はじまりとは 追記②

 窓が開いているからか、蝉がけたたましく鳴いているのが聞こえ、そんな中、カカシはソファに深く腰掛け足を組んだ姿勢でいつもの小冊子を読む。
 扉が開き、待機所に入ってきたのはアスマだった。カカシを見て、よお、と短い言葉を投げると斜め前の椅子に座る。あちーな、とカカシに言う訳でもない、独り言をまた口にし、そこから、本なんてよく読めるな、と続けられ、カカシはそこで本に落としていた目を上げた。
 煙草に火をつけるアスマを見ながら、暑苦しいのはそっちじゃない、と思うがこんなやりとりはこの季節になれば毎度の事だ。吸い込んだ煙をゆっくりと吐き出すアスマから自分の小冊子へ目線を戻した時、それどーした、と言われ、カカシは再びアスマへ目を向けた。どっしりと背もたれに体重を預けながら、煙草を口に挟んだまま、指をさされ、何を指しているのか、直ぐに分かった。ああ、と口を開き、
「忍犬にね」
 と、短く答えると、ああ、と納得した声が返ってくる。指された先の自分の人差し指を軽く親指で擦りながら、カカシは目を自分の指へ向けた。
 ぱっと見分からないが、犬の歯形ではないし、忍犬の世話をして、その忍犬が子犬だったりすれば飼い主を甘噛みから勢い余って噛む、なんて事はあるが。自分の契約している忍犬は全て成犬だし、そんな犬はいない。
 噛んだのは、誰でもない、自分の恋人だ。
 昨夜、イルカの部屋を訪ねていた。薄い壁のアパートだと分かっているのに、イルカはどうしても声が抑えられなくて、だからといって加減なんて出来るわけもなくて。後ろから突き上げながら、先生、声、と耳元で囁いたら、イルカは背中を震わせながら短い嬌声を上げ、中を締め付けた。シーツは力強く手にぎゅっと握られたままで、イルカも気にしてはいるつもりだけどあまりに気持ちよさそうに喘ぐから、こっちだって止められない。仕方なく後から手でイルカの口を塞げば、くぐもった声を漏らしながらカカシの指を噛んだ。漏れる声が息が、内側を擦れる淫靡な音が、彷彿とさせ頭が真っ白になる。その行為に夢中になり、激しく突き上げれば、イルカは布団を汚し、自分もまたイルカの中で達した。
 囓った後ははっきりと残ったが、そのまま意識を手放したイルカはたぶん知らないし、あまり気にさせたくない。
 と言うのは。イルカの女友達の前で恋人宣言したあの後に。すごく説教されたから。
 薄々そうなんだろうとは思ってたけど。舞い上がっていたのもあるし、恋人同士なのは事実だし。少しだけ拗ねた素振りを見せれば、俺は教師なんです、と、イルカに頭を下げられたから。渋々頷いた。
 先生してるイルカは好きだし、それで下手に公にして、困るイルカの姿を見るのは確かに嫌だ。
 この噛み痕も時間が経てば直ぐ消えるだろうし、誰の痕だって言うつもりは勿論ないけど。
 ただ、この痕を見るだけで、イルカが前を触ってなくても後ろだけでイったって言うのを思い出すから。カカシは満たされた気持ちでその噛み痕を親指の腹で擦った。
「おはようございます」
 また扉が開き、顔を見せたのはイルカだった。相変わらず通る声が部屋に響く。アスマとカカシが部屋にいるのを確認して、会釈をする。
 書類を持ったイルカが部屋に入り、アスマに任務予定表を手渡す。その説明を始めた。当たり前だが恋人になっても特に何も変わるわけでもない。関係を公言しないのはちょと寂しいとも感じるものの、余所余所しい態度をとるイルカを見るのは嫌いじゃない。
 こんな関係になる前は知らなかったが、夜の顔は勿論、酔うと甘えたり、自分にしか見せない、心を開いた表情をイルカは見せる。でも、外では丸でそれがなかったような。そんなイルカを見ると分かりやすいくらいで。それがカカシの心を擽る。
 そんな心を知らないイルカは、目の前ではきはきと説明をしている。 
 綿密に調整をし、丁寧に書き込まれた予定表は正直有り難いし説明もまたわかりやすい。自分は教師に向いていると、イルカはそう言っていたが。上忍のサポートにまわる仕事もきっと向いているんだろうと、ぼんやり思った時、ふとイルカがこっちを向いた。
 この任務はカカシさんもそうなので。そう言われ、書類を向けられ、カカシはアスマと同じように立ち上がり受け取る為に手を伸ばせば、イルカの手が止まった。
 何だろうと不思議に思えば、イルカの目は自分の指先に向いていた。
 気がついていないと、そう思っていたのに。噛み痕を見たイルカの顔が一瞬の間の後、真っ赤に染まる。
 耳まで真っ赤にして、そして見える首までも赤い。急に会話を止めたイルカにアスマが当たり前のようにのぞき込み、そっちの事には興味もないし鈍い方かと思っていたが、腐っても上忍だ。あからさまな茹で蛸のように真っ赤になっているイルカの反応に、あ、と何もかも分かったように、低い声を漏らす。それにイルカが小さく反応した。
 イルカもそうだが、自分もこの関係性を上手く隠していたつもりだったのに。
 有り難い事にアスマはそれ以上なにも言わない。知らなかった風を装ってくれている。それが分かっても尚、イルカはばつが悪いのか、どうしようも出来なくて、顔は既に泣きそうだ。
 でもこれは仕方ない事だし、俺は悪くないもんねえ、と思いながら。
 カカシはイルカに同情するように、眉を下げ微笑むしかなかった。


<終>
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