「え、カカシ?」
聞こえているのに、紅は聞き返していた。
中忍のくノ一に頷かれ、内心渋面を作る。
階級は違うが、昔からの馴染みであるくノ一に嫌な顔は出来なかった。
傷つけたくない。そう思うからこそ、紅はもう一度注意深く口を開く。
「......本当にカカシ?」
「そう言ったじゃない」
「うん......そうだけど」
けど何?と聞かれて紅は笑って首を横に振った。
こんな事はこれで何回目になるだろう。
うんざりした気持ちが紅を支配する。
目の前にいるのは、カカシに惚れたくノ一。もとい、友人であるくノ一が少し浮かれた顔をしているのはーー恋をしているからに他ならないが。
困った顔を必死に出さないよう、紅は相手の顔をじっと見るしかない。
「お願いできる?」
そう言われて、頷かないわけにはいかない。
紅は、ええ勿論、と彼女に告げた。



「......最悪」
「あ?何か言ったか?」
上忍待機室で呟く紅に反応したのは、煙草をふかしているアスマだった。
足を組んだその上に立て肘をついた紅が、横目でアスマを見れば。部屋に置かれている雑誌を広げているアスマののんきそうな姿が映り、紅は嘆息した。
軽々しく誰かに言うほど自分は口が軽くはない。
「別に」
素っ気ない返答に、アスマは微かに眉を寄せるが。それ以上の刺激は控えた方がいいと判断したのか、そうか、と呟くとその顔をを雑誌に戻した。
アスマのさっぱりした対応は自分にぴったりだと、最近感じる。
(......アスマだったらどんなに楽かしらね。って、そうじゃなくって)
当初の問題に紅は頭を切り替える。
友人であるくノ一が、カカシに惚れた。
それは珍しい事でも何でもない。
自分はそうは思ってはいないが、確かにカカシの顔は悪い方ではない。綺麗な顔立ちで、女性受けがいい。
覆面を取ると尚更で。
その時点で胸を射抜かれる女性は少なくはない。忍びであっても。所詮そこは女なのだ。
見た目で恋をする。
自分自身カカシとは不思議な縁で任務も数多く一緒にこなし、共通の友人であるアスマがいるせいもあってか。プライベートでも同じ時間を過ごす事が多かった。
上記で言った通り、自分のタイプではないので最初からアウトゾーンにいるカカシに何かを想った事はなかったし、何より、この男は無頓着でものぐさで、無神経なところがある。思ったよりいい奴だけど。
自分は神経質ではないが、この手の男は一般的にもてない。
そう紅は思っていた。
が、現実は違った。
言い方は悪くなるが、雲霞のごとく寄ってくる女性たち。
正直驚いてはいるが、最近はそれもカカシの魅力だと、割り切れるようになった。
カカシ自身、素人には興味がないと、どんなに綺麗な女性だろうと振り向く事がない。遊郭で、気に入った女を数人囲う程度。
そこは紅は内心感心していた。
友人のプライベートにまで口出すつもりはないが、頻繁にとっかえひっかえされたら、正直うんざりしていただろう。
(どうしよっかな......)
紅は組んだ脚を揺らしながら、考えても仕方がない事を考える。
引き受けたのだから、特に悩む必要はないのだ。
タイミングがいいか悪いか分からないが、そこに扉を開けて入ってきたのはカカシだった。
相変わらず眠そうな目。
紅の対面のソファにどかりと座った。
そこで紅は決意するように、組んでいた脚を解くと、立ち上がる。
カカシを見つめた。
「カカシ、今日の昼休憩の時にちょっとつきあって欲しいんだけど」
「え?何で?」
ぼんやり聞き返される。
「用なら今ここで言えばいいじゃない」
察しない言い方は、簡単に紅を苛立たせた。
それを堪えてカカシを見下ろす。
「......私じゃないのよ。友達に頼まれて言ってるのよ」
「えぇ、面倒くさいなあ」
正直に顔をに出され、それは想定内だが。
ぐっと堪えると、カカシは紅を見つめた。
「何、そんな怒る事?顔すごい怖いよ?」
ストレートな物言いも、カカシらしい。
(本当、カカシのどこがいいんだか)
そんな事を嘆きたくもなってくる。友人だけど。
アスマはそんな2人をじっと見守るように、煙草を吸っていた。


待ち合わせの場所にカカシを連れて行く。
頼まれてそれを受け入れる自分も自分だけど。
色恋の間に挟まれるのは嫌だったし、どんな結果になろうとも、友人の気持ちは大切にしたいし、尊重したい。
 それだったら無駄だから諦めろって言えばいいだろ。
アスマに昔そう言われた事もある。関係ないお前が悩む必要なんてない、とも。
その通りなんだけど。
やっぱり自分で気持ちを伝える前に潰されるのは、自分では納得いかなかった。
当たって砕けろ精神は、恋愛には必要だ。と、思っている。だから、他人任せに手紙やプレゼントを渡しておいて、なんて他力本願的な考えは論外だ。
可能性がゼロであっても。気持ちを伝えて振られたら、それはそれで仕方がないのだと。
そう自分は思っている。
カカシもカカシで、素直?に紅の気持ちを汲んでくれている事には感謝していた。
カカシの立場だったら。ヤだよ。の一言で終わらせたっていいのだ。
それをカカシは言わない。嫌な顔はするが。
「じゃ、よろしくね」
「はーい」
呑気そうな声が返ってくる。
カカシは片手をポケットに入れたまま、くノ一が待っている公園へ入って行った。
そっと様子を伺えば、くノ一は小さな紙袋を手にしている。かわいい清楚なレース柄の袋。淡いピンクのリボン。
中は、彼女だったらきっと手作りのお菓子と言ったところだろうか。
カカシが甘い物が苦手だと、くノ一は知らない。
そんな事まで聞かれていないから、伝えなかったが。
少しかわいそうな気持ちになるが。
それもまた、仕方がない。
影で見守ってる自分に気がつき。
(......なんか、私女子学生みたい)
一人そんな事を思って、紅はため息を吐き出した。
そう思ってるうちに、カカシはくノ一の前まで行き、足を止める。
くノ一が恥ずかしそうに口を開いた。カカシを目の前にして緊張しているのが、紅にも伝わる。
「あの....これ」
頬を赤らめてくノ一は続ける。
「貰ってくれるだけで、いいんです」
手に持った可愛い包みをカカシに差し出す。
カカシは。
じっと差し出されたその包みを眠そうな目で見つめ。
「ああ、うん......貰うだけなら」
ぼさぼさの銀色の頭を掻きながらその包みを受け取る。
「....どーも、ありがとうね」
棒読みのような口調だが、カカシはそう言った。
それに気がついていないのか、くノ一は受け取ってくれた嬉しさに頬を赤くさせカカシを見つめる。
「カカシ上忍、......あの、よかったら、今度一緒に食事でも、」
嬉しそうなくノ一に、あー、と声を出してその台詞を遮る。
「俺貰うだけならって言ったよね?」
期待のこもった目をしたくノ一の笑顔が固まる。唇を一回噛み、そこからおずおずとまた口を開いた。
「特に、意味はないんです。ただ、友達としてでも」
「友達...。友達にはなりたくない、かな」
さらっと、カカシは言った。優しい微笑みを浮かべて。
顔色失くすくノ一に、貰った包みを軽く上げ、
「じゃあ」
と勝手に切り上げ、カカシは歩き出す。
正直、どちらにも声をかけたくなくなっていた。
だけど。強いて言えばーー。


昼休憩の時間が終わり。
紅は上忍待機室に真っ直ぐ向かう。
扉を開け、たぶん顔に出ていたのだろう。紅を見た途端、アスマが煙草に火を付けようとした状態で、うお、と声を出した。
カカシは特に反応を示さずに、自分の愛読書を読んでいる。
「カカシ」
きつい呼び方に、ん?、とカカシは顔を上げた。
「なに」
いつもの返事が返ってくる。
苛立ちを抑えるようにして一回口を閉じ。紅はゆっくり息を吐き出した。
「......あんたにまともな返答を期待はしてなかったけど、あれはないんじゃないの?」
カカシは紅を見上げたまま。紅に言われた言葉を受け止めるように視線を宙に浮かせた。
その視線を紅に戻す。
「何で?本音で接したんだからいいじゃない」
本音。
そうだけど、と心の中で思うが。
「確かに本音で接する事は誠実だと思うわよ。でもちょっとは学習しなさいよ。男なんだから」
カカシはキョトンとした顔をした。
「だって、そうでしょ?デリカシーなさすぎるわよ、あれは。もっと相手の気持ちを汲んだらどうなの」
カカシは黙ったまま。
「聞いてるの?」
「うん」
そう答えたカカシは更にじっと紅の顔を見つめた。
紅は眉を寄せる。
「......なによ」
「紅って、いい奴だよね」
はあ?と聞き返していた。
「何馬鹿な事言ってるのよ、今そんな事言ってるんじゃ、」
「だってそれ、あの友達の為に怒ってるよね。今回だけじゃなくって。友達の為に動いたり、怒ってるじゃない」
「....え?」
そう言われても自分自身、はっきりと分からなかった。
戸惑う紅に、カカシは続ける。
「それに、今のこれも何気に俺への忠告って事でしょ?」
少し目が点になっていた。
そんな風に考えた事もなかったが、的と射ていると分かる。それをはっきりカカシに言われると、何か恥ずかしいし、悔しい。
「優しいよね、紅は」
その言葉に顔が熱くなった。
「でもあーいうのはちょっとしんどいよね。お互いに。紅の気持ちなら手に取るように分かるんだけどねえ」
ずばずばと言い出したカカシに、恥ずかしさが一気に頂点に達する。
分かってない。
女心を全くもって分かっていない。
紅の身体が震える。
真っ赤な顔で口を開いた。
「どこが......どこが分かってるのよ」
「え?違うの」
「...ほっっんと、馬鹿!!」
そう言い切ったところで、アスマの笑い声が待機室に響く。
2人でアスマを見た。
「まあ、そのくらいにしとけって」
「だよねえ」
カカシの台詞にまたアスマは笑う。
「ばーか、俺は2人に言ってんだ」
煙草を指で挟んで口から話すと、苦笑した。
アスマの一言で、紅はまだムっとしたながらも、腕を組んだままソファに座る。
アスマの絶妙なタイミングとアスマなりの場の和ませ方で、少し怒りも収まりつつあるのは事実だった。
カカシだって、悪気がないのは紅だって分かっている。
ただ、悪気はないが、やはりデリカシーに欠ける。
「でもよ」
アスマが煙を吐き出しながら、カカシへ顔を向けた。
「お前って誰かを好きになったりは、しねえのか」
そんな事を聞くのは、3人以外誰もこの部屋にいないからだが。
アスマの不意の質問に、紅は、いるはずないじゃない、と心で呟く。
なのに。
「するよ」
即答だった。
聞いたアスマも、紅も、目を丸くする。
そんな事、聞いた事がない。いや、いるはずがないと聞きもしなかったのだが。
『......え?』
2人で同じ間合いで同じ台詞を言っていた。
「するって、好きなやつがいるって事だよな?誰だよ、それ」
驚きに目を丸くしたままの紅と顔を見合わせながら、アスマはまた質問をする。
たぶんまだアスマも半信半疑だと、そんな口調で。
カカシは。
少し考えるように視線を床に落とした。
そこからゆっくりと、2人に戻す。
「言えない」
『え、何で、』
またアスマと紅の台詞がかぶっていた。
「だって相手に迷惑かけたくないから」
その言葉は、2人を更に驚かせていた。
が、嘘ではないと分かり、からかいや茶化すような言葉は言えず。
ただ、驚き。

その時、外で鳥が鳴いた。
カカシが立ち上がって窓を開け、空を見上げる。
火影の伝令鳥が、上忍待機室がある建物の上を旋回していた。
「行くよ」
カカシが読みかけの本をポーチに閉まって部屋を出て行く。
その猫背の後ろ姿を見ながら、紅はアスマと目を見合わせた。アスマが何が言いたいのか、分かる。きっとアスマも同じように感じているのだろう。
アスマもソファから立ち上がる。
「......行くか」
「あ、うん」
促され、紅も立ち上がった。
アスマと一緒に部屋を出て執務室へ向かった。
まさか。
まさかカカシに好きな人がいたなんて。
しかも私やアスマに言えない相手。
バレたら。知ったら相手に迷惑がかかる。
あのカカシが。人の事を考えるなんて。
アスマと紅は同じ疑問を抱えながら、カカシの後ろ姿をじっと見つめた。

ーー相手は一体どんな人なんだろうか。





「先生」
カカシの声に高い位置で括った黒い髪が動いた。
イルカが顔を上げる。
にっこりと微笑みをカカシに向けた。カカシもつられるように微笑む。
「今日はもう任務は終わられたんですか」
受付の机でイルカが書類をとんとん、と机で揃えながら聞く。
「ええ、もう」
はい、とカカシは報告書をイルカに差し出した。
提出はアスマや紅に任せても良かったのだが。自分から出すと2人に言った。
だって。
この顔が見たいから。
ナルトの上忍師になった時に初めて顔を合わせて。
一目惚れだった。
報告書に目を通すイルカをカカシは見つめる。
きっと。
イルカは自分が想いを寄せてるなんて、思ってもみないだろう。
馴染み深く接してくれるのも、ただ俺がナルトの上忍師だから。
そんな事は分かっている。
俺なんかが好きになっちゃいけない。
ナルトや、サクラやあのサスケ。アカデミーの生徒が皆懐くように。
この人は子供が好きで。
だから、子供がたくさん出来るような家庭を、夢見ているはずだから。
イルカの指をじっと見つめながら思う。
きっとこの人の手は温かいんだろう。
繋いでみたいという欲求を抱えながら、カカシは密かに息を吐き出した。
見えない赤い糸を手繰り寄せるように、カカシはポケットの中の左手をぎゅっと握った時。
イルカが顔を上げた。
黒い目が優しく緩む。
「問題ありません。お疲れ様でした」
「うん」
カカシはそこから言葉を繋ごうと、口を開けるが。
躊躇い。閉じる。
にこっとイルカに向かって微笑んだ。
「じゃあ、また」
「はい」
爽やかな笑顔に送り出され、カカシは受付を後にした。


イルカは銀色の髪を、猫背なカカシの広い背中をじっと見送り。
見えなくなるとまた、ペンを持ち読みかけの書類に目を落とした。
左の手をぎゅっと握る。

また来てくださいね。カカシさん。

心でそう呟き、イルカは口元に嬉しそうな微笑みを浮かべた。






<終>


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