行けない理由
「あれ」
台所で大根を切りながら、いつもならここからでも聞こえる音が聞こえず、イルカは包丁を止めた。
仕事から帰ってきて直ぐに風呂を洗い、湯を張るために蛇口を捻ったのは十分くらい前。どぼどぼと湯が溜まっていくその音が聞こえてくるはずのに、蛇口を捻り忘れたかのか。
いや、そんなはずはないと、イルカは包丁をまな板の上に置くと風呂場へ向かった。
「どーしたの?」
風呂場でしゃがみ込んで蛇口を何度も捻ったりしていた時、不意に後ろから声がかかる。いつもの事だが気配がなさ過ぎる事に驚きながらも、イルカはカカシの顔を見て笑顔を浮かべた。
「カカシさん早かったですね」
もしかしたら遅くなるかもしれない、そう言っていたカカシの予定より早い帰宅にそう声をかけたら、うん、と声が返ってきた。
「あいつらが思ったより頑張ってくれたから」
それを聞きながら、そう言えば今日は農作業の手伝いだったか、と思い出し、小さく笑えば、
「だから、これ。お土産」
片手を上げたカカシの手にはビニール袋。大根です、と続けられ、イルカはまた眉を下げた。
「今日大根料理なんですよ」
「え、じゃあ駄目だった?」
カカシの言葉にイルカは首を横に振った。
「いや、有り難いです。どんな料理にも合いますし。明日辺りおでんでも作りますよ」
顔を蛇口に戻しながら言えば、そっか、と安心したように相づちを返しながら、で、どうしたの?とカカシに再び問われ、イルカはそこで諦めて立ち上がった。
「ちょっと風呂の調子が悪くて」
しゃがみこんでいた腰を伸ばすようにして、カカシへ顔を向ける。
ここに入居した当初に調子が悪かった事があったが、それを大家さんへ伝え、直してもらって以来、特に問題はなかったのに。
料理や生活をする上でお湯が出ない事に特に問題はないが。風呂は別だ。自分は兎も角、カカシは任務から帰ってみた身だと言うのに。どうしようかと思うも、答えは一つで。
「カカシさん、今日銭湯行きます?」
聞けば、カカシは少し驚いた顔をした。
自分は銭湯は嫌いじゃない。むしろ好きだ。アパートの風呂と違って広々として思いきっり足を伸ばせて、そして湯加減は最高にいい。
だけど、その顔を見て、銭湯に行けば素顔を晒す事になるんだとそこで気がつく。デリカシーがない言葉だったと謝るイルカに、カカシは首を横に振った。
銭湯が駄目だったら、どうするか、この時間だったら大家さんに言えば直してもらえるか、どうしようかと考えるイルカに、いいよ、とカカシから声がかかる。
「銭湯行こっか」
今度はイルカが少し驚いた。
「でも、」
「別に顔はそのままでもいいし、それか、タオルで隠せるし。あとほら、温泉とか入った事あるから」
そう言われたら、そうなのかもしれないが。
戸惑うも、久しぶりの銭湯が嬉しくないはずがない。それが思わず顔に出そうになり、その緩みそうになる顔を引き締める。
「じゃあ、飯直ぐ作ります」
イルカは急いで台所へ向かった。
「カカシさん一度も銭湯に行った事ないんですか?」
二人で銭湯までの道を歩きながら、聞くとカカシから、まあねえ、と間延びした声が返ってきた。
「前も言ったけど、俺もともと家でもシャワーしか浴びないし、湯船に浸かる習慣がないから」
それは自分の部屋にカカシが来るようになってから。自分が沸かした風呂に入るようになってから。そんな事を言っていた事を思い出し、イルカは、そうですよね、と頷いた。自分は毎日湯船に浸かりたい性分だから、すごく勿体ないなあ、と思った記憶がある。嫌な事があっても風呂に入れば身も心もスッキリした気分になれるし、風呂上りのビールは美味いし。良いことしかない。
だから、こうして一緒に銭湯に行くと行ってくれた事がなにより嬉しい。
そう言えば。
それ以前に、カカシとこんな関係になる前に。ナルトと銭湯に行った事があると、そんな話題になった時、そこまでいつも表情が変わらないが、酷くカカシの反応が素っ気なかった事を思い出した。
ナルトが、イルカ先生は銭湯であーしろこーしろとうるさいんだと、文句を言いながらも、その後飲んだコーヒー牛乳が美味かったと顔を輝かせて言う、それにも、大した反応を示さなかった。
それが何となく心に残っていて、その理由が分かったのはつき合い初めて直ぐ。
ナルトの事もいいけどさ、別の話しようよ。
一緒に飲んだ帰り道。酒がが入ったテンションでナルトの思い出話をしていたら。隣を歩いていたカカシがぼそりと口にした。カカシへ顔を向ければ、はっきりとではないが、面白くない、とそんな顔をしていて。それがナルトに対する嫉妬なんだとそこで初めて分かった。
ナルトは元生徒で、それだけで。嫉妬の対象になんかならないだろうと、そう思いこんでいたのに。
子供っぽいと思うのに、カカシが嫉妬をしていると言うことが信じられなくて。それに、実際つき合ってはいるが、こんな自分でも、カカシにとったら、ちゃんとした恋愛対象なんだと思ったら、妙に胸がざわざわとした。
カカシの方がモテるから、嫉妬するなら自分だと思ってたのに。そんな心配もないくらい、カカシは自分に真っ直ぐだ。
歩きながらそっと覗き見れば、いつものカカシの綺麗な横顔が目に入る。
「銭湯っていつも混んでるの?」
ふとカカシが口を開き、こっちへ目線を向ける。イルカは慌てて視線を逸らしながら、えっと、と思考を切り替えた。
「時間帯にもよりますが、やっぱりみんな自分家の風呂があるんで基本そこまで混んでないですよ。あ、朝はお年寄りの方が結構多いかな」
朝風呂ってやつです。
それも気持ちいいんですよ、とカカシに返しながら。浮かんだのはいつも自分が銭湯に入る光景。
混んではいないが、誰もいない事はない。任務帰りに疲れを取るために足を運ぶ人もいるし、同期や、後輩。生徒とその親御さんにも会った事がある。どんな相手にせよ、色んな人が銭湯を訪れていて。
(・・・・・・あれ)
歩きながらイルカは視線を落とした。
その状況を思い浮かべれば浮かべるほど。何とも思っていなかったのに。
カカシの裸が。その他の人たちの視線に晒されるのかと思ったら。
男同士なのに。
誰もそこまで見ないと分かっているのに。
(嫌だ)
そう思ったら。足が止まっていた。
自分は慣れていて、見られてもなんともないが。自分の部屋で、自分しか見る事がない、あの逞しくて綺麗な身体を見られるなんて。
立ち止まったイルカに、カカシも足を止める。
「イルカ先生?」
不思議そうな顔でこっちを見た。
せっかくカカシさんが一緒に行くと言ってくれたのに。
銭湯大好きで。楽しみなのに。
何て言えばいいのか。今さらこんなことろで言う言葉じゃないかもしれない。
でも。
「・・・・・・カカシさんの裸誰かに見られるの、ちょっと、嫌です」
今さらこんな場所で。嫉妬とも言えない嫉妬を認めるように。
困った顔のまま顔を上げれば。
カカシは少し驚いた顔をした後、笑い出した。
一頻り笑ったカカシは、申し訳なさでいっぱいで、そして何で笑い出すのか、困惑するイルカに、優しい眼差しを向ける。
「じゃあ俺の家行こっか」
嬉しそうにそう口にした。
<終>
台所で大根を切りながら、いつもならここからでも聞こえる音が聞こえず、イルカは包丁を止めた。
仕事から帰ってきて直ぐに風呂を洗い、湯を張るために蛇口を捻ったのは十分くらい前。どぼどぼと湯が溜まっていくその音が聞こえてくるはずのに、蛇口を捻り忘れたかのか。
いや、そんなはずはないと、イルカは包丁をまな板の上に置くと風呂場へ向かった。
「どーしたの?」
風呂場でしゃがみ込んで蛇口を何度も捻ったりしていた時、不意に後ろから声がかかる。いつもの事だが気配がなさ過ぎる事に驚きながらも、イルカはカカシの顔を見て笑顔を浮かべた。
「カカシさん早かったですね」
もしかしたら遅くなるかもしれない、そう言っていたカカシの予定より早い帰宅にそう声をかけたら、うん、と声が返ってきた。
「あいつらが思ったより頑張ってくれたから」
それを聞きながら、そう言えば今日は農作業の手伝いだったか、と思い出し、小さく笑えば、
「だから、これ。お土産」
片手を上げたカカシの手にはビニール袋。大根です、と続けられ、イルカはまた眉を下げた。
「今日大根料理なんですよ」
「え、じゃあ駄目だった?」
カカシの言葉にイルカは首を横に振った。
「いや、有り難いです。どんな料理にも合いますし。明日辺りおでんでも作りますよ」
顔を蛇口に戻しながら言えば、そっか、と安心したように相づちを返しながら、で、どうしたの?とカカシに再び問われ、イルカはそこで諦めて立ち上がった。
「ちょっと風呂の調子が悪くて」
しゃがみこんでいた腰を伸ばすようにして、カカシへ顔を向ける。
ここに入居した当初に調子が悪かった事があったが、それを大家さんへ伝え、直してもらって以来、特に問題はなかったのに。
料理や生活をする上でお湯が出ない事に特に問題はないが。風呂は別だ。自分は兎も角、カカシは任務から帰ってみた身だと言うのに。どうしようかと思うも、答えは一つで。
「カカシさん、今日銭湯行きます?」
聞けば、カカシは少し驚いた顔をした。
自分は銭湯は嫌いじゃない。むしろ好きだ。アパートの風呂と違って広々として思いきっり足を伸ばせて、そして湯加減は最高にいい。
だけど、その顔を見て、銭湯に行けば素顔を晒す事になるんだとそこで気がつく。デリカシーがない言葉だったと謝るイルカに、カカシは首を横に振った。
銭湯が駄目だったら、どうするか、この時間だったら大家さんに言えば直してもらえるか、どうしようかと考えるイルカに、いいよ、とカカシから声がかかる。
「銭湯行こっか」
今度はイルカが少し驚いた。
「でも、」
「別に顔はそのままでもいいし、それか、タオルで隠せるし。あとほら、温泉とか入った事あるから」
そう言われたら、そうなのかもしれないが。
戸惑うも、久しぶりの銭湯が嬉しくないはずがない。それが思わず顔に出そうになり、その緩みそうになる顔を引き締める。
「じゃあ、飯直ぐ作ります」
イルカは急いで台所へ向かった。
「カカシさん一度も銭湯に行った事ないんですか?」
二人で銭湯までの道を歩きながら、聞くとカカシから、まあねえ、と間延びした声が返ってきた。
「前も言ったけど、俺もともと家でもシャワーしか浴びないし、湯船に浸かる習慣がないから」
それは自分の部屋にカカシが来るようになってから。自分が沸かした風呂に入るようになってから。そんな事を言っていた事を思い出し、イルカは、そうですよね、と頷いた。自分は毎日湯船に浸かりたい性分だから、すごく勿体ないなあ、と思った記憶がある。嫌な事があっても風呂に入れば身も心もスッキリした気分になれるし、風呂上りのビールは美味いし。良いことしかない。
だから、こうして一緒に銭湯に行くと行ってくれた事がなにより嬉しい。
そう言えば。
それ以前に、カカシとこんな関係になる前に。ナルトと銭湯に行った事があると、そんな話題になった時、そこまでいつも表情が変わらないが、酷くカカシの反応が素っ気なかった事を思い出した。
ナルトが、イルカ先生は銭湯であーしろこーしろとうるさいんだと、文句を言いながらも、その後飲んだコーヒー牛乳が美味かったと顔を輝かせて言う、それにも、大した反応を示さなかった。
それが何となく心に残っていて、その理由が分かったのはつき合い初めて直ぐ。
ナルトの事もいいけどさ、別の話しようよ。
一緒に飲んだ帰り道。酒がが入ったテンションでナルトの思い出話をしていたら。隣を歩いていたカカシがぼそりと口にした。カカシへ顔を向ければ、はっきりとではないが、面白くない、とそんな顔をしていて。それがナルトに対する嫉妬なんだとそこで初めて分かった。
ナルトは元生徒で、それだけで。嫉妬の対象になんかならないだろうと、そう思いこんでいたのに。
子供っぽいと思うのに、カカシが嫉妬をしていると言うことが信じられなくて。それに、実際つき合ってはいるが、こんな自分でも、カカシにとったら、ちゃんとした恋愛対象なんだと思ったら、妙に胸がざわざわとした。
カカシの方がモテるから、嫉妬するなら自分だと思ってたのに。そんな心配もないくらい、カカシは自分に真っ直ぐだ。
歩きながらそっと覗き見れば、いつものカカシの綺麗な横顔が目に入る。
「銭湯っていつも混んでるの?」
ふとカカシが口を開き、こっちへ目線を向ける。イルカは慌てて視線を逸らしながら、えっと、と思考を切り替えた。
「時間帯にもよりますが、やっぱりみんな自分家の風呂があるんで基本そこまで混んでないですよ。あ、朝はお年寄りの方が結構多いかな」
朝風呂ってやつです。
それも気持ちいいんですよ、とカカシに返しながら。浮かんだのはいつも自分が銭湯に入る光景。
混んではいないが、誰もいない事はない。任務帰りに疲れを取るために足を運ぶ人もいるし、同期や、後輩。生徒とその親御さんにも会った事がある。どんな相手にせよ、色んな人が銭湯を訪れていて。
(・・・・・・あれ)
歩きながらイルカは視線を落とした。
その状況を思い浮かべれば浮かべるほど。何とも思っていなかったのに。
カカシの裸が。その他の人たちの視線に晒されるのかと思ったら。
男同士なのに。
誰もそこまで見ないと分かっているのに。
(嫌だ)
そう思ったら。足が止まっていた。
自分は慣れていて、見られてもなんともないが。自分の部屋で、自分しか見る事がない、あの逞しくて綺麗な身体を見られるなんて。
立ち止まったイルカに、カカシも足を止める。
「イルカ先生?」
不思議そうな顔でこっちを見た。
せっかくカカシさんが一緒に行くと言ってくれたのに。
銭湯大好きで。楽しみなのに。
何て言えばいいのか。今さらこんなことろで言う言葉じゃないかもしれない。
でも。
「・・・・・・カカシさんの裸誰かに見られるの、ちょっと、嫌です」
今さらこんな場所で。嫉妬とも言えない嫉妬を認めるように。
困った顔のまま顔を上げれば。
カカシは少し驚いた顔をした後、笑い出した。
一頻り笑ったカカシは、申し訳なさでいっぱいで、そして何で笑い出すのか、困惑するイルカに、優しい眼差しを向ける。
「じゃあ俺の家行こっか」
嬉しそうにそう口にした。
<終>
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