浮遊する
元部下に恋愛相談をされたのは、つい一月前の話。あまりにも手持ちぶさたな内容だけに、カカシはイルカに相談に乗ってもっらた。
情報を漏らさず真摯に受け止め、カカシの気持ちを分かってくれる、そんな相談相手は、カカシは一人しか思いつかなかった。
だから、イルカに真っ先に相談を持ちかけた。
自分はもともとノンケで、数少ない友人もそうだし、イルカもそうだ。
でも、そこでまさか、イルカの口からその部下同士が両思いだった事にカカシは驚かされたが。
いや、自分が過ごしてきた中で幾度となく同性を好きになる人間を見てきたし、この忍び世界では容認されている。
ただ、自分がそうじゃないだけで。
イルカにあの後どうなったのか、聞こうかと思った。どこか道ばたで話す内容じゃないから、また飲みにでも誘ってみようか。
そう思いながらも、誘わずにずるずると日にちが経ってしまったのは。相談を持ちかけたあの日。イルカと別れたあの瞬間の表情が、カカシの脳裏に何故か焼き付いていたからだ。
何度も杯を酌み交わしている仲だけど、あんな顔を見せたのは、初めてだった。だから、余計に不思議でカカシの頭の隅に消えずに残っている。
いや、もしかして今まで自分にあんな表情を見せていたのかもしれない。自分が気が付いていなかっただけーー?
アカデミーへ向けていた足を、カカシは止めていた。
立ち止まって考える。
あの時のイルカの表情は、言葉では上手く言い表せない。ただ、一言で言うなら。
ーー泣くかと思った。
そう、カカシはイルカが泣き出すのかと思ったのだ。
でも、勿論そんな事はなかった。泣きそうな表情に目を奪われたのは一瞬。そこからイルカは、カカシに向けていつもの笑顔を見せると頭を下げ帰って行った。後ろ姿を自然と目で追っていたが、歩き方も、歩幅もいつもと同じだった。
再び改めてあのイルカの顔を思い出しただけで、心に焦りを感じた。何故だか言い訳が頭に浮かぶ。たぶん、イルカにあんな顔をさせたのは、自分だと感じていたから。
(...いや、別にあいつらが間違っていると思ったつもりもなかったし)
心でそう呟いて、
(同性同士に偏見があるわけじゃないし)
そこまで思って、もやもやしたものは、さらに心を不透明にさせ、カカシは深く息を吐き出した。
(やめよ)
後頭部を掻く。
イルカはあの日以降、ごく普通だ。特に自分に対して接し方が変わったと言う事は、見受けられなかった。
だから、今日あたり夕食に誘ってみよう。
カカシは歩幅を大きくしてイルカのいるアカデミーの建物に向かった。
イルカはいつものように快く頷いた。少し残業するので19時くらいなら。そう言われて、カカシは内心ホッとした。イルカの余裕を考え、19時半に約束をすると、カカシは先に居酒屋で待つことにした。
イルカは約束の時間通りに店に顔を出した。
すぐにビールを頼んで、一緒に運ばれてきたお通しに箸を向ける。煮豆と昆布を上手に摘んでイルカは口に入れた。
そのイルカをカカシはじっと見つめる。いつも何気なしにイルカを見ていたが、改めて見ると、イルカの唇は良い形をしている。普通だが、敢えて言うなら、薄い自分の唇と比べると厚みがありぽてっとしている。それに、色づきも赤く健康的だ。注視していた事を隠していなかったから、イルカはカカシの視線に気が付いた。イルカは軽く首を傾ける。
「どうかしました?」
当たり前に言われた台詞に、カカシの視線は自然にイルカの唇から外す形になった。
「ううん、別に」
にこりと微笑んで、イルカに合わせるように冷えたビールを喉に通す。イルカも美味しそうに飲み干してふうと息を吐き出した。泡がついた上唇をぺろりと舐めた。
とん、と心臓が軽く跳ねた。つかえたような息苦しさが何なのか、自分でも分からない。タイミングよく運ばれてきた焼き魚をイルカと一緒に食べ始めた。
今日は鯵なんですね、と箸で身をほぐしながらイルカは食べる。今までここの店で食べた魚の話しをし始めた。
イルカと会話をしながらも、またカカシの目線は唇に移っていた。何度も無意識に見てしまう。
あれ、なんでだ。といい加減自分で不思議に思いながらもまた目線をイルカの唇に移していた。
さっき唇を舐めた時に見えた瞬間を思い出す。のぞかせた赤い舌をはっきりと思い出した。
そう、自分はさっき見せられたあの赤い舌を見たいのだと、気が付いた。
動揺が一気に自分を襲った。
表情を滅多に出さないカカシに、イルカは気が付かない。楽しそうに魚の話をしている。カカシは相づちを打ちながらもまたビールを飲んだ。
これはおかしい。
さすがに内心カカシは焦る。
(違う)
否定の言葉を心で呟いてみる。
そう違う。ただ、イルカの唇は自分好みの形や色をしているだけであってーー。
(あれ、...え?...好み?)
「カカシ先生?」
途中から会話を返していなかった。イルカの問いかけにカカシは我に返る。
「ーーーえ?」
聞き返し顔を上げる。
イルカがカカシを見つめていた。
「もしかして、どこか体調でも悪いんですか?」
心配そうな表情に代わり、イルカが顔をのぞき込む。ふいに近づいたイルカに驚いて、カカシは顎を引いていた。
驚いただけだった。なのに、イルカが一瞬悲しそうな表情を見せた。すぐに眉を下げながら身を引いていく。
それにカカシは胸がちくと痛んだ。
違う、そうじゃなくて、と言おうとしたが、
「すみません。えっと、カカシ先生、何か話があるから誘ってくださったんですよね。なんでしたか?」
微笑んで話を切り替えられ、なにも言えなくなった。
カカシは軽く頷く。
本当は、あの元部下の事を聞きたかったけど、言い出せなくなっていた。また、あんな顔をさせたくない。
カカシは話題を探す。
「えーっと。あ、そう。あのね。この前子猫を預かってね」
先週、何故か紅から頼まれ、何日か猫を預かった事を口にした。もともと猫は自己中心的で扱いにくいから苦手だが、どうしても、と珍しくあの紅が頭を下げてきたので、預かったのだ。
猫と言った途端、ぱっと、イルカの表情が明るくなった。カカシは嬉しくなる。
「今まで飼った事なかったんだけど、何とか懐いてくれたから、良かったよ」
イルカは目を輝かせた。
「俺、猫好きなんですが飼った事なくて。懐くと可愛いでしょうね」
そう、イルカが言うように可愛かった。その猫は人をそこまで警戒していなかっただからだろう、最初こそ警戒心を露わにしたが、2日、3日、と経つうちに、カカシに懐き、帰ってくると、しっぽをぴんと立て、身体を擦り寄せてくるようになった。そしてごろごろと喉を鳴らし、撫でてくれと催促をする。
「喉を撫でるとごろごろ鳴らすの」
「へえ、可愛いですね」
イルカが顔を綻ばせる。カカシはまた嬉しくなる。
「あ、あとね、その猫は喉以外にもあってね」
「身体とかですか?」
「ううん、違う。目の間」
言うと、イルカは不思議そうな顔をした。
「初めて聞きました。目の間。人差し指で掻くようにするとか?」
掻くように人差し指を曲げジェスチャーされ、カカシは首を振った。違うよ、言いながらイルカの手を取り、その手の甲に親指をあてる。
その猫にしてあげた事を再現するように、親指の腹をゆっくりと動かした。
「円を描くように、こう」
分かりやすい説明をして上げたかっただけだった。
イルカの手の甲を親指で何度か擦って、その手から、ふと視線をイルカへ向け、ーー表情に、目が釘付けになった。
困った顔で、耐えるように。イルカはじっと撫でられる手を固まったように見ていた。
「カカシ先生...あの...」
上目遣いで見られて、カカシは慌てて手を離した。
「ごめん、あ、いや。えっと...そう。そんな風に、すると喜んでさ」
困惑したイルカを前にどうしたらいいのか、カカシは思い切り動揺をさらけ出していた。
「あ、はい。そっか。そうやるんですね」
たぶんカカシが動揺しているのに気が付いている。でもイルカはこくこく頷いて、その言葉を拾ってくれた。
「その子猫、俺も見てみたかったです」
「うん、紅に聞いたらいいかも」
ぎこちない会話は最後まで漂ってしまっていた。
今まで生きてきて感じた事のない感情に逆撫でされているようで、全く気持ちが落ち着かない。
「なんかごめんね」
カカシは勘定を済ませて店を出たあと、イルカに謝った。
「え?」
何のことですか、と言いたげな顔で聞き返される。カカシは潔く口にすることを選んだ。不快な思いをさせたことには違いない。
「いやね、さっきの。気持ち悪い思いさせて、ごめんね」
もう一度謝ると、イルカはじっとカカシを見つめた。驚くわけでもなく、ただ、静かにカカシを見て、ふと黒い目を緩ませた。
「カカシ先生を気持ち悪いなんて思った事は一度もないですから」
微笑みそう言った。
「それに、俺は楽しかったです」
おやすみなさい。と、イルカはいつものように頭を下げる。
「うん。じゃあ、またね」
カカシはくるりと背を向けで少し早足でその場を後にした。
しばらく歩いて、両足に力を込めてとん、と飛躍する。
(そっか...気持ち悪くなかったのか...)
(そっか...)
飛ぶタイミングに合わせるように、呟いて。
俺は楽しかったです。そう言ってイルカが見せた満面の笑みを思い出したら、うっかり耳が熱くなった。
木の幹の上で足を止め、欠け始めた月を見上げる。
いつもと同じはずなのに。
何かが違う。
自分の中に見えた変化に、身体が浮遊しているようだ。心も、また。
あの人と、もう何年もずっと一緒にいたのに。
俺ってーー馬鹿だ。
その気持ちは、誤魔化す事は出来ない。カカシは薄く微笑みながら、月夜に飛躍した。
<終>
情報を漏らさず真摯に受け止め、カカシの気持ちを分かってくれる、そんな相談相手は、カカシは一人しか思いつかなかった。
だから、イルカに真っ先に相談を持ちかけた。
自分はもともとノンケで、数少ない友人もそうだし、イルカもそうだ。
でも、そこでまさか、イルカの口からその部下同士が両思いだった事にカカシは驚かされたが。
いや、自分が過ごしてきた中で幾度となく同性を好きになる人間を見てきたし、この忍び世界では容認されている。
ただ、自分がそうじゃないだけで。
イルカにあの後どうなったのか、聞こうかと思った。どこか道ばたで話す内容じゃないから、また飲みにでも誘ってみようか。
そう思いながらも、誘わずにずるずると日にちが経ってしまったのは。相談を持ちかけたあの日。イルカと別れたあの瞬間の表情が、カカシの脳裏に何故か焼き付いていたからだ。
何度も杯を酌み交わしている仲だけど、あんな顔を見せたのは、初めてだった。だから、余計に不思議でカカシの頭の隅に消えずに残っている。
いや、もしかして今まで自分にあんな表情を見せていたのかもしれない。自分が気が付いていなかっただけーー?
アカデミーへ向けていた足を、カカシは止めていた。
立ち止まって考える。
あの時のイルカの表情は、言葉では上手く言い表せない。ただ、一言で言うなら。
ーー泣くかと思った。
そう、カカシはイルカが泣き出すのかと思ったのだ。
でも、勿論そんな事はなかった。泣きそうな表情に目を奪われたのは一瞬。そこからイルカは、カカシに向けていつもの笑顔を見せると頭を下げ帰って行った。後ろ姿を自然と目で追っていたが、歩き方も、歩幅もいつもと同じだった。
再び改めてあのイルカの顔を思い出しただけで、心に焦りを感じた。何故だか言い訳が頭に浮かぶ。たぶん、イルカにあんな顔をさせたのは、自分だと感じていたから。
(...いや、別にあいつらが間違っていると思ったつもりもなかったし)
心でそう呟いて、
(同性同士に偏見があるわけじゃないし)
そこまで思って、もやもやしたものは、さらに心を不透明にさせ、カカシは深く息を吐き出した。
(やめよ)
後頭部を掻く。
イルカはあの日以降、ごく普通だ。特に自分に対して接し方が変わったと言う事は、見受けられなかった。
だから、今日あたり夕食に誘ってみよう。
カカシは歩幅を大きくしてイルカのいるアカデミーの建物に向かった。
イルカはいつものように快く頷いた。少し残業するので19時くらいなら。そう言われて、カカシは内心ホッとした。イルカの余裕を考え、19時半に約束をすると、カカシは先に居酒屋で待つことにした。
イルカは約束の時間通りに店に顔を出した。
すぐにビールを頼んで、一緒に運ばれてきたお通しに箸を向ける。煮豆と昆布を上手に摘んでイルカは口に入れた。
そのイルカをカカシはじっと見つめる。いつも何気なしにイルカを見ていたが、改めて見ると、イルカの唇は良い形をしている。普通だが、敢えて言うなら、薄い自分の唇と比べると厚みがありぽてっとしている。それに、色づきも赤く健康的だ。注視していた事を隠していなかったから、イルカはカカシの視線に気が付いた。イルカは軽く首を傾ける。
「どうかしました?」
当たり前に言われた台詞に、カカシの視線は自然にイルカの唇から外す形になった。
「ううん、別に」
にこりと微笑んで、イルカに合わせるように冷えたビールを喉に通す。イルカも美味しそうに飲み干してふうと息を吐き出した。泡がついた上唇をぺろりと舐めた。
とん、と心臓が軽く跳ねた。つかえたような息苦しさが何なのか、自分でも分からない。タイミングよく運ばれてきた焼き魚をイルカと一緒に食べ始めた。
今日は鯵なんですね、と箸で身をほぐしながらイルカは食べる。今までここの店で食べた魚の話しをし始めた。
イルカと会話をしながらも、またカカシの目線は唇に移っていた。何度も無意識に見てしまう。
あれ、なんでだ。といい加減自分で不思議に思いながらもまた目線をイルカの唇に移していた。
さっき唇を舐めた時に見えた瞬間を思い出す。のぞかせた赤い舌をはっきりと思い出した。
そう、自分はさっき見せられたあの赤い舌を見たいのだと、気が付いた。
動揺が一気に自分を襲った。
表情を滅多に出さないカカシに、イルカは気が付かない。楽しそうに魚の話をしている。カカシは相づちを打ちながらもまたビールを飲んだ。
これはおかしい。
さすがに内心カカシは焦る。
(違う)
否定の言葉を心で呟いてみる。
そう違う。ただ、イルカの唇は自分好みの形や色をしているだけであってーー。
(あれ、...え?...好み?)
「カカシ先生?」
途中から会話を返していなかった。イルカの問いかけにカカシは我に返る。
「ーーーえ?」
聞き返し顔を上げる。
イルカがカカシを見つめていた。
「もしかして、どこか体調でも悪いんですか?」
心配そうな表情に代わり、イルカが顔をのぞき込む。ふいに近づいたイルカに驚いて、カカシは顎を引いていた。
驚いただけだった。なのに、イルカが一瞬悲しそうな表情を見せた。すぐに眉を下げながら身を引いていく。
それにカカシは胸がちくと痛んだ。
違う、そうじゃなくて、と言おうとしたが、
「すみません。えっと、カカシ先生、何か話があるから誘ってくださったんですよね。なんでしたか?」
微笑んで話を切り替えられ、なにも言えなくなった。
カカシは軽く頷く。
本当は、あの元部下の事を聞きたかったけど、言い出せなくなっていた。また、あんな顔をさせたくない。
カカシは話題を探す。
「えーっと。あ、そう。あのね。この前子猫を預かってね」
先週、何故か紅から頼まれ、何日か猫を預かった事を口にした。もともと猫は自己中心的で扱いにくいから苦手だが、どうしても、と珍しくあの紅が頭を下げてきたので、預かったのだ。
猫と言った途端、ぱっと、イルカの表情が明るくなった。カカシは嬉しくなる。
「今まで飼った事なかったんだけど、何とか懐いてくれたから、良かったよ」
イルカは目を輝かせた。
「俺、猫好きなんですが飼った事なくて。懐くと可愛いでしょうね」
そう、イルカが言うように可愛かった。その猫は人をそこまで警戒していなかっただからだろう、最初こそ警戒心を露わにしたが、2日、3日、と経つうちに、カカシに懐き、帰ってくると、しっぽをぴんと立て、身体を擦り寄せてくるようになった。そしてごろごろと喉を鳴らし、撫でてくれと催促をする。
「喉を撫でるとごろごろ鳴らすの」
「へえ、可愛いですね」
イルカが顔を綻ばせる。カカシはまた嬉しくなる。
「あ、あとね、その猫は喉以外にもあってね」
「身体とかですか?」
「ううん、違う。目の間」
言うと、イルカは不思議そうな顔をした。
「初めて聞きました。目の間。人差し指で掻くようにするとか?」
掻くように人差し指を曲げジェスチャーされ、カカシは首を振った。違うよ、言いながらイルカの手を取り、その手の甲に親指をあてる。
その猫にしてあげた事を再現するように、親指の腹をゆっくりと動かした。
「円を描くように、こう」
分かりやすい説明をして上げたかっただけだった。
イルカの手の甲を親指で何度か擦って、その手から、ふと視線をイルカへ向け、ーー表情に、目が釘付けになった。
困った顔で、耐えるように。イルカはじっと撫でられる手を固まったように見ていた。
「カカシ先生...あの...」
上目遣いで見られて、カカシは慌てて手を離した。
「ごめん、あ、いや。えっと...そう。そんな風に、すると喜んでさ」
困惑したイルカを前にどうしたらいいのか、カカシは思い切り動揺をさらけ出していた。
「あ、はい。そっか。そうやるんですね」
たぶんカカシが動揺しているのに気が付いている。でもイルカはこくこく頷いて、その言葉を拾ってくれた。
「その子猫、俺も見てみたかったです」
「うん、紅に聞いたらいいかも」
ぎこちない会話は最後まで漂ってしまっていた。
今まで生きてきて感じた事のない感情に逆撫でされているようで、全く気持ちが落ち着かない。
「なんかごめんね」
カカシは勘定を済ませて店を出たあと、イルカに謝った。
「え?」
何のことですか、と言いたげな顔で聞き返される。カカシは潔く口にすることを選んだ。不快な思いをさせたことには違いない。
「いやね、さっきの。気持ち悪い思いさせて、ごめんね」
もう一度謝ると、イルカはじっとカカシを見つめた。驚くわけでもなく、ただ、静かにカカシを見て、ふと黒い目を緩ませた。
「カカシ先生を気持ち悪いなんて思った事は一度もないですから」
微笑みそう言った。
「それに、俺は楽しかったです」
おやすみなさい。と、イルカはいつものように頭を下げる。
「うん。じゃあ、またね」
カカシはくるりと背を向けで少し早足でその場を後にした。
しばらく歩いて、両足に力を込めてとん、と飛躍する。
(そっか...気持ち悪くなかったのか...)
(そっか...)
飛ぶタイミングに合わせるように、呟いて。
俺は楽しかったです。そう言ってイルカが見せた満面の笑みを思い出したら、うっかり耳が熱くなった。
木の幹の上で足を止め、欠け始めた月を見上げる。
いつもと同じはずなのに。
何かが違う。
自分の中に見えた変化に、身体が浮遊しているようだ。心も、また。
あの人と、もう何年もずっと一緒にいたのに。
俺ってーー馬鹿だ。
その気持ちは、誤魔化す事は出来ない。カカシは薄く微笑みながら、月夜に飛躍した。
<終>
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