本当本気

アスマは上機嫌だった。
鼻歌を歌いながら歩いているその背中のリュックには一升瓶。しかも自分の好きな焼酎。中々手に入らない銘柄だ。早速今日開けようか、それとも後日仲間を呼んで飲もうか。
見た目こそ大柄で大酒呑みのイメージを持たれる事が多いが、本当はそこまで酒は強くはない。だから、呑みに行くのもつき合いが深い仲間とだけに限られる。
浮かんだのはカカシだった。
知り合った当初は無愛想で生意気な奴だと感じた。色白で女みたいでいけ好かない、とも思っていた。
暗部上がりの陰気な奴だとばかり思っていたが、実際話してみると違った。仲間想いで意外に話しが合う。気が付けば上忍仲間でよく杯を交わす仲になっていた。
カカシは任務だろうか。まあ今日いなくとも顔を合わす機会の時誘えばいいだけの話だ。
アスマは廊下を歩いて報告を済ませるべく受付へ向かった。

「お疲れさまです」
「よお」
挨拶を返して報告書を出す。
「ご苦労様でした。確認しますのでお待ちください」
丁寧に頭を下げた後、すぐに確認作業に入ったイルカを見つめ、ふと口を開こうとした時、イルカがペンを止め顔を上げる。
「あのよ、」
「あの、」
重なった声にイルカは目を丸くする。申し訳なさそうに苦笑いを浮かべた。
「すみません、なんでしょうか」
「あー、いや。大した事ねえから。お前こそ何だ?」
それでも躊躇うイルカに、いや本当に何でもねえ、と強調すると、ようやく口を開く。
「カカシさんに今日お会いしましたか?」
眉を下げて聞かれ、内心驚く。先述の通り、自分もカカシを探すべくイルカに同じ事を聞こうとしていたからだ。
「いや、見てねえな」
短い答えに、イルカは少し落胆したように視線をアスマからずらした。
「そうですか。それじゃあどこにいるかご存じじゃないですよね」
「ああ、任務じゃねえなら待機所じゃねえのか?」
アスマの答えにイルカは首を横に振った。
「さっき顔出したんですが、いなくて」
「なら・・・・・・悪いな、分からねえ」
「ですよね、すみません」
イルカは笑って鼻頭を掻く。
「何だ、今日約束でもしてたのか?」
そう聞いたのは、少し前からイルカとカカシでよく呑みに行く姿を目にする事が増えたからだった。
元々イルカの事を知っていた自分からすれば、カカシとイルカは水と油のような物を感じたし、なによりあの中忍選抜試験の時は、本当に面倒くさい事になったと思った。
が、お互いに大人と言う事もあってか。会話をする二人の姿は和やかだ。それを見て内心安堵した仲間は、俺だけじゃないはずだ。
イルカの事を先生付けで呼ぶカカシには笑ったが。それはイルカは然程気にしていないらしい。
まあ、仲がいいのはいい事だ。
そんなイルカはアスマの問いにまた首を横に振る。
「いえ、今日は特に」
じゃあ何だろうと思うが、それ以上詮索するつもりもなかった。
報告書の受理が済み、背を向けようとしたアスマにイルカが声をかけた。。
「あ、そうだ。アスマさんもこれ、いかがですか?」
振り返ると、イルカは机の脇に手を伸ばす。そこには不要になった紙で作った入れ物に、飴がたくさん入っていた。
休憩中に受付の人間が食べる為に置いてあるのだろうが。受付に座るのは男だけだ。だからその女子らしい物に違和感を感じていた。
まさか自分に声をかけるとは。
わずかに苦笑いをするアスマに、イルカはその入れ物の中から一つ飴を取る。アスマに差し出した。
が、受け取ってその包みを目にして、スーパーやコンビニで買ってきたような普通の飴ではない事に気が付いた。明らかに贈答用だ。
じゃあ誰かの土産か何かなのか。
素直に訝しむ表情を見せてしまっていたのか、アスマにイルカが小さく笑った。
「それ、ホワイトデーのお返し用で買ってきたのをここに置いてるんです。バレンタインの日にこちらに差し入れしてくださった方が多くて。でも、せっかくなので今日報告された方にもお渡ししてるんです」
白い歯を見せてイルカは笑う。
「甘さ控えめで美味しいので、是非」
笑顔を浮かべるイルカに、アスマはその飴を手の内に入れる。
「そうか、じゃあもらっとくわ」
「はい。お疲れさまでした」
再び頭を下げるイルカに手を挙げ応えた後、アスマは入口へ背を向るき出し、その足を止める。イルカに振り返った。どうしたのかときょとんとしたイルカはアスマを見つめる。
「あー・・・・・・、カカシに会ったら、ここに来るよう伝えるか?」
アスマの言葉にイルカは少しだけ目を丸くした。が、直ぐに微笑む。
「はい、お願いします」
微笑まれ、アスマは了解と片手を上げると受付を出た。

歩きながら掌の中にある飴をポケットの中に入れ、なるほどねえ、とさっきのイルカの説明に合点しながら、ふと足を止めた。
(・・・・・・ホワイトデー?・・・・・・あいつさっきホワイトデーって言ったか?)
イルカの言葉を頭の中で反芻させ、今日が3月14日だった事をそこでようやく思い出す。
(・・・・・・やべぇ)
そう言えば自分もバレンタインにもらっていた。
チョコを。
お返しは三倍返しでよろしくね。なんて脅迫じみた事を妖艶な笑みと共に言っていた紅の台詞も思い出し、軽い頭痛を感じずにはいられない。思わず額に手をやった。
やっべえな。お返しってどうすんだ?
本当にすっかり自分の頭から抜けていた。まあホワイトデー近くになったら考えればいいだろうと思っていて、気が付いたら当日になってしまっている事実。
自分の楽天ぶりに、自分自身で嫌にもなるが、仕方がない。
アスマは商店街に向かって歩き出した。
(チョコにチョコあげてもなあ。痛い突っ込みが待ってるかもしれないし。じゃあ・・・・・・さっきのイルカじゃねえが、飴?それとも饅頭?)
酒の好みは知ってるが、甘い物となると滅法分からない。
知っている甘いものリストを頭の中に浮かべ、
「アスマ」
不意に近くで声をかけられ、思わず、うお、と声が出た。
目を向けぎょっとした。
紅だった。
今このタイミングはちょっと。と顔を青くするアスマに構わず紅が歩み寄る。
「なに?どうしたの?」
「え?は?何が?」
動揺を必死に隠そうとするアスマに紅が眉を寄せた。それだけで凄みがあるように感じるのは気のせいではない。
だが、そこに触れる事なく、
「ねえ、もう待機?」
問われ、ああ、と頷くと紅が安心したように息を吐き出した。
「じゃあちょっとつき合ってよ」
「え、どこに」
聞くと、紅はまた眉を寄せた。
「まあ、・・・・・・適当でいいんだけど。あ、あの茶屋でいいわ」
腕を引っ張られる。
そのままその茶屋で団子とお茶を注文する。
椅子に座って目の前に座っている紅を見つめた。アンコに誘われない限り自分からこの店に立ち寄ろうなんて口にした事がなかったはずだ。
もしかして、さりげなく今日は何の日かをアピールされるのだろうか。紅はと言うと、縦肘をついて窓の外をぼんやりと見つめている。
「そーいやお前も任務だったよな」
聞くと紅が縦肘をついたまま、まあねえ、と返す。
その言い方が少しだけ不機嫌にも感じる。いつも以上に無口なのはそのせいなのか。やはり今日のホワイトデーの事かもしれない、と不安に思いながら紅を見つめた。
「団子。食わねえのか?」
言うと、唐紅色の目だけがアスマに向けられた。
「ああ、アスマが食べていいわよ」
「は?俺、」
「だってあまり団子はあまり好きじゃないから」
「なっ、」
俺だってそんな好きじゃねえよ。てゆーか、だったら頼むなよ。
つい口から衝いて出そうになった言葉を、アスマは慌てて飲み込む。くだらない言い争いは今は避けたい。
(・・・・・・っとに、めんどくせえ)
うんざりとしたまま心で呟き、ため息を密かに吐き出す。団子を手に取るとアスマは口にした。
それはつまり和菓子はホワイトデーにNGと言う事なのか、などと団子を頬張りながらぼんやり思った。

茶屋から外に出てのんびりと二人で商店街を歩く。待機所に戻るか?と聞いても相変わらずその気はないのか、曖昧な返事をアスマに返すだけ。
まあ、機嫌が悪くないならいい、とアスマは紅に歩調を合わせながらゆっくりと歩く。
そう言えばこうして昼間、こうして二人で歩くのは久しぶりかもしれない。
こんなのも悪くないとなあ、と思いながら。アスマは顔を空へ向けた。桜も散り、青い若葉が茂る木々の間から青い空が広がっている。と、ぐいと手を掴まれ、アスマは目を丸くした。
「あ?おい、」
どうした、と聞く間もなく紅はアスマの手を取りぐいぐいと引っ張るように歩き始める。
商店街から抜け、細い道へ紅は入っていく。
「おい、何処行くんだよ」
そこでようやく紅がアスマへ顔を向けた。
「あ、うん。ほらクナイ、欲しいのがあって」
「ああ」
アスマは納得した。この先には紅や自分も馴染みにしている忍具店があった。
暖簾すらかかっていない店らしくない店だが、腕がいいと上忍仲間でも評判の店だ。
その店の扉を開け、店の中に入る。そこからアスマは広くはない店内をぶらぶらと歩いた。紅は、さっき口にした通り並べられているクナイを見つめている。アスマはそれを確認すると、忍術書や巻物も取り扱っているコーナーで何となく足を止める。時間潰しにと、巻物を一つ手に取った。
確かに、紅はこの前クナイを新調するか、研き直す必要があるとか、そんな事を言っていた気がする。
どんなに大切にして自分で手入れをしていようが、欠けてしまったら使い物にならないのが事実だ。
消耗品であることには変わりない。
(まあ、この店のは永く使えているほうだから、・・・・・・)
そこまで思ってアスマははっとする。
そうだ、クナイをプレゼントホワイトデーのお返しにすればいいじゃないか。
我ながら名案だと思わずそれが顔に出そうになった。
紅がいた方へと目を向けると、そこにあった紅の姿がない。
あれ、と足を向けた時、
「ねえ」
後ろで声をかけられ、
「うおっ」
また変な声が出た。同時に大きな身体が揺れる。そこから後ろへ振り返ると、紅が少し不思議そうな顔を向けていた。
「何、うおって」
呆れ声で言われ、アスマはむっとした。気配がなかったからだなんて言えるわけがない。
「何でもねえ。あ、それよりクナイなんだけどよ、」
「ああ、もういいわ」
「・・・・・・え?」
折角の良い案だと思っていたのに、その切り替えの早さにぽかんとするも、紅の口調からはもう買う気はないらしい。
もう少し考えればいいじゃないかと思うが、こうなったら、自分の知る限り紅は絶対に買わない。イコール自分の案にも乗ってこない。
思わずため息が出そうになった。
それを証拠に、紅はもう背を向け店の外へ出るべく歩き始めている。
仕方なくアスマはそれに従うように、持っていた巻物を戻すと紅の後を追った。



「で、何でここなんだよ」
少しむくれたように言ったアスマに、紅はビールを呑みながらアスマを見た。
ジョッキから口を離す。
「別に。たまにはいいでしょ」
「・・・・・・まあなあ」
ほら、ここからまだ散ってない桜も見えるし。
取って付けたような台詞にアスマは小さく息を吐き出した。まだ明るい店内からは外の桜が良く見えるのは確かだ。
定食屋で夜は居酒屋を経営している店に二人はいた。17時から暖簾が出る事を知っていたのか、紅に今度は呑みに行こうと誘われた。よく二人で呑みにはくるが、こんな時間から誘うのは珍しいと言えば珍しい。
花見をしたかったのだろうか。
それに、焼酎が苦手なのは知っていた。どうせなら今日もらった焼酎を呑みたかったとそれが恨めしくもなるが、仕方ない。
足下に置いたリュックから顔を出す一升瓶を見つめながら、アスマもビールジョッキを傾けた。

1時間経っただろうか。
店内に客が入り始め、店内が騒がしくなる中、アスマは注文した串カツを頬張った。
揚げたては特に旨いし、ここの特性のソースがよく絡む。
「なあ、このマグロも頼んでいいか?」
串カツのメニューを指さしながら紅を見ると、酒のせいか少し頬を赤くさせた紅が、え?と顔を上げ聞き返す。
自分でこの店を選んだくせに、なかなか料理に手をつけずに、豆腐とか煮物とか、お通しの枝豆とか。そんなものを紅はつまんでいた。
「揚げたて食わねえのか?」
串カツを指すとその皿へ目を落とすが、首を横に振った。
「いいわよ。いらない」
「お前これ好きだったよな」
「ダイエットよ」
らしからぬ台詞に吹き出しそうになるが、いやいや、ここで笑っちゃいけない、となんとか堪える。咳払いをして誤魔化すと、アスマはビールを流し込んだ。
「じゃあ俺だでけ食うから、後は、ビールのお変わりでも頼むか?それか別の酒でも、」
紅に話しかけながら広げたメニューにふと影が出来る。顔を上げ、少し驚いた。
イルカが立っていた。
別に悪い事をしているわけではないが、こんな早くから酒を飲んでいる事に、何故かイルカに対して気まずさを覚えた。
「・・・・・・よお」
そんな言葉をかけていた。
だが、イルカはじっとこっちを見ている。と、ふとその表情が和らぐ。にこっと微笑んだ。
「今日一日中探したんですが、こんなところにいたんですね」
何の事だと眉を顰めたアスマに、イルカは続ける。
「2月14日にあなたからチョコもらった時、言いましたよね、俺。ホワイトデーにきちんと返事をさせてくださいって。なのに、なんで逃げる必要あるんですか?」
ふっとイルカが小さく笑う。少しその目は悲しそうな色も含んでいる。
が、いやいやそんな事よりちょっと待て。
チョコって?
俺?いや、俺がイルカに渡した覚えは一切ない。
今日飴はもらったが。
じゃあ紅が?
「それと、この姿でアスマさんといたら俺を誤魔化せるとでも思ったんですか?カカシさん」
イルカの手が伸び紅の額に触れた。途端白煙が上がる。
アスマは思わず息をのんだ。
目の前にいた紅が、カカシの姿に変わっていた。いや、元に戻った、と言うべきか。
カカシはあまり見たことのない、気まずそうな表情を浮かべていた。
「返事、聞いてくれますよね。カカシさん」
はっきりと伝えたイルカに、カカシはおずおずと顔を上げた。頬はほのかに赤みを帯び、不安と期待が入り混じり、緊迫した表情。
「イルカ先生・・・・・・俺まだ気持ちの準備が」
それを聞いたイルカは、ふう、と息を吐き出した。
「ほら、行きますよ」
だから、とまだ言い淀むカカシの手を引き立ち上がらせる。そのままイルカはカカシの手を引き店の外へ出るべく歩き出した。
そのイルカが、ふと足を止める。アスマへ振り返った。
「アスマさん、急にすみませんでした。紅上忍は先程任務から帰還されたので、ここにアスマさんがいるって後で伝えておきますから」
そう言われ頭を下げられ、アスマはぽかんとしたまま、ああ、と返事をする。

二人が出て行った後、一人になったアスマはこの状況をどう把握すべきなのか、考えようも中々答えは出ない。
自分でも見抜けなかったカカシの変化をいとも簡単に見抜いたイルカや、一日中いたのが紅ではなくカカシだった事実と。
ーーあの二人の関係。
仲良く酒を飲む二人に、お前ら夫婦みたいだな、と酒が入った流れでからかったりした事を思い出す。その時カカシもイルカも、笑って酒を飲むだけだったが。
混乱する頭を抑えるようにアスマは取りあえず、と煙草に火を付けゆっくりとふかす。
頭を掻き、
「・・・・・・まあ、いいか・・・・・・」
アスマは二人が消えた入り口を見つめながら、ため息混じりにそう呟くしかなかった。


カカシとイルカが付き合い始めたと聞き、仲睦まじく歩く姿を見て、あの二人が本当に本気だったんだと気がついたのは、その数日後の事だった。


<終>
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