花よりだんご
イルカに恋人が出来た。
中忍の中で一番出来そうで出来ない男だと仲間内で言われていた。
同じ職場で好意を持たれようが、合コンで気に入られた女に誘われようが、様々な秋波に一切気がつかない、無自覚の鉄壁と言われていたイルカの心を撃ち抜いたのは、里では知らない者がいない。あの写輪眼のカカシだった。
愚鈍なイルカの事だから、内勤の安定さだけを狙ってきたイルカの良さを知ろうともしない女にうっかり恋なんてしたら痛いけどあり得る。なんて内心心配なんてしていたのだが、まさかの逆玉。カカシはよく受付でイルカに話しかけ、飲みに誘っているのは知っていたが。まさかこんな流れになるとは予想さえしていなかった。
そんな周囲の驚きや、周りのくノ一のやっかみにあまり気がついていない当の本人はイルカは、幸せそうだ。
「どうした?」
目の前で焼肉定食の焼肉を口に入れたイルカが、茶碗を持ったまま顔を上げた。
「いや、別に」
そんなイルカを目の前で眺めながら、イワシは同じ焼肉定食の味噌汁を啜る。
毎度同じ友人の食事風景。食べ方は綺麗だが、男らしいし、そして相変わらず美味そうに食べる。
見た目普通の中忍で、木の葉一最強の忍に惚れられた相手だとは未だ思えない。イルカもイルカでカカシが恋人だと鼻にかける事はなく、何も変わらないところはイルカらしい。
お互いに恋人には縁遠いと思ってたから、イルカからカカシとの関係を聞かされた時は、先越されたかあ、とちょっと気落ちした。
ただ、事実自分は未だ恋人のこの字もみえてこない。
「はたけ上忍てさ」
イワシの声に、イルカが、ん?と反応してまた顔を上げた。
「どんな感じで告ってきたの?」
ご飯が口の中入ったままのイルカの目が丸くなる。
「な、なんだよ急に」
ぼわっと顔を赤くさせながらご飯を咀嚼するイルカは明らかに恥ずかしそうだった。
「いや、だってさ。あの人男から見ても男前だろ?だから、そんな人がどんな風にお前に気持ちを伝えたのかなって」
茶化してるつもりは微塵もない。誰かに告白なんてした事がないのだから、素直に気になっただけだった。
イルカは、ええ〜、と気難しそうに、恥ずかしそうに、口ごもる。
「別に、……たまたま帰り一緒になった時に持ってた花束渡されて。付き合って欲しいって、言われてさ、」
まあ、花束は七班の任務でお礼に依頼主からもらったらしんだけどな、とイルカは頬をぽりぽりと搔きながら笑った。
花束持って告白。凄えとしか言いようがない。しかも相手はくノ一でもなく、花と言えば薬草にしか知識がないあのイルカだ。ノーマルな同性相手に気持ちを伝えるのは玉砕覚悟だろうに。そんな相手に花束を渡す度胸はそうない。
しかも、花束だけでキザったらしく感じるのにカカシだと言うだけで何もかもがしっくり感じるのは、羨ましいとしか言えない。
ーー自分はと言えば。
「イワシー、これもう一枚持ってる?」
待機所でアンコがぺらりと紙を持ち上げた。自分を含めフォーマンセルで任務を終えたアンコが、報告書を書こうとしているらしい。
机の上には帰りに買った笹の葉で包まれた団子が置いてあった。
「あー、すみません。今手持ちはなくて」
貰ってきましょうか?
聞くと、アンコは既に報告書を書き始めている。紙面に目を落としながら、よろしく、と答えた。
余程さっさと帰りたいのか。珍しく、と言ったら失礼だが、黙々と書き進めている。
それを見つめながらイワシは出口へ向かった。
扉に手をかけた時、
「あとお茶もお願い」
と、一言追加される。了解です、と答えてイワシは待機所を出た。
アンコは自分の上司だ。
始めて会った時は、威圧的で無愛想で。正直苦手なタイプだと感じた。でも長く付き合えばそれも変わる。
素っ気ない態度は誰に対してもそうだし、根は真面目で優しい。
そう、未だに勘違いしてアンコさんを嫌煙する奴も中にはいるが、見えてないだけで周りに気遣うし笑うと可愛い。
いや、可愛いけど人使いが荒いのは変わんないんだよな。
脱線した思考に苦笑いを浮かべた時、視界に自販機が目に入った。
お遣いを頼まれていた事を思い出し、ポケットから小銭を探ろうとした時に気がつく。任務では財布をベストの裏側に入れていた事を。しかもベストは待機所だ。
イワシはくるりと向きを変え引き返した。
早足で待機所に向かう。
前から思っていたが、アンコさんは、周りを気遣うんだけど俺にはあまり気を使ってない気がする。
上司なんだからそこは黙って聞くのが部下だが。なんか最近ツンツンしてる気がしなくもない。
待機所に着いて、扉が開いたままのその部屋の前で目の前に飛び込んできたのは。アンコさんだった。
いや、アンコはさっきも待機所にいたのだからおかしくない。ただ、アンコは自分の忘れたベストを抱き締めていて。
いつか外で見かけた、もはもはの可愛い子犬を愛おしそうに抱き締める、その表情と同じで。
理解を超えた情景に、目が点になる。そして、ぽかんとしたままのイワシにベストを抱き締めたままのアンコが気がついた。
先に口を開いたのはイワシだった。
「……それ、俺の金……」
適切なのかは分からないが、そんな言葉が口から出ていた。
語尾の、です。を言い終わる前にアンコが投げつけたベストが顔にぶち当たる。衣類なのに想像以上の勢いと強さに、イワシは思わずよろけて視界を失っていた。
「ちょっ、な……っ」
驚き退けようとしたベストの上からまた顔に何かを投げつけられる。
「早いんだよ!!馬鹿!!」
聞こえるアンコの怒号。
何が起こったのかわからなかった。
顔に張り付いたベストを退けた時には、待機所にはアンコの姿は見えず、あるのは書きかけの報告書のみ。足元に目をやり、落ちていた物を拾い上げる。笹の葉に包まれた団子だった。それを持ったまま、イワシは静まり返った部屋を見つめた。
前にイルカは鈍いと非難したら、お前も相当鈍いんだからな、と返された。
そんな鈍い頭で考え、イワシはゆっくりと息を吐き出した。
馬鹿だと言われたが、ベストで顔を覆われる前に見えた、アンコの顔を赤く染めた泣きそうな表情が、何を物語っているか分からないほど馬鹿じゃない。
何故か昼間イルカと話していた事が頭に浮かんだ。
「……俺は花より団子……だなあ」
ぼそりと溢れた言葉に、顔がかあと熱くなった。思わず空を仰ぎ見る。
だけど、それを彼女を前に言葉にするのは果てしなく難しいし。
レベルが高すぎるし。
それよりなにより、一番最悪なのは。
気がつくのおせーんだよ、俺。
自己嫌悪の海に溺れそうになりなり、イワシは困った顔で口元を押さえた。
<終>
*後日談追記
自分の気持ちに気がついても、前に一歩踏み出すのは難しい。
書類を抱えたまま、イワシは外で歩いていた足を止めた。
建物の窓から見えるのはイルカと話すアンコ。日常会話をしているように見える表情だが、任務調整表の説明を受けている。
それがひどく和やかな雰囲気に見えて、眺めながらゆっくりと息を吐き出していた。
「なに見てるの?」
不意に近くに現れた気配に肩がびくりと揺れる。振り返るとカカシが立っていた。
「あ、ごめんね。びっくりした?」
「え、いや、平気です」
いつもの眠そうな顔で謝られ、イワシは慌てて首を横に振ると、カカシはイワシが先程まで向けていた建物へ視線を向けた。その視線の先では、まだイルカとアンコが話している。
カカシに対してやましい事は一切ないのに、何故か焦りが浮かんだ。
「あの、違いますよ?俺は何も、」
「え?、何が」
一人でわたわたするとカカシは首を傾け、そしてどんな意味が悟ったのか、ふっと息を吐くように笑った。
「別にあんたが熱い視線をイルカ先生に向けてるんじゃないって事ぐらい分かってるから」
余裕の笑みを浮かべる。
はっきりと口にされ安堵するはずなのに、余計に額に汗が浮かんだ。
そりゃそうだろうけど。
カカシがイルカを溺愛してるのは周知の事実。あの人ヤキモチ焼きなんだよなあ、とイルカがボヤいていたのだって忘れない。
「まあ……あんたは……あっちの方でしょ?大変だねぇ」
「………ぇ?」
ボソリと言われ、イワシは思わずカカシを見た。思考が読めない青い目、のはずなのに。ニコリと微笑まれ、アレと言った、そして大変と言った意味が。
ちょっと分からない、と言うか分かりたくない。なのに。それを認めると言わんばかりに抑えきれずにイワシの顔が一気に赤くなった。
まだ誰にも。イルカにさえ言ってないのに。
凄えなこの人は。
情けなさに自己嫌悪で苦笑い浮かべながら、イワシは再び建物の中にいるアンコを見つめた。話題は任務から逸れたのか、楽しそうに笑っている。
アンコの笑顔を見ただけで、ぐっと胸が熱くなった。
気持ちが緩む。
「……俺は今はまだ、貴方の様に花を渡すのはちょっと無理そうです」
眉を下げながら認めたイワシに、カカシは少し驚いた後、どーも、と言って笑った。
<終>
中忍の中で一番出来そうで出来ない男だと仲間内で言われていた。
同じ職場で好意を持たれようが、合コンで気に入られた女に誘われようが、様々な秋波に一切気がつかない、無自覚の鉄壁と言われていたイルカの心を撃ち抜いたのは、里では知らない者がいない。あの写輪眼のカカシだった。
愚鈍なイルカの事だから、内勤の安定さだけを狙ってきたイルカの良さを知ろうともしない女にうっかり恋なんてしたら痛いけどあり得る。なんて内心心配なんてしていたのだが、まさかの逆玉。カカシはよく受付でイルカに話しかけ、飲みに誘っているのは知っていたが。まさかこんな流れになるとは予想さえしていなかった。
そんな周囲の驚きや、周りのくノ一のやっかみにあまり気がついていない当の本人はイルカは、幸せそうだ。
「どうした?」
目の前で焼肉定食の焼肉を口に入れたイルカが、茶碗を持ったまま顔を上げた。
「いや、別に」
そんなイルカを目の前で眺めながら、イワシは同じ焼肉定食の味噌汁を啜る。
毎度同じ友人の食事風景。食べ方は綺麗だが、男らしいし、そして相変わらず美味そうに食べる。
見た目普通の中忍で、木の葉一最強の忍に惚れられた相手だとは未だ思えない。イルカもイルカでカカシが恋人だと鼻にかける事はなく、何も変わらないところはイルカらしい。
お互いに恋人には縁遠いと思ってたから、イルカからカカシとの関係を聞かされた時は、先越されたかあ、とちょっと気落ちした。
ただ、事実自分は未だ恋人のこの字もみえてこない。
「はたけ上忍てさ」
イワシの声に、イルカが、ん?と反応してまた顔を上げた。
「どんな感じで告ってきたの?」
ご飯が口の中入ったままのイルカの目が丸くなる。
「な、なんだよ急に」
ぼわっと顔を赤くさせながらご飯を咀嚼するイルカは明らかに恥ずかしそうだった。
「いや、だってさ。あの人男から見ても男前だろ?だから、そんな人がどんな風にお前に気持ちを伝えたのかなって」
茶化してるつもりは微塵もない。誰かに告白なんてした事がないのだから、素直に気になっただけだった。
イルカは、ええ〜、と気難しそうに、恥ずかしそうに、口ごもる。
「別に、……たまたま帰り一緒になった時に持ってた花束渡されて。付き合って欲しいって、言われてさ、」
まあ、花束は七班の任務でお礼に依頼主からもらったらしんだけどな、とイルカは頬をぽりぽりと搔きながら笑った。
花束持って告白。凄えとしか言いようがない。しかも相手はくノ一でもなく、花と言えば薬草にしか知識がないあのイルカだ。ノーマルな同性相手に気持ちを伝えるのは玉砕覚悟だろうに。そんな相手に花束を渡す度胸はそうない。
しかも、花束だけでキザったらしく感じるのにカカシだと言うだけで何もかもがしっくり感じるのは、羨ましいとしか言えない。
ーー自分はと言えば。
「イワシー、これもう一枚持ってる?」
待機所でアンコがぺらりと紙を持ち上げた。自分を含めフォーマンセルで任務を終えたアンコが、報告書を書こうとしているらしい。
机の上には帰りに買った笹の葉で包まれた団子が置いてあった。
「あー、すみません。今手持ちはなくて」
貰ってきましょうか?
聞くと、アンコは既に報告書を書き始めている。紙面に目を落としながら、よろしく、と答えた。
余程さっさと帰りたいのか。珍しく、と言ったら失礼だが、黙々と書き進めている。
それを見つめながらイワシは出口へ向かった。
扉に手をかけた時、
「あとお茶もお願い」
と、一言追加される。了解です、と答えてイワシは待機所を出た。
アンコは自分の上司だ。
始めて会った時は、威圧的で無愛想で。正直苦手なタイプだと感じた。でも長く付き合えばそれも変わる。
素っ気ない態度は誰に対してもそうだし、根は真面目で優しい。
そう、未だに勘違いしてアンコさんを嫌煙する奴も中にはいるが、見えてないだけで周りに気遣うし笑うと可愛い。
いや、可愛いけど人使いが荒いのは変わんないんだよな。
脱線した思考に苦笑いを浮かべた時、視界に自販機が目に入った。
お遣いを頼まれていた事を思い出し、ポケットから小銭を探ろうとした時に気がつく。任務では財布をベストの裏側に入れていた事を。しかもベストは待機所だ。
イワシはくるりと向きを変え引き返した。
早足で待機所に向かう。
前から思っていたが、アンコさんは、周りを気遣うんだけど俺にはあまり気を使ってない気がする。
上司なんだからそこは黙って聞くのが部下だが。なんか最近ツンツンしてる気がしなくもない。
待機所に着いて、扉が開いたままのその部屋の前で目の前に飛び込んできたのは。アンコさんだった。
いや、アンコはさっきも待機所にいたのだからおかしくない。ただ、アンコは自分の忘れたベストを抱き締めていて。
いつか外で見かけた、もはもはの可愛い子犬を愛おしそうに抱き締める、その表情と同じで。
理解を超えた情景に、目が点になる。そして、ぽかんとしたままのイワシにベストを抱き締めたままのアンコが気がついた。
先に口を開いたのはイワシだった。
「……それ、俺の金……」
適切なのかは分からないが、そんな言葉が口から出ていた。
語尾の、です。を言い終わる前にアンコが投げつけたベストが顔にぶち当たる。衣類なのに想像以上の勢いと強さに、イワシは思わずよろけて視界を失っていた。
「ちょっ、な……っ」
驚き退けようとしたベストの上からまた顔に何かを投げつけられる。
「早いんだよ!!馬鹿!!」
聞こえるアンコの怒号。
何が起こったのかわからなかった。
顔に張り付いたベストを退けた時には、待機所にはアンコの姿は見えず、あるのは書きかけの報告書のみ。足元に目をやり、落ちていた物を拾い上げる。笹の葉に包まれた団子だった。それを持ったまま、イワシは静まり返った部屋を見つめた。
前にイルカは鈍いと非難したら、お前も相当鈍いんだからな、と返された。
そんな鈍い頭で考え、イワシはゆっくりと息を吐き出した。
馬鹿だと言われたが、ベストで顔を覆われる前に見えた、アンコの顔を赤く染めた泣きそうな表情が、何を物語っているか分からないほど馬鹿じゃない。
何故か昼間イルカと話していた事が頭に浮かんだ。
「……俺は花より団子……だなあ」
ぼそりと溢れた言葉に、顔がかあと熱くなった。思わず空を仰ぎ見る。
だけど、それを彼女を前に言葉にするのは果てしなく難しいし。
レベルが高すぎるし。
それよりなにより、一番最悪なのは。
気がつくのおせーんだよ、俺。
自己嫌悪の海に溺れそうになりなり、イワシは困った顔で口元を押さえた。
<終>
*後日談追記
自分の気持ちに気がついても、前に一歩踏み出すのは難しい。
書類を抱えたまま、イワシは外で歩いていた足を止めた。
建物の窓から見えるのはイルカと話すアンコ。日常会話をしているように見える表情だが、任務調整表の説明を受けている。
それがひどく和やかな雰囲気に見えて、眺めながらゆっくりと息を吐き出していた。
「なに見てるの?」
不意に近くに現れた気配に肩がびくりと揺れる。振り返るとカカシが立っていた。
「あ、ごめんね。びっくりした?」
「え、いや、平気です」
いつもの眠そうな顔で謝られ、イワシは慌てて首を横に振ると、カカシはイワシが先程まで向けていた建物へ視線を向けた。その視線の先では、まだイルカとアンコが話している。
カカシに対してやましい事は一切ないのに、何故か焦りが浮かんだ。
「あの、違いますよ?俺は何も、」
「え?、何が」
一人でわたわたするとカカシは首を傾け、そしてどんな意味が悟ったのか、ふっと息を吐くように笑った。
「別にあんたが熱い視線をイルカ先生に向けてるんじゃないって事ぐらい分かってるから」
余裕の笑みを浮かべる。
はっきりと口にされ安堵するはずなのに、余計に額に汗が浮かんだ。
そりゃそうだろうけど。
カカシがイルカを溺愛してるのは周知の事実。あの人ヤキモチ焼きなんだよなあ、とイルカがボヤいていたのだって忘れない。
「まあ……あんたは……あっちの方でしょ?大変だねぇ」
「………ぇ?」
ボソリと言われ、イワシは思わずカカシを見た。思考が読めない青い目、のはずなのに。ニコリと微笑まれ、アレと言った、そして大変と言った意味が。
ちょっと分からない、と言うか分かりたくない。なのに。それを認めると言わんばかりに抑えきれずにイワシの顔が一気に赤くなった。
まだ誰にも。イルカにさえ言ってないのに。
凄えなこの人は。
情けなさに自己嫌悪で苦笑い浮かべながら、イワシは再び建物の中にいるアンコを見つめた。話題は任務から逸れたのか、楽しそうに笑っている。
アンコの笑顔を見ただけで、ぐっと胸が熱くなった。
気持ちが緩む。
「……俺は今はまだ、貴方の様に花を渡すのはちょっと無理そうです」
眉を下げながら認めたイワシに、カカシは少し驚いた後、どーも、と言って笑った。
<終>
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