決定

七班の任務が終わった後は自分のいつもの場所で、いつもの特訓。
ナルトはアカデミー近くの裏山へ向かっていた。
アカデミーで生徒だった頃も、下忍になった今も。ここで一人で誰にも見られたくなかったと言うのもあるが、この場所は昔からの秘密の場所だった。
今日はカカシに駄目出しされた所をやるべきだと、ナルト自身分かっていた。悔しいが、カカシは上忍であり、里屈指の忍びだ。
が、ナルトにさえ分かる気配がさっきから自分の後を付けてきている。
しばらく無視して歩いていたが、このままじゃ自分の秘密の場所まで着いてしまう事になる。
ナルトは勢いよく振り返った。
「丸見えなんだってばよっ!」
付けてきている相手に指を指す。その急な動きに驚いた相手が電柱に咄嗟に隠れ、ーーきれずに身体半分は出たままの、その相手を見て、ナルトは呆れながら睨んだ。
「木の葉丸じゃねーか」
名前をあっさり呼ばれ、木の葉丸は隠れきれていない電柱の陰からばっと出てくる。
「へへーんだ、やっと気が付いたのかよ、にーちゃん」
「ちげーって!ずっと前からばればれだったっつーの!」
「嘘だー」
けらけら笑われ、ナルトはまた木の葉丸に向かって指を向ける。
「嘘じゃねー!」
気配の消し方なんてまだ習ってもいない木の葉丸に言われ、ナルトは言い返す。
「大体なあ...お前が神社近くの空き地から付けてきたのは分かってんだよ!」
当てずっぽうに近かったが。木の葉丸は、うげ、と思い切り顔に出し驚いた顔をした。
「う~...すげー、にいちゃん」
年下だが、誉められて悪い気分にはなるわけがない。
ナルトは鼻の下を擦りながら、尊敬の眼差しを見せた木の葉丸を見て、
「じゃあ今日は特別に、秘密の場所で特訓、してやる」
言うと、秘密の場所と言う言葉と共に、木の葉丸の目がまた輝いた。

顔を泥で汚した木の葉丸が帰ったのを見届けた時は、もう日が暮れかかっていた。
お腹がぐう、と大きく鳴る。
夕飯をどうしようか考えるも、家にあるカップラーメンでいいかとナルトは思い直し。急ごうと走り出した先にいた桜色の髪と、聞こえた名前にナルトは足を止めた。
見ると、サクラにいの、それにシカマル。どれも馴染みの顔だが、その三人だけでいる事はあまりない。
ナルトはぴょんと跳ねて、そっちの方向に向きを変えた。
「何してんの?」
声をかけたナルトに少し肩を揺らしたのはサクラだった。桜色の髪が勢いよく振り返る。
大きな目にナルトが映った途端、はあ、と大きな息を吐き出した。
「なんだ、ナルトか」
相変わらずの対応に、ナルトは素直にむっとした顔を作った。
「なんだって。サクラちゃんひでーってば」
「ナルトが急に声かけるからでしょ。って、とっくの前に解散したのに、なんでここにいるのよ」
サクラが呆れたような声を出す。
「それに、顔すごい汚れてるじゃない」
さっきの木の葉丸との訓練で付いただろう土や泥を、言われて慌てて手の甲で頬を擦る。
「これはさっき木の葉丸と、」
言い掛けるとサクラが顔を顰めた。
「やだナルト、下忍になってもまだ木の葉丸と遊んでるの?」
ため息とともに呆れた声を出した。
「ちげーよ!特訓だってば!教えてやってたの!」
「ああ、そう」
サクラはそれ以上の追求はせず、流すように言い。
ナルトは口を尖らせた。
正直、こういう対応は結構傷つく。
「ナルトらしいじゃねーか」
シカマルの一言に単純に嬉しくなると、
「サクラ、もういいって」
いのがサクラを急かすようにつついた。
「まあ、そういう事だから。じゃあね、ナルト」
意味分からない台詞にナルトは首を傾げた。
「じゃあね、じゃなくって。何やってたんだってばよ。三人で」
当初の疑問を口にすると、三人がナルトを見た。
「....なんだよ。何だってば...」
視線の意味が分からない。訝しげに三人を見返した。
「あんたに言っても意味ないもん」
「そうね」
「まあな」
揃いに揃った台詞はナルトを更にむっとさせる。
「んだよ、言ってみなきゃ分からねーだろ!イルカ先生が何なんだよ!」
一歩前に出て言ったナルトに、サクラは眉を寄せた。
「...ナルト、あんた聞いてたの?」
「聞いてたって言うか、聞こえたんだってば...」
答えると、サクラは、はあと大きなため息をつき、手で顔を覆いいながら、地獄耳...と呟いた。
聞こえたんだから仕方がないだろ、とナルトは口をまた尖らせた。
恋しい訳でもないが、やはりイルカは自分の単純な頭の一部分を占めているのは間違いがない。
だから、気になるし、イルカの事を話していたその輪の中に入りたいのは素直にあった。
三人が何をそんなに落胆するのかが分からないが。
「お前が聞いても対して面白くもなんともねー話だ」
シカマルが口を開いた。
面白かろうが面白くなかろうが。イルカの事だと分かって、どう納得したらいいのかも分からない。
「じゃあカカシ先生は何なんだってば」
聞こえていた名前を更に出すと、シカマルがサクラたちと共に少し驚いた顔を見せた。
「地獄耳....」
サクラが再び落胆気味に呟く。
「あー、めんどくせー」
シカマルが後頭部を掻いた。
「ナルトも入れたらいいじゃねーか。で、俺はめんどくせーから抜ける」
「駄目!」
いのとサクラがシカマルを睨んだ。
「人が減ったら確率が下がるじゃない、抜けるのは絶対になし!」
「言っとくけど、シカマル。あんたが言い出したんだからね」
いのに言われて、シカマルは眉を寄せた。
「知らねえよ。俺はアスマが言った事を...まあ、お前らにぽろっと言った俺の間違いだったけどよ」
「間違いってなによそれ」
「結果こうなってるんだから、諦めなさいよ」
うわ、すげーめんどくせー。
ナルトは女子二人に責められるシカマルを見て、同情しながら、引いていた。
お腹がまたぐうと大きくなる。
「やっぱ俺帰ろっかな...」
お腹をさすりながら言うと、女子二人が勢いよくナルトへ振り返る。
『駄目!』
重なる厳しい声に、後悔しても遅かった。



「んなもん、絶対×に決まってるってばよ」
話を聞いてすぐに結論を出したナルトに、サクラが訝しげな目を見せた。
「そう思う?」
「うん」
はっきりとまた返答する。
「まあ、ナルトだったらそうなるわよね。単純だもん」
いのにそう付け加えられ、ナルトは睨む。
単純もくそも、答えは決まってるじゃねーか。
そう思うナルトは腕を前で組んで三人を眺めた。
シカマルが聞いた話はこうだった。
アスマと二人で歩いていた時、その先にいたのはイルカだった。それとカカシ。
珍しい組み合わせだと、シカマルが思っていたその二人は、何か言い争っている。
それも珍しいと思いながら見ていると、
ったくあいつ等はよ、と呟き。
「...まぁ、喧嘩するほど仲が良いって言うもんなあ」
独り言のように、煙草をふかしながら、アスマが言った。
「そーなんすか?」
聞き返したシカマルに、アスマが聞こえてると思ってなかったのか。ひどく驚いたように目を開き、シカマルに振り返り。
「言葉の綾だ、綾」
と言った。
らしい。

それをシカマルはいのに言い、サクラに伝わり。
そして自分も聞く事になった。
「あの二人は絶対にデキてる」
そうサクラは力を込めて言う。
「でもあのカカシ先生とイルカ先生って、うちらからか見たら繋がりの薄い感じにしか見えてなかったらなあ。なんか怪しいんだけどさー」
いのの台詞にシカマルがため息を吐き出した。
「どっちでもいいだろ」
「よくないわよ」
感心なさげな声にいのが不満そうな顔を向ける。
「でも、そうだったら、」
「そうだったら、どうする?ギャップ萌えってやつだよね」
サクラといのが興奮気味ににやにやしてはしゃぎだす。
何がそんなに嬉しいのか、どうするの意味が全く分からないし、シカマルも同じなんだろう。
自分と似た温度の目で二人を眺めている。
要は、真実がどっちか。賭けようという話になっていた。
「なに、ナルト、そんな余裕で言ってるけど、あんたイルカ先生の何を知ってるのよ。イルカ先生の好きなタイプなんて知りっこないでしょ?」
少し余裕ぶったいのに聞かれ、ナルトはぐっと唇を閉じた。
そう言われたら。
イルカ先生の事は性格とか、どんな先生とか、色々知ってるけど。あのイルカの恋人なんて、てんで知らない。いや、いるのか?
勝手にいないものだと思っていた。もしかしたら、いっぱい彼女とかいたのかもしれないし。
大人の時間に自分は寝ているから。イルカ先生が夜お酒を呑む姿とか、家ではどんな事をしているのかとか。考えた事もなかった。
なんでだろう。イルカが恋人と嬉しそうに過ごす姿は想像しただけで嫌な気持ちになった。
知らないイルカを見たくない。
好きな相手といるときは、恥ずかしそうにはにかむのだろうか。
それだけで寂しさがナルトを襲う。
その相手がカカシだと考えてみる。
時々二人で話してるのを見かけたが。男同士でしかもカカシは上忍で。ただイルカも、勿論カカシも上下関係を気にする性格ではない。お互いに笑い合ってるのを見る分にも、普通に見える。
でも、そう思っているのは自分だけで。
カカシとイルカは、もっと仲が良くて。もしかして一緒にご飯食べたりお酒飲んだりしているのかもしれない。
考え込んで黙るナルトに、いのが鼻で笑った。
「ほら、どうせ知ってるのはイルカ先生が一楽のラーメンが好きだって事ぐらいじゃないの?」
「だって...お色気の術で鼻血出すくらいの先生が、んな事、」
弱々しい声を出すと、サクラがナルトの顔をのぞき込んだ。
「なに、ナルト。そんな落ち込む事でもないでしょ?もう。...嫌ならナルトは抜けたら?」
反応するようにサクラの目を見た。
「抜けねえ」
「だって、想像だけでそんな顔になってるんじゃ、」
「ぜってー抜けねえってば!」
勢いよく立ち上がる。
「カカシ先生より俺の方がイルカ先生を知ってるに決まってるんだってばよ!」
サクラは目を丸くした。
「...別にあんたの事はどうでも、」
「俺は間違ってる方に賭ける!」
「負けたら罰ゲームよ。どうするのよ」
「負けたら一楽のスペシャルラーメンを大盛りで奢るってば!」
「...じゃあ決まりね」
勢いで言い切るナルトを見て、サクラは呆れたように。でも、目を細めてナルトを見つめ微笑んだ。


数日後、任務が終わり解散を受ける。
カカシが報告へと姿を消し、自分もさっさと帰ろうとしたナルトの耳をサクラが引っ張った。
「痛てっ、何すんだよサクラちゃん」
痛さに名前を呼ぶと、サクラが手を離した。
「ナルト、あんた何帰ろうとしてんのよ」
「え?」
ずい、とサクラが顔を近づける。
「忘れたの?この前の事」
「...忘れてるわけねーってば」
そう、忘れているわけがない。
でも、ここ数日考えていたら、そんなことはあるわけがないと思えてきたからだ。
話を聞いた当初は、どうしてもいのやサクラに言われた言葉がちらついて、そうかもしれないと思っていたが。
あのイルカが。カカシを恋人になんて、よく考えたらあるわけがない。
あって欲しくないが本当のところだが、実際あの二人を観察しても、気配すら見せない。
それを言ったら、サクラにまた耳を引っ張られた。
「あんた馬鹿?」
「え、...何で、」
耳から手を離すと、大きく息を吐いてサクラはナルトを見た。
「一般人なら兎も角、忍びがそう簡単に自分の事を詮索させる訳ないでしょ?」
「...カカシ先生はそうかもだけど」
ふてくされたような返答をするナルトをサクラは見つめる。
「まあ、イルカ先生は大っぴらな所あるし、性格も裏表はないだろうけど。さすがに聞いて、はいそうです、なんて言う訳ないでしょ」
呆れたと言わんばかりにサクラはため息を吐く。
それは流石にナルトでも分かっている。
「でもさ、」
「でも何よ」
言い掛けていた口を、ナルトは結んだ。
でも。
もっと言えば。
聞いたら嘘でも違うって、言って欲しい。
勝手な独占欲のようなものが、ここ数日、ナルトを支配していた。
イルカの無骨な手。
怒った時はその手が自分を殴り、嬉しい時は頭を撫でてくれた。
そのイルカの手が。
恋しくなった。
自分のものだけではないのは、今も重々分かっているが。
ただ、嫌だと。思う。
そんな事を思い、サクラの冷たい視線を受けながらも一人ため息をつき、視線を上げたその先に。
イルカを見つけた。雑踏の中でさえも、見間違える事はない。
沈んでいた気持ちがぶわっと嬉しさで覆される瞬間。
ナルトは反射的に身体が動いていた。
「ちょ、ナルト!?」
サクラの呼び止めよりも先に、ナルトは目標に向かって走り出していた。
黒い尻尾が歩く度に揺れている。
あの大きな背中に飛びつきたい。徐々に近づく距離に踏み出した足に力を入れ、名前を呼ぼうと口を開き、
「イルカ先生」
そう呼んだのは自分ではなかった。
カカシが、イルカの歩く先に立っているのが見えた。
イルカは呼ばれたまま、カカシへと歩みを向けて。
本当は。自分へ向かせるつもりだったはずのイルカは、自分にさえ気が付いていない。
ナルトは二人の姿をじっと見つめる。
そこから、イルカに抱きつこうとしていた、自分の手のひらを。ぎゅっと握った。
再び足を踏み出す。
「イルカ先生」
はっきりと名前を呼んだ。
振り返ったイルカは、想像通り。黒い目を緩ませ、微笑んだ。
「なんだ、ナルトか」
白い歯を見せて笑うイルカの笑顔。その笑顔のまま、強い眼差しで見つめるナルトの視線に、イルカは小さく首を傾げた。
「どうかしたのか」
「なあ先生。ラーメン食いに行こうよ」
いつもの誘いを口にした。
いつもの口調より甘えた感じになっているのはナルト自身気が付いていない。
せがむような目に、イルカは一瞬目を丸くするも。
うーん、と困った顔で頭を掻いた。
「悪いな、ナルト。今日はちょっとな」
それも、よくあるイルカの断りの台詞。
ナルトはイルカの後ろにいるカカシに視線を移した。眠そうな目がこっちを見ていた。
いっつもいっつも余裕だらけの表情しかしていないが。今日はそれがすごく気に入らないと、感じる。
一回唇を噛んで、そこからナルトはカカシににこっと笑った。
「カカシ先生ってば知ってる?」
不意のナルトの微笑みに、カカシはんー?とイルカ越しにナルトを見ながら顔を傾けた。
「何が」
「イルカ先生の好きなラーメンの種類」
「あぁ」
そんな事、と続け。
「醤油でしょ」
「ぶっぶー!味噌と醤油は同じくらい好きなんだってば」
言い返すようなナルトに、カカシは眉を下げた。
「へえ、やっぱカカシ先生は何にもイルカ先生の事知らねーんだな」
こらこらナルト、と口を開いたイルカをナルトは無視した。
「じゃあ癖は?」
「癖?」
聞き返すカカシをしっかりと見つめ返す。
「イルカ先生は集中してる時は右足を揺らすんだよね」
「ふぅん」
「右利きだけど、投げる時は左投げだって知らねーだろ」
「え、左?」
イルカが反応を示し、ナルトは頷いた。
「先生、授業中はチョーク持ちながら、左でこっちに色々投げつけてきたってば」
「あぁ、そう言えばそうだな」
言われてイルカは感心したような声を出した。
「よく見てるな、ナルト。っていうかそれはお前が話を聞かずに寝てるからだろうが」
ナルトはふん、と顔を背ける。
「あとは、左の小指に傷があるし」
「ああ、それはお前が家でふざけてグラスを割ったから、」
「先生の部屋が狭いんだもん」
「ナルト、お前なあ」
イルカの声を聞きながらナルトはじっとカカシを見つめる。微かに不機嫌そうに見えるのは気のせいではない。
ナルトは内心ざまあみろ、と毒づく。
「あとは、先生のほくろは、腕と足同じ数なんだってばよ!」
3つと3つ!自慢げに両手で指を3本立てカカシに向けた時。
「違うよ」
カカシに否定され、ナルトは眉を寄せた。
「んな事ねーってば!課外授業で川で先生と一緒に数えて、」
「ここ」
と、カカシは左腕を上げた脇に近い場所を指さす。
「...そんなところ、ありましたっけ」
イルカも知らなかったのか不思議そうに問う。
「そんなの嘘だってばよっ。でまかせだってばっ。俺はイルカ先生と一緒に、」
「そうですよ、俺そんなところにほくろなんて」
「いや、ホントだよ。だってイルカ先生いつもこうやって顔を隠す時に、」
カカシが自分自身の顔を隠すように両腕を上げ。
「...隠すって...何だよ...?」
顔を隠す。
それが一体どんな時なのか。
カカシに言われても、ぴんとこないナルトは口を開けたまま訝しんだ表情しか作れない。
その横で。顔が徐々に赤みを帯びながら目つきが鋭くなっていくイルカに気が付くはずもなく。

少し離れた場所で一部始終を見守っていたサクラは、温度差がすごい三人を、遠い目で見つめながら。
分かった事はただ一つだった。


ナルト、罰ゲーム決定。

<終>
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