冬の訪れ

「さむっ」
 イルカは玄関から出て開口一番そう口にしながら身体を震わせた。
 朝起きて布団から出た時もそう思ったが、ここ最近気温がぐっと下がり寒さを肌で感じる。でも部屋の中はストーブや炬燵のおかげで快適に過ごせるが外ではそうはいかない。
 紅葉で彩られていた里の景色も徐々に消え、今ではすっかり寒々しい景色が広がっている。イルカは朝早い為か人影少ない道を歩き出した。
 そもそもイルカは冬は嫌いだった。
 誰かに言った事はなかったが、両親を亡くしてから、一年の中で何故か冬の季節になると、疎外感のようなものを強く感じた。一人でいると寒い部屋が余計に寂しく感じて。世界の中で自分だけが独りぼっちなんじゃないかと思えて。夏はどんなに暑くても扇風機だけで過ごせたが、冬は身体を、部屋を暖かくしたくて、炬燵もストーブも買い揃えた。
 大人になってからはそんな気持ちも多少は減ったが、でもやっぱり冬は嫌いだ。
 今日は定時に上がれたら、簡単に作れる鍋でも作ろうかと考えながら角を曲がった時、別の道から歩いてきた人影にイルカは顔を上げた。
「ああ、先生」
 微笑むカカシに、イルカも笑顔を浮かべ頭を下げる。この時間帯に見かけないカカシに、
「今日は早いですね」
 そう声をかければ、任務だから、とカカシは眉を下げる。ナルトからカカシはいつも遅刻するんだと愚痴を聞かされていたのは事実で、
「それはナルト達の、」
 そう言い掛けたイルカに、まあね、と苦笑いと共に返され、丸で自分の意図を読まれているような返事に、イルカも同じように苦笑いを浮かべた。
 並んで歩きながら、こっちから聞いたわけでもないのに、今日はね、と七班の任務の話題を出して話し始めたカカシに、優しいなあ、と素直に感じた。中忍試験の件で話しかけにくい空気を作ってしまった自分に、カカシは普段通り声をかけてきてくれる。
 カカシの横顔へ目を向ければ、夏には暑そうだと思っていたはずの、身につけている口布や手甲が羨ましくも感じる。やはり何も身につけていないよりは暖かいはずだ。自分はいつも支給服のみで、上着もマフラーも付けない。外で身につけるものは極力少なくしたいけど、今年は手袋を買ってもいいのかもしれない。
 顔を上げれば、ぱっとしない、鼠色の雲が視線に入り、この天気じゃ今日も冷え込むなあ、と思えば、それだけで気分が落ち込んだ。本当はポケットに手を突っ込んで歩きたいけど、生徒に駄目だと言っている手前それも出来ない。
 カカシと会話しながら、ぼんやりそんな事を考えていた時、
「どうしたの?」
 その言葉に顔を向けると、カカシがこっちを見ていた。カカシの会話は聞いていたものの、落ち込む気持ちに上の空のような表情を出してしまっていたのか。ただ、カカシには変に誤魔化す気持ちにもなれず、イルカは眉を下げながら口を開いた。
「いや、今日は冷え込むなあって」
 素直に言えば、カカシは、ああ、と頷いた。
「先生寒いの苦手なの?」
 意外だと言わんばかりの台詞に、イルカは苦笑いを浮かべた。基本寒いのは平気だ。冷え性でもないし、裸足にサンダルで外に出たりする。だからなのか、確かに自分はそんなイメージは持たれない。子供たちの前では尚更で、雪が降ろうが、どんなに寒かろうが元気よく子供たちの背中を押す立場だ。イルカはなんて答えようかと相づちを打ちながら、
「苦手と言うか、嫌いなんですよね、俺」
 白状すると、カカシは少し驚くような顔をした。そして、予想通り、意外です、とそんな言葉を返され、カカシの素直な対応に、だろうなあ、と勝手に納得しながら顔を前へ戻した時、
「ね、先生。見て」
 その直後に、何かに気がついたのか、そう言われ、もう一度カカシへ顔を向けた。
 見ているイルカの前で、カカシが、はあ、と口布越しに息を吐き出す。
「ほら、息が白いよ」
 こっちを向くカカシは無邪気な笑顔で。そしてそんな事を言われ、少し拍子抜けした。それはさっきからそうだったはずだが、カカシは今頃気がついたのか。白くなる息もまた寒くなったと実感させるものでしかないのに。嬉しそうに言うカカシの意図が掴めなく、並んで歩きながら、そうですね、と合わすように言えば再び、先生、とカカシが呼ぶ。今度は何だろうとカカシを見ると、手を差し出していた。
 手甲をつけたカカシの左手が、ポケットから出され、こっちに差し出されている。その手をじっと見つめた。もしかしてその手甲でも貸してくれるんだろうか。だとしても図々しく借りる事なんて出来ないが。
 カカシの手を見つめながらそんな事を思っている間に、その差し出したカカシの左手がにゅっと伸ばされる。イルカの右手を掴んだ。
 え、と思った瞬間、その掴んだ手をカカシは自分のポケットに入れる。当然引っ張られ、カカシの方へ身体を引き寄せられる形になり、イルカは驚き目を丸くした。
 え、ちょっと、なに、と戸惑うままに声を出すイルカに、暖かくない?
そう聞かれるも、何がなんだかよく分からない。確かにカカシのポケットに入れられた手は暖かいが。やっぱりこの状況は驚かない他ない。
「いや、でも、」
 これは何の冗談なのか。掴まれた指はカカシの肌を直接感じるし、その体温や、この距離でしか感じる事の出来ない気配に。冗談でもちょっとこれは意味がわからない。声を上擦らせるイルカに、でもさ、とカカシは口を開く。
「元気出たでしょ?」
 カカシの言葉に。え、と聞き返せば、間近でカカシがこっちを向いていた。
 そこで気がつく。
(・・・・・・俺を元気にしたかったのか)
 寒そうに、不満そうに歩く自分に。カカシから見た自分は余程浮かない顔をしていたに違いない。
 そんな俺にちょっとでも元気になって欲しくて。
 カカシのその子供のような発想としかし優しい純粋眼差しに、何とも言えない気持ちになった。
「・・・・・・出ました」
 そう答えれば、カカシは嬉しそうに微笑む。良かった、と口にした。
 寒いのが嫌いなだけで、十分元気ですよ。そう言いたくなるけど。カカシのその満足そうな顔を見たら、それは言えなかった。
 同時に。じわ、と胸が熱くなる。それが顔にも出た気がした。
「でも、カカシさんの方が手が冷たいですよ」
 俺の体温奪う気ですか?
 そんな自分に気がついて欲しくなくて、つい可愛くない言葉が自分からでる。冗談めかして言いながら、手を離しポケットから出すと、はは、とカカシが可笑しそうに笑った。
 その顔を見ただけで、気持ちが、寒くて固まった身体が解れていく気がした。
 気がつかないようにしていたけど。
 いつもそうだ。
 今日のように。
 こんな事、いい大人がする事じゃない。でも、こんな事を自分にしてくるのはカカシだけだ。
 そして、カカシの何でもない優しさに、はっとさせられている。何度も。
 迷惑だとは思わない。むしろ嬉しいと思うけど。それを素直に伝えれないのは、自分が天の邪鬼だからで。
 その笑顔を見つめながら、お礼を言わなきゃ、と自分の中で気持ちを固める。ぎゅっと一回閉じた口を開け、あの、と言い掛けた時、
「あー!先生だー!」
 その声に振り返ると、その声の主のナルトが後ろに立っていた。そして寒い中元気に駆けてきたナルトをイルカは抱き留める。
 朝から元気だね、と呆れ混じりに声をかけるカカシに、ナルトが、当たり前だっての!と今日の任務のやる気を見せるかのように大きな声で答える。はいはい、とカカシは適当にいなすものの、ナルトを見つめる目は優しい。
 その目がふとこっちを向く。
「先生、さっき何か、」
 言われて、イルカは、何でもないです、と笑って首を横に振った。
「今日の任務、頑張ってください」
 せめてこれだけは、と心を込める。
 黒い目を細め、笑顔を浮かべたイルカに、カカシは一瞬、少しだけ驚いたような顔をした後、うん、と口にする。そこから嬉しそうににっこり微笑んだ。

<終>
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