剥がれる④
昼休みが終わった午後、イルカは受付の椅子に座り書類にナンバリングをつけていた。
内容は全て確認済みだが仕分けに間違いがあってはいけない。目を通しながらナンバリングを押し、その音が受付の部屋に響く。
作業をしている間、出入りがあるがそこまで混んでいない。ただ、たまたま誰かが入ってきた気配に顔を上げたイルカは、その手を止めていた。
カカシだった。
思わず顔が綻びそうになり、イルカは口元を結び、そしてカカシへ目を向ける。カカシもまた誰でもないイルカの元へ真っ直ぐ歩いてきた。
イルカは書類から手を離して、目の前まできたカカシを不思議そうに見上げた。
受付に来たからにはここに用があっての事だと思うが、自分は今作業中で、椅子には座ってはいるが、受付を担当しているのは隣の席にいる同期だ。
移動中や休憩中以外は、仕事中であればカカシは滅多な事がない限り声をかけない。それは勿論自分に配慮してくれての事だ。だから、
「ちょっと、いい?」
言われて少し驚いてカカシを見た。
ただ、受付はまだ時間的に立て込んでいない。イルカは頷くと同僚に声を掛け、カカシと一緒に部屋を出た。
廊下にでて、その一番奥にある書庫室へカカシが入り、イルカもまた後に続く。用があっても廊下で済むとばかり思っていたから、わざわざ人がいない場所を選ぶ事にイルカはまた内心困惑した。と言うか良くない事を伝えられるのかと、不安になる。改められたり、こう言う空気は、正直苦手だ。
「何かあったんですか?」
扉を閉めたイルカが不安気に聞くと、カカシは振り向く、眠そうな目がこっちに向けられた。
「明日から短期任務に行くって言ってたでしょ?」
言われ、ええ、と頷く。元々カカシが受ける任務は七班ではない限りAランクかSランクだ。深刻な内容になるのかと、イルカは黒い目をカカシに向けると、カカシが口を開く。
「それが、早まって今日になったから」
そうイルカに告げた。
イルカはその後に何か言葉が続くのかと待つが、カカシは何も言わない。だから、
「そう……ですか」
と、イルカはゆっくりと、頷いた。
「……で、それだけ、ですか?」
確認するように聞くと、カカシは、うん、とだけ言って頷く。
イルカは安堵しながらも、少しだけ眉を寄せた。そうですか、ともう一度口にする。
確かに今日はうちに来る予定で、それが一日早くなる事は、さみしいが、任務だから仕方がない。
ただ、それは廊下でも良かった話だ、と思えば、カカシが手を伸ばした。手を掴まれ引き寄せられる。
不意に抱き締められて頬を赤くしながら、ああ、そうか、と納得した。
確かに、こうして欲しかった。
イルカも素直にカカシの広い背中に手を回す。
見た目以上に筋肉質で肩幅も広く逞しい身体をしていると、付き合ってから知った。
彫刻のように無駄がない綺麗な身体だとカカシに口に出して言わないが、服越しでもそれが抱き締めるだけで伝わり、すごく幸せな気持ちになれる。嬉しさに目を伏せた時、カカシが抱き締める腕に力を入れた。
「していい?」
耳元で囁かれた言葉に、イルカは伏せていた目を上げる。
「するって、」
キスだろうと、勝手にそう思っていたから。
「ここでエッチしたい」
言われて、目を見開き、丸くしていた。思わず、へ?と聞き返す。イルカは背中に回していた手を解き、顔を上げていた。
頬を赤く染めたまま困惑気に見上げるイルカをカカシは見つめ返し、いいでしょ?と言う。
頬が更に熱くなった。まん丸になった黒い目が動揺に、揺れる。
「え、だ、だって、仕事中で、それに、ここは書庫室で、」
口籠もりながら、カカシにここでセックスをしたいと言われたんだと認識し、困惑が加速した。
普通に部屋で誘われるのも恥ずかしいのに、ここでなんて、全く考えられない。昼間で、外で、丸で何かのAVだ。
完全に動揺しているイルカを見つめるカカシは至って冷静で、真剣な眼差しだった。
イルカの手を取る。
「だって、二週間会えないんだよ?少しで集合だし、すぐ済むようにするから」
駄目?
あれだけするなと言った仔犬のような目で見られて、イルカはまた眉根を寄せた。すぐ済むとか、理解したくない内容が多過ぎる。
「駄目とか、そー言う事ではなくて、」
「じゃあ、先生は我慢出来るの?」
平気に問われ、イルカの顔が赤く染まった。
我慢するしないではなく、我慢するしかない、が正解だ。と、そこまで思って、自分が我慢するほどなんだと無意識に考えてしまっている事に気がつく。顔が更に熱を持った。
セックスなんて、付き合っている中の延長で、要はお互いの気持ちで、それだけでいいはずなのに、でも、カカシとのセックスは、優しくて激しくて、とろとろになるくらいに、気持ち良くて。
否定うんぬんではなく思考が止まりつつある。イルカは口を小さく開けたまま、答える事が出来なくなっていた。
そして、気がつけば、そんな空気になってきてしまっていた。
カカシが口布を指で下ろし、顔を近づける。イルカは黙ってそれを受け入れた。
ちゅ、ちゅ、と口付けられ、開いた口からカカシの舌が入り込む。
それだけで脳の奥がじん、とした。
いいのかな、いいのかな、と考える間にも、カカシは深くキスをしながら手慣れたようにイルカのベストのジッパーを下ろす。
手を上着の裾から入り込ませた。
手甲をしたままのカカシの指がイルカの肌を這い、ぴくりと反応を示す。
下着にカカシの指が触れた時、カカシの手の動きが止まった。口付けもまた止まる。
どうしたんだろう、と思うイルカから身体を少し離したカカシは、ぐい、と上着を上に捲り上げた。
カカシの目は胸に向けられ、そして固まる。そのカカシが見せる驚いた表情の理由が分からなかった。が、自分もまた同じように視線をカカシが向けている自分の胸に落とし、忘れていた事実に息を呑んだ。
いつもと違う、黒色レースの下着。
本当に、すっかり忘れていて、一気に動揺が全身を駆け巡った。
「あのっ、これは、」
慌てふためきながら上着を下げようとするイルカの手をカカシは制す。目がじっと下着に向けられたままで、釘付けにされている。恥ずかしさに顔が熱くて仕方がない。イルカはぎゅっと目を閉じた。
「……なんで?」
カカシの呆然とした声にイルカは目を開けた、カカシに向けると、カカシもようやくそこでイルカを見た。
イルカは眉根を寄せる。
「だ……、その、前、カカシさんが興味ありそうだったから、だから、えっと、それに、アカデミーじゃない日はいいなかって、」
自分の下着を選ぶ基準は機能性だ。動きやすく、通気性がいい下着がいいに決まっている。
だが、数日前、カカシがイルカの部屋で何気なしにテレビを見ていて、下着のコマーシャルを見ながら、先生はこう言うのは着ないの?と聞いてきた。
その時は、高いし、今ので十分です、と笑いながらそう返した。そう、そもそも男受けを狙ったような下着は全く興味はなかった。窮屈で着心地は悪いに決まっている。ダサいと同世代のくノ一が言う下着が一番肌に合っていたし、何より慣れている。だが、カカシがふーん、と言った後、似合いそうなのに、と呟いた。それが何故か頭に残って。
似合わないと分かっているが、一回くらいは着てみてもいいかな、と思えて。
言い訳のような本音がぐるぐると頭を回る。
イルカは恥ずかしさに泣きたくなった。
目の前のカカシはイルカのおぼつかない言葉を聞きながら、呆けたようにまた下着を見つめ、
「……どうしよう、すごい興奮する」
ぽつりと呟いた。
反応が欲しくて欲しくない、どうしようもない羞恥心に消えてしまいたい、と思ったイルカは、カカシの言葉に、瞬きをした。え?と聞き返すと下着へ目を向けていたカカシがイルカを引き寄せる。再び口を塞いだ。口付けを繰り返し、そしてカカシは唇を離す。
「すごくそそる」
耳元で囁かれ、イルカは目を見開いた。全身が一気に熱くなる。
どんなつもりでこれを買ったかと言ったら、カカシの為で、でもこんな言葉を言われるとか想像すらしてなくて、イルカは唇をぐっと結んだ。
カカシは耳朶を舐め、甘く噛む。イルカは身震いした。
「先生、俺すごく嬉しい」
カカシの興奮を含む声に羞恥が増す。そんなつもりじゃ、と声を出していた。
真っ赤になったイルカをカカシが覗き込む。
「何で?俺の為に着けてくれたんでしょ?」
言われたら、その通りだった。
今日はカカシが家にくるから。だから、いいかなって。一日中受付だから。
だから、この下着を選んで着た。
カカシの為に。
だけど、まさかこんな昼間の執務室で見られるなんて、想像すらしてなかった。
恥ずかしさに顔を赤くしながら耐えるイルカにカカシは手を伸ばす。下着の上から胸を触った。弾力のある胸をカカシの大きな掌が揉み、そして、レースで覆われたカップ部分を指で下げる胸が晒された。ピンク色の先端をカカシは固い指の腹で擦り、顔を近づける。口に含んだ。まだ柔らかい乳首をカカシが口の中で吸う。舌で転がすようにされ、吸うのを繰り返す、カカシの口から離れた時は、先端はカカシの唾液で濡れ、充血し固く膨れている。口から離され、物欲しそうにそね先端が震えていた。
気がつけば後ろに手を回され、背中のホックを外されていた、緩んだブラがもう片方の胸を露わにさせる。
当たり前だが、カカシの手慣れた手つきに複雑なものしか浮かばない。
そりゃ、カカシが何も知らない方が逆に変といえば変だし。自分の周りもそれなりに恋愛やら楽しんでいるのだから、遊んでない方がおかしい。
そんな事を今考えるべきじゃないと分かってるのに。
胸を愛撫するカカシに目を落としながら、銀色の髪に自分の手を置いた。柔らかいカカシの髪。
それだけで愛おしくなり、胸が締め付ける。
真人間だったはずの自分が呆気なく剥がれていく。カカシによって。
でも、そう言うんじゃないと言うのも何となく分かっていた。
カカシが求めてくれるのが嬉しくて、カカシの為にと言う自分の気持ちに気がついてくれる、それだけで泣きたいくらいに嬉しい。
イルカはカカシに任せるように、ズボンを下げる事に協力した。直ぐにカカシの手が上の下着と同じ黒いレースへと伸びる。前から下着の中に入り込み、茂みを確かめるように触れながら、カカシの人差し指が柔らかい肉の奥へ入り込んだ。
「……ぁっ、」
腰が震え、立ったままのイルカはカカシにしがみついた。カカシはもう片方の手をイルカの背中に回し、支える。
ゆるゆると、ゆっくり動く指とは裏腹に、カカシの息が荒い。互いに熱のこもった目が交わり、唇をカカシは塞いだ。愛撫されながら口付けをされ、気持ちが高揚する。身体の奥が熱くなった。
徐々に濡れたそこはしっとりとし、カカシの指が難なく中へ入り込む。肉の壁を広げる動きにキスに集中出来ない。唇が浮く度にカカシがまた口を塞いだ。閉じる目の際に涙が溜まる。
濡れなきゃ入らないけど、濡れている事が恥ずかしいのに、中で動くカカシの指がもどかしい。
ようやくカカシの口が離れる。と同時に指を引き抜いた。
壁に背をつけたまま、カカシの腕が離れ支えを失いそのままずるずると床に腰が落ちる。床に座り込み顔を上げ、カカシの濡れた指とつけたままで汚れた手甲が視界に入る。
「カカシさん、汚れて、」
「うん、平気」
気にすることなくカカシは手甲を外すと、床に落した。濡れた指を舐める。
その光景に痛いくらいに心臓が鳴った。
「だめ……」
思わず零れた言葉にカカシはイルカに顔を向けふわりと微笑む。
「立って窓枠に手を付けて」
カカシに言われた言葉の意味が分からなかった。だがら、言われるままに立ち上がる。カカシが手で支えた。そのまま後ろを向き窓枠に手を置く。保管する書物を日光から守る為、カーテンは常にしてある。隙間から漏れる日光を目にしたら、酷く背徳的なものを感じた。と、伸びたカカシの手がズボンを下着ごと引き下ろし、イルカの身体がびくりと反応した。
不安に顔だけをカカシに向けるとカカシの指が頬を優しく撫でる。
その指が離れ自分のズボンのジッパーを下ろした。それは腹につきそうなくらいに屹立している。胸がばくばくと忙しなく動き、目が離せなくなっていた。そこからポーチを探り取り出したのはゴムだった。袋を口で破り取り出すと袋は床に捨てられる。薄いゴムを先端からゆっくりと扱くようにつけられていく。そこでふとカカシがイルカへ視線を向けた。青みかがった目が緩む。
「お尻もっとこっち向けて」
言葉がじわりと脳に遅れて伝わり、ようやくカカシの言っている意味を理解する。眉を寄せていた。
困惑するもカカシの手が自分の腰を掴む。どくどくと心臓が跳ねるのは動揺も期待もごちゃ混ぜで。前を向き窓枠に手をつくとぼんやりとその古い木造の窓枠を眺めた。心細そうに自分の手がその窓枠を掴んでいる。
柔らかい尻をカカシの腰を掴んだままの指が緩く揉むように触れ、拡げる。
カカシからはきっと全部見えている。それだけで羞恥で頬が熱く火照った。やがて、熱い塊が当てられ、ゆっくりと中に入っていく。周りの肉を押し拡げる感覚にイルカは切なげに眉を顰めた。
「……ぁ、っ、お、……っき、い、」
イルカは身体をぶるりと震わせた。窓枠を持つ手が震える。何度しても慣れない。
根元まで入った時、カカシが熱っぽい息を吐き出した。カカシの大きさや形が埋められた箇所から脈打つそれから伝わる。
「….…動くよ」
カカシがそう呟き、イルカの腰を掴むと律動を始めた。ゆっくりと、徐々に早めるようで、そうでもない。
中の肉を擦るようにを固い陰茎が出入りする。
「あっ、んっ、ぁ、ぁっ、」
イルカから声が絶え間なく漏れた。
抑えようとしても到底無理で、だけど自分の声に耳を塞ぎたくなる。カカシが奥に突き入れる度に、乱れた黒い下着から覗く胸もまた揺れる。カカシが手を伸ばしその胸に触れた。しっかりと充血し難くなった先端を指で摘み、その指の腹で擦る。イルカの声が一際大きくなった。
「カカシさ、……っ、声、出ちゃ、……ぁっ、」
喘ぎながら言うが、カカシの動きは止まらない。
「大丈夫……、周りに誰も、いない、から、」
カカシが息を切らしながら答える。
この部屋は廊下の一番奥で、受付から離れている。カカシが言うことに間違いはないと分かっていても目に映る情景は、自分の仕事場だ。
気が気じゃないのに、カカシによってもたらされる快感に頭が真っ白になっていく。カカシが夢中になって腰を打ち付ける。肉がぶつかる音が部屋に響いた。
下腹部にじわじわくるものが何なのか。
「あ、やっ、だめ、ぁっ、」
怖くなりイルカは逃げるように腰を浮かせるが、カカシの手が離さない。より強く奥に打ち込まれる。声にならない声がひっきりなしにイルカの喉から漏れた。
カカシが引き抜いた陰茎を一番奥に突き上げた時、頭の中が弾け真っ白になる。身体が震えイルカは背中を逸らしていた。
「……っ、」
カカシが短く呻き声を漏らす。カカシもまたぶるりと腰を震わせた。ゴム越しに吐き出しているのか、何度か奥に押し付けた後、そこからゆっくりと引き抜く。
「……ん、……」
鼻から抜ける声を出した後、そのまま膝から床に崩れ落ち、ぐったりと体を弛緩させた。
ぼんやりと濡れた目で書庫室の古い床板を見つめる。
「大丈夫……?」
動かないイルカにカカシが手を伸ばしたのはしばらく経ってからで、カカシは倦怠感を纏った目でイルカを見つめていた。自分は酷い顔をしているだろうが、
「大丈夫です、……カカシさんは?」
当たり前のことを聞いただけのに、聞き返されたカカシは少しだけ驚いたような顔をした後、大丈夫、と目を細め微笑む。
窓の外で鳥が鳴いたのはその直後だった。
ガチャン、ガチャン、と受付の部屋にイルカが押すナンバリングの音が響く。
カカシと共に執務室に呼ばれた事にして、しばらく休んでいたからか、あれほど火照っていた身体はいつも通りに戻っている。
あの後、二人で書庫室で衣服を整えていた。
自分が身につけている下着にこんな反応されるとは思ってなかったから、やはりそれは素直に嬉しい。カカシもやはり男なのだと改めて感じるも、ふと浮かんだ事に、イルカは額当てを巻き直しているカカシへ視線を向けた。
「カカシさんは黒が好きなんですか?」
聞かれ、カカシはイルカへ顔を向けた。イルカの下着へ視線を向ける当たり何のことか分かっているようだが、僅かに顔を傾げる。
「いや、どうかな」
カカシの答えは曖昧だ。
「じゃあ、他の女性で着けていた下着でいいな、とか思った事は……ないんですか?」
これだけの立場で、容姿で、実際キスもセックスも経験がない自分でさえ上手いと思うのは、考えたくはないが、女慣れしているからなのは明らかだった。
過去をどうこう思う事はないが、何となく聞きたくなっていた。
カカシはムッとする訳でもなく驚く訳でもなく、笑う訳でもなく、ただ、イルカの質問を聞いて、女の下着……?と、不思議そうな顔をした。そこから視線を漂わせる。
そして、何を言うのかと、手を止めてじっと見つめるイルカにカカシは視線を戻した。
「あー、分かんない、覚えてない」
カカシは眉を下げ笑い、
「だって中に入れて出すだけが目的だったから、記憶にもないかな」
そう口にして銀色の髪を掻いた。予想外の言葉にぽかんとしているイルカにカカシは続ける。
「あ、でも先生のは今日の黒は最高だったし、他の色も見たいよ?ああ、でも最初した時の水色のスポブラも好きだな。あと、二回目の時のベージュのスポブラも、」
急に話し出したカカシにイルカは、わーっ、と声を出し言葉を遮った。
もういいです、スポブラスポブラ言わんでくださいっ。
顔を真っ赤にして非難の眼差しを向けるしかなくて。
思い出したイルカは、あれだけの事で嬉しくてむず痒くなり、僅かに頬を染めながらナンバリングを続ける。
その時開けていた窓から風が舞い込み、イルカは書類を押さえながら手を止め、窓の外へ顔を向ける。
カカシが里に帰還するのは二週間後。
待ち遠しいなあ、とイルカは風で揺れる木々の緑を見つめ、微笑んだ。
<終>
内容は全て確認済みだが仕分けに間違いがあってはいけない。目を通しながらナンバリングを押し、その音が受付の部屋に響く。
作業をしている間、出入りがあるがそこまで混んでいない。ただ、たまたま誰かが入ってきた気配に顔を上げたイルカは、その手を止めていた。
カカシだった。
思わず顔が綻びそうになり、イルカは口元を結び、そしてカカシへ目を向ける。カカシもまた誰でもないイルカの元へ真っ直ぐ歩いてきた。
イルカは書類から手を離して、目の前まできたカカシを不思議そうに見上げた。
受付に来たからにはここに用があっての事だと思うが、自分は今作業中で、椅子には座ってはいるが、受付を担当しているのは隣の席にいる同期だ。
移動中や休憩中以外は、仕事中であればカカシは滅多な事がない限り声をかけない。それは勿論自分に配慮してくれての事だ。だから、
「ちょっと、いい?」
言われて少し驚いてカカシを見た。
ただ、受付はまだ時間的に立て込んでいない。イルカは頷くと同僚に声を掛け、カカシと一緒に部屋を出た。
廊下にでて、その一番奥にある書庫室へカカシが入り、イルカもまた後に続く。用があっても廊下で済むとばかり思っていたから、わざわざ人がいない場所を選ぶ事にイルカはまた内心困惑した。と言うか良くない事を伝えられるのかと、不安になる。改められたり、こう言う空気は、正直苦手だ。
「何かあったんですか?」
扉を閉めたイルカが不安気に聞くと、カカシは振り向く、眠そうな目がこっちに向けられた。
「明日から短期任務に行くって言ってたでしょ?」
言われ、ええ、と頷く。元々カカシが受ける任務は七班ではない限りAランクかSランクだ。深刻な内容になるのかと、イルカは黒い目をカカシに向けると、カカシが口を開く。
「それが、早まって今日になったから」
そうイルカに告げた。
イルカはその後に何か言葉が続くのかと待つが、カカシは何も言わない。だから、
「そう……ですか」
と、イルカはゆっくりと、頷いた。
「……で、それだけ、ですか?」
確認するように聞くと、カカシは、うん、とだけ言って頷く。
イルカは安堵しながらも、少しだけ眉を寄せた。そうですか、ともう一度口にする。
確かに今日はうちに来る予定で、それが一日早くなる事は、さみしいが、任務だから仕方がない。
ただ、それは廊下でも良かった話だ、と思えば、カカシが手を伸ばした。手を掴まれ引き寄せられる。
不意に抱き締められて頬を赤くしながら、ああ、そうか、と納得した。
確かに、こうして欲しかった。
イルカも素直にカカシの広い背中に手を回す。
見た目以上に筋肉質で肩幅も広く逞しい身体をしていると、付き合ってから知った。
彫刻のように無駄がない綺麗な身体だとカカシに口に出して言わないが、服越しでもそれが抱き締めるだけで伝わり、すごく幸せな気持ちになれる。嬉しさに目を伏せた時、カカシが抱き締める腕に力を入れた。
「していい?」
耳元で囁かれた言葉に、イルカは伏せていた目を上げる。
「するって、」
キスだろうと、勝手にそう思っていたから。
「ここでエッチしたい」
言われて、目を見開き、丸くしていた。思わず、へ?と聞き返す。イルカは背中に回していた手を解き、顔を上げていた。
頬を赤く染めたまま困惑気に見上げるイルカをカカシは見つめ返し、いいでしょ?と言う。
頬が更に熱くなった。まん丸になった黒い目が動揺に、揺れる。
「え、だ、だって、仕事中で、それに、ここは書庫室で、」
口籠もりながら、カカシにここでセックスをしたいと言われたんだと認識し、困惑が加速した。
普通に部屋で誘われるのも恥ずかしいのに、ここでなんて、全く考えられない。昼間で、外で、丸で何かのAVだ。
完全に動揺しているイルカを見つめるカカシは至って冷静で、真剣な眼差しだった。
イルカの手を取る。
「だって、二週間会えないんだよ?少しで集合だし、すぐ済むようにするから」
駄目?
あれだけするなと言った仔犬のような目で見られて、イルカはまた眉根を寄せた。すぐ済むとか、理解したくない内容が多過ぎる。
「駄目とか、そー言う事ではなくて、」
「じゃあ、先生は我慢出来るの?」
平気に問われ、イルカの顔が赤く染まった。
我慢するしないではなく、我慢するしかない、が正解だ。と、そこまで思って、自分が我慢するほどなんだと無意識に考えてしまっている事に気がつく。顔が更に熱を持った。
セックスなんて、付き合っている中の延長で、要はお互いの気持ちで、それだけでいいはずなのに、でも、カカシとのセックスは、優しくて激しくて、とろとろになるくらいに、気持ち良くて。
否定うんぬんではなく思考が止まりつつある。イルカは口を小さく開けたまま、答える事が出来なくなっていた。
そして、気がつけば、そんな空気になってきてしまっていた。
カカシが口布を指で下ろし、顔を近づける。イルカは黙ってそれを受け入れた。
ちゅ、ちゅ、と口付けられ、開いた口からカカシの舌が入り込む。
それだけで脳の奥がじん、とした。
いいのかな、いいのかな、と考える間にも、カカシは深くキスをしながら手慣れたようにイルカのベストのジッパーを下ろす。
手を上着の裾から入り込ませた。
手甲をしたままのカカシの指がイルカの肌を這い、ぴくりと反応を示す。
下着にカカシの指が触れた時、カカシの手の動きが止まった。口付けもまた止まる。
どうしたんだろう、と思うイルカから身体を少し離したカカシは、ぐい、と上着を上に捲り上げた。
カカシの目は胸に向けられ、そして固まる。そのカカシが見せる驚いた表情の理由が分からなかった。が、自分もまた同じように視線をカカシが向けている自分の胸に落とし、忘れていた事実に息を呑んだ。
いつもと違う、黒色レースの下着。
本当に、すっかり忘れていて、一気に動揺が全身を駆け巡った。
「あのっ、これは、」
慌てふためきながら上着を下げようとするイルカの手をカカシは制す。目がじっと下着に向けられたままで、釘付けにされている。恥ずかしさに顔が熱くて仕方がない。イルカはぎゅっと目を閉じた。
「……なんで?」
カカシの呆然とした声にイルカは目を開けた、カカシに向けると、カカシもようやくそこでイルカを見た。
イルカは眉根を寄せる。
「だ……、その、前、カカシさんが興味ありそうだったから、だから、えっと、それに、アカデミーじゃない日はいいなかって、」
自分の下着を選ぶ基準は機能性だ。動きやすく、通気性がいい下着がいいに決まっている。
だが、数日前、カカシがイルカの部屋で何気なしにテレビを見ていて、下着のコマーシャルを見ながら、先生はこう言うのは着ないの?と聞いてきた。
その時は、高いし、今ので十分です、と笑いながらそう返した。そう、そもそも男受けを狙ったような下着は全く興味はなかった。窮屈で着心地は悪いに決まっている。ダサいと同世代のくノ一が言う下着が一番肌に合っていたし、何より慣れている。だが、カカシがふーん、と言った後、似合いそうなのに、と呟いた。それが何故か頭に残って。
似合わないと分かっているが、一回くらいは着てみてもいいかな、と思えて。
言い訳のような本音がぐるぐると頭を回る。
イルカは恥ずかしさに泣きたくなった。
目の前のカカシはイルカのおぼつかない言葉を聞きながら、呆けたようにまた下着を見つめ、
「……どうしよう、すごい興奮する」
ぽつりと呟いた。
反応が欲しくて欲しくない、どうしようもない羞恥心に消えてしまいたい、と思ったイルカは、カカシの言葉に、瞬きをした。え?と聞き返すと下着へ目を向けていたカカシがイルカを引き寄せる。再び口を塞いだ。口付けを繰り返し、そしてカカシは唇を離す。
「すごくそそる」
耳元で囁かれ、イルカは目を見開いた。全身が一気に熱くなる。
どんなつもりでこれを買ったかと言ったら、カカシの為で、でもこんな言葉を言われるとか想像すらしてなくて、イルカは唇をぐっと結んだ。
カカシは耳朶を舐め、甘く噛む。イルカは身震いした。
「先生、俺すごく嬉しい」
カカシの興奮を含む声に羞恥が増す。そんなつもりじゃ、と声を出していた。
真っ赤になったイルカをカカシが覗き込む。
「何で?俺の為に着けてくれたんでしょ?」
言われたら、その通りだった。
今日はカカシが家にくるから。だから、いいかなって。一日中受付だから。
だから、この下着を選んで着た。
カカシの為に。
だけど、まさかこんな昼間の執務室で見られるなんて、想像すらしてなかった。
恥ずかしさに顔を赤くしながら耐えるイルカにカカシは手を伸ばす。下着の上から胸を触った。弾力のある胸をカカシの大きな掌が揉み、そして、レースで覆われたカップ部分を指で下げる胸が晒された。ピンク色の先端をカカシは固い指の腹で擦り、顔を近づける。口に含んだ。まだ柔らかい乳首をカカシが口の中で吸う。舌で転がすようにされ、吸うのを繰り返す、カカシの口から離れた時は、先端はカカシの唾液で濡れ、充血し固く膨れている。口から離され、物欲しそうにそね先端が震えていた。
気がつけば後ろに手を回され、背中のホックを外されていた、緩んだブラがもう片方の胸を露わにさせる。
当たり前だが、カカシの手慣れた手つきに複雑なものしか浮かばない。
そりゃ、カカシが何も知らない方が逆に変といえば変だし。自分の周りもそれなりに恋愛やら楽しんでいるのだから、遊んでない方がおかしい。
そんな事を今考えるべきじゃないと分かってるのに。
胸を愛撫するカカシに目を落としながら、銀色の髪に自分の手を置いた。柔らかいカカシの髪。
それだけで愛おしくなり、胸が締め付ける。
真人間だったはずの自分が呆気なく剥がれていく。カカシによって。
でも、そう言うんじゃないと言うのも何となく分かっていた。
カカシが求めてくれるのが嬉しくて、カカシの為にと言う自分の気持ちに気がついてくれる、それだけで泣きたいくらいに嬉しい。
イルカはカカシに任せるように、ズボンを下げる事に協力した。直ぐにカカシの手が上の下着と同じ黒いレースへと伸びる。前から下着の中に入り込み、茂みを確かめるように触れながら、カカシの人差し指が柔らかい肉の奥へ入り込んだ。
「……ぁっ、」
腰が震え、立ったままのイルカはカカシにしがみついた。カカシはもう片方の手をイルカの背中に回し、支える。
ゆるゆると、ゆっくり動く指とは裏腹に、カカシの息が荒い。互いに熱のこもった目が交わり、唇をカカシは塞いだ。愛撫されながら口付けをされ、気持ちが高揚する。身体の奥が熱くなった。
徐々に濡れたそこはしっとりとし、カカシの指が難なく中へ入り込む。肉の壁を広げる動きにキスに集中出来ない。唇が浮く度にカカシがまた口を塞いだ。閉じる目の際に涙が溜まる。
濡れなきゃ入らないけど、濡れている事が恥ずかしいのに、中で動くカカシの指がもどかしい。
ようやくカカシの口が離れる。と同時に指を引き抜いた。
壁に背をつけたまま、カカシの腕が離れ支えを失いそのままずるずると床に腰が落ちる。床に座り込み顔を上げ、カカシの濡れた指とつけたままで汚れた手甲が視界に入る。
「カカシさん、汚れて、」
「うん、平気」
気にすることなくカカシは手甲を外すと、床に落した。濡れた指を舐める。
その光景に痛いくらいに心臓が鳴った。
「だめ……」
思わず零れた言葉にカカシはイルカに顔を向けふわりと微笑む。
「立って窓枠に手を付けて」
カカシに言われた言葉の意味が分からなかった。だがら、言われるままに立ち上がる。カカシが手で支えた。そのまま後ろを向き窓枠に手を置く。保管する書物を日光から守る為、カーテンは常にしてある。隙間から漏れる日光を目にしたら、酷く背徳的なものを感じた。と、伸びたカカシの手がズボンを下着ごと引き下ろし、イルカの身体がびくりと反応した。
不安に顔だけをカカシに向けるとカカシの指が頬を優しく撫でる。
その指が離れ自分のズボンのジッパーを下ろした。それは腹につきそうなくらいに屹立している。胸がばくばくと忙しなく動き、目が離せなくなっていた。そこからポーチを探り取り出したのはゴムだった。袋を口で破り取り出すと袋は床に捨てられる。薄いゴムを先端からゆっくりと扱くようにつけられていく。そこでふとカカシがイルカへ視線を向けた。青みかがった目が緩む。
「お尻もっとこっち向けて」
言葉がじわりと脳に遅れて伝わり、ようやくカカシの言っている意味を理解する。眉を寄せていた。
困惑するもカカシの手が自分の腰を掴む。どくどくと心臓が跳ねるのは動揺も期待もごちゃ混ぜで。前を向き窓枠に手をつくとぼんやりとその古い木造の窓枠を眺めた。心細そうに自分の手がその窓枠を掴んでいる。
柔らかい尻をカカシの腰を掴んだままの指が緩く揉むように触れ、拡げる。
カカシからはきっと全部見えている。それだけで羞恥で頬が熱く火照った。やがて、熱い塊が当てられ、ゆっくりと中に入っていく。周りの肉を押し拡げる感覚にイルカは切なげに眉を顰めた。
「……ぁ、っ、お、……っき、い、」
イルカは身体をぶるりと震わせた。窓枠を持つ手が震える。何度しても慣れない。
根元まで入った時、カカシが熱っぽい息を吐き出した。カカシの大きさや形が埋められた箇所から脈打つそれから伝わる。
「….…動くよ」
カカシがそう呟き、イルカの腰を掴むと律動を始めた。ゆっくりと、徐々に早めるようで、そうでもない。
中の肉を擦るようにを固い陰茎が出入りする。
「あっ、んっ、ぁ、ぁっ、」
イルカから声が絶え間なく漏れた。
抑えようとしても到底無理で、だけど自分の声に耳を塞ぎたくなる。カカシが奥に突き入れる度に、乱れた黒い下着から覗く胸もまた揺れる。カカシが手を伸ばしその胸に触れた。しっかりと充血し難くなった先端を指で摘み、その指の腹で擦る。イルカの声が一際大きくなった。
「カカシさ、……っ、声、出ちゃ、……ぁっ、」
喘ぎながら言うが、カカシの動きは止まらない。
「大丈夫……、周りに誰も、いない、から、」
カカシが息を切らしながら答える。
この部屋は廊下の一番奥で、受付から離れている。カカシが言うことに間違いはないと分かっていても目に映る情景は、自分の仕事場だ。
気が気じゃないのに、カカシによってもたらされる快感に頭が真っ白になっていく。カカシが夢中になって腰を打ち付ける。肉がぶつかる音が部屋に響いた。
下腹部にじわじわくるものが何なのか。
「あ、やっ、だめ、ぁっ、」
怖くなりイルカは逃げるように腰を浮かせるが、カカシの手が離さない。より強く奥に打ち込まれる。声にならない声がひっきりなしにイルカの喉から漏れた。
カカシが引き抜いた陰茎を一番奥に突き上げた時、頭の中が弾け真っ白になる。身体が震えイルカは背中を逸らしていた。
「……っ、」
カカシが短く呻き声を漏らす。カカシもまたぶるりと腰を震わせた。ゴム越しに吐き出しているのか、何度か奥に押し付けた後、そこからゆっくりと引き抜く。
「……ん、……」
鼻から抜ける声を出した後、そのまま膝から床に崩れ落ち、ぐったりと体を弛緩させた。
ぼんやりと濡れた目で書庫室の古い床板を見つめる。
「大丈夫……?」
動かないイルカにカカシが手を伸ばしたのはしばらく経ってからで、カカシは倦怠感を纏った目でイルカを見つめていた。自分は酷い顔をしているだろうが、
「大丈夫です、……カカシさんは?」
当たり前のことを聞いただけのに、聞き返されたカカシは少しだけ驚いたような顔をした後、大丈夫、と目を細め微笑む。
窓の外で鳥が鳴いたのはその直後だった。
ガチャン、ガチャン、と受付の部屋にイルカが押すナンバリングの音が響く。
カカシと共に執務室に呼ばれた事にして、しばらく休んでいたからか、あれほど火照っていた身体はいつも通りに戻っている。
あの後、二人で書庫室で衣服を整えていた。
自分が身につけている下着にこんな反応されるとは思ってなかったから、やはりそれは素直に嬉しい。カカシもやはり男なのだと改めて感じるも、ふと浮かんだ事に、イルカは額当てを巻き直しているカカシへ視線を向けた。
「カカシさんは黒が好きなんですか?」
聞かれ、カカシはイルカへ顔を向けた。イルカの下着へ視線を向ける当たり何のことか分かっているようだが、僅かに顔を傾げる。
「いや、どうかな」
カカシの答えは曖昧だ。
「じゃあ、他の女性で着けていた下着でいいな、とか思った事は……ないんですか?」
これだけの立場で、容姿で、実際キスもセックスも経験がない自分でさえ上手いと思うのは、考えたくはないが、女慣れしているからなのは明らかだった。
過去をどうこう思う事はないが、何となく聞きたくなっていた。
カカシはムッとする訳でもなく驚く訳でもなく、笑う訳でもなく、ただ、イルカの質問を聞いて、女の下着……?と、不思議そうな顔をした。そこから視線を漂わせる。
そして、何を言うのかと、手を止めてじっと見つめるイルカにカカシは視線を戻した。
「あー、分かんない、覚えてない」
カカシは眉を下げ笑い、
「だって中に入れて出すだけが目的だったから、記憶にもないかな」
そう口にして銀色の髪を掻いた。予想外の言葉にぽかんとしているイルカにカカシは続ける。
「あ、でも先生のは今日の黒は最高だったし、他の色も見たいよ?ああ、でも最初した時の水色のスポブラも好きだな。あと、二回目の時のベージュのスポブラも、」
急に話し出したカカシにイルカは、わーっ、と声を出し言葉を遮った。
もういいです、スポブラスポブラ言わんでくださいっ。
顔を真っ赤にして非難の眼差しを向けるしかなくて。
思い出したイルカは、あれだけの事で嬉しくてむず痒くなり、僅かに頬を染めながらナンバリングを続ける。
その時開けていた窓から風が舞い込み、イルカは書類を押さえながら手を止め、窓の外へ顔を向ける。
カカシが里に帰還するのは二週間後。
待ち遠しいなあ、とイルカは風で揺れる木々の緑を見つめ、微笑んだ。
<終>
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