過程
昼休みが終わろうとしている職員室で、イルカは授業の準備で生徒に配布する小テストのプリントを黙々と確認する。
「おい、」
同僚からかけられたその声で、イルカはプリントに落としていた視線を上げた。何だよ、と聞くまでもない、同僚の表情と向けている視線に、イルカもまたその視線を追うように自分の目を窓の外へ移した。そこで納得する。
中忍だろうか、見た目自分よりも若い男女の二人が、仲むつまじくアカデミーの裏庭のベンチに座っている。あまり見かけないのは内勤ではない忍びだから。若気の至りと言ったらそれまでだが、二人で嬉しそうに近い距離で囁くように喋っている。見たまんま、普通のカップルだが。それを見ながら同僚がため息を吐き出した。
「こっちから丸見えなんだからいちゃいちゃすんじゃねーっつーの」
この前好意を持っていた女に振られたばかりの同僚が、忌々しいと言わんばかりに言葉を零す。その気持ちは分からんでもないが、いちゃいちゃと言う言葉にイルカ自身勝手に反応する。恥ずかしそうに少しだけ目を伏せた。
この同僚にも、ほかの友人にも言っていないが。
少し前に恋人が出来た。
もし自分が誰かを好きになるのなら、よく一般的に言われるような、いつも笑顔で、料理が上手くて、後は、気だてが良くて、みたいな。自分の母親みたいな女性をなんとなく、勝手に思い描いていた。
幼少期に亡くしたからだらろうか、面影を探したかっただけのかもしれないが。どんな女性に出会ってもぴんとこなくて。
それなのに、どう言うわけか、ぴんときたのが、手を焼いていた生徒の新しい師となった、はたけカカシだった。
カカシに忍びとして尊敬の念を抱いていたのは確かで、最初はそこまで意識はしていなかったのに。
たまたまよく行くラーメン屋で一緒になって。そこで初めて会話らしい会話をカカシをした時、何気ない会話で笑ったその表情に、ときめいた。
二十代半ばになった男がときめくってどういう事だと自分でも思ったから、その時は気のせいだとその思いを打ち消した。
それなのに。執務室でたまたま集まったその中で居合わせて、火影の説明を聞きながらメモを取っていた時、自分の持っていた鉛筆が落ちた。拾ったのはカカシだった。状況が状況なだけに、すみません、と小声で言った自分に、鉛筆を差しだしながら、カカシが目を細め、微笑んだ。
拾ってくれた。ただそれだけなのに。
ーーたぶん自分は世界一チョロいんだと、思う。
「イルカ?」
鳴り出した予鈴と、なのにそのまま動かないイルカに同僚から声がかかり、我に返る。イルカは、何でもない、と笑顔を作ると慌てて出席簿と小テストのプリントを手に取った。
まあ、でもそうなんだよ。
イルカは教壇の上から生徒達がテストに取り組む姿を眺めながら、心で納得したように呟く。
それなりに出会いもあったくせに、ときめいたのがカカシにだけって事は、まあ、そう言う事なんだよ。
だから、カカシに自分の事を好きだと打ち明けられた時は、今までにないくらい驚いたけど、迷う事なく頷いた。
カカシさんは物好きですね、と恥ずかしさを誤魔化すように言えば、俺が言わなきゃ先生は墓まで持って行くつもりだったでしょ?
そう言われて何も言い返せなかった。
そりゃそうだろう。上忍で、しかも里を誇る忍びであるはたけカカシに、一介の中忍の、しかも男の自分が告白なんて出来るわけがない。
だから、ごもっともです、と言うしかなかった。
と言うか、顔に出していたつもりはさらさらなかった。分かりやすいとか、感情が顔に出やすいのは自分でも分かっているつもりだが、さすがにカカシへの思いまでは出していたつもりはなかった。それに、まさかカカシが、自分へそんな思いを持ってくれていたなんて。
つき合っている今でも何だか信じられない。
元々カカシは自分とは正反対で、感情を顔に出さないタイプだ。
出会った当初、眠そうな目からは何も読みとれなかったし、ふと見せる優しい表情も、自分だけではなく、ナルト達や、他の上忍仲間にも見せているものだと思っていて、たぶん、それはきっと間違ってはないだろうし。
まあ、要は。カカシが何を考えているのか、自分ではいまいち分からない。
この前もそうだった。
夕飯を一緒に食べていて。二人で楽しく会話をしていただけだったのに。
突然カカシが箸を置いたかと思うと、自分の手を掴んだ。
まだ白飯を口の中に入れたまま、どうしたんですか、と問えば、今いい?と言われ。何の事かと目をぱちくりささていれば、持っていた箸と茶碗をカカシに取られ、それをちゃぶ台へ戻される。そのままカカシはちゃぶ台を部屋の隅に移動させるから、それを眺めていれば。
床に押し倒された。
そこでようやくカカシの意図に気がついて、気が動転しながらも、俺まだ腹減って、と言いかけた口をカカシに塞がれて。
どんなタイミングだよ、とツッコむ間もなく、そこからはなし崩しにされた。
今思い出しても何でああなったのか、何でカカシにスイッチが入ったのか。
(・・・・・・分かんねえ)
イルカは再び生徒達に顔を戻す。そして顔を赤らめながら、僅かに眉を寄せた。
その日の午後、イルカは商店街の近くを歩いていた。火影に頼まれた買い物を済ませ、そのまま戻ろうとした時に雨が降り始める。まだ梅雨も明けておらず今にも振りそうな天気だったが、執務室に戻るまではもつだろうとと思っていたが、読みが甘かった。火影に頼まれたものは急ぎではないだろうから、そこは問題ないだろうけど。流石に濡らすわけにはいかない。
どこかの民家の軒先の下で足を止め、もう少し雨が弱まったら走るか、と土砂降りの空を見上げたながら考えた時、
「あ、先生」
声をかけられ、顔を向けると、そこにカカシが立っていた。
忍びであれば裏道を通るのはよくある事だ。でも、こんなタイミングでカカシに顔を合わすとは思ってなくて、驚くイルカに、カカシは眉を下げて微笑んだ。
「急に降ってきたね」
言われ、そうですね、と返しながらも、変に緊張している自分がいた。普段仕事で顔を合わせたり、約束をしたり、家で会ったりする事はあっても、不意に偶然何でもない場所で会ったからなのか。それに、昼間からカカシの事を考えていたのもあるからか。よく分からないが。それを隠したくてイルカは唇を結んだ。
ただ、昼間うだうだ考えていたのは、別にカカシを否定するわけでもでもなんでもなく、ただ、カカシが何を考えてるのか分からないってだけで、
「先生は?」
言い訳がましい独り言が頭を支配しそうになった時、声をかけられ、イルカは、はい、と声を反射的に返していた。そこから顔を向ければ、カカシもまたこっちを見ている。
「こんな時間に見かける事ないから。それとも上がり?」
聞かれてイルカは慌てて首を横に振った。
「いえ、俺は火影様の使いで、」
そこまで言えば、カカシは、ああ、と相づちを打った。
「それで降られたんだ」
災難って言えば災難だよね。
それは、火影に使いを頼まれた事と雨に降られた事、たぶんどっちもだろう、カカシの言いたい事がわかり、イルカもまた眉を下げ微笑む。ええ、まあ、と返した。
今さっきまでは意味のない緊張とかもあったのに。ほんの少しの会話をしただけなのに、ぽかぽかした気持ちに包まれる。それを知ってか知らずか。たぶん後者だろうカカシはまた口を開いた。
「火影様に頼まれたってお菓子かなにか?」
その言い方にイルカは可笑しそうに笑いながら首を振った。
「今回は本です。頼んでいたものが入荷したらしくて」
イルカの返事に、カカシが、そっか、と小さく笑う。その可笑しそうに細めた目と視線が合っただけなのに、迂闊に心臓が鳴った。ラーメン屋で初めてカカシの笑った顔を見たあの時と同じように。
それが分かっただけで、無性に恥ずかしさがこみ上げてくる。イルカは目を逸らしながらも、でも、と誤魔化すように会話を続けた。
「頼まれた本は懐に入れれば多少は濡れないから、」
そう言い掛けたイルカの顔に何かが触れる。それが何だろうと思ったのと、その触れたのがカカシの手で、そのカカシの指が自分の顎に伸びそのまま上に向かされたのは同時で。
気がつけばカカシの唇が自分の唇と重なっていた。
驚きに目を丸くしているイルカに、唇を浮かせたカカシがもう一度ゆっくりと重ねる。唇を舐められ、イルカの身体がぴくりと反応した。驚きに
身を引くと当たり前に唇が離れる。顔がじわじわと熱くなるのが止められなくて。つき合っていても、突然された事を受け止めきれずに、口を自分の手の甲で押さえながらカカシへ視線を向けた。
「な、にすんですか!」
恋人同士と言えど、ここは家でも誰もいない場所でもない。確かにこの大雨で裏道だから、往来している人影はどこにもいないが。
それでも、と、真っ赤になりながらも恨めしそうな目を向ければカカシは微笑む。
「だって先生キスして欲しそうな顔したから」
「は?なに、」
「違った?」
聞き返すも、そう言葉を被せられ、何か言い返したのに、悔しいけどそれは事実だった。
だから嬉しくないはずがない。
あっさりと見抜かれていた事に、肩の力が抜けていく。
とことん恋に落ちてるなあ、とイルカはその事実を認めながら、
「・・・・・・違わないです」
イルカは小さくそう返すしかなかった。
<終>
「おい、」
同僚からかけられたその声で、イルカはプリントに落としていた視線を上げた。何だよ、と聞くまでもない、同僚の表情と向けている視線に、イルカもまたその視線を追うように自分の目を窓の外へ移した。そこで納得する。
中忍だろうか、見た目自分よりも若い男女の二人が、仲むつまじくアカデミーの裏庭のベンチに座っている。あまり見かけないのは内勤ではない忍びだから。若気の至りと言ったらそれまでだが、二人で嬉しそうに近い距離で囁くように喋っている。見たまんま、普通のカップルだが。それを見ながら同僚がため息を吐き出した。
「こっちから丸見えなんだからいちゃいちゃすんじゃねーっつーの」
この前好意を持っていた女に振られたばかりの同僚が、忌々しいと言わんばかりに言葉を零す。その気持ちは分からんでもないが、いちゃいちゃと言う言葉にイルカ自身勝手に反応する。恥ずかしそうに少しだけ目を伏せた。
この同僚にも、ほかの友人にも言っていないが。
少し前に恋人が出来た。
もし自分が誰かを好きになるのなら、よく一般的に言われるような、いつも笑顔で、料理が上手くて、後は、気だてが良くて、みたいな。自分の母親みたいな女性をなんとなく、勝手に思い描いていた。
幼少期に亡くしたからだらろうか、面影を探したかっただけのかもしれないが。どんな女性に出会ってもぴんとこなくて。
それなのに、どう言うわけか、ぴんときたのが、手を焼いていた生徒の新しい師となった、はたけカカシだった。
カカシに忍びとして尊敬の念を抱いていたのは確かで、最初はそこまで意識はしていなかったのに。
たまたまよく行くラーメン屋で一緒になって。そこで初めて会話らしい会話をカカシをした時、何気ない会話で笑ったその表情に、ときめいた。
二十代半ばになった男がときめくってどういう事だと自分でも思ったから、その時は気のせいだとその思いを打ち消した。
それなのに。執務室でたまたま集まったその中で居合わせて、火影の説明を聞きながらメモを取っていた時、自分の持っていた鉛筆が落ちた。拾ったのはカカシだった。状況が状況なだけに、すみません、と小声で言った自分に、鉛筆を差しだしながら、カカシが目を細め、微笑んだ。
拾ってくれた。ただそれだけなのに。
ーーたぶん自分は世界一チョロいんだと、思う。
「イルカ?」
鳴り出した予鈴と、なのにそのまま動かないイルカに同僚から声がかかり、我に返る。イルカは、何でもない、と笑顔を作ると慌てて出席簿と小テストのプリントを手に取った。
まあ、でもそうなんだよ。
イルカは教壇の上から生徒達がテストに取り組む姿を眺めながら、心で納得したように呟く。
それなりに出会いもあったくせに、ときめいたのがカカシにだけって事は、まあ、そう言う事なんだよ。
だから、カカシに自分の事を好きだと打ち明けられた時は、今までにないくらい驚いたけど、迷う事なく頷いた。
カカシさんは物好きですね、と恥ずかしさを誤魔化すように言えば、俺が言わなきゃ先生は墓まで持って行くつもりだったでしょ?
そう言われて何も言い返せなかった。
そりゃそうだろう。上忍で、しかも里を誇る忍びであるはたけカカシに、一介の中忍の、しかも男の自分が告白なんて出来るわけがない。
だから、ごもっともです、と言うしかなかった。
と言うか、顔に出していたつもりはさらさらなかった。分かりやすいとか、感情が顔に出やすいのは自分でも分かっているつもりだが、さすがにカカシへの思いまでは出していたつもりはなかった。それに、まさかカカシが、自分へそんな思いを持ってくれていたなんて。
つき合っている今でも何だか信じられない。
元々カカシは自分とは正反対で、感情を顔に出さないタイプだ。
出会った当初、眠そうな目からは何も読みとれなかったし、ふと見せる優しい表情も、自分だけではなく、ナルト達や、他の上忍仲間にも見せているものだと思っていて、たぶん、それはきっと間違ってはないだろうし。
まあ、要は。カカシが何を考えているのか、自分ではいまいち分からない。
この前もそうだった。
夕飯を一緒に食べていて。二人で楽しく会話をしていただけだったのに。
突然カカシが箸を置いたかと思うと、自分の手を掴んだ。
まだ白飯を口の中に入れたまま、どうしたんですか、と問えば、今いい?と言われ。何の事かと目をぱちくりささていれば、持っていた箸と茶碗をカカシに取られ、それをちゃぶ台へ戻される。そのままカカシはちゃぶ台を部屋の隅に移動させるから、それを眺めていれば。
床に押し倒された。
そこでようやくカカシの意図に気がついて、気が動転しながらも、俺まだ腹減って、と言いかけた口をカカシに塞がれて。
どんなタイミングだよ、とツッコむ間もなく、そこからはなし崩しにされた。
今思い出しても何でああなったのか、何でカカシにスイッチが入ったのか。
(・・・・・・分かんねえ)
イルカは再び生徒達に顔を戻す。そして顔を赤らめながら、僅かに眉を寄せた。
その日の午後、イルカは商店街の近くを歩いていた。火影に頼まれた買い物を済ませ、そのまま戻ろうとした時に雨が降り始める。まだ梅雨も明けておらず今にも振りそうな天気だったが、執務室に戻るまではもつだろうとと思っていたが、読みが甘かった。火影に頼まれたものは急ぎではないだろうから、そこは問題ないだろうけど。流石に濡らすわけにはいかない。
どこかの民家の軒先の下で足を止め、もう少し雨が弱まったら走るか、と土砂降りの空を見上げたながら考えた時、
「あ、先生」
声をかけられ、顔を向けると、そこにカカシが立っていた。
忍びであれば裏道を通るのはよくある事だ。でも、こんなタイミングでカカシに顔を合わすとは思ってなくて、驚くイルカに、カカシは眉を下げて微笑んだ。
「急に降ってきたね」
言われ、そうですね、と返しながらも、変に緊張している自分がいた。普段仕事で顔を合わせたり、約束をしたり、家で会ったりする事はあっても、不意に偶然何でもない場所で会ったからなのか。それに、昼間からカカシの事を考えていたのもあるからか。よく分からないが。それを隠したくてイルカは唇を結んだ。
ただ、昼間うだうだ考えていたのは、別にカカシを否定するわけでもでもなんでもなく、ただ、カカシが何を考えてるのか分からないってだけで、
「先生は?」
言い訳がましい独り言が頭を支配しそうになった時、声をかけられ、イルカは、はい、と声を反射的に返していた。そこから顔を向ければ、カカシもまたこっちを見ている。
「こんな時間に見かける事ないから。それとも上がり?」
聞かれてイルカは慌てて首を横に振った。
「いえ、俺は火影様の使いで、」
そこまで言えば、カカシは、ああ、と相づちを打った。
「それで降られたんだ」
災難って言えば災難だよね。
それは、火影に使いを頼まれた事と雨に降られた事、たぶんどっちもだろう、カカシの言いたい事がわかり、イルカもまた眉を下げ微笑む。ええ、まあ、と返した。
今さっきまでは意味のない緊張とかもあったのに。ほんの少しの会話をしただけなのに、ぽかぽかした気持ちに包まれる。それを知ってか知らずか。たぶん後者だろうカカシはまた口を開いた。
「火影様に頼まれたってお菓子かなにか?」
その言い方にイルカは可笑しそうに笑いながら首を振った。
「今回は本です。頼んでいたものが入荷したらしくて」
イルカの返事に、カカシが、そっか、と小さく笑う。その可笑しそうに細めた目と視線が合っただけなのに、迂闊に心臓が鳴った。ラーメン屋で初めてカカシの笑った顔を見たあの時と同じように。
それが分かっただけで、無性に恥ずかしさがこみ上げてくる。イルカは目を逸らしながらも、でも、と誤魔化すように会話を続けた。
「頼まれた本は懐に入れれば多少は濡れないから、」
そう言い掛けたイルカの顔に何かが触れる。それが何だろうと思ったのと、その触れたのがカカシの手で、そのカカシの指が自分の顎に伸びそのまま上に向かされたのは同時で。
気がつけばカカシの唇が自分の唇と重なっていた。
驚きに目を丸くしているイルカに、唇を浮かせたカカシがもう一度ゆっくりと重ねる。唇を舐められ、イルカの身体がぴくりと反応した。驚きに
身を引くと当たり前に唇が離れる。顔がじわじわと熱くなるのが止められなくて。つき合っていても、突然された事を受け止めきれずに、口を自分の手の甲で押さえながらカカシへ視線を向けた。
「な、にすんですか!」
恋人同士と言えど、ここは家でも誰もいない場所でもない。確かにこの大雨で裏道だから、往来している人影はどこにもいないが。
それでも、と、真っ赤になりながらも恨めしそうな目を向ければカカシは微笑む。
「だって先生キスして欲しそうな顔したから」
「は?なに、」
「違った?」
聞き返すも、そう言葉を被せられ、何か言い返したのに、悔しいけどそれは事実だった。
だから嬉しくないはずがない。
あっさりと見抜かれていた事に、肩の力が抜けていく。
とことん恋に落ちてるなあ、とイルカはその事実を認めながら、
「・・・・・・違わないです」
イルカは小さくそう返すしかなかった。
<終>
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