塞ぐ

昼休みの時間で自分一人で受付に座っていた時に、カカシがふらりと現れた。
ナルトが、しばらくカカシ先生忙しいって他の班と組まされてさ、とぼやいていたから。数日姿を見なかったから。
カカシはランクの高い任務に就いているのだと、そう理解していたが、実際そうだったらしい。
昼近い時間だが、眠そうな顔でカカシは受付に入ってきた。
「お疲れさまです」
頭を下げるイルカに、カカシはニコと微笑む。
「うん、なんか疲れちゃってまだ眠いんだよね」
そんな事を漏らし、カカシはイルカの前まで来る。
「アイツらはどう?今日までアスマにお願いしてたけどさ」
すぐに部下の事を口にしたカカシに、なんだかんだ言いながらも、上忍師として台詞は、イルカを嬉しくさせた。
数日間の任務報告書と、今日のスケジュールを渡すと、カカシはそれを受け取って、目を落とした。
「へー、湖で落とし物の捜索」
「ええ、合同なので人数があったんですが意外に大変だったみたいです」
夕方みんなずぶ濡れでここに来て、とイルカが口にしたら、視線を報告書からイルカに移し、青い目を細めた。
「目に浮かぶ」
さりげない仕草なだけなのに。流し目のような視線はイルカの心臓をせわしなく動かすのに十分で。恥ずかしくてイルカは誤魔化すように微笑んだ。
「でもこれって術とチャクラを併用するから、いい経験になったんじゃない」
カカシの独り言のような台詞にイルカも頷いた。
「そうなんです。アスマさんも同じ事を仰っていました」
「ああ、アスマも」
カカシは小さく笑って、一通り目を通した報告書をイルカに戻す。
「ありがとね」
「はい。カカシさんは今日は、」
「うん、待機」
そう言ってカカシは背を向け、それを見送るように見つめていると、ぴたと足を止めた。
なんだろう、と、思えば。カカシはポケットに入れていた手を出して銀色の頭を掻きながら、イルカに振り返った。
「今回の任務でいい酒が手に入ったんですよ」
同行した大名からもらったんですけどね、結構手に入りにくいヤツみたいで。だからさ。よかったら今日、どう?
誘いの言葉は素直にイルカを嬉しくさせた。
ここ1ヶ月近く、お互い忙しかったせいもあって飯や酒の誘いもなくすごしていたから。カカシは特に最近まで任務で里を出ることが多かった。
それを分かっていたから、嬉しいが躊躇いもイルカに浮かぶ。
「でも、カカシさんお疲れじゃ、」
「ああ、昨日終わって丸一日寝たから、全然大丈夫」
そうだったのか。イルカは休養が取れていることに安堵し、自分のスケジュールを頭に浮かべる。
今日は受付で早番でも遅番でもない。定時に終わる。明日からはアカデミーの授業も組み込んであるから、定時で帰れる事はあまりない。
そう考えると、行けるのは今日しかないか。
頭でそんな事を考えて。カカシもそう言っているし、と、イルカは頷いた。
「決まりだね。じゃあ今日は俺の家で飲もうよ」
「あ、はい。...いいんですか?」
「イルカ先生がよければ」
カカシはそう言って眉を下げるから、イルカはそれ以上断る理由がないと、微笑んだ。
「じゃあお邪魔します」
その言葉に、カカシはまた頭を掻いて自分と同じように微笑み、
「夕方建物の外で待ってますね」
そう言うと、受付を出て行く。


自分の家には、しょっちゅう介抱される度にカカシに入ってもらったりしたが。
今度はカカシの家。
ああ、距離が近くなったのだと、イルカはそう思って頬を緩ませた。
たまたまナルトの元担任だったから。受付にもよく座っていて、話も合うから。
色んな憶測がイルカの頭に浮かんではいた。どれもしっくりくる内容だ。
だから、それ以上は求めてはいけない。
今のこの距離感を、楽しむだけでいい。
相手はあの、カカシなのだ。
女性からよく声をかけられているのも知っている。顔がほとんど隠れていようが。彼女達は分かっている。その審美眼に関心もするが、自分だって分かったくらいだ。そして、実際本当に綺麗な顔立ちで。
夕飯に誘われて、初めて素顔を見た時に惚けた顔を隠すのに苦労したのを、今でも覚えている。
飽きもせず、自分を誘ってくれているのは、ある意味先述した通り、特権でしかないのだ。
きっと彼女が今いないだけで。出来たらきっとこんな誘い誘われもなくなって。
でも、それでいい。

折角だから何か作りますね、とカカシが商店街で買い物をして、一緒に並んでカカシと歩く。
それが今までにないくらい気持ちが高揚していた。
勘違いしてはいけないと、自分に言い聞かせてはいるものの、こんなシチュエーション、嬉しくないはずがない。
(だってこれって。丸で恋人...、)
と、そこまで思って、イルカは違う、と心で思い留めた。
この前のあれ。
酔って、”俺のイルカ”発言は忘れようとしているのに。都合良くまた浮上してきてしまっている。
あれは酔ったカカシの何でもない発言。
(そうそう、カカシさんは何も覚えてもいないって言ってたし)
だから。期待したら、負けだ。
カカシの隣で心で念じながら、歩いた。


酒は本当に旨かった。
とろりとした甘さに喉越しもよく、香りもいい。
カカシの作ったつまみも簡単に作っているようだけど、美味しくて。
餃子が出てきた時には驚いた。
「ああ、これはね。冷凍。少し前に多めに作って冷凍しておいたやつ」
さらりと言うが、イルカはあまり作った事がない。餃子はよく行くラーメン屋で食べる程度で、作るなんて考えた事もなかったくらだ。
「家で作ると野菜の量も調節出来て摂取量が増えるから」
またしてもさらりと言われる言葉はその通りで。頭が上がらなくなる。そんなイルカに気が付いたのか、カカシはニコと微笑んだ。
「ま、味噌汁とかサラダでも十分なんだけどね」
先生は味噌汁作るって前言ってたでしょ?
「え?」
そんな事言った事あったか。と、聞き返すと、カカシは嬉しそうに微笑みながら、グラスを口にする。
「って、ナルトから聞いたから」
カカシの台詞に納得する。ああ、と、相づちを打ちながらイルカは鼻頭を掻いた。
「いや、俺が作れるのってその程度ですから。反面教師になりがちなんで、」
カカシはそれを聞いて首を振った。
「アイツもそれに倣って作ってるんだよ?反面教師だなんて。イルカ先生はね、十分いい先生」
分かった?
真っ直ぐ目を見て言われて、嬉しさが一気にこみ上げる。
里の誉れとまで言われている忍びにそんな事言われるなんて。
それ以上に、カカシ自身ににそう認めてもらえるのは、やっぱり嬉しい。
「ありがとうございます」
素直にそう答えてみたものの、恥ずかしい。
取り分けられた海草サラダを頬張り、ちょっと、トイレに、と、イルカは席を立った。
「あ、付いてるよ」
席に戻って言われたカカシの言葉に、ん?と、首を傾げた。
カカシは指をさしている。
「ワカメがね、そこに」
「えっ」
慌てて手で取ってみるが、違うと言われ。袖で擦ったらカカシが小さく笑った。
「ああ、そっちじゃなくって」
くすくす笑われ、顔が熱くなる。
「ああ、もうっ。だったらカカシさん取ってください」
そんな言葉を選んだのは、弾みもあった。
でも、内心、酔っているから。これぐらい甘えたっていいんじゃないかという、思いももちろんあって。
だって、自分もカカシも酒を飲んでいるのだから。酔った時くらい、そんな気分になりたい。
それぐらいはきっと許される。
いつもは酔っていなかったら。
そこまで馴れ馴れしくなんて出来ない。距離だってこんな近くにいれない。笑って、肩を叩くことだって出来ない。
触れる事も、カカシに触れてもらうことだって出来ない。
だから、いいんだ。
イルカの読み通り、カカシはそんな事をいるイルカに眉を下げた。
「いいよ。取ってあげる」
優しい口調に、イルカはいい気分になり、
「お願いしますっ」
目を閉じてみた。
カカシが動く気配がして、距離が縮まったのが分かる。そこからカカシの指が頬に触れーー。
唇に暖かいものが、触れた。
あれ、と思った時、またむにゅ、と暖かいものが押しつけられ。
瞼を開いた瞬間、カカシの顔が近くにある事に驚いた。
あまりにも近くて、綺麗な青色の目と視線が間近で交わる。
(ーーーえ?)
どんな状況なのか掴めなくて、きょとんとする。
再び、カカシの顔が近づき、唇がまた塞がれ。
そこでようやく気が付いた。カカシにキスをされている事に。
頭が一気に真っ白になる。
何で。何がどうしてそうなったのか。
自分の思考能力の許容範囲を一気に突き抜け、もはや疑問符しか頭に浮かばない。
また唇が離れた時に、イルカは乾いた笑いを出した。
「ど、...どうしたんですか。カカシさん?あ、カカシさんも酔っちゃいました?」
笑って言ってみると、カカシはニコリと微笑む。
「酔う?何の事?俺は酒なんて飲んでませんよ」
「.....え?」
今までここで一升瓶から酒を注いで飲んでいたカカシは、そんな事を言った。
「最近。先生はさ、酔うと俺に甘えてくるでしょ?この前はキスしてって可愛く強請って。でもさ、それって本心だよね」
全身の血が逆上するような気持ちがイルカを包んだ。同時に心臓がどきどきと高鳴り始める。
「...そ、そんな事」
「そんな事、あるよね?酔いのせいにするのなんてさ、もうやめよ?」
カカシは薄っすら微笑みながら、イルカの飲んでいたコップを指さす。
「だってこれ、アルコール入ってないの」
「え、」
「ごめんね、酒もらったのは事実だけど、これは俺が中身を入れ替えた」
だからさ、酔ってるなんて言い訳、やめてよ。
呆然としているイルカに優しく微笑む。
「そんな」
「そんな、なに?俺を責める?前俺に図ったことある先生に言われたくなーい」
カカシはサクラに似せたのだろうか、おどけたような口調で言うが、その内容にイルカの胸がドキと高鳴る。
ーーバレていた。
分かりやすく顔色を変えたイルカに、カカシは嬉しそうに目を細めた。ひどく優しい微笑みなのに、色を含んだ表情に目を離せない。
再び顔をゆっくりと近づける。
「キスして、いいでしょ?」
触れる直前で囁かれ、低く甘い声に、背中から腰がぞくりとした。
「俺はしたい」
ああ、もう無理だ。
これ以上にないシチュエーションだったのに。甘えれるって。酔いを理由にカカシに触れたくて。
でも。酒が入っていない事実は、たぶん、嘘ではない。
自分でも半信半疑なアルコールの強さだった。
それでも、酔ってさえいれば。酔えば、許されると思っていたのに。
それも全部カカシにバレていたなんて。
絶対にこんな事はないと。思っていたのに。
完敗だ。
イルカは白旗をあげた。
「...してくださ、」

小さく呟いたイルカの声は、塞がれた。
カカシの唇で。


<終>