ひどいあなた
薄い青空に浮かぶ雲は遠く、風に流され運ばれて行く。今自分がいる地上より強い北風が吹いているのだろう。
大きな雲が太陽を隠し、光が遮られると途端に寒さが増した。
それだけで随分と心もどんよりした気分になっていた。
イルカは首に巻いていたマフラーを手に当て寒さで強張る口元を隠した。息をすればマフラー越しから吐き出され白い息となる。
真新しい濃い緑色の毛糸はしっかり編み込まれていて暖かい。そう、このマフラーは新しかった。今まで長年愛用していた赤いマフラーは大分くたびれてはいたがまだまだ使えるし、イルカ自身使うつもりだった。先週までは。
マフラーの端にはタグが縫い付けられている。しっとりとした質感でありながらふんわりと軽く暖かい。物の質に関してとんちゃかないイルカでさえ、触ってすぐ良い物だと分かった。その分値が張る事も。名前さえ分からないブランド物だと分かるマフラー。
自分が過ごしていくなかで、普通に過ごしていれば、一生身につける事がないだろう。
そんなマフラーをイルカにプレゼントしたのは、上忍のはたけカカシだった。
カカシとは元生徒であるナルトの新しい上忍師として関わるようになり、月に1、2度飲みに行き杯を重ねる間柄。彼と知り合ってから気がつけばもう3年経とうとしていた。
3年親しく酒を交わしてはいるが。飲み仲間、友達と言える間柄なのか。それはイルカ自身不透明だった。他国に名を轟かせる彼は、忍びとして頼れる人であり立派な人だ。だから尊敬もしている。
親しいが、自分の同僚や友人のように、接する事はどうしても出来ない。それはカカシもそう思っているのか。丁寧な話し方であるが、砕けた口調をイルカに使う事はなかった。だから、お互いそんな関係だと思っていた。いや、思うようにしていた。
だから、カカシから真紅のリボンに包まれた箱を手渡された時は驚いた。
開けて更に驚いた。
先ほど説明した通りのシンプルでデザインも落ち着きがあり高そうなマフラー。
イルカはその箱を居酒屋のテーブルで広げていた。まさかそんな物を持ってカカシが大衆居酒屋に現れるなんて思ってもみなかったし、なにより、自分にプレゼントを渡すなんて。
「俺の趣味で選んじゃったから、好みじゃなかったらごめんね」
申し訳なさそうに言うカカシとマフラーを交互に見ながら、イルカは戸惑いの顔を隠せなかった。どんな顔をしたらいいのか分からない、が正直なところで、戸惑いの中に、嬉しさも含まれていたからだと思う。
誰だって、プレゼントを貰って嬉しくはないのだから。
だが、貰った日は自分の誕生日でもなければ、何か特別な日でもない。何故急に高級マフラーがカカシから貰えるのか。ただ、言及出来なかった。いや、したくなかった。
それに、自分は当たり前だか何もカカシに用意なんてしていない。
そんなイルカにカカシは小さく笑った。
「たまたまね、店に行ったらそのマフラーを店員に勧められてね。俺は元々しないでしょ?だから先生ならどうかなって。それだけですよ」
大した事じゃないとカカシはイルカに気を遣わせないように優しく言った。
理由がないと強調しているようにも感じた。
「でも、凄く高かったんじゃないですか?」
「ううん。小物だから、全然。あ、色はそれで大丈夫でしたか?」
イルカはコクコクと力強く頷いた。
「落ち着いた色で凄く素敵です」
「なら良かった」
カカシはホッとした顔をしてビールを飲んだ。
たまたま店に寄ったから。カカシの自分より嬉しそうな顔をしたのが忘れられない。その顔に胸が締め付けられた。
同時に泣きそうになった。
イルカはそのマフラーを手袋の上から掴むようにぎゅっと握りしめる。
口元を引き締めてアカデミーへ向かった。
*
残業をして、商店街に寄り、時間帯値引きになっていた食材を買う。今日は嬉しい事に豚バラ肉が半額になった。それから八百屋で白菜とネギ、椎茸を買う。
家に帰り直ぐに夕飯の支度を始めた。夏場は先にお風呂に入り、身体がさっぱりしたところでビールを飲みながら夕飯を作るのだが。冬場にはとてもじゃないけど出来ない。隙間風が入る台所で料理を作っている間に湯冷めして、風邪をひきかねない。
イルカは手際よく鍋の準備をすると、浴槽にお湯を張る。熱めのお湯が溜まる頃には鍋の食材にも火が通る。間取りもしれているし、狭い部屋はぐつぐつと美味しそうな匂いが部屋を充満する。
イルカは鍋の火を止めると、風呂場へ向かった。
風呂から上がり、湯だった身体にビールを一口飲む。汗を掻いた喉が冷たいビールで潤い、一息つくと、コタツに鍋を運んだ。
1人用のコタツに入り、部屋着とパジャマ兼用のスウェットの上から半纏を羽織る。
さて、鍋を食べようと土鍋の蓋に手を伸ばした時、玄関の扉を強く叩かれ、その音の大きさに危うく蓋を指から落としそうになった。何事かと首を捻り玄関を見ればまた強くドンドンと叩かれる。
時計は9時過ぎを指していて、まだ常識範囲内だとは思うが。こんな時間に一体誰が自分の玄関を叩くのか。イルカはコタツから出て玄関へ向かう。思い浮かべるのは金髪の元教え子くらいだ。だが、今は里にはいない。
扉を開けて、目の前に立っている人を見て目を丸くした。
自分に先週高級マフラーをプレゼントしたカカシが立っていたからだ。
店で飲む事はあったが家に招いた事も、勿論カカシの家に行った事もない。だから、カカシは初めて自分の家を訪れた事になる。ただ、驚いたのはそれだけの理由ではなかった。
開けてすぐに鼻についたのは日本酒の匂い。明らかにカカシは酔っていた。
「イルカセンセ〜」
目を丸くして驚いているイルカを見て、カカシはふにゃりと笑った。フラフラした足取りで、蹌踉めくカカシをイルカは慌てて手で支えた。3年カカシと飲む付き合いをしてきたが、こんなに酔ったカカシを見たのは初めてだった。一緒に飲んでも日本酒は悪酔いするからと、飲んだ事はなかった。何度か飲んだ時は日本酒が好きな自分に合わせて、付き合い程度に口を湿らせたぐらいだ。
だから、目の前でふらふらになって、泥酔に近い状態になるカカシを見ても信じられなかった。
「カカシ先生、大丈夫ですか?取り敢えず寒いから、中に入りましょう」
そう。開け放たれた玄関からは冷たい風が部屋に入り込みイルカの身体をすごい早さで冷やしていた。触れたカカシの身体も風の冷たさと同じくらいに冷えている。
元々薄着で自分のように着込まないからかもしれないが。その身体の冷たさに、思わずカカシの手を掴んでいた。暖めたい。ただそれだけだった。力を入れて握りしめたイルカの手を、カカシは驚き振り払った。不意を突かれたような顔をしたイルカに、カカシは苦笑いした。
「あ、…イルカ先生が冷たくなっちゃうでしょ?」
そう言うカカシの白い肌は、薄っすら赤みを増している。酒のせいか寒さのせいか。それは分からなかった。
「中に入ってください」
また振り払われるかもしれない。でもイルカはカカシの腕を掴み、支えながら玄関の中に入れて扉を締める。
スルリとイルカの腕から抜け出したカカシは、壁に身体を預けるように寄りかかったが、背中からずりずりと下がり、床に腰を下ろした。家に上がろうにもカカシが塞いで跨ぐわけにもいかない。
イルカは困り果てた顔をして座り込んでいるカカシを見下ろした。
「カカシ先生、入ってください」
言えばカカシは首を横に振った。
「いや、そう言うわけには行きません」
先ほどより酔いが覚めたのか。しっかりとした口調は意思をちゃんと持っているようにみえる。
「でも、ここも寒いし。コタツ、コタツに入りましょう?」
早く冷えてきた身体をコタツで暖めたい。イルカは促すが、カカシはまた首を横に振る。
「勝手に、約束もしてないのに、…入れません」
「いや、でもですね」
約束をしていないからと言っても、もうここまできて、玄関まで入っているのだ。この部屋の住人である自分がいいと言っているのに。
カカシの頑な態度に困った。こんなに頑ななのは酔っているからだろうか。
「話を…したかっただけなんです」
カカシは視線を落としたまま、口布を人差し指で外しながら言った。近くにいるからか、また日本酒の香りが漂う。
「分かりました。話を聞きます。でも本当に入ってください。じゃなきゃ俺、湯冷めしちゃいますから」
その言葉に漸くカカシが視線を上げ、目を合わせた。
少し間が入ったがそこから視線を部屋の中へ向けた。すぐ先にあるコタツとその上にある土鍋と缶ビールが目に入ったのだろう。
くっと眉根を寄せ、
「すみません」
謝られ、またイルカは慌てた。しゃがみ込み、カカシの肩に手を置く。
「いや、気にしてないですから!俺は、」
「ねえ先生」
話しているイルカの言葉に被せるように名前を呼んだ。
今まで呼んだ事がない言い方だった。優しい口調に変わりはないが、すごく重い、真面目な。いつもカカシと話すときはここまで近くで話した事がないからだろうか。目前にあるカカシはその青い目を細め、苦しそうにした。
「俺はあなたが好きだ」
息を呑んだまま唖然となる。頭を殴られたかのような衝撃と共に、心の内側に大きな波が立った。
「あなたが結婚するって分かってやっとわかった」
先生。好きだ。
吐き出すようにカカシは言葉を続けた。
だって。カカシ先生。あんた喜んだじゃないか。
惚けたままの頭で思う。
そうだ、嬉しそうに「おめでとう」って。言っただろ。
綱手からいい加減身を固めろと言われるままに見合いをして、結婚を決めたのは10日前。あの時カカシは笑って祝福してくれた。
だから、これで正しかったって思った。
自分の中で燻っていた思いは、気のせいだったって、そう結論付けた。
あのマフラーはきっと結婚のお祝なんだって。カカシは何も言わなかったけど、そうなんだって。
「……ふざけるなよ」
イルカは言葉を身体から絞り出した。
「好きだ」
「何でだよ」
「好きだ」
「何で…」
胸が痛くてつられるように顔を歪ませる。頭を抱え込んだ。
何でもっと早く言ってくれなかったんだ。
イルカの目から涙が溢れる。
「好きだ」
涙を流すイルカの前で、カカシはただひたすら同じ言葉を繰り返した。
<終>
大きな雲が太陽を隠し、光が遮られると途端に寒さが増した。
それだけで随分と心もどんよりした気分になっていた。
イルカは首に巻いていたマフラーを手に当て寒さで強張る口元を隠した。息をすればマフラー越しから吐き出され白い息となる。
真新しい濃い緑色の毛糸はしっかり編み込まれていて暖かい。そう、このマフラーは新しかった。今まで長年愛用していた赤いマフラーは大分くたびれてはいたがまだまだ使えるし、イルカ自身使うつもりだった。先週までは。
マフラーの端にはタグが縫い付けられている。しっとりとした質感でありながらふんわりと軽く暖かい。物の質に関してとんちゃかないイルカでさえ、触ってすぐ良い物だと分かった。その分値が張る事も。名前さえ分からないブランド物だと分かるマフラー。
自分が過ごしていくなかで、普通に過ごしていれば、一生身につける事がないだろう。
そんなマフラーをイルカにプレゼントしたのは、上忍のはたけカカシだった。
カカシとは元生徒であるナルトの新しい上忍師として関わるようになり、月に1、2度飲みに行き杯を重ねる間柄。彼と知り合ってから気がつけばもう3年経とうとしていた。
3年親しく酒を交わしてはいるが。飲み仲間、友達と言える間柄なのか。それはイルカ自身不透明だった。他国に名を轟かせる彼は、忍びとして頼れる人であり立派な人だ。だから尊敬もしている。
親しいが、自分の同僚や友人のように、接する事はどうしても出来ない。それはカカシもそう思っているのか。丁寧な話し方であるが、砕けた口調をイルカに使う事はなかった。だから、お互いそんな関係だと思っていた。いや、思うようにしていた。
だから、カカシから真紅のリボンに包まれた箱を手渡された時は驚いた。
開けて更に驚いた。
先ほど説明した通りのシンプルでデザインも落ち着きがあり高そうなマフラー。
イルカはその箱を居酒屋のテーブルで広げていた。まさかそんな物を持ってカカシが大衆居酒屋に現れるなんて思ってもみなかったし、なにより、自分にプレゼントを渡すなんて。
「俺の趣味で選んじゃったから、好みじゃなかったらごめんね」
申し訳なさそうに言うカカシとマフラーを交互に見ながら、イルカは戸惑いの顔を隠せなかった。どんな顔をしたらいいのか分からない、が正直なところで、戸惑いの中に、嬉しさも含まれていたからだと思う。
誰だって、プレゼントを貰って嬉しくはないのだから。
だが、貰った日は自分の誕生日でもなければ、何か特別な日でもない。何故急に高級マフラーがカカシから貰えるのか。ただ、言及出来なかった。いや、したくなかった。
それに、自分は当たり前だか何もカカシに用意なんてしていない。
そんなイルカにカカシは小さく笑った。
「たまたまね、店に行ったらそのマフラーを店員に勧められてね。俺は元々しないでしょ?だから先生ならどうかなって。それだけですよ」
大した事じゃないとカカシはイルカに気を遣わせないように優しく言った。
理由がないと強調しているようにも感じた。
「でも、凄く高かったんじゃないですか?」
「ううん。小物だから、全然。あ、色はそれで大丈夫でしたか?」
イルカはコクコクと力強く頷いた。
「落ち着いた色で凄く素敵です」
「なら良かった」
カカシはホッとした顔をしてビールを飲んだ。
たまたま店に寄ったから。カカシの自分より嬉しそうな顔をしたのが忘れられない。その顔に胸が締め付けられた。
同時に泣きそうになった。
イルカはそのマフラーを手袋の上から掴むようにぎゅっと握りしめる。
口元を引き締めてアカデミーへ向かった。
*
残業をして、商店街に寄り、時間帯値引きになっていた食材を買う。今日は嬉しい事に豚バラ肉が半額になった。それから八百屋で白菜とネギ、椎茸を買う。
家に帰り直ぐに夕飯の支度を始めた。夏場は先にお風呂に入り、身体がさっぱりしたところでビールを飲みながら夕飯を作るのだが。冬場にはとてもじゃないけど出来ない。隙間風が入る台所で料理を作っている間に湯冷めして、風邪をひきかねない。
イルカは手際よく鍋の準備をすると、浴槽にお湯を張る。熱めのお湯が溜まる頃には鍋の食材にも火が通る。間取りもしれているし、狭い部屋はぐつぐつと美味しそうな匂いが部屋を充満する。
イルカは鍋の火を止めると、風呂場へ向かった。
風呂から上がり、湯だった身体にビールを一口飲む。汗を掻いた喉が冷たいビールで潤い、一息つくと、コタツに鍋を運んだ。
1人用のコタツに入り、部屋着とパジャマ兼用のスウェットの上から半纏を羽織る。
さて、鍋を食べようと土鍋の蓋に手を伸ばした時、玄関の扉を強く叩かれ、その音の大きさに危うく蓋を指から落としそうになった。何事かと首を捻り玄関を見ればまた強くドンドンと叩かれる。
時計は9時過ぎを指していて、まだ常識範囲内だとは思うが。こんな時間に一体誰が自分の玄関を叩くのか。イルカはコタツから出て玄関へ向かう。思い浮かべるのは金髪の元教え子くらいだ。だが、今は里にはいない。
扉を開けて、目の前に立っている人を見て目を丸くした。
自分に先週高級マフラーをプレゼントしたカカシが立っていたからだ。
店で飲む事はあったが家に招いた事も、勿論カカシの家に行った事もない。だから、カカシは初めて自分の家を訪れた事になる。ただ、驚いたのはそれだけの理由ではなかった。
開けてすぐに鼻についたのは日本酒の匂い。明らかにカカシは酔っていた。
「イルカセンセ〜」
目を丸くして驚いているイルカを見て、カカシはふにゃりと笑った。フラフラした足取りで、蹌踉めくカカシをイルカは慌てて手で支えた。3年カカシと飲む付き合いをしてきたが、こんなに酔ったカカシを見たのは初めてだった。一緒に飲んでも日本酒は悪酔いするからと、飲んだ事はなかった。何度か飲んだ時は日本酒が好きな自分に合わせて、付き合い程度に口を湿らせたぐらいだ。
だから、目の前でふらふらになって、泥酔に近い状態になるカカシを見ても信じられなかった。
「カカシ先生、大丈夫ですか?取り敢えず寒いから、中に入りましょう」
そう。開け放たれた玄関からは冷たい風が部屋に入り込みイルカの身体をすごい早さで冷やしていた。触れたカカシの身体も風の冷たさと同じくらいに冷えている。
元々薄着で自分のように着込まないからかもしれないが。その身体の冷たさに、思わずカカシの手を掴んでいた。暖めたい。ただそれだけだった。力を入れて握りしめたイルカの手を、カカシは驚き振り払った。不意を突かれたような顔をしたイルカに、カカシは苦笑いした。
「あ、…イルカ先生が冷たくなっちゃうでしょ?」
そう言うカカシの白い肌は、薄っすら赤みを増している。酒のせいか寒さのせいか。それは分からなかった。
「中に入ってください」
また振り払われるかもしれない。でもイルカはカカシの腕を掴み、支えながら玄関の中に入れて扉を締める。
スルリとイルカの腕から抜け出したカカシは、壁に身体を預けるように寄りかかったが、背中からずりずりと下がり、床に腰を下ろした。家に上がろうにもカカシが塞いで跨ぐわけにもいかない。
イルカは困り果てた顔をして座り込んでいるカカシを見下ろした。
「カカシ先生、入ってください」
言えばカカシは首を横に振った。
「いや、そう言うわけには行きません」
先ほどより酔いが覚めたのか。しっかりとした口調は意思をちゃんと持っているようにみえる。
「でも、ここも寒いし。コタツ、コタツに入りましょう?」
早く冷えてきた身体をコタツで暖めたい。イルカは促すが、カカシはまた首を横に振る。
「勝手に、約束もしてないのに、…入れません」
「いや、でもですね」
約束をしていないからと言っても、もうここまできて、玄関まで入っているのだ。この部屋の住人である自分がいいと言っているのに。
カカシの頑な態度に困った。こんなに頑ななのは酔っているからだろうか。
「話を…したかっただけなんです」
カカシは視線を落としたまま、口布を人差し指で外しながら言った。近くにいるからか、また日本酒の香りが漂う。
「分かりました。話を聞きます。でも本当に入ってください。じゃなきゃ俺、湯冷めしちゃいますから」
その言葉に漸くカカシが視線を上げ、目を合わせた。
少し間が入ったがそこから視線を部屋の中へ向けた。すぐ先にあるコタツとその上にある土鍋と缶ビールが目に入ったのだろう。
くっと眉根を寄せ、
「すみません」
謝られ、またイルカは慌てた。しゃがみ込み、カカシの肩に手を置く。
「いや、気にしてないですから!俺は、」
「ねえ先生」
話しているイルカの言葉に被せるように名前を呼んだ。
今まで呼んだ事がない言い方だった。優しい口調に変わりはないが、すごく重い、真面目な。いつもカカシと話すときはここまで近くで話した事がないからだろうか。目前にあるカカシはその青い目を細め、苦しそうにした。
「俺はあなたが好きだ」
息を呑んだまま唖然となる。頭を殴られたかのような衝撃と共に、心の内側に大きな波が立った。
「あなたが結婚するって分かってやっとわかった」
先生。好きだ。
吐き出すようにカカシは言葉を続けた。
だって。カカシ先生。あんた喜んだじゃないか。
惚けたままの頭で思う。
そうだ、嬉しそうに「おめでとう」って。言っただろ。
綱手からいい加減身を固めろと言われるままに見合いをして、結婚を決めたのは10日前。あの時カカシは笑って祝福してくれた。
だから、これで正しかったって思った。
自分の中で燻っていた思いは、気のせいだったって、そう結論付けた。
あのマフラーはきっと結婚のお祝なんだって。カカシは何も言わなかったけど、そうなんだって。
「……ふざけるなよ」
イルカは言葉を身体から絞り出した。
「好きだ」
「何でだよ」
「好きだ」
「何で…」
胸が痛くてつられるように顔を歪ませる。頭を抱え込んだ。
何でもっと早く言ってくれなかったんだ。
イルカの目から涙が溢れる。
「好きだ」
涙を流すイルカの前で、カカシはただひたすら同じ言葉を繰り返した。
<終>
スポンサードリンク