I LOVE

修行が明けて帰った里は、少しも変わっていなかった。
変わったのは多少伸びた自分の身長や体つき、それは仲間も然り。幼さが抜けたサクラに、本当の女みたいになってきてると言ったら、褒めたはずなのに思い切り尻をけ飛ばされた。その半端ない痛みに、サクラが見た目以上に、忍びとして頑張っている事も知る。
修行は自信にも繋がっていた。
ただそれは単純に自己顕示欲にも繋がるわけで。それを一番に理解してくれるだろう、元担任に会いにいった。
忙しい中ひとしきり話を聞いたイルカは目を細め頭をなでる。
自分の目線が高くなった分、イルカとの距離が短くなったような感覚は、言いようのない幸せな気分になった。
「じゃあさ、先生今日ラーメンでも行こうよ」
自然な流れだったはずなのに。イルカはその言葉に一瞬考えた。そこで返事を待つ俺と目が合う。
イルカはふっと目元を緩め笑った。
「ごめん、ナルト。今日用事あってな」
「.......」
イルカの表情を見て、少し拍子抜けしていた。
だって、謝ってるくせに。申し訳なさそうな表情はそこまでない。見たことないイルカの表情と、わき上がる不思議な感覚。
「ん?」
黙ったナルトに、イルカはどうしたのかと、首を傾げる。
聞こっか。どうしようか。
でも、単純な自分。聞かなきゃ気が済まない。
「もしかしてさ。先生デート?」
口に出した問いに、イルカは目を丸くした。
違うよ、馬鹿。
顔を真っ赤にするイルカを想像していたのに。
黒い目は、また笑った。
「おお、まあな」


ふーん。そうか。そうなんだ。
恥ずかしがらないで肯定したイルカに、心臓が痛いくらいに苦しくなった。
ポケットに手を入れて歩く。
馬鹿みたいに心臓が痛くて。むかむかしている。
相手は誰だよ、と聞いてもよかった。
でも聞けなかったのは、怖かったからだ。
口に出すとも思えない。そう、きっと先生は言わない。笑ってそこは誤魔化すんだろう。
あの綺麗な黒い目で。
相手がカカシだと、言うわけがないのだ。
「ナルト」
夕闇迫る時刻に声をかけてきた仲間に、ナルトは顔を上げた。
「なに?」
返事をするとシカマルは眉を寄せた。
「どうした。お前にしちゃー珍しい顔してるな」
「...腹減ってるからかも」
適当にそう返すと、少しの間をおいて、吹き出された。
なんだよ、と言うも可笑しそうに笑いながら、シカマルはナルトの背中を叩く。
「お前らしいからだよ」
「だからってそんな笑うことないってばよ」
「わりい。...じゃあ、飯行くか?」
ラーメン、だろ?
こんな時、仲間のくったくない表情に救われるのは確かで。それだけで、変わらない仲間がいる事に心が温かくなる。
ナルトは、頬を赤くし口を尖らせながら、頷いた。

ラーメンを食べてシカマルと別れた頃にはすっかり真っ暗になっていた。
こんな暗くちゃ出歩いていたって仕方がない。
またナルトはポケットに手を入れて歩き出して。
少し先にいる後ろ姿に、目を開いた。
舌打ちしたくなった。
やっぱりだ。
イルカの横にいる銀色の髪の上忍。
あんな風に肯定しておいて、こうして二人で出歩いているのは。
暗にそういう関係だと自分に分かって欲しいだからなのだろう。
サクラや他の仲間がそれを受け入れるかもしれない。
でも、俺の気持ちはその他大勢と違うって、イルカは気がついてるはずだ。
イルカの残酷な優しさに、泣きたくなった。

強がってみたって。
結局俺は、何も知らない。
イルカ先生はアカデミーの教師で、自分はその生徒だったけど。
それ以上に、イルカは。大人の男で。
いろんな事があって。
これが怖いって思うのに。
ーーそれでも、知りたいって思うのは、何でだろう。

翌朝。ナルトは鳥を使って手紙を出した。
勝手な言い分を書いて、出したのはイルカ宛て。
里内は狭いから、きっとすぐに届くのだろうが。
青空に鳥が消えても、ナルトは空をじっと眺め、そこから額宛てをしばると部屋を出た。
そのまま向かったのはアカデミー時代によく課外授業で使った演習場。今日は使われていないのか、誰もいない。その横を通って裏手にある開けた場所にある、大きな岩を見つけると、ナルトはその岩に飛躍した。
岩に足を着くと、その場にしゃがみ込む。
顔を上げると澄んだ青い空が一面に広がる。太陽のまぶしさに、目を細めながらも、気持ちのいい風に目を閉じた。
馬鹿な事をしてると思う。
こんな事をしたって困らせるだけだって分かってるのに。
先生って結構大変だな。
卒業した生徒にまだ煩わされるんだ。
俺は将来、先生になるのだけは絶対、やめよう。
「おい!!」
目を閉じたままのナルトに怒号がかかる。
目を開け岩の上から下を見れば、イルカが立っていた。肩で息をしている。
本当は、もっと来るのが遅いのかと思った。いや、来ないとも思った。
それでも、やっぱり、心の片隅には、イルカが駆けつけてくれると思っている自分もいた。
ナルトは、少し怒った顔をしているイルカを見下ろしながら、口の端を上げた。
「一緒に暮らしてくれんの?」

鳥に託した手紙には、こう書いた。
 先生、一緒に暮らそう。
 拾ってもいいやと思ったら、第三演習場の裏にきて。
 駄目ならいいから。
酷い内容だと思う。
自分勝手で相手の事を考えてない最悪な内容。
受け入れないって分かってるけど。
甘えたかった。
気持ちは届くことはないって知ってるけど。
諦めきれなかった。
案の定、困ったような怒ったような顔をしていても、イルカを見たら、ホッとした。
「お前っ、取りあえず降りてこい」
大きな岩の上から動かないナルトに、イルカはまた大きな声を出す。
もうきっと就業時間はとっくに過ぎてしまっている。
手紙を受け取って、そのまま仕事に行くか、やめるか。悩んだのは一瞬だったと分かる。
イルカが右手に手紙を握りしめたままなのだ。
迷わず自分に会いに来た。
それだけでいい知れないむず痒い気持ちが自分を包む。
同時に、情けないくらいに愛情を求めているのだと、認識する。
それがただ単に、カカシへの嫉妬だと分かっていても。
卑怯なやり方だと思う。
ナルトは、イルカに言われた通り岩から飛び降りる。イルカの目の前に着地すると、イルカは黒い瞳にぐっと力を入れたのが分かった。
「降りたってば、先生」
それでもまだイルカは口を開かない。
こんな事をする元生徒に言いたい事は山ほどあるだろう。
それでも、イルカは俺との話の切り口を考えている。
でもイルカは、突き放す事しかしない。出来ない。ーーきっと
「俺は...お前の便利屋か?」
言われた台詞に、ナルトはぐっとイルカを見返した。
「そうだよ」
反抗的な言い方だと思う。
そう思っちゃ悪いのかよ、とそんな顔をすると、イルカはまた何かを言いたそうにしたが。黙った。
沈黙の中、イルカは少し視線を下げて。ため息を吐き出した。まだ右手には手紙を持っている。
目の前の相手を好きで。その気持ちを言った事すらないのに。
自分より、自分以上に愛だの恋いだのには疎いんだと思っていたのに。想う先のイルカは、自分の気持ちを分かってなお、傷つかないよう言葉を選ぼうとしている。
 俺とお前は似てるんだ
以前イルカに言われた言葉が、こんな時に頭に浮かぶ。
イルカが顔を上げた。
「帰るぞ」
「...帰るってどこに」
「お前の家だろ」
「...イヤだってば」
イルカが眉を寄せた。
「イヤって...お前、」
「俺んちなんてないんだってばよっ」
思った以上に大きな声が出ていた。黙ったイルカに唇を噛む。
子供だ。子供以下の言い分。成長したって認めて欲しいくせに。結局自分は何も変わってない。
イルカはまた息を吐き出した。
なぜだか今更ながらに怖くなって、俯いた。が、手を握られ驚き、顔を上げる。
「...行くぞ」
イルカがそのまま手を引いて歩き出した。
自分の手が大きくなったからだろうか。こんな事前にもあったはずなのに、同じようには思えない。
無骨で暖かいイルカの手。
いつだってこの手を求めてしまう。
でも。
分かってる。
カカシもこの手が欲しいんだと言う事を。
涙が浮かんだ。背を向け自分の手を引くイルカに気づかれないよう、瞬きをする。
分かれ道で、自分の家とは違う方向に進んだイルカに、眉を顰めた。
「どこ行くんだってば...」
「俺の家だろ?」
「....え?」
イルカは立ち止まると振り返る。きょとんととしたままのナルトを見た。
「そんなにいたいなら、俺の部屋に住めばいい」
「....なんで?」
聞き返され、イルカは怪訝そうな顔を向けた。
「何がだ?」
「...だって....イルカ先生ん家にはさ...」
あんな手紙を出しておいて、受け入れるなんて思ってもみなかったイルカの言動に、ナルトは困った顔のまま俯いた。
昨日の仲睦まじく歩いている二人の後ろ姿が思い浮かぶ。
言いたい事が、イルカに分かったのだろう。
困った顔をして。でも真っ直ぐナルトを見た。

「あの人には呆れられるかもしれないけどな」

それなのに、俺を受け入れるって言うのかよ。
どっちも選べないって分かっていた。
しばらくの間の後、ナルトの顔がくしゃりと歪んだ。
「ずりー...」
「何でだ」
「ずりーよ。先生はずるいってばよっ」
「だから何で、」
泣き顔を見られたくなくて、そっぽを向く。
「馬鹿やろうっ、ちきしょう。ばーか...なんだよっ、...呆れられるって...ふざけんなよ」
「何言い出してるんだ、お前は、」
「だってそうじゃねーか」
イルカを睨むと、きょとんとした顔をされる。涙目のまま、またイルカを睨んだ。
そんな顔をじっと見ていたイルカが、ふっと笑った。
目を細められ、単純にも、それだけでナルトの頬が赤くなる。
が、その目はすぐに悲しそうな表情を見せた。
「ごめんな」
今まで口にする事のなかった言葉を、イルカは口にした。
「...俺はな、ナルト。もしお前が崖から落っこちて、」
「何の話だよ」
「いいから聞け」
口を尖らせたまま黙ると、またイルカが口を開く。
「もしもだ。お前が落っこちてカカシさんも同じように落ちたとする」
「...うん」
「そしたら俺は間違いなく最初にお前を助ける」
黒い目がしっかりと自分を見つめて、そう言った。
「ナルトを助けた後、カカシさんを助ける。それはこの先ずっと変わらないだろうな」
イルカの愛を一身に受けているのを、改めて思い知らされる。
同時に思うのは。
それでもこの人はカカシを生涯愛し抜くこと。
それを丸で懐かしい話をするかのような言い方をするイルカ。
ぽかんと口を半開きにしたままで聞いていると、まあ、お前が火影になるまで成長したらそんな事はないだろうがな、と情けない笑みを浮かべる。
そしてイルカは恥ずかしそうに鼻頭を掻いて微笑んだ。
それが、俺の片思いが終わった瞬間だった。

<終>



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