はじまりとは 追記③

 中忍の更衣室で着替えていると、同期が一人入ってくる。汗を掻いた顔を見て、授業か、と聞かれ、まあな、とイルカは笑いながら頷いた。この時期、外で授業があれば、タオルや着替えをどんだけ持ってきても追いつかないのは事実だ。
 午後から自分と交代で授業を受け持つ同期は、それを嫌でも察し苦笑いしながらも、タオルを持って更衣室から出て行く。
 イルカもまた、着替えを終えると報告所の仕事の為に更衣室を後にした。
 
 アカデミーと比べたら報告所は涼しい。元々代謝がいい自分は事務仕事をしているだけで額に汗をうっすら掻くものの、大きな声をも出すことなく、身体を動かさない事務仕事に数時間椅子に座っているだけで、あれだけ汗を掻いたのにも関わらず、身体が鈍った感じがする。
 受け持つ子供たちが午後の授業をどう過ごしているか、気がついたら考えてしまっているのは、自分が根っからの教師体質なんだと内心苦々しく笑いながら。不意に浮かんだのは、ついさっきの更衣室の場面だった。
 アンダーウェアを脱いだところで、開いた自分のロッカーの扉の内側にある鏡に自分が映る。当たり前だがそこには見慣れた日焼けした自分の肌しか映っていない。
 イルカは鏡に映った自分を思い出しながら、走らせていたペンを止め、鎖骨辺りをアンダーウェアの上から指で触れた。
 短期任務で里を発つ前、ここに確かにカカシは痕を残した。なんでこんなところに、と責めるイルカにカカシは嬉しそうに笑った。
 カカシが里を出て三日。三日経てばその痕も消えるのは当たり前で。消えた方が更衣室で見られなくて済むからそれでいいはずなのに。
 そう思っていたのに、痕がないと分かっただけで。無性に会いたくなるとか。
 ろくに恋愛をしてこなかったからだろうか。カカシに夢中になってしまっているからだろうか。
 たった三日でそんな事を思ってしまう辺り、自分は青い。
 らしくねえなあ、と自嘲気味になりながら小さく笑った時、扉から入ってきたカカシに、イルカは思わず顔を上げていた。
 カカシは真っ直ぐにイルカの前まで来る。露わになった右目がイルカを映し、僅かに緩んだ。
 カカシに報告書を手渡され、そこでイルカは我に返る。慌てて書面に目を落とした。
 この前の待機所の一件があった以来、顔に出さないように努めてきたのに。目の前にカカシがいる。それだけで無性にどうしようもなく湧き上がる感情に。思わずまた顔に出してしまいそうで。なのに、少しだけ視線を上げれば、そこに報告書を差し出したカカシの手が視界に入った。自分が先月噛んだ長い人差し指から、思わず目を反らす。
 カカシが三日里を離れて任務を務めた報告書に、自分のミスがあってはいけない。イルカは目の前の報告書の確認に集中した。
「問題ありません。お疲れさまでした」
 確認を終え、イルカは自分のサインを書類の済み書き、顔を上げる。いつもの、少しだけ眉を下げ、微笑んで、うん、と返すカカシを想像していた。
 なのに。
 顔を上げたイルカの顔をカカシはじっと見つめていた。僅かに目を丸くしたイルカに、奥底に熱を帯びた、青みがかった目がイルカのその表情を映す。
「今、いい?」
 小さく、そしてはっきりとイルカに告げた。

 誰もいない用具室で、扉を閉めた直後にカカシが噛みつくようなキスをする。イルカはカカシの首に腕を回しながらその口づけに応えた。
 家に帰れば会えるから、あと数時間待てばいいだけなのに。
 考えれば分かる事だと分かっている。きっとそれはカカシも同じだ。でもそれは頭の隅に追いやった。
 だって、ずっとこうしたかった。
 でも。こんな事する前に、お帰りなさい、とか。お疲れさまでした、とか。恋人らしい、伝えたかった言葉はいくつもあったのに。
 顔の角度を変えながら夢中で口づけをしているうちに、カカシの手が伸びイルカの額当てを取り床に投げ捨てる。そこから自分の額当てもまた外した。カカシに間近で見つめられているだけで、身体の奥が震えた。小さく開いたままのイルカの口をカカシが再び塞ぐ。甘く激しい口づけに身体の力が入らず、そのまま床へ座り込む。冷たい床に勢いのまま押し倒された。
 いつもなら、もっと長く段階を踏むのに。カカシの手が性急にイルカのズボンの中に入り込んだ。それは下着の中を器用に入り、緩く勃ち上がった陰茎には触れず、迷いなく双丘に向かう。熱くなったそこに指がゆっくりと入った。思わずイルカは切なげに息を吐き、眉根を寄せる。
 身体がどうしようもなく火照っている。暑いからというのもあるが、それ以上に、身体の奥が燃えるように疼いていた。
 増やされた指が中の粘膜を広げるように動き、イルカは堪らず声を漏らす。その口をカカシが塞いだ。
 舌を差し出すとカカシが自分の舌を絡ませる。口づけの合間にも、蠢く指に、ふ、ふ、と息が勝手に漏れる。
 カカシが唇を離し指を引き抜いた。膝立ちになったカカシが自分のズボンの前を寛げる。
 ベルトを緩める金属音が部屋に響くのを聞きながら、カカシの指を目で追っていた。それだけで心臓が早鐘を打つ。と、ふとカカシが視線を上げる。
「・・・・・・受付でもそうだったけど。そんな顔で煽んないでよ」
 苦笑いを浮かべカカシが言う。そこで初めて自分がそんな顔をしているのだと気がついた。顔が熱くなる。
 受付でも。
 その言葉はイルカの羞恥を刺激した。あの時、気持ちを必死に抑えていたはずだったのに。どこまでダダ漏れだったのか。
 今更ながらに気がついた事に、あ、と間抜けに声を漏らしながら、口を手で覆うと、カカシが困ったような、そしてうっとりと笑みを浮かべた。


<終>
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