初詣はあなたと一緒に。

カカシさんが俺の事を好きらしい。
そう聞いたのは、たしかまだ秋が深まっていない頃だった。
今まで色々な噂を聞いてきたが、一番信憑性がない噂だなあ、と内心呆れた。
よりによって何でカカシさんと俺なのか。接点ないし。特に仲良くもないし。煙がない所に火は立たないと言うはずなのに。しかも内容が酷い。丸でアカデミーの中で立つような浮ついた噂だ。
気にはしていないが、そんな噂を初めて聞いた時はせめて相手を女にしてくれたら良かったのにと思ったのを覚えている。

その噂がすっかり頭から忘れ去り、秋が過ぎすっかり空気が冷え込んできた、ある日。
カカシさんが報告所にやってきた。いつものようにランクの高い任務を予定通りに遂行して。隣には同行した上忍のくノ一と中忍のくノ一。持っている能力やスケジュールから自らこのメンバーを任務計画表を作ったくせに、女をはべらせるようにしか見えないのは、自分の勝手な感想だ。
報告書の確認を終え、お疲れ様でした、と頭を下げる。頭を上げるとまだそこにカカシさんが立っていた。
何だろう、次に順番を控えている人がいるんだけどなあ、と思いながらももう一度ニコリと微笑んでみるが、じっとこちらを見られ余計居心地が悪くなる。
少しぎこちなくぽりぽりと頬を掻き、
「今日、予定は空いてる?」
そうカカシさん聞かれ、言葉は耳に入ってはいたが、予想していなかったから思わず見上げて何度か瞬きをする。
ペンを持ったまま見つめ返していた。
「……俺、ですか?」
「うん、先生」
脇に麗しいくノ一を連れながら、俺。
少し間が空いた。
呼び出しなんて、急にどうしたんだろうか。俺何かやらかしたのか?しかもこんな日に。
そこまで思って今日がクリスマスイブだと気がついた。
あと、じっと俺を見つめるカカシさんの眼差しが酷く真剣で。
合点した事実は急に頭を冷静にさせていた。僅かに緊張したまま口を開く。
「あの、俺……、この後夜は歩哨の当番なんです」
何でこんな言葉を選んでるんだ、俺。
「で、明日は炊き出し当番なんです」
恐る恐る口にすると、カカシさんの視線が下に落ちた。
「ああ……そっか」
「はい、すみません」
「じゃあ、頑張って」
「はい……」
報告所を後にするカカシさんの後ろ姿を見送る。
並んでいた上忍に視界を遮られ、切り替えるようにその上忍へ笑顔を向けた。報告書を受け取り目を通しす。
報告書に目を通しながらさっきのカカシさんを思い出したらなんとも言えない気持ちになった。
あの噂が本当だなんて思ってなかった。
俺さえ信じてなかったのに。
しかも、初めて誘ってくれたのがクリスマスイブなんて。
むず痒さに顔が微かに熱くなるのが分かって、誤魔化すようにペンを持った手で自分の頬に触れる。
そこから顔を上げ、カカシが出て行った扉を、イルカは見つめた。


よくよく考えたらカカシさんとよく目が合うな、とか。受付や待機所で顔を合わせた時に、俺にだけに微かに微笑む表情が違うとか。
視線が交わった時に、恥ずかしそうにその視線を外すとか。
今更ながらそうなんだと思うのは自分が今まで気がつかなかっただけなんだろうが。
気がついたところでどうする訳でもないけど。
誘いを断ったのは本当に仕事が立て込んでたからで、カカシさんじゃなくても誰かに誘われてたら同じように断っていた。
ただ、断った時のカカシの眉を下げたあの笑顔が。頭からはなれない。
受付に座ったまま、机に向かい縦肘をつき視線を漂わせ、
「何でそんな難しい顔してんの」
やっと上がりなのに。同僚に声をかけられる。
え、そうか?と聞き返すと、同僚は組んだ両腕を真上に上げ伸びをした。欠伸をする。
「新年の夜勤も終わったなー」
夜が明け、新年の眩しい朝日が受付にも入り込んでいた。
正月の夜勤当番は三年に一回は回ってくる。それでも年を跨ぎ任務を遂行する仲間がいるのは当然で。そう思うと愚痴は出るわけがない。
だから、ただ、いつもと変わらない夜勤明けの朝だ。
「帰るか」
「ああ」
鞄を持ち立ち上がった。
建物を出ると、昨日の雪が嘘のように晴れている。
積もった雪は溶け始め道の脇にしかない。
それでも早朝の空気は澄み冷え込んでいる。イルカは身体をぶるりと震わせ同僚と歩き出す。
少し歩いてすぐ、少し先にカカシさんがいることに気がつき、どきりとした。執務室の建物近くに壁を背にして別の上忍と話しているのは任務だったのか、これから任務なのか。
近づくとカカシが、ちらとこっちを向いた。思わず目を伏せていた。通り過ぎる際に同僚と共に頭を下げる。
未だ高鳴ったままの心音。
本当に、俺はどうかしてる。
あくまでも噂だったし。それが事実かさえ分からないのに。
馬鹿がつくくらいに意識してしまってる。
単純過ぎて自分が嫌になる。
帰ったら寝正月だなあ、と話す同僚の横で足を止めていた。
「……ごめん、先に帰っててくれ」
「え、ああ、」
深く追求をせずに同僚は返事をした。
悪いな、と同僚に声をかけると、くるりと振り返る。今来た道を早足で戻った。
すぐにカカシさんを見つけた。一人で背を向け歩いている。
その後ろ姿を見つめながら、肩にかけた鞄の紐をぎゅっと握る。
「カカシさん」
静かな朝の道に、思わず大きくなった自分の声が響いた。カカシは足を止めて肩越しに振り返り、こっちを見て少しだけ目を開いたのが分かった。
「呼び止めてすみません」
「ううん。どうしたの?任務要請?」
尋ねるカカシさんのその言葉に胸が痛くなった。
どれだけ自分が意識し過ぎてカカシさんに業務的な内容しか声をかけてこなかったのか。
思わず眉を寄せて視線を一回地面に落とした。
心を決め、カカシさんへ顔を上げる。俺を見つめる眼差しは、優しい。
「違うんです」
「うん」
「俺と一緒に神社、行きませんか?」
カカシさんは僅かに首を傾げた。
「……神社?」
「一緒に初詣に行きたいんです」
「初詣……」
「はい」
「……一緒って、」
ぽかんとしたまま言われ、焦った。
「あ、すみませんカカシさんの予定も聞かずに。やっぱり急でしたよね、」
「いや、そうじゃなくて、……」
カカシさんは申し訳なさそうに銀色の髪を掻き、こっちを見つめた。
「イルカ先生と一緒に初詣行くのが、俺なんかでいいの?」
泣きそうになった。
何でなのか分からないけど、胸に迫った。
「カカシさんと一緒に行きたいんです」
はっきりと言葉にする。
カカシを見かけてから。自分の中で決めた事だった。
自惚れてるとかじゃない。
初詣に一緒に行きたいと、俺がそう思ったんだ。
だから、誰でもいいわけじゃない。
「って、カカシさん、あの……返事を、」
あまりにも長い間に耐えられなくなった。少しぽかんとしていたカカシさんは、いい加減、と訴える俺を見て、少し目元を緩め、
「ごめん」
と慌てて言った。
「で、……どうなんですか?行くのか行かないのか、」
「うん、嬉しい」
ふわりと、嬉しそうにカカシさんは笑う。思わずその顔に見惚れた。
いや、そうじゃなく。ふるふると首を横に振る。
「だから、どっちですか?」
はっきりした答えが欲しい。窺うように見つめると、
「いいよ」
カカシさんがやっと欲しかった承諾の言葉を口にする。
「俺もイルカ先生と初詣に行きたい」
そう追加された言葉が、嬉しくて。安堵した。自分が改めてカカシさんに好意を抱いていた事に気がつかされる。
急に恥ずかしさが募って顔が赤くなっていくのが分かった。
今更な自分の行動に、カカシは不思議そうに見つめ嬉しそうに微笑んだまま、じゃあ行こっか、と俺を促した。
慌てて頷いて、歩き出したカカシの横に並んで黙って一緒に歩いた。

神社の人はまばらだった。順番を待たずに賽銭箱の前に立つ。
ポケットから小銭を取り出して投げ入れる。カカシもその後に続き小銭を投げた。木箱に当たり、小銭が落ちる音がする。
姿勢を正し手を合わせ目を閉じる。
そして、閉じていた目を開け、触れそうな距離で同じように手を合わせ目を閉じているカカシさんを、そっと横目で見つめた。

イルカ先生と一緒に初詣行くのが、俺なんかでいいの?

少し不安そうにカカシはそう口にした。
俺は黒い目を伏せ、ゆっくりともう一度目を閉じた。

カカシさんだから、声をかけたんです。
貴方がクリスマスイブに俺を誘ってくれた時のように。
俺もカカシさんがいいと、思ってしまったんだ。

でも。俺、チョロいなあ。
自分で自分が心配になる。
目を開けると、既にお参りを終えたカカシさんは横にいて、こっちを見ていた。
確認するようににこりと目を細め笑う。
それは、心配していた事が吹き飛んだ瞬間だった。

<終>




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