一緒に帰ろう

 この時期になると日が落ちるのも遅くなり多少は残業をする職員も多いが、暗くなる時間には皆いなくなる。
 イルカは職員室で積まれた書類に目を通し黙々と仕事をこなしていた。
「お先に失礼します」
 最後の一人が帰り際イルカに向かって挨拶をし、イルカもまた顔を上げ挨拶を返す。パチリと電気が消され、イルカの座っている席だけの明かりが残る。職員を少しだけ見送った後、イルカは息を吐き出しながらまた仕事に戻った。ペンで書き込みを入れながら何ページが読み進め、イルカは顔を上げる。目を閉じた。
 速読するのは昔から得意で、このくらいの量は少し前だったらさほど時間がかからず処理出来ていたが。
 疲れた目を少しだけ休ませる為に、イルカは手を止めマグカップを手に取り、緑茶を飲む。
 主任の立場になってから、通常業務に加え、一般の教員の書類をまとめるのが自分の仕事として増えた。そして月二回の職員会議の議事録を纏めたり書類を作成したり。
 担任を持ち授業と受付を常に掛け持ちしていた頃とは違い、別の仕事に忙殺されている毎日に不満はないが、自分もそれなりの歳になってきているんだなあ、と実感せざるを得ない。イルカは一人小さく微笑んだ。
 そして、背もたれに体重を預けながら壁にかかっている時計に目を向けると、時間は既に九時半を指している。
「十時半か・・・・・・」
 イルカは小さく呟いた。
 今日の夕飯は冷蔵庫に作り置きしてあるもので事足りると、朝カカシに伝えてあるが、ちゃんと食べてくれるだろうか。
 そう思うのは、つい先週もカカシは中の作り置きを全部は食べずに早々に食事を終わらせてしまっていたから。
 食事のバランスは自分以上に気を使う人だったが、火影になってから忙しさにかまけて、とは違うかもしれないが、面倒くさがって省こうとする。それがイルカ自身心配だった。
 普段は自分が先に必ず先に帰っている。カカシはそれほど仕事が多い。だが、今日のように月に二回、アカデミーで会議がある日に限り、カカシより自分が後に帰宅し、お互いの帰りが前後する事になる。
 それ以外は自分がご飯を用意して待っていてあげれるのだが。
(ちゃんと食べてるかな)
 時計を見つめながらぼんやりと考える。
 きちんと夕飯を食べ、風呂に入り、睡眠をとって欲しい。同棲している事を公言していないとは言え、さすがに火影であるカカシの健康管理に気を配るようになった。
 カカシがまだ上忍だった頃は、二人の都合が合えば週に何回も飲みにいったりもした。同棲を始めたのは最近で、それまではお互いの家を行き来して。
 逢瀬するのは楽しいね、とつきあい始めた頃カカシがそう嬉しそうに口にした事を思い出す。ビンゴブックに載り、他国に名を轟かせる忍とは思えないくらいに子供っぽいころがあって、それに素直に惹かれた。
 一緒に住むようになって、必ず帰ってきてくれるのは嬉しい。でもお互いに仕事に忙殺される毎日で、昔とは違う生活に、昔が懐かしく感じるのは事実で。
 イルカはぼんやりと視線を漂わせながら、ぽりぽりと頬を掻き、そこから再び紙面に目を落とす。仕事に戻った。

 アカデミーを出た頃は十一時を過ぎていた。
 会議がある日だけは大体この時間だ。カカシが火影に就任したばかりの頃は毎日のようにカカシが遅かったが、そこまでではない。日付が変わる前までには帰ってこれるようになったから、それは本当に良かった。
(・・・・・・カカシさんは明日は七時には家を出るんだよな)
 頭の中で、カカシのスケジュールを思い出しながら歩く。明日は早く上がれるから商店街で買い物して、今週の作り置きはどんなものにしようか。
 考えながら歩き道の角を曲がって、そこでイルカはふと目線を上げ足を止めていた。
 少し先の道の端に、家にいるはずのカカシが立っていた。
 一瞬見間違えかと思った。じっと見つめる先にいるのは間違えようがない、カカシで。イルカはまじまじと見つめながら、僅かに眉を寄せた。
「・・・・・・どうしたんですか」
 真面目な顔で歩み寄るイルカに、カカシはイルカとは違う、ふわりとした笑顔を向ける。
「ううん、別に」
 そう口にする。表情からも緊急の何かではないとは察するも、やはり浮かぶのは疑問だった。
「じゃあ・・・・・・一体どうしたんですか?」
 真剣な顔をするイルカに、カカシはまたにこりと微笑む。
「うん、あなたを待ってた」
 イルカは瞬きをしていた。
 え、何で?が最初に浮かんだ疑問だった。だって今日は知ってる限りは、いつもよりは早く帰れる業務だったはずだ。だから家に帰って夕飯を食べて、風呂はもう洗ってあるから、湯を沸かしたら入るだけで。布団にだって早く横になれるはずで。
「だって、」
「だってあなたと一緒に帰りたかったから」
 カカシの台詞に、思わず自分の言い掛けていた言葉が止まる。
「こんな時くらいじゃないとあなたと一緒に帰れない」
 目の前にいるのは昔と変わらない、無邪気な顔をするカカシがいて。イルから戸惑いながら視線を下へずらした。
 火影なのに。
 こんな夜道で一人、自分を待っていたなんて。
 一緒に帰りたかったから。
 カカシの台詞がじわじわと自分の胸に広がって、目の奥が熱くなりイルカの眉根が寄る。と、カカシが慌ててイルカをのぞき込んだ。
「あの、ずっとって言ってもそんな待ってないよ?三十分くらいで、」
 おろおろとそう口にするカカシの言葉を聞きながら。イルカは顔を上げた。
 困った顔をさせたのは自分だと分かってはいるが、そんなカカシを見つめ、イルカは苦笑いを浮かべながら眉を下げた。そうでもしないと涙が出てしまいそうで。それを悟られたくなくて。イルカは微笑む。
「困った人ですね」
 責める言葉を口にするも、表情を見てカカシはホッとした顔をした。それでもじっと顔を見つめてくるから、イルカは前を向き歩き出す。
 行きましょう、と声をかけると、カカシもまた一緒に横に並んだ。
 ーーカカシが上忍師だった頃と同じように。
 昔と違い歳も立場も変わったけど。何も変わっていないものがあると、実感する。
「たまにはこういうのもいいでしょ?」
 暢気な台詞に、人の気も知らないで、と反発したくもなったが、イルカはそれを呑み込んだ。そして微笑む。
「そうですね」
 カカシを見つめ、そう口にすると、そんな言葉は予想していなかったのか、カカシは嬉しそうに微笑んだ。そして、カカシもまたイルカを見つめる。指に触れたカカシの手が、イルカの手を握った。
 イルカはそれを受け入れながら、カカシの暖かい温もりを感じながら、一緒に歩く。
「今日は流石に閉まってるから無理だけど、今度はラーメン食べて帰ろう?」
 その台詞にイルカは笑った。お互いにはい、とも、いいえ、とも言えない立場で、返答に困るが、でも今はそれは考えたくなかった。きっとそれはカカシも一緒だ。
でも。
「いいですね、是非」
 ニコリと微笑み承諾をすると、カカシはまた幸せそうに微笑んだ。
 

<終>
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