弱点

 西の山が夕日で茜色に染まる頃カカシは里に着き、執務室で報告を済ませるとカカシは商店街へ足を向けた。
 夕暮れが迫る時刻、商店街はたくさんの買い物客が往来している。その中を歩く自分は何故か浮いているように感じるのは。上忍師となってからは昼間子供達と行動を共にする事がほとんどでこの夕日に染まる里を見る機会が多くなったが、昔はほとんど見た記憶がなかったからか。いや、視界に入っていたが、何も見えてなかったのか。
 そんな事を思いながら商店街の買い物客を眺めていたカカシは、ふと目を留めた。少し先の八百屋で並んでいる野菜を見ている男の横顔が、自分の知っている相手に見えたからだ。
 いや、そうじゃない、ーー知っている。
 ポケットに手を入れたまま足を止めたカカシは、人混みの中ひょこりと顔を動かし、もう一度相手を確認した。黒髪の短髪に額当てをしっかりと巻き、そして鼻頭には馴染みの横一線の傷。
 大きな白菜に真剣な眼差しを送っている男が、うみのイルカだと分かった途端、心音が少しだけ早足になった。それは心地の良いリズムで。
 信じられないが、間違いようがない。自分の恋人を見つけたカカシは、そこから真っ直ぐイルカに向かって足を向けた。

「せんせ」
 八百屋の店主と会話をしていたから。その会話が終わるタイミングを見計らって声をかければ、イルカが体を少しだけびくりと揺らした。そしてくるりとこっちに振り返り、カカシだと分かったイルカは目を丸くする。
「カカシさん」
 気恥ずかしそうな顔をするイルカに、カカシはにこりといつものように微笑みかけた時、お待たせ、おつり二百円ね、と店主の声がかかる。イルカは視線を店主に戻し、それを受け取った。
 白菜やネギがが入った袋をイルカの代わりに持ったカカシは、商店街を並んで歩き、しばらくして、あのさ、と言い掛けたカカシと、イルカも同じく、あの、と声を出したのは同時だった。
「髪、切ったんだね」
 そこから直ぐにそう口にしたカカシに、イルカは気まずそうに笑いながら鼻頭を掻いた。
「ちょっと火遁の授業で、焦げたところを切ってもらおうと思ったらこんな感じにされちゃいまして、」
 と、もごもごと口にする内容は何となく想像出来て、そっか、とカカシは返した。
「似合ってるね」
 そう続ければ、かあ、と分かりやすいくらいにイルカの頬が赤く染まった。ありがとうございます、と小さな声が返る。
 健康的な肌に赤く染まった色と、イルカのその刈り上げた短い髪と、恥ずかしさを含む表情が何とも言えなくて。カカシは思わず目を細めた。
 想像もしていなかったイルカの短髪の姿は新鮮でそれでいて愛おしい。ただ、いつもの黒いしっぽがないのは寂しいが。同じように見えるが明らかに違う、うなじから耳にかけてのラインや、丸い頭の形に添った短い髪を見つめた。
 イルカのこの髪型を、当たり前だがさっきの八百屋の店主もそうだが、アカデミーの職員や生徒、自分以外の人間がイルカのこの姿を自分より先に見ていたと思うだけで、
(・・・・・・なんか妬けるよねえ)
 と思った時、
「カカシさん」
 名前を呼ばれカカシは視線をイルカへ向ければ、じっとこっちを見ている。
「あの、・・・・・・あんまり見ないでください」
 恥ずかしそうに言われ、何で?と返せばイルカは更に困った顔をする。
 顔を赤らめたまま、
「だって、カカシさんの目、なんかエロいです」
 イルカの言葉に、今度はカカシが目を見開いた。
 そう言われたら、無意識にそんな目で見ていたのかもしれないけど。夜はソソるんだろうな、とか少しは思ったのは事実だ。でもはっきりとした思考を見せたつもりはなかった。
「でも、俺先生の恋人だし、」
 焦って言い訳混じりの台詞を言えば、冗談です、とイルカは白い歯を見せて笑う。
 その悪戯っぽいイルカの笑顔に、単純にもカカシの胸が高鳴った。
 どうにも、自分はイルカには弱い。それもまた間違いようのない事実だ。それが嬉しい事実だと感じながら、カカシも眉を下げるとまたイルカと一緒に笑った。


<終>
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