重なる
「毎度あり!」
お釣りと一緒に買ったものが入れられた袋を手渡され、カカシは、どーも、と返事をするとそれらを受け取り歩き出した。
個人商店は昔からこの商店街にあるものの、そこまで利用しない。誰に何を話しかけられてもどうとも思わないが、やっぱり接客だと分かっていても、気軽に声をかけられることに抵抗を感じる。それでも敢えてここで買い物をしたのは、恋人の為だった。
ここの果物が美味いんですよ。
以前イルカは自分にそう言った。果物だけではない、肉や魚。それに野菜もイルカは商店街で買っていて、一緒に買い物をした時は、足を運ぶ店の店主と親しげに会話をするイルカに、内心感心さえした。自分は元々興味がなかったし、到底出来そうもない。
商店街へ行けば、商店街の人もそうだが、買い物に来ていた生徒やその父兄、卒業生や同僚、色んな人がイルカに声をかけてくる。せっかく同じ時間に帰れて一緒に歩いていても、話どころではなくなる事も多々あって、それが寂しくもあるが、反対に嬉しくも感じた。
先生は人気者だね。商店街を後にして二人で買い物袋を持って歩きながらそう言えば、イルカは、そうですかね、と恥ずかしそうに言うから。そうだよ、と微笑めばイルカは頬を赤らめて嬉しそうに笑った。イルカのその笑顔が無性に愛おしく感じた。
そう、商店街が苦手でも、イルカがその店で買った食材で作るご飯はどれも美味しいし、冬には八百屋で箱ごと買ったみかんをこたつで一緒に食べたが、美味しかった。
なんだかんだで自分もイルカを通してだが、恩恵を受けているのは確かだ。
だからといって八百屋へ行く事に気が進まなかったけど、買った果物をイルカはきっと喜んでくれるだろう。カカシは買い物袋を持ちながら、イルカが待つアパートへ急いで足を向ける。
数日前からイルカは咳が出ていたが、熱が出たのは昨夜からだった。無理して出勤は出来るが、子供達にうつすわけにはいかない。
大したことないですから、出勤を断念したイルカにそう言われた。だが、恋人が風邪を引いているのだから、心配しないわけがない。
普段から風邪をひかないからか、何をすべきか分からないし、料理はめっぽう苦手だが、自分が入院した時に見舞いに来たイルカがリンゴを剥いてくれたのを思い出した。
リンゴを剥き、あとはイルカに粥の作り方を聞きながらそれを作ろうと思った時、
「先生」
そう声をかけられ、カカシは足を止めた。自分を先生と呼ぶ相手はそう多くはない。
振り返ると、予想通り金髪の部下が立っていた。七班の任務が終わり解散をしたのは一時間くらい前だ。ちょうど買い物にきて自分を見かけ声をかけてきたのだろう。カカシは振り返りながら、口を開いた。
「どーしたのよ、お前も買い物?」
そう言えば、ナルトは頷くものの、その顔は少しだけ不満そうで。その意図が分かるから。カカシは内心ため息を吐き出した。
ナルトがイルカが休みだと知ったのは朝、受付で任務を受けた時。だったら見舞いに行くと言い出したナルトたちを止めたのは自分だった。当然、何でだよ、と鼻息荒くそんな言葉が返ってきたが、先述の通り、風邪がうつるのをイルカが懸念していたから。行かせる訳にはいかない。
「その気持ちは分かるけど、任務や鍛錬に集中しなくてどーするの。心配なら俺が見舞いに行くから」
分かった?
その言葉にサクラは大人しく従ったものの、ナルトは当然納得していなかった。ただ、もうアカデミーの生徒ではなく下忍と言えど里の忍だ。それは自分でも分かっているのだろう。俺も行くとは言わなかった。
それでも不満だと、まんま顔に出してしまっているのはまだまだ子供だと、そう思っているカカシを前に、ナルトは顔を向けた。
「先生によろしく伝えてくれってばよ」
納得していないながらも、そう口にしたナルトに、カカシはその顔を見つめる。
「伝えるよ」
短く答えれば、ナルトがまた頷いた。
じゃあ、と背中を見せた時、ナルトに、カカシ先生、と声をかけられ、カカシはまた顔を向ける。
「本当にそれだけなのかよ」
そんな言葉を言われ、一瞬の間の後、カカシは笑った。自分が時々イルカと一緒にラーメンを食べたり、そんな姿をナルトが見ているからか。遊びに行くんだと勘違いしているその思考はやっぱり子供らしい。カカシはナルトへ視線を向ける。
「当たり前でしょ」
そう答えると、ふーん、とナルトが呟く。納得したのか、じゃあ先生また明日な、と言い背を向け、商店街へと走り出した。
その背中を見つめながら。しばらくしてから、歩き出す。息をゆっくりと吐き出した。
何でもないと分かっているのに。
他意はないそのまんまの言葉だと分かっているのに。
あの目を見た時、顔には出なかったものの、どきっとしたのは確かだった。
過去、自分の師だったあのひとの目と重なったのは、間違いないようがない事実で。
悪さなんてしていないのに。
いや、してるのか?
イルカと身体の関係はあるが、それは互いにいい大人で同意の上だし、イルカとの仲を隠してはいるが、それはイルカの立場を考え想うからこそ公言していないわけで。
って、なに言ってんの、俺。
誰に言うわけでもない自分の言い訳に、カカシは歩きながら僅かに眉を寄せる。
目を少しだけ伏せ、そこに浮かんだかつての師に、そして重なるように浮かぶナルトに、カカシは薄く微笑みながら、イルカの元へ足を向けた。
<終>
お釣りと一緒に買ったものが入れられた袋を手渡され、カカシは、どーも、と返事をするとそれらを受け取り歩き出した。
個人商店は昔からこの商店街にあるものの、そこまで利用しない。誰に何を話しかけられてもどうとも思わないが、やっぱり接客だと分かっていても、気軽に声をかけられることに抵抗を感じる。それでも敢えてここで買い物をしたのは、恋人の為だった。
ここの果物が美味いんですよ。
以前イルカは自分にそう言った。果物だけではない、肉や魚。それに野菜もイルカは商店街で買っていて、一緒に買い物をした時は、足を運ぶ店の店主と親しげに会話をするイルカに、内心感心さえした。自分は元々興味がなかったし、到底出来そうもない。
商店街へ行けば、商店街の人もそうだが、買い物に来ていた生徒やその父兄、卒業生や同僚、色んな人がイルカに声をかけてくる。せっかく同じ時間に帰れて一緒に歩いていても、話どころではなくなる事も多々あって、それが寂しくもあるが、反対に嬉しくも感じた。
先生は人気者だね。商店街を後にして二人で買い物袋を持って歩きながらそう言えば、イルカは、そうですかね、と恥ずかしそうに言うから。そうだよ、と微笑めばイルカは頬を赤らめて嬉しそうに笑った。イルカのその笑顔が無性に愛おしく感じた。
そう、商店街が苦手でも、イルカがその店で買った食材で作るご飯はどれも美味しいし、冬には八百屋で箱ごと買ったみかんをこたつで一緒に食べたが、美味しかった。
なんだかんだで自分もイルカを通してだが、恩恵を受けているのは確かだ。
だからといって八百屋へ行く事に気が進まなかったけど、買った果物をイルカはきっと喜んでくれるだろう。カカシは買い物袋を持ちながら、イルカが待つアパートへ急いで足を向ける。
数日前からイルカは咳が出ていたが、熱が出たのは昨夜からだった。無理して出勤は出来るが、子供達にうつすわけにはいかない。
大したことないですから、出勤を断念したイルカにそう言われた。だが、恋人が風邪を引いているのだから、心配しないわけがない。
普段から風邪をひかないからか、何をすべきか分からないし、料理はめっぽう苦手だが、自分が入院した時に見舞いに来たイルカがリンゴを剥いてくれたのを思い出した。
リンゴを剥き、あとはイルカに粥の作り方を聞きながらそれを作ろうと思った時、
「先生」
そう声をかけられ、カカシは足を止めた。自分を先生と呼ぶ相手はそう多くはない。
振り返ると、予想通り金髪の部下が立っていた。七班の任務が終わり解散をしたのは一時間くらい前だ。ちょうど買い物にきて自分を見かけ声をかけてきたのだろう。カカシは振り返りながら、口を開いた。
「どーしたのよ、お前も買い物?」
そう言えば、ナルトは頷くものの、その顔は少しだけ不満そうで。その意図が分かるから。カカシは内心ため息を吐き出した。
ナルトがイルカが休みだと知ったのは朝、受付で任務を受けた時。だったら見舞いに行くと言い出したナルトたちを止めたのは自分だった。当然、何でだよ、と鼻息荒くそんな言葉が返ってきたが、先述の通り、風邪がうつるのをイルカが懸念していたから。行かせる訳にはいかない。
「その気持ちは分かるけど、任務や鍛錬に集中しなくてどーするの。心配なら俺が見舞いに行くから」
分かった?
その言葉にサクラは大人しく従ったものの、ナルトは当然納得していなかった。ただ、もうアカデミーの生徒ではなく下忍と言えど里の忍だ。それは自分でも分かっているのだろう。俺も行くとは言わなかった。
それでも不満だと、まんま顔に出してしまっているのはまだまだ子供だと、そう思っているカカシを前に、ナルトは顔を向けた。
「先生によろしく伝えてくれってばよ」
納得していないながらも、そう口にしたナルトに、カカシはその顔を見つめる。
「伝えるよ」
短く答えれば、ナルトがまた頷いた。
じゃあ、と背中を見せた時、ナルトに、カカシ先生、と声をかけられ、カカシはまた顔を向ける。
「本当にそれだけなのかよ」
そんな言葉を言われ、一瞬の間の後、カカシは笑った。自分が時々イルカと一緒にラーメンを食べたり、そんな姿をナルトが見ているからか。遊びに行くんだと勘違いしているその思考はやっぱり子供らしい。カカシはナルトへ視線を向ける。
「当たり前でしょ」
そう答えると、ふーん、とナルトが呟く。納得したのか、じゃあ先生また明日な、と言い背を向け、商店街へと走り出した。
その背中を見つめながら。しばらくしてから、歩き出す。息をゆっくりと吐き出した。
何でもないと分かっているのに。
他意はないそのまんまの言葉だと分かっているのに。
あの目を見た時、顔には出なかったものの、どきっとしたのは確かだった。
過去、自分の師だったあのひとの目と重なったのは、間違いないようがない事実で。
悪さなんてしていないのに。
いや、してるのか?
イルカと身体の関係はあるが、それは互いにいい大人で同意の上だし、イルカとの仲を隠してはいるが、それはイルカの立場を考え想うからこそ公言していないわけで。
って、なに言ってんの、俺。
誰に言うわけでもない自分の言い訳に、カカシは歩きながら僅かに眉を寄せる。
目を少しだけ伏せ、そこに浮かんだかつての師に、そして重なるように浮かぶナルトに、カカシは薄く微笑みながら、イルカの元へ足を向けた。
<終>
スポンサードリンク