karakusa

任務は実に順調だった。
下忍の部下を持つようになってからは、任務も日帰りか、短期間、そして単独任務が主になった。
そして今回は短期で単独任務。里を離れていたのは数日。予定より1日早く終わり、里に帰還している。
森を抜け里に入る。そこでカカシは気持ちを落ち着かせるように、スピードを落とした。浮かれたっているような気持ちの自分がいる事に気が付き、息を短く吐き出した。
少し前に恋人が出来た。
それは、思ってもみなかった出来事だった。
自分は生涯誰ともそんな関係になると思っていなかったし、性欲は正直事足りている。里でも戦場でも相手に出来る女はいくらでもいた。
だから、わざわざ恋人と言う関係は必要ない。と、生涯戦忍である故の切り捨て感が自分の中にはあった。
そんな中で飲み相手としてよく時間を共にしてきたイルカに、告白された。自分に好意を抱いているのは知っていた。自惚れでもなんでもない、経験からくる直感とも言えばいいのか。最初そんな風ではなかったが、少し経ってから、目に色が含まれるようになった。明らかに自分を意識している。それを必死で隠しているのも分かった。たぶんイルカはノーマルだ。だから、気持ちを押しとどめて終わるのだろう。と勝手に思っていたから、告白された時は正直驚いた。
それでも彼を受け入れたのは、自分もイルカをそう言う対象として意識していた他ならない。
女と歩いていて、たまたま会った時のイルカの傷ついた表情に、酷く動揺した事や。
彼の笑顔と、その笑った目の下に出来る笑い皺が誰よりも好意的に感じている事。
気が付けば目で追っている事。
自分からは関係を進めるつもりはなかった。だけど、イルカから求めてきた。断る理由がなかった。

身体の関係を持ったのは、つき合い初めて直ぐ。だが、挿入まではしなかった。お互いに熱を擦り付け、その快楽のまま射精した。それだけなのに、目眩がするくらいに気持ちよかった。それはイルカも一緒だろう。
あの昼間見せている清廉潔白な笑顔しか見せないイルカが、自分の掌の中に猛った熱を吐き出した様と、表情。可愛くて淫らで、言い表せないあの情欲に潤んだ顔が。カカシの目に焼き付いた。
その数日後、その先へ進みたいのは一緒だと、誘ったのは任務から帰った後。だが。断られた。今日は、同僚と飲みに行く約束をしてしまったのだと、言う。実際自分の任務が予定より早く終わった誤算もあるのだろう。カカシはそれを承諾した。
そこから間を置かず短期任務。
(だから気持ちが急くのは仕方ないよね)
脳裏に焼き付けたイルカの表情を思い出しただけで、下半身に集まる熱に、カカシは口布の下で苦笑いを浮かべた。

執務室で報告を済ませて、アカデミーへ向かった。向かう途中で終礼の鐘が聞こえてきていた。イルカは今日は終日授業だから、今自分職員室か教室か。
教室へ足を運んで正解だった。イルカは生徒から集めただろうプリントを教壇で確認している。
イルカ先生、と声をかけられる前に気配を感じ取ったのか、イルカが顔を上げる。カカシに気が付いた。驚いた後に笑顔を見せる。
「カカシさん、任務から帰られたんですね」
お疲れ様です。
(あれ)
はにかむ笑顔を見せるイルカに、一瞬引っかかるものも感じた。ような気がしたが、気のせいか。
「イルカ先生はもう今日は終わり?」
「あ、はい。これで」
イルカはプリントを揃えて腕に抱える。教壇を挟んでカカシはイルカの前に立った。その教壇に両腕を置き、イルカをのぞき込むように見る。
「ねえ、今日...家に行ってもいいですか?」
自分でも甘えた声だと思う。お伺いを立てるなんてしたことないのに、上目遣いでイルカの表情を窺う動作を選んでいた。少しばかり緊張が身体を走る。期待に胸を膨らませている顔をしてしまっているのかもしれない。それに、何で敬語になってしまったのかも、分からない。
イルカとつきあい始めてから、分からない事が多いな。
なんて思いながら、イルカを見つめれば、さっきカカシに気が付いた時に見せた表情を、また、見せた。
それは少し困ったような、顔。
(あれ)
その表情に少しばかり呆気にとられるように、じっと見つめるカカシを前に、イルカは頬を赤く染め、合わせていた視線を外した。
「えっと...今日は...ちょっと」
「ちょっと、なに」
直ぐに問う自分がいた。
あれ、俺たちつき合ってるよね。
恋人同士だよね。
久しぶりの逢瀬じゃないわけ。
その前に、嬉しくないの。
(え、なに、なんなの)
心の内がものすごい早さでぐるんぐるんし始める。今まで経験したことない動揺を認めたくなくて、イルカと目を合わせるように、顔をまたのぞき込んだ。
イルカは、また恥ずかしそうに、でも困ったように目を伏せると、
「今日は...やめときます...」
イルカは書類を抱えて教室の出入口へ歩き始める。
断られた。
目で追いながら、その事実がじわりと身体に浸透する。カカシは思わず後を追った。
「イルカ先生待って」
腕を伸ばしドアを開けようとする直前で、カカシはそれを塞ぐように手で扉を押さえていた。
勢いがつきすぎた。それによってイルカが逃げ場をなくす形になったのは不本意だが、どうしても引き留めたい気持ちが前に出てしまっていた。
「なに、今日は用事とかあるってこと?」
自分を目一杯落ち着かせようと、声を抑えめに出していた。その低い声に、背を向けたままのイルカが、微かに息を詰めたのが分かる。その背中をじっと見つめた。少しの間の後、
「特に...ないです...」
言われ、頭にハテナが浮かぶ。
「じゃあ、なんで?」
そこまで言ってから、前回も断られた事を思い出した。あれは、予定が入ってたからのはずだが、それも断る口実だったのか。考えたくない、嫌な疑念が浮上する。
ノーマルだったイルカが、もしかして前回行為で再認識したのだろうか。いや、あのイルカの熱に浮かされた顔は快楽そのものだった。嫌悪の表情は微塵もなかった。
終わった後に、一人冷静になって考えてみて後悔しているのか。
俺はあんなに気持ちよっかったのに?あれ以上に肌を重ねたいと思っているのに?それは自分だけってこと?
暑くもないのに、身体に汗を掻いてきていた。
「もしかしてさ...俺とするの、嫌?」
イルカには曖昧な問いは意味がないと、カカシははっきりと言葉にした。言いたくもない台詞を吐き出せば、イルカが勢いよくカカシに向き直る。その早さに驚き、カカシは少し仰け反った。
「それはないです!」
染めた頬に潤んだ黒い目で、はっきりと、言い切る。その言葉に、一気に安堵感に覆われながら、
「じゃあ、なに」
聞けば、またイルカは困った表情。そして目をそらす。
いい加減、カカシは眉根を寄せた。
分からない。全くもって分からない。
何がイルカをそうさせているのか。
「言ってよ。怒らないから。ね?」
聞けば、ますますイルカは唇を結んで押し黙る。顔の赤さもさらに増した気もする。
それが何故か分からない。
「今日は...ご飯だけじゃ、だめですか」
懇願するような眼差しを向けられた。
言われ、考える。会っただけで自分はイルカを欲してしまっているのに、ご飯だけだなんて。理由もなしに。
それじゃ、釣った魚に餌をあげないのと同じだと、思わず駄々をこねそうになり、カカシは嘆息をした。納得がどうしても出来ない。
「...先生さ...俺の事...好き?」
不安に出した言葉に、イルカは目を丸くさせた。
「勿論です」
またはっきりと言い切られ、閉口した。
「そ...ならいいよ」
カカシは力ない微笑みを浮かべ、頭を掻く。
こんな事で喧嘩しても意味がない。彼とは長くつき合いたいのが正直な自分の気持ちだ。
「えっと、じゃあ、ご飯はやめて、改めて別の日に会おっか」
「え、」
「ね?」
任務帰りの高ぶりや、男の事情ってのを色々分かって欲しいと、そんな目でカカシは情けない微笑みを返す。
「待ってくださいっ」
背中を見せたカカシ肩にイルカの手がかかった。振り返ると、眉を寄せたままのイルカがいる。そこまで困らせるつもりはなかった。そもそもなんで困っているのか分からない。
そんなイルカを見つめると、イルカは下唇をぐっと噛んだ。厚みのある柔らかい唇を、開く。
「変なんです....」
「....えっと...何が...?」
呟かれた言葉の意味も分からないから、素直に問うしかない。
イルカはぎゅっと目を閉じ口を開けた。
「下着が....変なやつを今日もはいてきちゃって...っ...だからっ、」
真っ赤な顔で、涙目になりながら。イルカは呟いた。
言ってる意味が分からない。
カカシは耳まで赤く染まったイルカを見つめる。
「何言ってるの?イルカ先生。女じゃないんだからさ。それに別に俺は気にしないよ?」
言えば、潤んだ目で睨まれる。
「俺が気にするんですっ」
カカシはますます首を傾げる。
「でもさ、イルカ先生そんな事気にするタイプじゃないでしょ」
「そうですよっ。気にしたことなんて一度だって...っ。でも気にするようになったんですよっ」
激しい温度差に、真っ赤な顔で怒って反論するイルカに、カカシは混乱しながら、イルカを眺めながら。
再び安堵に包まれ、暖かい気持ちに身体の力が抜ける。
とにかく、あれだ。うちの恋人は、可愛い。
お互い恋してるよね、と思い。それも悪くない、と思い直す。
だから、ご飯だけ一緒に行きますよっ。と、そう言って、イルカは逃がさないようカカシの手を握る。
可愛い。
カカシは、うん、と応えてそれに従う。

夕食後、なんだかんだでイルカの部屋に上がり込み、少しだけ草臥れた唐草模様のパンツだったと分かったのは、その日の夜だった。

<終>
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