はじめては甘い
蝉が鳴いている。まだ朝早く空気もまだ心地言い涼しさを含んでいるが、今日も暑くなる事を告げているようだった。その蝉の声はなんとものんきそうにイルカの耳に聞こえてしまい、イルカは歩きながらため息を零した。
”ごめんなさい”
そう自分が言った時の、カカシの顔を思い出すだけで居たたまれない気持ちに、また、勝手にため息が漏れていく。
カカシとつき合い始めたのは3ヶ月前。告白をされたのはさらにもっと遡ること半年。
相手はあの写輪眼のカカシであり、上忍であり、そして同性であり、そう簡単には頷く事は出来なかった。最初、冗談か何かで自分をからかっているのかと思っていた。
だから、本気だと知ったときは戸惑った。忍びの世界では珍しいことでもないが、同性同士という事実はイルカには抵抗があった。偏見と言ったほうが近いのかもしれない。
でも彼は、我慢強かった。真摯にイルカの気持ちを理解し、好きになれないのかも知れないと言うのに、待っていてくれた。
イルカが頷いた時のカカシの嬉しい顔は、今でも覚えている。「嬉しいな。俺、イルカ先生をずっと抱きしめたかったんです」と彼がイルカを腕の内に入れ、言った言葉は、素直にイルカを嬉しくさせた。
手を繋いだ時も丸で少女のようにドキドキとしたし、キスをした時も、自分はきっとぎこちなかっただろうが。抵抗なく受け入れられ、カカシもまた溶けそうな笑みを浮かべていた。
でも、その先が問題だった。そう、自分はものを知らなさすぎた。
その先があると、カカシに言われるまでないものだと、思いこんでいた。だから。
カカシとは、そこから先に進んではない。
一緒に帰ったり、手を繋いだり、抱き締められたり。キスはするが。どうしてもその先に進めなかった。
女性との経験もなく、カカシとつき合う事になり、しかも今までの彼のリードから考えると間違いなく、下だ。
それが、嫌とかではない。ただ、怖いのだ。一回やってしまえばいいのだろうと思ったのだが。
だって、想像が出来ない。カカシと自分が繋がる事が。
がちがちに緊張して、呼吸が乱れて。服さえ脱げなくて。そんなイルカを見て、カカシは、イルカの気持ちが固まるまで待つと言ってくれた。
それから2ヶ月。
話は昨夜に戻る。
結局昨日も出来なかった。
いい雰囲気で途中まではスムーズに行くのだ。昨日も一緒にテレビを見ていて話していた時に、ふと目が合い、ごく自然に唇が重なった。カカシはいつも優しくついばむようにキスをする。時々自分の顔を窺うようにぶつかるカカシの色気を含んだ視線が、また気持ちを締め付けもし、緩やかにさせる。キスだけで気持ちがいいと、初めて知ることが出来た。
なのに、カカシの手が服にかかると、イルカの緊張が一気に高まった。きっとそれだけでカカシは、イルカの身体の硬直さえも感じ取るのだろう。カカシが慰めようと優しく肩を撫でただけなのに、ぎくりと身体が反応してしまっていた。触られただけでこれじゃ、どうやって先に進む事が出来るのか。
「ごめんなさい」
無理だと言えずに謝ったイルカに、カカシは優しく微笑んだ。
「いいよ。大丈夫」
彼は必ずそう言ってくれた。
しかし、本当に大丈夫なのだろうか。
これを繰り返してもう2ヶ月も経つのだ。カカシが我慢強いとは言え、彼も男だ。これじゃ呆れてしまってもおかしくはない。
この歳で、こんな事で悩む時がくるなんて。思いも寄らなかった。
だからだろうか。カカシは自分の家に泊まろうとはしない。申し訳なさそうに断って帰って行く。
どうしよう。
蝉の声がけたたましく頭上から降ってくる。
うつろな眼差しで、青空へまた目を向けた。
今日は同僚と飲み会だった。正直そんな気分ではないが、前々から約束をしていたから断ることも出来ない。割り切って楽しめばいい、とイルカは自分に言い聞かせて、友人と店に入った。
安くて旨いと最近評判になった中華料理をメインといしてる居酒屋だった。いつもの店でよかったんじゃないかと思えたが、思ったより、いや評判通りだろうか、料理が旨い。呑みたくないと思っていたのに、ビールもすすんだが、やはりカカシの事が頭を掠めてしまう。それだけで、イルカは周りに気づかれない程度にちびちび呑んでは漏れるようなため息を零した。
取り皿に取った餃子を箸でつついた。
「な、あれはたけ上忍だよな」
友人の声にイルカは顔を上げた。こんな大衆的な居酒屋にも来るんだな。と友人が付け加える。
友人の向ける視線の先を追えば、確かにカカシがいた。
店内のフロア自体が広いから対角線上にいるカカシのテーブルまでは距離がある。満席に近い店内ざわめき、話し声さえ聞こえないが。
酒が弱いカカシが唯一好きだと言っていた、緑茶ハイを呑んでいるのが見えた。
当たり前だが、口布を下ろして。昨日自分とキスをしたあの唇が、普通に晒されているのが、無性に嫌だと思った。
しかも隣には女がいた。対面にも。その隣には見たことのある上忍が座っている。だが、女性は見たことがない。忍びには見えないから、一般の女性なのだろうか。どんな関係なのだろうか。何をしていて、何を話しているのだろうか。会話が盛り上がっているのだろう。女が嬉しそうに口に手を添えて笑っている。その細い身体をカカシへ傾けるのが見えた。
「イルカ?おい。イルカ」
名前を呼ばれてはっとした。気が付けば、食い入るように見ている自分がいて。友人が心配そうな表情を浮かべていた。
「どうした。眉間に皺なんて寄せて」
それも言われて気が付く。イルカは誤魔化すように笑った。
「いや、別に」
そう言ってビールを呑む。視線を自分のテーブルに戻してみたものの、既にカカシのテーブルが気になって仕方がなかった。
何でもない。ただの飲み会だって分かっている。カカシにだってつき合いがある事だって重々分かっている。
でも。
「あれってさ、合コン?」
また友人の言葉にイルカは顔を上げた。もう1人の同僚が首を振った。
「いんや、俺あの上忍が話してるの訊いたわ。なんか落としたい女がいるからはたけ上忍に手伝ってもらうんだってさ」
「へえ、こんな店で?」
「そこまでは知らねえよ」
合コンじゃないのか。その言葉に酷く安堵する。
でも。
あんな風に女性と一緒にいる姿は見たくなかった。
テーブルに視線を落としながら、ため息が出そうになる。またそれを誤魔化したくて箸を持ち目の前にある唐揚げを頬張った。
もう興味は逸れたのか、別の話を始めた友人に相槌を打つが、どうしても話が頭に入ってこない。
またカカシの方を見ると、女の方を見て優しそうに微笑んでいるカカシの表情が見えた。胸が自然きりと痛んだ。
あの顔は、自分にだけにするものだと思っていた。だってあの顔を晒して、あんな風に優しそうに。友達に頼まれたからって。あんな顔しなくてもいいじゃないか。
女が勘違いしてカカシを好きになったらどうしよう。
そこまで考えて、丸で女のような考え方をしている自分に驚く。自分がこんな風に考えた事なんて一度もなかった。
恥ずかしさに頬が熱くなるのが分かった。
それでも不安が風船の様に膨らんでいくのが怖くて。イルカは耐えるように奥歯を噛んだ。
そこから、怖くてカカシの方を見ることが出来なくなった。
無理に友人に合わせて笑う頬の筋肉が痛い。
イルカは最後まで無理に笑う事しか出来なかった。
友人と別れて家に帰る。カカシは、今日は来ないだろう。約束だってしていなかったし、しかもカカシも飲み会だったのだ。
部屋のドアの鍵を開け、部屋に入る。真っ暗なまま電気もつけずにイルカは靴を脱いで、そのまま床にばたんと身体を横たえた。ごろりと向きを変え仰向けになる。
「酒くさ...」
自分の吐く息にぽつりと呟く。そこまで呑んでいないつもりだったが。気持ち的に酒に呑まれてしまったのだろうか。
額に腕を当て、真っ暗な部屋で暗い天井を見つめる。
思い出すのはやはりカカシの事。微笑んでいる顔は、何故か別人に見えた。寂しさが胸をつまらせる。
そこでイルカはふっと笑う。
そりゃそうだ。知らないカカシがいたっておかしくない。自分だってカカシに見せてない部分もたくさんあるだろう。
だから、おかしくないのに。
目を瞑ったまま、また小さく微笑んだ時、ドアがドンドンと叩かれイルカの身体が跳ねた。
「イルカ先生?」
呼びかけられたその声に、心臓も跳ねる。
「先生、いるんでしょ?」
黙ったまま玄関の扉を見つめていると、またカカシから声がかかった。イルカはむくりと身体を起きあがらせると、玄関の扉を開けた。
その通り、自分の目の前にカカシが立っていた。口布も戻してあるいつも通りのカカシに、イルカは何故かホッとする。カカシに微笑んだ。
「どうしたんですか?こんな時間に」
そう訊くと、カカシは少し躊躇うような顔をして、目線を下にずらした。
言いにくそうに、もごもごと口を開けたのが分かった。
「うん。あの、俺今日友達に頼まれて飲み会に行ったんだけど、イルカ先生もその店、来てたよね?」
言われて心臓がドキッとした。カカシは自分があの店にいた事を知っていたのだ。隠されるのも嫌だが、はっきり言われるのも辛いな、と思いながら。仕方なく、イルカは頷いた。
「ええ、俺も今日は飲み会で」
そう言うと、カカシはそこでほうと息を吐き出し、そうですか、と、言った。
カカシがため息をつく意味が分からない。不思議に思いながらもイルカはじっと見つめた。額宛も口布もしてあるカカシはほとんど顔が隠れてしまっている。その下の唇を見たいと、無性に思った。
「あの、...イルカ先生、怒ってる?」
そうカカシは口にした。怒ってるなんて訊くなんて。自分がやましいことをしてしまったからじゃないか。そう思ったら、イルカは笑ってしまっていた。
カカシは驚きに右目を大きくさせる。
「え、なに?何で笑うの?」
不思議そうにするカカシへ目を向けた。
「俺が怒るようなことだったんですか?」
「いや、ただ頼まれただけだったんですが、2:2だとは思わなくて」
気まずそうな顔をするカカシは、嘘はついていないのが分かった。イルカは優しく微笑む。
「怒ってないですよ」
言えば、
「本当に?」
顔を覗かれるようにされ、カカシとの距離が縮まった。
怒ってないし、怒るようなことじゃないと、思うのに。同時にあの時、店で女に見せたカカシの表情を思いだし、それはっきりと苛立ちに変わった。
そう、自分はカカシの隣に座った女に嫉妬している。
それがはっきりと分かった時、イルカはそのカカシの首に腕を回してそっと抱き締める。自分からこんな事したことないけど、どうしてもこうしたかった。途端に感じるカカシの温もりが気持ちよくて、イルカは瞼を伏せた。軽く顔も下に向けてカカシの首もとに顔を寄せる。カカシは戸惑ってはいたが、同じようにイルカの背中に手をまわした。彼の逞しい腕がそうしているかと思うだけで、胸が心地よく高鳴った。
その時、ふわと何かが香った。それはカカシのうなじから確かに感じる。酒でも汗くささでもない。カカシの体臭なのだろうか。
その匂いは酷くイルカの気持ちを高揚させた。今までにない気持ちの高ぶりをどうしたらいいのか分からない。またその匂いを嗅ぐようにカカシの首に鼻を寄せた。
「なに、イルカ先生。くすぐったいよ」
カカシはくすぐったそうに肩を動かす。
「だって、カカシさんいい匂いだから」
そう言うと、カカシは小さく笑ってイルカを見た。
「イルカ先生酔ってる?」
「そうかもしれません」
それはたぶんそうだろう。自分でも分かっている。
青い目は優しく自分を見つめている。口布をしたままなのはきっとこのまま帰るからだろう。お茶でもとイルカが誘えば、カカシは部屋に上がってくれるのかも知れない。でも、きっとカカシは帰ってしまう。昨日と同じように。
そう思うと、無性に悲しくて、カカシが愛おしくなった。
愛おしいと同時に押し上げる気持ち。それは、欲望だった。
カカシが、この人が欲しいと言うーー雄の感情。
口布越しに間近で感じる、カカシの息を奪いたくなって、イルカはカカシの口布を指で押し下げた。
「イル、」
驚き名前を呼ぼうとしたのだろう。しかしイルカは言い終わる前にカカシの口を塞いだ。至近距離だと言うのに勢いが付きすぎて歯がかちと当たってしまった。んむ、とカカシが声を漏らす。それでもイルカはやめなかった。いつもカカシがしてくれる、優しい触れるようなキスじゃ我慢が出来なくなっていた。もっと、唇を重ねたい。それは自然にイルカの舌を動かした。薄く開いたカカシの歯を割入ってくるイルカの舌にカカシの身体が一瞬、驚いたように硬くなったが、それは受け入れられた。カカシも首の角度を変え、口づけしやすくすると、イルカの口内に舌を侵入させた。柔らかい舌が絡み、水っぽい音が漏れる。カカシの体温が上がったのが分かった。息苦しくなるような口づけを交わしながら、カカシは自分の額宛を外し、イルカのも外すと下に落とす。かん、と金属音が小さな土間に当たって響いた。
色違いの双眸と間近で視線が重なった時、背中がぞくぞくと寒気のようなものが走った。それは下半身にまで及び、甘い痺れがイルカの身体を震えさせる。堪らない気持ちに、イルカは片手を自分の股間を触れた。そこは感じていたように、既に硬さを持ちつつあった。自分の掌で擦るだけで布を押し上げるのが分かる。
イルカは興奮していた。今までにない興奮は呼吸を荒くさせる。
吐息を奪い合うような口づけから唇を離すと、カカシの目はうっとりとし、目の縁は赤みを帯びている。きっと自分もそうなのかもしれない。欲火がカカシの目に見えるが、それも、きっと自分もそうだ。
それを表すように、イルカはカカシの前で跪いた。
「イルカ先生...」
戸惑った声が上から降ってくるが、イルカは、手をカカシの股間へ伸ばした。そこも自分のと同じく、既に大きさを主張するように盛り上がっていた。カカシもまた自分とのキスで感じていたのだ。それが分かり嬉しくなる。ごくりと唾を呑むと、また名前を呼ぼうとするカカシのズボンのジッパーをゆっくりと下ろした。下着から半分勃ち上がったカカシのものを取り出すと慌てたのか、カカシの長い指がイルカの肩に触れた。
「先生、何で...いいの?」
おずおずと戸惑っているが、その声は熱っぽい。答える代わりにイルカは口に含んだ。思ったよりも大きい。口を広げ数回上下させただけで、カカシのそれは硬く勃ち上がった。さらに大きさが増したのを感じながらも、イルカは必死に口に含んだ。やった事がなかったが、カカシが気持ちいいと思ってもらいたいと思うだけで、自然に身体が動く。咥えながら扱けばじゅじゅと淫靡な音が部屋に響いた。
カカシの陰茎は硬く立ち上がり、熱く、どくどくと脈打っているのが分かる。下半身が疼いて仕方がない。イルカはまた咥えながら片手を自分の股間に伸ばした。舌で側面や先端を愛撫しながらも、自分のものを取り出す。既に勃ち上がっている。自分の手で包み刺激を与えながらもう片方の手でカカシの陰茎を支え、ぬるぬるとした鈴口を舐めまわした。
「ん.....っ、ふ...」
漏れるカカシの吐息にイルカは上を見上げた。カカシは、切なげに眉を寄せながら、目を瞑っていた。白い頬がほんのりと火照っている。声を抑えるためなのだろうか。口を自分の掌で覆っていた。
イルカの視線に気が付いたのか、カカシは薄っすら目を開ける。ぼんやりとしながら、快感に目を潤ませていた。それは、イルカには可愛く感じ胸を締め付けた。
イルカは再びカカシのものを咥え込んだ。そこも愛おしむように愛撫を繰り返す。カカシからふっ、と短く息を吐く声が聞こえる。
カカシは限界に近いのか。張りつめる大きさにそう思ったが、自分も限界に近い。このまま最後までしてしまおうと、扱きを早めたイルカの頭にカカシの掌が乗った。その意味が分からなくて目線だけを上に上げカカシに向ける。
苦しそうな顔でカカシはこちらを見つめていた。自分がしている所をカカシに見られている。そう思っただけで今まで感じでいなかった恥ずかしさがイルカを包んだ。身体がかあと熱くなる。でもこの波を止めたくない。
と、カカシが口を開いた。
「…ホントに、いいの?」
眉を寄せながら切れ切れにカカシが呟くように言った。イルカはカカシの陰茎から口を離すと、こくんと頷いた。
はい、と答えようとした瞬間、カカシの緩んでいた目が変わった。ぐいと身体を持ち上げられると床に押し倒される。
それは息つく暇もなかった。したいと言ったのだから、一緒に服を脱ぐのを手伝えるのに、カカシは破かん勢いでイルカの服を脱がし、自分の服も荒々しく脱ぎ捨てた。
初めて見るカカシの肉体に、一瞬目を奪われる。自分より細身なのに、白く引き締まった身体は男の自分から見ても美しかった。そんなイルカの気持ちを知らずか、カカシは床に仰向けになったイルカの上に覆い被さり、耳を甘噛みした。
「イルカ先生」
熱っぽい息が耳奥にそそぎ込まれ、イルカは身震いした。声が漏れ、今まで自分が出した事のない声で。それがあまりにも変だ。
恥ずかしいと思ったが、カカシの唇が肌を這う度に短く漏れる。
「あ.....んっ、」
手の甲で押さえてみるが、もう抑えられない。
カカシの唇が胸の突起を吸った。途端びくびくと身体が痙攣した。仰け反る動きにカカシにさらに差し出すような体勢になり、カカシはじゅ、と音を立てて吸い上げる。
「気持ちいいの?」
カカシに訊かれて、イルカは息を漏らしながら、首を縦に振った。それに満足したのかカカシはまた突起を舌で転がすように舐める。軽く歯をたてられただけで、射精間を覚え、身体が震えた。
男が胸にここまで感じるものだったのか。それとも自分がおかしいのか。おかしいのかもしれない。でも、それでもいい。すごく、気持ちがいいのだから。
カカシが自分に触れ、愛撫されていると思っただけで頭がくらくらした。カカシも言葉少なく乱れた呼吸だけが聞こえる。こんな胸もない、ごつごつした身体にカカシは唇を落とす。愛してくれている。
カカシは剥き出しになったものを、優しくしごいた。
「あ、あっ、...んっ」
ひどく濡れているのが恥ずかしい。イルカは顔を腕で覆いぎゅっと目を瞑った。
「イルカ」
名前を呼ばれ無意識に腕をどければ、カカシが唇を合わせてきた。素直にそれに応じてまた舌を絡ませる。ふと唇が浮いた時、淫液で濡れた指がイルカの最奥を探った。そこから性急に解かすように。カカシの指が中で蠢く。初めて感じる異物感に眉を顰めたが、長い指が奥のある場所を擦った時、イルカの身体がびくんと跳ね、声も大きく漏れた。
カカシはその場所を必要に触れ、擦る。イルカの腰が浮きひどく混乱した。
「やめ、...そこ、や」
嫌だと言いたいのに、口が上手くまわらない。カカシには聞こえているはずなのに。ぬるぬると指を増やし、滑らせる。
イルカは思わずカカシにしがみついた。
「ここがいいんだよね」
またふっくらとしたその場所を擦られ、涙が溜まる。イルカはカカシの背中に爪を立てた。
「カカシさ、...っ、もう、いれ、」
恥ずかしい事を口走っている自覚はあったが、止められなかった。
そこで漸くカカシの指がずるりと引き抜かれる。代わりに熱い塊がそこにあてがわれた。ゆっくりと肉の壁を広げながら入っていく感触にイルカは眉を顰めた。
「あっ...ぁあ!、ん、」
根本まで入れると、カカシはそこからイルカの足を掴み動き出す。固い床に背中が擦られ、痛いが、それはもうどうでもよくなっている。
夢中になって、イルカも腰を揺らしていた。
カカシの太い陰茎が中を擦り、先端が器用にいいところを攻め立てる。
涙がぼろぼろとイルカの目からこぼれた。それをカカシが屈んで舌で掬う。
そこから尚も激しく突き上げられ、イルカはあっけなく自分とカカシの腹の間に白濁を吐き出した。中をきゅうと締め付けているのが分かり、カカシが短く呻いた。
一瞬動きを止め、また律動を再開する。何度も奥を責め立てられ、
「......くっ、」
カカシが小さく呻く。腰を引き、出て行ったかと思うと、熱いものがイルカの腹に飛び散った。自分の出したものと、カカシのそれが身体を汚している。その上にカカシが覆い被さり、優しく唇と重ねた。乱れた呼吸のまま、甘い口づけに頭の奥がじんとする。
カカシの身体の重みが心地いい。
しばらくお互い動けないまま、床で抱き合った。余韻が残るしっとりとした空気が部屋を漂っている。
カカシと最後まで出来た事に内心驚いていた。しかもこんな場所で。
すぐ傍にはベットがあると言うのに。
カカシはやがて身体を離すとイルカを抱き抱えてベットに優しく乗せた。近くにあったティッシュを引き抜いてイルカの身体を丁寧に拭く。自分の腹も拭い終えると、カカシはイルカの隣にごろりと横になった。
顔を向けたイルカと目が合うと、申し訳なさそうに眉を下げた。
「ごめんね。初めてなのにあんな場所で。痛かったよね」
そう言って優しくイルカの背中を撫でる。イルカは首を振った。
「場所なんて何処だっていいんです」
「え?」
どうして、とそんな顔をするカカシに優しく微笑んだ。
「あなたとだったら何処だっていい」
そう囁くと、カカシの頬が赤くなったのが分かった。イルカの身体に自分の身体を密着させる。
またカカシの匂いがふわとイルカの鼻に匂った。それはイルカを安心させる。胸一杯に吸い込んで、イルカは目を閉じた。
あんなに悩んでいた事が。なんか馬鹿みたいだ。こうなった始まりをぼんやりと思い出す。
ああ、そうだ。思い出した光景に、イルカは可笑しくなった。嫉妬から始まったなんて。人間はなんて浅ましい事か。生真面目だと自分をそう思っていたのに。自分はそれくらい、ーーカカシが好きなんだ。
単純に導かれた答えに、イルカは口を開いた。
「カカシさん。もうあんな飲み会、行かないでください」
そう言えば、
「...え?」
と、驚いた顔でカカシはこちらを向いた。至近距離で向かい合っただけでドキと胸が高鳴る。
本当、俺は単純だ。
「あなたが女の人に優しく微笑んでいるのを見るのはすごく辛かった」
カカシはそう言われて考えるように視線を上にずらした。
「優しく....優しくんなんてしてないよ。あの時イルカ先生が同じ店で呑んでるのを見つけて、心ここにあらずだったんだから」
慌てたような言い方にイルカはふっと笑えば、カカシは口を尖らせた。
「本当ですって。イルカ先生のほうこそ何か話しが盛り上がってて、楽しそうにしてたじゃないですか」
拗ねる言い方にイルカは目を丸くした。
そんなはずはない。ずっと、ずっと、カカシの事で頭がいっぱいで。と口にしようとしたら、カカシが続けた。
「俺は女の顔すら覚えてないですよ。イルカ先生の事で頭がいっぱいだったんですから」
同じ理由がカカシの口から出て、イルカは吹き出した。
可笑しい。可笑しくて仕方がない。
カカシはそんなイルカを見て、不思議そうな顔をしたが、やがてカカシも笑った。
それは子供みたいで、可愛くて。愛おしくなってイルカはカカシを抱き寄せた。
「イルカ先生?」
身体を密着させると、カカシはもじもじと身体を動かし、手がイルカの腰にまわり、肌を指が這い始める。いいの?と囁くカカシにイルカは口づけで応える。
甘い空気がやがて二人の荒い息に変わった。
<終>
”ごめんなさい”
そう自分が言った時の、カカシの顔を思い出すだけで居たたまれない気持ちに、また、勝手にため息が漏れていく。
カカシとつき合い始めたのは3ヶ月前。告白をされたのはさらにもっと遡ること半年。
相手はあの写輪眼のカカシであり、上忍であり、そして同性であり、そう簡単には頷く事は出来なかった。最初、冗談か何かで自分をからかっているのかと思っていた。
だから、本気だと知ったときは戸惑った。忍びの世界では珍しいことでもないが、同性同士という事実はイルカには抵抗があった。偏見と言ったほうが近いのかもしれない。
でも彼は、我慢強かった。真摯にイルカの気持ちを理解し、好きになれないのかも知れないと言うのに、待っていてくれた。
イルカが頷いた時のカカシの嬉しい顔は、今でも覚えている。「嬉しいな。俺、イルカ先生をずっと抱きしめたかったんです」と彼がイルカを腕の内に入れ、言った言葉は、素直にイルカを嬉しくさせた。
手を繋いだ時も丸で少女のようにドキドキとしたし、キスをした時も、自分はきっとぎこちなかっただろうが。抵抗なく受け入れられ、カカシもまた溶けそうな笑みを浮かべていた。
でも、その先が問題だった。そう、自分はものを知らなさすぎた。
その先があると、カカシに言われるまでないものだと、思いこんでいた。だから。
カカシとは、そこから先に進んではない。
一緒に帰ったり、手を繋いだり、抱き締められたり。キスはするが。どうしてもその先に進めなかった。
女性との経験もなく、カカシとつき合う事になり、しかも今までの彼のリードから考えると間違いなく、下だ。
それが、嫌とかではない。ただ、怖いのだ。一回やってしまえばいいのだろうと思ったのだが。
だって、想像が出来ない。カカシと自分が繋がる事が。
がちがちに緊張して、呼吸が乱れて。服さえ脱げなくて。そんなイルカを見て、カカシは、イルカの気持ちが固まるまで待つと言ってくれた。
それから2ヶ月。
話は昨夜に戻る。
結局昨日も出来なかった。
いい雰囲気で途中まではスムーズに行くのだ。昨日も一緒にテレビを見ていて話していた時に、ふと目が合い、ごく自然に唇が重なった。カカシはいつも優しくついばむようにキスをする。時々自分の顔を窺うようにぶつかるカカシの色気を含んだ視線が、また気持ちを締め付けもし、緩やかにさせる。キスだけで気持ちがいいと、初めて知ることが出来た。
なのに、カカシの手が服にかかると、イルカの緊張が一気に高まった。きっとそれだけでカカシは、イルカの身体の硬直さえも感じ取るのだろう。カカシが慰めようと優しく肩を撫でただけなのに、ぎくりと身体が反応してしまっていた。触られただけでこれじゃ、どうやって先に進む事が出来るのか。
「ごめんなさい」
無理だと言えずに謝ったイルカに、カカシは優しく微笑んだ。
「いいよ。大丈夫」
彼は必ずそう言ってくれた。
しかし、本当に大丈夫なのだろうか。
これを繰り返してもう2ヶ月も経つのだ。カカシが我慢強いとは言え、彼も男だ。これじゃ呆れてしまってもおかしくはない。
この歳で、こんな事で悩む時がくるなんて。思いも寄らなかった。
だからだろうか。カカシは自分の家に泊まろうとはしない。申し訳なさそうに断って帰って行く。
どうしよう。
蝉の声がけたたましく頭上から降ってくる。
うつろな眼差しで、青空へまた目を向けた。
今日は同僚と飲み会だった。正直そんな気分ではないが、前々から約束をしていたから断ることも出来ない。割り切って楽しめばいい、とイルカは自分に言い聞かせて、友人と店に入った。
安くて旨いと最近評判になった中華料理をメインといしてる居酒屋だった。いつもの店でよかったんじゃないかと思えたが、思ったより、いや評判通りだろうか、料理が旨い。呑みたくないと思っていたのに、ビールもすすんだが、やはりカカシの事が頭を掠めてしまう。それだけで、イルカは周りに気づかれない程度にちびちび呑んでは漏れるようなため息を零した。
取り皿に取った餃子を箸でつついた。
「な、あれはたけ上忍だよな」
友人の声にイルカは顔を上げた。こんな大衆的な居酒屋にも来るんだな。と友人が付け加える。
友人の向ける視線の先を追えば、確かにカカシがいた。
店内のフロア自体が広いから対角線上にいるカカシのテーブルまでは距離がある。満席に近い店内ざわめき、話し声さえ聞こえないが。
酒が弱いカカシが唯一好きだと言っていた、緑茶ハイを呑んでいるのが見えた。
当たり前だが、口布を下ろして。昨日自分とキスをしたあの唇が、普通に晒されているのが、無性に嫌だと思った。
しかも隣には女がいた。対面にも。その隣には見たことのある上忍が座っている。だが、女性は見たことがない。忍びには見えないから、一般の女性なのだろうか。どんな関係なのだろうか。何をしていて、何を話しているのだろうか。会話が盛り上がっているのだろう。女が嬉しそうに口に手を添えて笑っている。その細い身体をカカシへ傾けるのが見えた。
「イルカ?おい。イルカ」
名前を呼ばれてはっとした。気が付けば、食い入るように見ている自分がいて。友人が心配そうな表情を浮かべていた。
「どうした。眉間に皺なんて寄せて」
それも言われて気が付く。イルカは誤魔化すように笑った。
「いや、別に」
そう言ってビールを呑む。視線を自分のテーブルに戻してみたものの、既にカカシのテーブルが気になって仕方がなかった。
何でもない。ただの飲み会だって分かっている。カカシにだってつき合いがある事だって重々分かっている。
でも。
「あれってさ、合コン?」
また友人の言葉にイルカは顔を上げた。もう1人の同僚が首を振った。
「いんや、俺あの上忍が話してるの訊いたわ。なんか落としたい女がいるからはたけ上忍に手伝ってもらうんだってさ」
「へえ、こんな店で?」
「そこまでは知らねえよ」
合コンじゃないのか。その言葉に酷く安堵する。
でも。
あんな風に女性と一緒にいる姿は見たくなかった。
テーブルに視線を落としながら、ため息が出そうになる。またそれを誤魔化したくて箸を持ち目の前にある唐揚げを頬張った。
もう興味は逸れたのか、別の話を始めた友人に相槌を打つが、どうしても話が頭に入ってこない。
またカカシの方を見ると、女の方を見て優しそうに微笑んでいるカカシの表情が見えた。胸が自然きりと痛んだ。
あの顔は、自分にだけにするものだと思っていた。だってあの顔を晒して、あんな風に優しそうに。友達に頼まれたからって。あんな顔しなくてもいいじゃないか。
女が勘違いしてカカシを好きになったらどうしよう。
そこまで考えて、丸で女のような考え方をしている自分に驚く。自分がこんな風に考えた事なんて一度もなかった。
恥ずかしさに頬が熱くなるのが分かった。
それでも不安が風船の様に膨らんでいくのが怖くて。イルカは耐えるように奥歯を噛んだ。
そこから、怖くてカカシの方を見ることが出来なくなった。
無理に友人に合わせて笑う頬の筋肉が痛い。
イルカは最後まで無理に笑う事しか出来なかった。
友人と別れて家に帰る。カカシは、今日は来ないだろう。約束だってしていなかったし、しかもカカシも飲み会だったのだ。
部屋のドアの鍵を開け、部屋に入る。真っ暗なまま電気もつけずにイルカは靴を脱いで、そのまま床にばたんと身体を横たえた。ごろりと向きを変え仰向けになる。
「酒くさ...」
自分の吐く息にぽつりと呟く。そこまで呑んでいないつもりだったが。気持ち的に酒に呑まれてしまったのだろうか。
額に腕を当て、真っ暗な部屋で暗い天井を見つめる。
思い出すのはやはりカカシの事。微笑んでいる顔は、何故か別人に見えた。寂しさが胸をつまらせる。
そこでイルカはふっと笑う。
そりゃそうだ。知らないカカシがいたっておかしくない。自分だってカカシに見せてない部分もたくさんあるだろう。
だから、おかしくないのに。
目を瞑ったまま、また小さく微笑んだ時、ドアがドンドンと叩かれイルカの身体が跳ねた。
「イルカ先生?」
呼びかけられたその声に、心臓も跳ねる。
「先生、いるんでしょ?」
黙ったまま玄関の扉を見つめていると、またカカシから声がかかった。イルカはむくりと身体を起きあがらせると、玄関の扉を開けた。
その通り、自分の目の前にカカシが立っていた。口布も戻してあるいつも通りのカカシに、イルカは何故かホッとする。カカシに微笑んだ。
「どうしたんですか?こんな時間に」
そう訊くと、カカシは少し躊躇うような顔をして、目線を下にずらした。
言いにくそうに、もごもごと口を開けたのが分かった。
「うん。あの、俺今日友達に頼まれて飲み会に行ったんだけど、イルカ先生もその店、来てたよね?」
言われて心臓がドキッとした。カカシは自分があの店にいた事を知っていたのだ。隠されるのも嫌だが、はっきり言われるのも辛いな、と思いながら。仕方なく、イルカは頷いた。
「ええ、俺も今日は飲み会で」
そう言うと、カカシはそこでほうと息を吐き出し、そうですか、と、言った。
カカシがため息をつく意味が分からない。不思議に思いながらもイルカはじっと見つめた。額宛も口布もしてあるカカシはほとんど顔が隠れてしまっている。その下の唇を見たいと、無性に思った。
「あの、...イルカ先生、怒ってる?」
そうカカシは口にした。怒ってるなんて訊くなんて。自分がやましいことをしてしまったからじゃないか。そう思ったら、イルカは笑ってしまっていた。
カカシは驚きに右目を大きくさせる。
「え、なに?何で笑うの?」
不思議そうにするカカシへ目を向けた。
「俺が怒るようなことだったんですか?」
「いや、ただ頼まれただけだったんですが、2:2だとは思わなくて」
気まずそうな顔をするカカシは、嘘はついていないのが分かった。イルカは優しく微笑む。
「怒ってないですよ」
言えば、
「本当に?」
顔を覗かれるようにされ、カカシとの距離が縮まった。
怒ってないし、怒るようなことじゃないと、思うのに。同時にあの時、店で女に見せたカカシの表情を思いだし、それはっきりと苛立ちに変わった。
そう、自分はカカシの隣に座った女に嫉妬している。
それがはっきりと分かった時、イルカはそのカカシの首に腕を回してそっと抱き締める。自分からこんな事したことないけど、どうしてもこうしたかった。途端に感じるカカシの温もりが気持ちよくて、イルカは瞼を伏せた。軽く顔も下に向けてカカシの首もとに顔を寄せる。カカシは戸惑ってはいたが、同じようにイルカの背中に手をまわした。彼の逞しい腕がそうしているかと思うだけで、胸が心地よく高鳴った。
その時、ふわと何かが香った。それはカカシのうなじから確かに感じる。酒でも汗くささでもない。カカシの体臭なのだろうか。
その匂いは酷くイルカの気持ちを高揚させた。今までにない気持ちの高ぶりをどうしたらいいのか分からない。またその匂いを嗅ぐようにカカシの首に鼻を寄せた。
「なに、イルカ先生。くすぐったいよ」
カカシはくすぐったそうに肩を動かす。
「だって、カカシさんいい匂いだから」
そう言うと、カカシは小さく笑ってイルカを見た。
「イルカ先生酔ってる?」
「そうかもしれません」
それはたぶんそうだろう。自分でも分かっている。
青い目は優しく自分を見つめている。口布をしたままなのはきっとこのまま帰るからだろう。お茶でもとイルカが誘えば、カカシは部屋に上がってくれるのかも知れない。でも、きっとカカシは帰ってしまう。昨日と同じように。
そう思うと、無性に悲しくて、カカシが愛おしくなった。
愛おしいと同時に押し上げる気持ち。それは、欲望だった。
カカシが、この人が欲しいと言うーー雄の感情。
口布越しに間近で感じる、カカシの息を奪いたくなって、イルカはカカシの口布を指で押し下げた。
「イル、」
驚き名前を呼ぼうとしたのだろう。しかしイルカは言い終わる前にカカシの口を塞いだ。至近距離だと言うのに勢いが付きすぎて歯がかちと当たってしまった。んむ、とカカシが声を漏らす。それでもイルカはやめなかった。いつもカカシがしてくれる、優しい触れるようなキスじゃ我慢が出来なくなっていた。もっと、唇を重ねたい。それは自然にイルカの舌を動かした。薄く開いたカカシの歯を割入ってくるイルカの舌にカカシの身体が一瞬、驚いたように硬くなったが、それは受け入れられた。カカシも首の角度を変え、口づけしやすくすると、イルカの口内に舌を侵入させた。柔らかい舌が絡み、水っぽい音が漏れる。カカシの体温が上がったのが分かった。息苦しくなるような口づけを交わしながら、カカシは自分の額宛を外し、イルカのも外すと下に落とす。かん、と金属音が小さな土間に当たって響いた。
色違いの双眸と間近で視線が重なった時、背中がぞくぞくと寒気のようなものが走った。それは下半身にまで及び、甘い痺れがイルカの身体を震えさせる。堪らない気持ちに、イルカは片手を自分の股間を触れた。そこは感じていたように、既に硬さを持ちつつあった。自分の掌で擦るだけで布を押し上げるのが分かる。
イルカは興奮していた。今までにない興奮は呼吸を荒くさせる。
吐息を奪い合うような口づけから唇を離すと、カカシの目はうっとりとし、目の縁は赤みを帯びている。きっと自分もそうなのかもしれない。欲火がカカシの目に見えるが、それも、きっと自分もそうだ。
それを表すように、イルカはカカシの前で跪いた。
「イルカ先生...」
戸惑った声が上から降ってくるが、イルカは、手をカカシの股間へ伸ばした。そこも自分のと同じく、既に大きさを主張するように盛り上がっていた。カカシもまた自分とのキスで感じていたのだ。それが分かり嬉しくなる。ごくりと唾を呑むと、また名前を呼ぼうとするカカシのズボンのジッパーをゆっくりと下ろした。下着から半分勃ち上がったカカシのものを取り出すと慌てたのか、カカシの長い指がイルカの肩に触れた。
「先生、何で...いいの?」
おずおずと戸惑っているが、その声は熱っぽい。答える代わりにイルカは口に含んだ。思ったよりも大きい。口を広げ数回上下させただけで、カカシのそれは硬く勃ち上がった。さらに大きさが増したのを感じながらも、イルカは必死に口に含んだ。やった事がなかったが、カカシが気持ちいいと思ってもらいたいと思うだけで、自然に身体が動く。咥えながら扱けばじゅじゅと淫靡な音が部屋に響いた。
カカシの陰茎は硬く立ち上がり、熱く、どくどくと脈打っているのが分かる。下半身が疼いて仕方がない。イルカはまた咥えながら片手を自分の股間に伸ばした。舌で側面や先端を愛撫しながらも、自分のものを取り出す。既に勃ち上がっている。自分の手で包み刺激を与えながらもう片方の手でカカシの陰茎を支え、ぬるぬるとした鈴口を舐めまわした。
「ん.....っ、ふ...」
漏れるカカシの吐息にイルカは上を見上げた。カカシは、切なげに眉を寄せながら、目を瞑っていた。白い頬がほんのりと火照っている。声を抑えるためなのだろうか。口を自分の掌で覆っていた。
イルカの視線に気が付いたのか、カカシは薄っすら目を開ける。ぼんやりとしながら、快感に目を潤ませていた。それは、イルカには可愛く感じ胸を締め付けた。
イルカは再びカカシのものを咥え込んだ。そこも愛おしむように愛撫を繰り返す。カカシからふっ、と短く息を吐く声が聞こえる。
カカシは限界に近いのか。張りつめる大きさにそう思ったが、自分も限界に近い。このまま最後までしてしまおうと、扱きを早めたイルカの頭にカカシの掌が乗った。その意味が分からなくて目線だけを上に上げカカシに向ける。
苦しそうな顔でカカシはこちらを見つめていた。自分がしている所をカカシに見られている。そう思っただけで今まで感じでいなかった恥ずかしさがイルカを包んだ。身体がかあと熱くなる。でもこの波を止めたくない。
と、カカシが口を開いた。
「…ホントに、いいの?」
眉を寄せながら切れ切れにカカシが呟くように言った。イルカはカカシの陰茎から口を離すと、こくんと頷いた。
はい、と答えようとした瞬間、カカシの緩んでいた目が変わった。ぐいと身体を持ち上げられると床に押し倒される。
それは息つく暇もなかった。したいと言ったのだから、一緒に服を脱ぐのを手伝えるのに、カカシは破かん勢いでイルカの服を脱がし、自分の服も荒々しく脱ぎ捨てた。
初めて見るカカシの肉体に、一瞬目を奪われる。自分より細身なのに、白く引き締まった身体は男の自分から見ても美しかった。そんなイルカの気持ちを知らずか、カカシは床に仰向けになったイルカの上に覆い被さり、耳を甘噛みした。
「イルカ先生」
熱っぽい息が耳奥にそそぎ込まれ、イルカは身震いした。声が漏れ、今まで自分が出した事のない声で。それがあまりにも変だ。
恥ずかしいと思ったが、カカシの唇が肌を這う度に短く漏れる。
「あ.....んっ、」
手の甲で押さえてみるが、もう抑えられない。
カカシの唇が胸の突起を吸った。途端びくびくと身体が痙攣した。仰け反る動きにカカシにさらに差し出すような体勢になり、カカシはじゅ、と音を立てて吸い上げる。
「気持ちいいの?」
カカシに訊かれて、イルカは息を漏らしながら、首を縦に振った。それに満足したのかカカシはまた突起を舌で転がすように舐める。軽く歯をたてられただけで、射精間を覚え、身体が震えた。
男が胸にここまで感じるものだったのか。それとも自分がおかしいのか。おかしいのかもしれない。でも、それでもいい。すごく、気持ちがいいのだから。
カカシが自分に触れ、愛撫されていると思っただけで頭がくらくらした。カカシも言葉少なく乱れた呼吸だけが聞こえる。こんな胸もない、ごつごつした身体にカカシは唇を落とす。愛してくれている。
カカシは剥き出しになったものを、優しくしごいた。
「あ、あっ、...んっ」
ひどく濡れているのが恥ずかしい。イルカは顔を腕で覆いぎゅっと目を瞑った。
「イルカ」
名前を呼ばれ無意識に腕をどければ、カカシが唇を合わせてきた。素直にそれに応じてまた舌を絡ませる。ふと唇が浮いた時、淫液で濡れた指がイルカの最奥を探った。そこから性急に解かすように。カカシの指が中で蠢く。初めて感じる異物感に眉を顰めたが、長い指が奥のある場所を擦った時、イルカの身体がびくんと跳ね、声も大きく漏れた。
カカシはその場所を必要に触れ、擦る。イルカの腰が浮きひどく混乱した。
「やめ、...そこ、や」
嫌だと言いたいのに、口が上手くまわらない。カカシには聞こえているはずなのに。ぬるぬると指を増やし、滑らせる。
イルカは思わずカカシにしがみついた。
「ここがいいんだよね」
またふっくらとしたその場所を擦られ、涙が溜まる。イルカはカカシの背中に爪を立てた。
「カカシさ、...っ、もう、いれ、」
恥ずかしい事を口走っている自覚はあったが、止められなかった。
そこで漸くカカシの指がずるりと引き抜かれる。代わりに熱い塊がそこにあてがわれた。ゆっくりと肉の壁を広げながら入っていく感触にイルカは眉を顰めた。
「あっ...ぁあ!、ん、」
根本まで入れると、カカシはそこからイルカの足を掴み動き出す。固い床に背中が擦られ、痛いが、それはもうどうでもよくなっている。
夢中になって、イルカも腰を揺らしていた。
カカシの太い陰茎が中を擦り、先端が器用にいいところを攻め立てる。
涙がぼろぼろとイルカの目からこぼれた。それをカカシが屈んで舌で掬う。
そこから尚も激しく突き上げられ、イルカはあっけなく自分とカカシの腹の間に白濁を吐き出した。中をきゅうと締め付けているのが分かり、カカシが短く呻いた。
一瞬動きを止め、また律動を再開する。何度も奥を責め立てられ、
「......くっ、」
カカシが小さく呻く。腰を引き、出て行ったかと思うと、熱いものがイルカの腹に飛び散った。自分の出したものと、カカシのそれが身体を汚している。その上にカカシが覆い被さり、優しく唇と重ねた。乱れた呼吸のまま、甘い口づけに頭の奥がじんとする。
カカシの身体の重みが心地いい。
しばらくお互い動けないまま、床で抱き合った。余韻が残るしっとりとした空気が部屋を漂っている。
カカシと最後まで出来た事に内心驚いていた。しかもこんな場所で。
すぐ傍にはベットがあると言うのに。
カカシはやがて身体を離すとイルカを抱き抱えてベットに優しく乗せた。近くにあったティッシュを引き抜いてイルカの身体を丁寧に拭く。自分の腹も拭い終えると、カカシはイルカの隣にごろりと横になった。
顔を向けたイルカと目が合うと、申し訳なさそうに眉を下げた。
「ごめんね。初めてなのにあんな場所で。痛かったよね」
そう言って優しくイルカの背中を撫でる。イルカは首を振った。
「場所なんて何処だっていいんです」
「え?」
どうして、とそんな顔をするカカシに優しく微笑んだ。
「あなたとだったら何処だっていい」
そう囁くと、カカシの頬が赤くなったのが分かった。イルカの身体に自分の身体を密着させる。
またカカシの匂いがふわとイルカの鼻に匂った。それはイルカを安心させる。胸一杯に吸い込んで、イルカは目を閉じた。
あんなに悩んでいた事が。なんか馬鹿みたいだ。こうなった始まりをぼんやりと思い出す。
ああ、そうだ。思い出した光景に、イルカは可笑しくなった。嫉妬から始まったなんて。人間はなんて浅ましい事か。生真面目だと自分をそう思っていたのに。自分はそれくらい、ーーカカシが好きなんだ。
単純に導かれた答えに、イルカは口を開いた。
「カカシさん。もうあんな飲み会、行かないでください」
そう言えば、
「...え?」
と、驚いた顔でカカシはこちらを向いた。至近距離で向かい合っただけでドキと胸が高鳴る。
本当、俺は単純だ。
「あなたが女の人に優しく微笑んでいるのを見るのはすごく辛かった」
カカシはそう言われて考えるように視線を上にずらした。
「優しく....優しくんなんてしてないよ。あの時イルカ先生が同じ店で呑んでるのを見つけて、心ここにあらずだったんだから」
慌てたような言い方にイルカはふっと笑えば、カカシは口を尖らせた。
「本当ですって。イルカ先生のほうこそ何か話しが盛り上がってて、楽しそうにしてたじゃないですか」
拗ねる言い方にイルカは目を丸くした。
そんなはずはない。ずっと、ずっと、カカシの事で頭がいっぱいで。と口にしようとしたら、カカシが続けた。
「俺は女の顔すら覚えてないですよ。イルカ先生の事で頭がいっぱいだったんですから」
同じ理由がカカシの口から出て、イルカは吹き出した。
可笑しい。可笑しくて仕方がない。
カカシはそんなイルカを見て、不思議そうな顔をしたが、やがてカカシも笑った。
それは子供みたいで、可愛くて。愛おしくなってイルカはカカシを抱き寄せた。
「イルカ先生?」
身体を密着させると、カカシはもじもじと身体を動かし、手がイルカの腰にまわり、肌を指が這い始める。いいの?と囁くカカシにイルカは口づけで応える。
甘い空気がやがて二人の荒い息に変わった。
<終>
スポンサードリンク