可愛い先生

窓の隙間から入り込む空気が冷たい。
クリスマスも過ぎて、寒気が一気に押し寄せてきているのか。
アスマは煙草を吸いながらぼんやり外を眺めた。今日は晴天で突き抜けるような青空だが、その澄んだ青空も、遠く感じる。
ガタガタと時折窓枠を北風が鳴らした。
そんな上忍待機所でのんびり煙草を吸っていたら、勢いよく扉が開いた。
冷たい外気が一気に入り込む。
顔を向けると、そこには紅が立っていた。
アスマ1人だと確認をすると、つかつかと歩み寄る。
普段からそこまで感情を表に出さない方だが、今日は違うらしい。
少し苛立っているのが分かった。
冷静に眺めていれば、紅は隣にどかりと腰を下ろす。
話しかけても良かったのだが、アスマは煙草を取り出して一本紅に差し出した。
それを見て紅は明らか様にムッとする。
「もう吸ってないって知ってるでしょ」
分かりきった事を言うなと言わんばかりに睨まれ、アスマは苦笑して、煙草を持つ手を引っ込めた。
予想通りに少し気持ちの空気が抜けたのか。紅も小さく笑って足を組んだ。
「ねえ」
ようやく口を開いた紅は黒い髪を指で解きながらアスマを見た。
「んー?」
気の抜けた返答は態とだ。強いて会話に食いつくと、紅の気持ちがヒートアップし兼ねない。付き合いが長いから分かる事で。
ぼんやり聞き返すと茶色の目がこっちを見つめていた。冷静さを取り戻した色だった。
「知ってた?」
「何を?」
この手の質問で自分の予想が当たった試しがない。だから、素直に聞くのが一番だと知っている。
自分から言いだしたはずなのに、紅は開いた口を何故か一回閉じた。
アスマは、紅が普段そこまで見せない躊躇さを、何気なく観察しながら見ていると、少しの間の後、赤い唇を開いた。
「カカシがイルカと付き合ってるって本当?」
自分で振ってきた話題のはずなのに、質問に切り替えてくるのは、不安があるからに他ならないし、なにより。それが本当だと信じたくないからだ。
それに、その紅の水面下の意図と、質問はピタリと一致する内容だった。
一瞬どう答えるべきか悩んだ。質問に素直に答えるなら勿論イエスだ。
ただ、自分がそれを知ったのは先週のクリスマス。普段からお互い上忍と言うこともあって、行事には固執しないし、出来ない。実際自分は24、25はばっちり任務が入って、紅は23、24。まあ、運が良ければ25に一緒にメシでも、くらいを考えていた。
里に着いたのは26に日付が変わる時間帯で、店も開いているわけがない。
仕方ないと寒空の中受付に向かった。その受付で見たのが、あの2人だった。
イルカは夜の当番だったのだろう。受付に座り、カカシがその受付にいた。
机を挟んでお互いに身を乗り出していた。
その体制ですることなんて決まってる。咄嗟に身を隠していた。
アスマは珍しく空気を読んだ。読まざるを得なかった、の方が正しい。
自分の方向からは、カカシの後ろ姿ではっきりとは見えなかったが、あんなのは興味がない自分でさえバッチリ分かる。
一言で言うなら、見てはいけないものを見てしまった。だ。
たかがキスだが、相手が相手だ。最近仲がいいとは思っていたが。
こっちの方向に進むなんて誰が想像出来ようか。
アスマは身を隠したまま手のひらで顔を覆った。
思い切り舌打ちしたくなる。
それを堪えて、報告書は懐にしまい込み、まだ開いてる飲み屋を探しに背を向けた。

それがつい先週の事だ。
自分の耳に噂話なんてそう耳に入らないのだから、もう勝手に忘れようと思っていたところだった。
が、どうやら紅はどこからかその忘れたい情報を仕入れてきてしまったらしい。
アスマは内心嘆息した。
自分がイルカを昔から可愛がっていたのは紅も知ってはいた。紅も同じく、イルカを気に入っていた事も知っている。
正直認めたくないと言う気持ちを自分と共感したいのだろうが。
アスマは深く煙草の煙を深く吸い込むと、ゆっくり吐き出した。
「まあ、知っては…いたがな」
テーブルにある灰皿を引き寄せ、煙草の灰を指で軽く落としながら言うと、紅はため息を吐き出した。
黒い髪を搔き上げる。
「そう。知ってたの」
「まあな」
それ以上紅は何も言う気がなくなったのか。あまり興味がない態度を取る自分と温度差を感じたのか。
どちらにしろ、そこでその話題が終わった。必要以上にくどくない所は、自分が惚れた箇所でもある。
紅は今日2人で飲みに行く店の話を紅は話し始める。
兎に角、あの2人の関係はあまり考えたくないから良かった。
話しながらアスマはそう思った。



「おかしいわよ」
紅は飲み干した猪口をどん、とテーブルに置いた。
不意に途切れた会話からのそれに、アスマは手酌でビールを注ぎながら紅へ視線を向けた。
新しい出来た居酒屋はお洒落でメニューも豊富だ。一回は行かなきゃ、と紅が予約を取った席は個室だった。
広さも狭すぎずちょうどいい。アスマはくつろぎながらあぐらをかき座っていた。
紅は納得いかないと、そんな表情をしていた。
飲んで酔い始めると、普段そこまで見せないような喜怒哀楽がはっきりし始める。
何の事かと黙ってビールを飲むと、紅もまた酒を飲んだ。
「そう思わない?相手があのカカシなのよ?」
そしてそう続けた。
終わった話題のはずだったが、どうやら紅の中では完結しておらず、酒が入り再燃し始めたらしい。
自棄酒の勢いになりそうで、アスマは、まあそうだな、と同調した。
実際その通りだとも思う。
カカシの女遊びが激しかったのは上忍の間では有名だった。知っていて、それでも好きで近寄る女は多く、だが、特定の女とは付き合わないカカシに、涙を流した数も多い。
紅の友達もその1人だった。
だが、カカシはある時期を境にピタリとそれをやめた。
理由を聞いてもカカシは素知らぬ顔で答えない。周りの人間も首をひねるばかりだったのに。
だが、それはこの前の件ではっきりした。
カカシはイルカを選んだのだ。
未だにどう考えても2人が付き合っているのが不思議でならない。
それでも、カカシが女遊びをやめ、今もなおそうなのだ。
真っ直ぐで純粋なイルカが、他の女と並行して付き合うのは許すはずがない。
本気で付き合っている。
紅もまたそう思っているはずだ。だが、どうでもいいと思いたいのに。イルカが心配で仕方ない。
そんな顔の紅は納得出来ないと、不機嫌なまま酒を飲む。
「嘘だったらいいのに」
ぽつりと呟いた紅の本音を聞いて、アスマは苦笑した。

深酒を心配して、アスマは帰るべく紅を促した。
分かってるわよ。
酔っている紅はふてくされながら席を立ち、2人で部屋を出る。会計を済ますべくアスマが先を歩いていたら、紅が立ち止まった。
「どうした?」
聞くと、ポーチを探っている。
「ハンカチ、部屋に忘れてきたみたい 」
先に行ってて。
そう背を向け戻るく紅に、アスマは後を追った。
顔にはでないから分かりにくいが、紅は今日は酔っている。忘れ物さえする事は滅多にないのだ。
一応心配を兼ねて一緒にさっきの個室に戻るべく歩き、
「あ、ここね」
紅が個室を仕切りっている襖に手をかけ、アスマは驚いた。
だってそこは、自分がいた部屋じゃない。やはり酔っている。
「おまえ、ばか、そこは違うだろ、」
言ったが遅かった。
ガラリと襖は開けられる。
言いかけたまま、マスマは固まった。それは間違えて開けた紅も同じだった。
(…デジャヴ…か?)
頭に浮かんだのは、それだ。
カカシとイルカがその個室で今まさに唇を、重ねていた。
間違いであって欲しい。
紅だけには、見て欲しくなかった。
ちらと、紅を見ると、さっきまであれだけ酒を飲んでも何ともなかった顔色が、青くなっている。
信じたくなかった現実を、見たからだ。

イルカは動揺以上だったらしく、涙目になって狼狽えているのが手に取るように分かり、胸が痛くなる。
「そこに座って」
立ち上がろうとしたイルカと、平然としているカカシに向かって、紅が震える手をゆっくりと上げ言った。
イルカには可哀想だが、この現場を現行犯で見た紅を説得出来るとは思えない。
運が悪いと、思うしかない。
座れと言われて、イルカは素直にちょこんと正座をする。カカシは何食わぬ顔で胡座をかいていた。
紅の眼光なんて効くはずがない。
紅は今日は酔っている。だから、ある程度成り行きに任せるしかない。アスマは仕方なしに嘆息しながら自分も個室に入り、襖を閉めた。


「ねえねえ、何なのこれ」
カカシはふてくされた口調だ。カカシの視線がアスマに向けられたが、気持ちは痛いほど分かるも肩をすくめるしかなかった。
「いいから、教えて」
紅はしっかりと2人を見ている。
「あなた達が付き合ってるって聞いてるわ。…でもちゃんとした付き合いなのよね?」
明らかにイルカにではなくカカシに向けられたが質問だが、カカシはそっぽを向いている。
イルカは。怒られている子供のように顔を青くしたまま正座をしているが、紅の言った言葉の真意を分かってない、そんな顔をしていた。
腕を組んだ紅は、続ける。
「そりゃいい大人同士だから?私がどうこうなんて筋違いだって分かってるわ。でもね、心配なの」
特にカカシ。あんたが相手だからよ。
付け加えられた台詞に、カカシに向けられたのだとイルカはようやく気がついたのか。イルカはカカシへ顔を向けた。
カカシはため息を吐き出しながら、頭を掻く。
「いいじゃん。別に」
「良くないわよっ」
怒らせるつもりはないのかもしれないが、紅はカカシのそのシレッとした態度に怒りと心配を募らせたのが分かった。
「カカシ、あんた本気でイルカが好きなの?」
「当たり前でしょ」
「…っ、好きって事がどんな意味が分かってないくせに、」
「分かってるよ」
そう言われて、カカシは平然と答える。
「相手を大切に思うことでしょ」
カカシの目は茶化してなんかいなかった。
当たり前なようで、掴めないまま人を好きになる事が多かった。だから、カカシの答えがアスマの心にスッと入り込む。
きっと紅も同じだったんだろう。しばらく間があった。
「…じ、じゃあ、そんなに真剣なら仕方ないわ。2人がどこまで進んでるか教えてもらおうじゃない」
「え?進んでるって?」
紅の冗談めかした言葉に、イルカはキョトンとした顔で聞き返す。
「だから、A、B、Cとかあるじゃない」
あ、酔ってる。
アスマは判断した。
そんな事聞いても仕方ないし、何よりオヤジ臭い。なんて本人に口が裂けても言えないが。
カカシも眉を寄せて、付き合ってられないと言う顔をしていた。
そんな中、イルカだけが子供のような純真な眼差しのまま、固まっている。
意味が分かってないらしい。
それなら仕方がない。もう引き上げよう。
紅を部屋から連れ出そうとした時、
「あ、分かった」
イルカが嬉しそうに言う。
何が分かったのか、3人の頭にハテナが浮かぶ中、

「Hですっ」

言い切るイルカに、3人の顔が、赤くなった。
紅の心配事はなくなったのに。
この後俺は紅に、イルカは何であんなに可愛いのかをテーマに、二次会に連れていかれた。


<終>
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