加速する。

「職場で恋愛とか、俺はあり得ない」
そうイルカ先生が口にしたのは知り合って間もない頃。
上忍中忍含む大規模な飲み会も中盤に差し掛かり、幾度となく繰り返した返杯で顔を赤くしたイルカは、顔も赤くなっていた。が、酒が強いのだろう、力強く断言する言い方は、そこまで酔ってはいなかった。
ただ、そんなイルカの台詞を近くでぼんやりと耳にしたカカシは、気持ちが重くなり、思わず視線をテーブルに落とした。
だって、まさか自分の片思いしていた相手から、そんな言葉を聞かされるなんて。
テーブルに落としていた視線を、そこからゆっくりとイルカへ向けた。人の恋愛価値観とやらはこの酒の場では盛り上がるテーマのだろう、その場の近くにいた上忍達が向けるのは、カカシとは違う、面白半分興味半分な視線。
そんな中、贅沢な選択してられるか、と言う同僚に、イルカはグラス片手に、赤い顔のまま片眉を上げた。んな事は分かってる、と口を開く。
「大体、同じ職場だったらなんだかんだでお前らからかうだろ。それに、そこで駄目になったりしたら、お互いに気まずいし」
真面目で真っ直ぐなイルカらしい意見だが、その言葉はカカシに追い打ちをかけた。
お前は女子か、と周りの人間が笑う。それにむっとして唇を尖らせながら、仕事が第一なだけだ、と反論するイルカの言葉にカカシは薄く笑いを浮かべるしかなくて。
内心、あーあ、と呟き嘆息し、あっけなく振られた胸の痛みを隠しながら、酒を飲んだ。

初めてイルカを見かけたのは任務からの帰り道、アカデミーの近くを通った時だった。子供たちに囲まれた男のその笑顔に、単純に惹かれた。
そこから彼と関わりを持ちたくて、自分から話しかけるようになった。いや、努力した。元々人とのコミュニケーションは苦手で、どんな会話をしたらいいのか分からなくて、変な会話だったんだと思う。でも、イルカは困る事も嫌がる事もせず笑顔で接してくれた。
暖かい笑顔を自分に向けてくれた時、好きだなあ、と実感した。それだけで勝手に気持ちが更に舞い上がった。
だから、イルカのきっぱりと断言したその言葉は、カカシの気持ちを簡単に打ち砕いた。
元々告白する度胸も勇気も、なかったけど。こんな形での失恋は予想していなかった。
元々男を好きになるような人間じゃないのも知っていた。きっと彼は、彼自身が言うように、忍ではない女性と恋をし結婚して、子供を持つ。そんな暖かい幸せな家庭を描いているのだろう。
男に興味を持つはずもないし、ましてや自分と一緒になってもそれが彼の考える幸せではないのだ。
でも、ついイルカを見かけると反応してしまう自分がいた。見かけると嬉しいし、声をかけたい。何気ない会話をして、笑顔を見たい。
それだけでいい。


ーーなのに。
失敗したなあ、とカカシは歩きながらため息を吐き出し頭を掻いた。
「よお」
声をかけられる。上忍仲間のアスマがいつものように煙草を咥えて立っていた。落ち込んでいる時にはあまり見たくない顔だと思いながら、カカシ足を止める。
「お前も今日は上がりか」
「まあね」
怠そうな返答にも特に気にする様子もない。今日はどうだった、と同じように部下を持つ者としてのいつもの言葉を投げかける。
いつも通りだとしか言いようのない、まだ成長過程にある部下の話を始めながらも、気持ちは晴れない。
だって、まさかイルカ先生が、あんな近くから声をかけてくるなんて。気を抜いていた自分も自分だけど、正直、本当に驚いた。
イルカから話しかけてくる事はまずなかった。まあ、自分が先に見つけてしまうからだろうけど。
至近距離に映った、イルカの顔が頭から離れなかった。
だって。やっぱりあの人、めちゃくちゃ可愛い。
少し離れた先の人の気配に、ふと顔を上げる。ーーイルカが生徒と話しながら歩いていた。
いつものように、暖かく黒い目が子供たちに向けられている。素直に、羨ましい。好きになっちゃいけないと思っていても、つい目で追ってしまう。
この前は確かに失敗はしたが、驚いて過剰に反応してしまっただけで、まさかあれで先生に自分の気持ちがバレるって事はないし、きっと気が付ていない。
いつものようにしていれば、きっと大丈夫。
と、視線で追っていたイルカが、子供たちと一緒に笑い声を上げた。可笑しそうに黒い目が緩み、その目が、カカシの方へ向けられ、ーーカカシと視線が交わった瞬間、イルカの顔が一気に赤く染まった。
(・・・・・・・・・・・・え・・・・・・?)
想像していなかったイルカの反応に、カカシの目が丸くなる。
そのままふいと顔を逸らしたイルカは子供たちに何かを告げると、背を向け歩き出した。早足で。まるで自分から逃げるように。
背を向けようとした時に見えたイルカの耳も、真っ赤で。
え。
なにそれ。
いや、待って、待ってよ先生。
そんなの、あり?
かあ、と徐々に白い頬が熱くなる。
アスマに、どうした、と声をかけられても反応出来ない。
加速する気持ちを抑えるように、カカシは眉根を寄せ、ただイルカが去った道を見つめる事しか出来なかった。


<終>
スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。