチだった。
七班として任務を受け始めたばかりで、当たり前だが色々問題点が山積みで、子供達に嘆息しながら歩いていた時、無造作にポケットに突っ込んでいる何かに気がつき、カカシは歩きながら目を向けた。
「ナルト、それ何入れてるの」
ナルトは言われてカカシに振り返りながら、指さされた自分のポケットに入っている物を取り出す。
薄い水色のハンカチだった。無造作にポケットに突っ込まれていたからか、皺だらけだ。
普段からハンカチも鼻紙も持ち歩かない性格なのは見抜いていたから、素直に妙だと思えば、ナルトは取り出したハンカチを見て、思い出したように、ああ、これ?と口にした。
「これイルカ先生のだってばよ」
ナルトが何故か嬉しそうに口にした。ナルト達の上忍師になって間もないが、三人から度々出ていた名前だった。会った事はないが、名前を知らないわけではない。
元担任のうみのイルカ。ナルトを救った教師。
思考を巡らすカカシの前でナルトは続ける。
「朝イルカ先生とたまたま会った時に急に鼻血出てきてさ、そしたら先生がこれ使えって」
嬉しそうに笑うナルトにサクラが、なんでハンカチもティッシュも持ってないのよ、と強く非難を向ける。それを聞きながら、ナルトが持つ赤茶色に汚れたハンカチへ目を向けていた。
何の変哲もないハンカチなのに、何故か目を引いた。
水色の無地で柄もない。ただ、ナルトによってくしゃくしゃにされてはいたが、アイロンを丁寧にかけてあったのは、分かった。

その数日後、イルカと顔を合わせた時、笑顔をを見た瞬間、思い浮かんだのはあのハンカチだった。人目を引かないが、清楚で、ーー綺麗で。
今まで色んな女がいて、それなりに良かったが、全く違った。初めて良いと思った。
ただ、この感情をどうしたらいいのか分からなくて、可愛いね、とそう口にしたら、見事にイルカに引かれて、前途多難なのは目に見えて、苦笑いするしかなかったけど。

「何ニヤニヤしてんだ」
カカシはぼんやりと眺めていた小冊子から顔を上げると、アスマがこっちを見ていた。
上忍待機所には自分とアスマしかいない。だからと言って、今思い浮かべていた事を説明する気にもならず、別に、と口にした。アスマは僅かに眉根を寄せる。読んでいた雑誌を閉じ、目の前の机に軽く投げ置いた。カカシはその置かれた裏表紙に目を止める。手を伸ばし、手に取った。
それはよくある広告で、貴金属店のダイヤのリングが輝いている。カカシはそれをじっと眺めた。
今まで絶対に興味を示さなかった物に目を止め、しかもその雑誌を手に取り眺めるカカシに、さっきと言い今と言い、と言わんばかりの表情を浮かべアスマは顔を顰める。口を開いた。
「お前、これ以上イルカを女にするんじゃねーよ」
雑誌から目を向ければ、アスマは苦々しい顔をしていた。
アスマは、昔からイルカを知っていて三代目と同じ様に気にかけている事は最近知った。
兄心としてのもどかしさが素で出たとしか言いようがなく、でもあまりにもらしくなくて、カカシは内心驚いてアスマを見る。
だから、そのアスマが、本音を吐き出したのだと分かり、またイルカと付き合って入る期間は短いけれど、やはりイルカへの気持ちばかり溢れて、先が不安なのもあった。なのに、今のアスマの発言で、自分がどれだけイルカに影響を与えているかを、知る。イルカもまた真剣なのだと。周囲が分かるくらいに。
込み上げたのは言葉に言い表せないくらいの嬉しさだった。
それをおしとどめることが出来ず、喉の奥から溢れ出し、ふっと息を吐き出すように笑った。
笑うと思っていなかったのだろう、訝しむアスマを前に、カカシは声を立てて嬉しそうに笑った。

<終>
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