喧嘩未満③

 週も半ば、アカデミーの授業のないこの曜日は一日中受付や報告所で勤務する。任務報告を終えた上忍のくノ一が扉から出て行くのを見届けて、その扉が閉まった途端、隣の同僚がため息を吐き出した。書類に目を落としたままのイルカが、どうした?と聞けば、なんかさあ、と同僚がまたため息混じりに口を開いた。
「今のくノ一、すごいいい匂いした」
 そう言われるものの、仕事に集中していたからか、あまりよく覚えていない。だから、手を休めずに、そうか?と聞き返したら、同僚がこっちへ顔を向けた。
「お前気がつかねえの?」
 少し呆れ混じりに言われようが、気がつかなかったのは事実。ああ、と肯定すれば、マジかよ、と返される。
「尻の形も好みだったしさあ、あんな女と一回ヤってみたいよなあ」
 そんな言葉にイルカは手を止めると、同僚へ顔を向けた。
「お前、上忍相手にそういうことを軽々しく言うなよ」
 どんないい女だろうと相手は上忍、プライドが高く口説きたくとも色々無理があるし返り討ちされるのがオチだ。
 眉を顰めるイルカに、だからいなくなってからボヤいたんたと同僚にそう追加され、呆れるしかなかった。
 
 そんな事があったと思い出したのはその日の夜。イルカは風呂上がりに水を飲みながら、確かになあ、と改めて思う。
 確かに容姿も体型も申し分ないくノ一だったけど。そこでだからと言ってヤりたいと、そこに直結する事は自分ではそうない。順番を重視する自分としてはヤる以前に、声をかけ、おつき合いにまで発展させる事しか考えない。確かにそうなったらいいな、とは思うが。まあ、要は、考え方の違いだ。
 そこまで思ってイルカはグラスを傾けたまま、ふと台所から居間へ顔を向けた。そこには、既に風呂から上がったカカシが居間でくつろいでテレビをつけたまま、いつもの小冊子を読んでいる。恋人という立場の色眼鏡でも何でもなく、同性の自分が見ても、カカシは文句なしにいい男だと思う。もし昼間のくの一にカシが声をかけたら、たった一言で簡単になびくに違いない。
 そこまで思ってイルカは何故かムッとした。いや、俺は一言でなびいてねえし、と自分でもよく分からない否定をして脱線した思考を少しだけ戻す。
 そう、昼間同僚にああは言ったが、自分は上忍とつき合っている事実。カカシとつき合う事自体は自分で想定もしていなかったから、だからまさか付き合ってからもこんな続くとは思っていなかったし、身体の関係まで持つとは夢にも思っていなかった。
 カカシは自分を好いてくれていて、当たり前に自分を求めるが、いい匂いがするわけでもない、女ではない自分にヤりたいと思う、そのタイミングはよく掴めていない。ただ、同じ男として、なんとなく溜まってきたら。と言うのが理由なのかもしれない。それが一番スマートだ。
 ただ、言えるのは。人生分からないもんだと言うこと。そこでイルカは空になったグラスを流しに置き、カカシのいる居間へ向かった。その足で戸棚から爪切りを取り出すとイルカはしゃがみ込む。伸びてきている足の爪を切り始めた。
 右の足の爪を切り終えたところで、僅かに視界に入っていたカカシが、本を閉じたのが分かった。こっちに視線を向けているのも分かる。それに気にせず左の足の爪を切り始めたイルカに、先生さ、とカカシから声かかった。ちらと視線を上げれば、その通りカカシがこっちを見ている。そして、少しだけ怪訝そうな表情にも見え、まさか夜爪を切るのは良くないとか、そんな古くさいことを言うつもりだろうか、と思うものの、イルカはそのまま視線を足下へ戻しながら、何ですか、と素直に聞いた時、
「すごい格好で切ってるよね」
 言われて内心ちょっと驚いたのは、すごい格好には到底思えなかったから。胡座を掻いて猫背して足の爪を切るのは昔からで。他にもっと行儀のいい切り方があるのかもしれないが、自分にはこれが一番楽な姿勢だ。
 イルカは手を止めずに、そうですかね、と気にする事なくそう返した。
 何を期待しているのか分からないが。学校では教師であろうが、家では結構ずぼらな方だ。だらしない格好だってする。それか、一人でいる時ならともかく、恋人と一緒にいる時はどうなの、とかだろうか。
 朝の話ではないけど、何回も身体は交えているが、こんなむさい男相手じゃカカシが一体どこに欲情するのか、不思議にもなる。
 昔何回かここに同僚を泊めた事があるが、不精だと呆れ混じりに言われた事もあるのも事実だ。だから、
「おしとやかでなくすみませんね」
 嫌みったらしい言葉を、少し冗談混じりに返す。足の爪を切り終わり、立ち上がろうと思った時、気がついたらカカシが後ろにいて、そのまま背中から抱き込むようにされ、驚いた。何ですか、と首を捻って聞こうとした時、
「先生の性格は十分分かってるつもりだよ。俺が言いたいのは、これ」
 カカシの腕が伸び、イルカの太股に手が触れた。ちょっと自分とは違う指摘をされ、思わず、は?と聞き返していた。風呂上がりだったから、Tシャツにトランクスの格好をしているだけで、爪を切り終わったから、スウェットを着込むつもりだったし。それが一体何なのか。よく分からないと怪訝そうにしたイルカに、太股に触れていたカカシの手が動いた。胡座を掻いている、開いた脚の根本に向かって手がゆるりと動き、目を見張るのもつかの間、気がついた時にはその指がトランクスの裾から指が入り込んだ。まだ力なく、柔らかいままの陰茎を長い指で直接掴まれ、反射的に身体が強ばった。い、と思わず声が出て、息を飲む。そこから一気に気が動転した。
「あの、え?」
 言葉にならない言葉を口するイルカに、カカシは後ろから抱き込んだまま、
「やらしーよ、先生」
 耳元で低い声で言われ、その数秒後、首から上が真っ赤に染まった。
 俺が、やらしい?
 そう、カカシは自分がいやらしい、と言う、その言葉に自分が当てはまるとは思ってなかった。むしろ、むさくるしい格好だと非難されるならまだ理解出来たのに。
 下着姿で胡座を掻き、足の爪を切っていただけだったのに、そんな目でカカシが見ていたなんて。
 さっきまで平気だった格好が、カカシの一言で猛烈に恥ずかしくなった。
 自分のそこが反応を示してしまいそうで焦るのに、カカシの指が無情にも動き、玉を柔らかく揉む。逃げ出したくて思わず腰を浮かせるが、抱き込まれている為、動けない。イルカの声が上擦った。
「あのっ、もう、服、着ますからっ!」
 勘弁してくれ、と懇願するイルカに、カカシは、今更、と小さく笑う。
「このままベットに決まってるでしょ?」
 首元の薄い皮膚を吸われ、それが感じないはずがない。そして、はっきりとは言わなくともカカシが欲情してるのが嫌でも伝わり、イルカは眉根を寄せ身震いしながら、よく分かんねえけど、スイッチ入れちゃったなあ、と心のどこかで観念するように、呟いた。 
 
<終>  
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