春よ来い

正午過ぎ、カカシは商店街の端にある木の前で立っていた。自分の体重を木に預け、いつものように小冊子を片手に、もう片方はポケットにいれている。
賑やかな雑踏の中、待っていた相手の気配にカカシは顔を上げた。
「すみません遅くなっちゃって」
苦笑いを浮かべ歩み寄るイルカに、カカシは小冊子を閉じた。
「ううん、そんなに待ってないよ」
じゃ、行こ?
促すとイルカは嬉しそうに頷く。並んで目的の店に歩き出した。

「うわっ、うまそ!」
目の前に置かれた釜揚げうどんを見て、イルカは目を輝かせると、両手を合わせいただきます、と言って割り箸を割り、食べ始めた。
すぐにカカシの釜揚げうどんも運ばれてくる。
むぐむぐとコシのあるうどんを頬張り、幸せそうに顔を綻ばせている。カカシは思わず目を細めた。
いつもはお互いに時間が合う時に夕飯に誘うのだが。今日はたまたま話の流れから昼飯に誘った。普段とは違う時間帯の待ち合わせってだけで浮かれて少し早めに着いたのは秘密だ。
自分の中では勿論デートのつもりなんだけど、きっとイルカは自分と同じ様に思ってはいない。でも、楽しみにしてくれているだけで嬉しい。嬉しそうに食べるイルカをながめながら、
「それ、どうしたの?」
声をかけるとイルカが、ん?と顔を上げた。
「ほら、そこ」
カカシが指を指すと、イルカは指された左頬を自分の指で触れた。
そこには、僅かな赤み。見逃してしまっても良かった。でも、どんな理由にせよ、頬を叩かれるなんて事はそう大人になったら有り得ない。気にならない訳がない。勝手に憶測を広めないように思考を留め見つめると、イルカはまいったな、と眉を下げた。
「やっぱ分かります?」
聞かれて頷く。
「これ、実はさっき女子生徒に叩かれちゃって」
イルカは箸を持ったまま、ため息を吐き出した。
「上級生で何かと俺の世話を焼いてくる子がいるんですけどね、たまたまその子が当番で職員室に来て話をしてたら、俺の服の裾のほつれを見つけてまたそんな話になったんですよ」
イルカはそこで話を切って、思い出しているのだろう。擦れた上着の袖の裾に目を落とした。
「先生は私がいなきゃ駄目なんだから、って言うから、いやお前がいなくても俺は大丈夫だ、って言ったら叩かれちゃいまして」
自分の手で頬に触れる。
「突然持ってた本でバシーンですよ。一瞬何が起こったか分からなくて。聞こうとしても走って出て行っちゃうし」
難しいです、あの歳の子は。
イルカは困った顔をしてうどんを食べるのを再開する。その子がイルカ先生に想いを寄せているなんて。丸で気がついていない。
そんなイルカを縦肘をついて見つめ、そうだねと返した。
忍みたいな特有の世界にいる中で、イルカの存在は特別だ。真面目で朗らかで明るい。子供と接する仕事だからだろうか。
初めて会った時、こんなに気持ちが吸い込まれる人がいるんだと、自分でも驚いた。先生からは未来を感じる。
暖かくて、真っ直ぐで、喜怒哀楽がはっきりしていて。そのくせ頑固で意地っ張り。人間味溢れているから。自分だけじゃない、ナルトだってそうだ。サスケでさえこの人にだけ心を開いている。周りを惹きつける。
それをイルカ先生自身気がついていないんだもんなあ。
再びイルカを見つめる。
叩くのはどうかと思うけど、気持ちを思い切りぶつけられる、その子が羨ましい。
だって俺はその子と一緒。
一生懸命話しかけて、夕飯に誘ったりしてるのも、先生が好きだから。
振り向いて欲しいから。
一緒に隣を歩いたり、楽しそうな先生の顔をを見る度に勘違いしそうになる。
ーーでも、いつかは。
焦れったい気持ちを抱えながら、カカシは目を伏せる。そして淡い春を夢見るように、密かに小さく微笑んだ。


<終>
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