決意表明
正月三が日が過ぎ、当番制で年末年始関係なく受付の出勤はしていたが、アカデミーは冬休み。休みモードの服装でスウェットに半纏を羽織ったままのイルカは、こたつに入ってテレビを見ていた。
正月番組はいつもより華やいでいるが、毎年同じように見える内容。
イルカは欠伸をすると、ごろりとそのまま寝転がった。
視界に入るのは、いつもと変わらない自分の部屋。年を越した事で新しく張り替えたカレンダーは商店街でもらったものだ。
あと毎年変わるところと言えばーー。
起きあがったイルカは玄関へ視線を向ける。備え付けの古い木製の下駄箱の上に、毎年飾るはずの干支の置物である土鈴はそこにはない。
大晦日は出勤で受付で年を越した。その出勤明けのまだ人がまばらな早朝に、いつもの神社へ出向いていたのだから、その時に買っても良かったのだが、どうしてもその時に買いたいと思えなかった。
今年の干支である戌の土鈴は、まん丸くしっぽがぴょこんと上がった可愛いらしい形をしていた。
その土鈴を見て思い出したのはカカシだった。
それだけでうっかり頬が熱くなりそうになり、イルカは顔をぐっと引き締めた。
ホントに俺の恋人になってくれるの?
カカシが驚いた顔を見せたのは年末も押し迫った日。イルカの告白に目を見開いたカカシにイルカが頷くと、殆ど顔が隠されているにも関わらず、白い頬がほんのり朱色に染まったのが分かった。
任務中はおろか、普段でさえ見せない人間味溢れる表情を全面に出され、イルカもまたつられるように顔が赤くなる。
緊張したまま返事を待つイルカに、カカシはふにゃりと笑った。
嬉しい、夢みたい。
恥ずかしそうに、でも嬉しそうに。はにかんだカカシの表情に、丸で少女マンガの一コマのようにイルカの胸がきゅんと鳴った。
夢じゃないだろうか。カカシが思うよりもイルカもそう思わざるを得ない状況になり、お互いに赤面をした。
というのが年末。そのまま年末年始は恋人らしく過ごせるかと思っていたが、甘かった。
昨年のクリスマスは珍しく里で過ごせたと言っていたカカシだが、大晦日にきた任務要請は正月を跨ぐ短期任務だった。
まあこんなもんだよね、とお互いに笑って受け入れる(もちろん諦めもあるのだが)のは里の忍びであるからだ。どんな状況であろうとも任務要請はあり常に里では人が動いている。
自分も自分でアカデミーが冬休みであろうが、受付業務と歩哨にもあたっていた。
だから少し眠いんだけど。
こたつにもぐって顎をテーブルに置いたところで、こたつと日向の暖かさについうとうととしたイルカは、いかん、と頭を振った。里外で(たぶんSランクであろう)任務に出ていたカカシが今夜帰還する予定だというのに。
イルカは頭を掻きながら立ち上がった。
マフラーで覆った口元からも白い息が漏れる。歩道の脇には雪がまだ溶け残っていた。
歩きながら民家の脇で目にしたのは溶け始めている雪うさぎたった。隣には小さな雪だるまが並んでいる。マンリョウかセンリョウの実だろうか。ちゃんと可愛らしい赤い目がついていた。それでもちゃんと表情が見えるその雪だるまにイルカは目を細めながら歩く。きっと近所の子供たちが作ったのだろう。
もう来週にはアカデミーが始まる。始まったら始まったで大変で忙しい日々になるだろうと分かっているのに。子供たちが恋しくなっている自分に気が付き苦笑いを浮かべた。
4日と言うこともあり、通常の営業を再開している商店街は賑わっていた。日用品と魚を買ったイルカは八百屋へ足を運んだ。今夜、カカシは会いにくるのだろうか。出来れば一緒に夕飯を食べたい。だが、返る日は決まっているものの、任務の予定はほぼ未定と言って等しい。時間が遅ければきっとカカシは気を使って顔を出さずに自分の家に返るのだろう。
本当はどんな時間でも会いたいし、会いに来て欲しい、が本音だった。ただまだつきあい始めて何日も経っていない分、恋人としての距離を掴むのは正直難しい。そんな事をカカシに求めていいのか、言ってもいいのか。
この年で今更ながらに恋愛の悩みを抱え、イルカは野菜を眺めながら小さく息を吐き出した。
野菜の隣には果物が並んでいる。もうすぐ家にあるみかんがなくなりそうだから、みかんも少し買っていこうか。
段ボールに入っているみかんを手に取った時、
「・・・・・・イルカ先生?」
後ろでは多くの客が行き交う中、雑踏から呼びかけられた声に反応したイルカは顔を上げ背を向ける。
そこにはカカシが少し驚いた顔で立っていた。
「カカシ先生」
カカシの顔を見て、驚きと嬉しさが一気にこみ上げる。名前を呼ぶと、カカシは嬉しそうに微笑んだ。
「任務はもう終わられたんですか?」
一歩近づくイルカに、微笑んだカカシは頷く。
「うん。今回は予定よりも早く片づいたから。ね、先生、どうしたの?」
カカシはイルカの髪を指さした。
そこでようやく自分の髪型を思い出す。いつもは髪を一つに結ってあるのだが、今日はそのまま外に出ていた。下ろした黒い髪にはマフラーが巻き付けてある。カカシが自信なさげにイルカの名前を呼んだ理由が分かった。
「えっと、今日は何にもなく休みだったので無精してこのままで、」
あちゃー。内心苦笑しながら、カカシの驚きながらも見つめられる視線に、イルカは恥ずかしそうに笑うしかなかった。
晴れて想いを寄せていたカカシと恋人になったわけだが、こんな姿を見せる事になるなんて。いかに自分が今までだらしない生活を送っていたのか。
それにこうしてた方が暖かいし、楽だし、いや、変だと思ってますけど、と言い訳を並べるイルカを惚けたように見つめたカカシは首を横に振った。
「いや、そのままでも。全然」
その後は口に出さなかった。でも、分かってしまった。
伝わった本音に反応し、顔が熱くなる。
「みかん買っていくのかい?」
顔を向けると、八百屋のおばちゃんが腰に手を当て立っていた。買い物を止めてしまっていたイルカは慌てて笑顔を作った。
「ええ。じゃあこのみかんと、白菜と大根もください」
ざるに盛られたみかんを指さし、
他の野菜も一緒にお願いをする。おまけだからと数個のみかんをさらに入れてくれた袋を受け取ると、イルカは礼を言って八百屋を後にした。
「結構たくさん買ったね」
そう口にしたカカシの手には、先ほど八百屋で買った野菜とみかんが入った袋。男が持つにはそこまで重くもないが、半分持つと言われたイルカは、素直にカカシに甘えた。
二人で買い物袋を持ちながら商店街を歩く。
行き交うどの客も正月明けの買い物なのだろう、イルカの様に両手に袋を持って歩いていた。
甘えててみたものの、自分のような気の抜けた休日の服装とは違い、カカシは制服を着込んでいる。しかも短期の任務明けだ。
改めてそんなカカシに買い物袋を持たせてしまっている事に、申し訳なく感じる。
と、カカシがイルカへ顔を向けた。
「ねえイルカ先生。もう初詣は行ったよね?」
聞かれたイルカは少し視線を揺らした。日付が変わった後、仕事帰りに神社に立ち寄ったのは間違いがない事実だった。
カカシと一緒に行く約束はしていなかったものの、後ろめたさを感じるのはカカシと一緒に行きたかったという気持ちが自分にあったからだ。
だったら何で神社に立ち寄ったのかと言われたら、何も言えない。神社に向かったのは習慣に近い感覚だったから。
信仰深いわけではないが、子供たちや元教え子の事になれば別だった。
それに、隣にいるカカシが無事帰還出来るようにと。願わずにはいられなかった。
そんな事は言えないけど。
イルカはカカシの横顔をそっと見つめながら口を開いた。
「ええ、正月挟んだ仕事明けに、」
「そっか」
そこまで気にする様子もなくカカシはそう答えると、どうしよっかなーと買い物袋を持った手で頭を掻いた。
「ねえ、神社ってすぐこそだからさ、ちょっとつきあってくれない?」
「初詣ですか?」
「うん」
カカシは頷く。
「もちろんいいですよ。俺ももう一回足を運びたいと思ってたんで」
承諾すると、カカシと一緒に神社へ向かった。
いつもより人がいるものの、正月三が日を過ぎたからだろうか。神社に人はちらほら程度で、参拝にも順番を待つことなくお参りが出来た。
ポケットから小銭を取り出したカカシは、お賽銭を投げ入れた後、本坪鈴をガランガランと鳴らす。
イルカもその後に続き、手を合わせた。
正直、今もカカシと恋人同士になれたなんて、信じられない気持ちだった。浮き立つ気持ちは今もある。
目を開けて横にいるカカシへ顔を向けると、まだ手を合わせていた。信じられないのに、カカシはこうして今自分の横にいて、両腕に買い物服を下げているその姿に幻でもなんでもないと、実感する。横顔を眺めていると、カカシの目が開いた。
「ごめんね、待った?」
「いえ、全然」
「じゃあ行こっか」
がさがさと袋の音を立てながらカカシは歩き出した。
隣の社務所へ顔を出すと、もうないかもしれないと思っていた干支の形をした土鈴を見つけ、ほっとする。
たまたま社務所にいた神主がイルカに声をかけた。時々アカデミーでもお世話になっている事もあり、一礼をして挨拶をする。
会話を終えた時、カカシが横にいない事に気が付いた。振り返り辺りを見渡すと銀色の髪が直ぐに目に入った。一番奥の大きな松の下で背を向けている。
砂利の音を立てながらカカシの元へ足を向けた。カカシがいる場所に設けられているには、真新しい木製の柵。絵馬掛所だった。待っている時間つぶしに、掛けられている絵馬を眺めているのだろうか、カカシは動かなかった。
「カカシさん、何してるんですか?」
「え?わっ、」
砂利の大きな音を立てながら近づいたのにも関わらず、イルカの声にカカシは驚いた表情を見せた。
背中を向けていたカカシへのぞき込んだイルカの目に飛び込んできたのは、絵馬だった。
思わずその絵馬を持つ手をイルカから遠ざけるように上げたカカシを、イルカはぽかんとした表情で見つめ、しかし、カカシの書いた内容はしっかりと見てしまっていた。
イルカ先生とキスをする。
カカシの字で、そう書かれていた。
見ていないフリも出来たかもしれない。でもあまりにも想像していなかった。しかし誤魔化そうにもじわりと顔が赤くなるのは抑えられなかった。
素直に顔に出てしまったイルカに、カカシはしまったと少し困惑した表情を浮かべ、そこから責める眼差しをイルカに向けた。
「見たよね」
恥ずかしいのか、カカシの顔も少し赤い気がする。
が、それを見せられたこっちの方がもっと恥ずかしい。
「見たって言うか、見えちゃったんです」
好きで見た訳じゃない。
むくれて返すものの、やはり内容を見てしまったと言う負い目が強く感じてしまう。
でも。
キスって。
七夕ならまだしも、正月の絵馬に書くような内容じゃねえだろう。
まるで恋をしている初恋の相手に想いを寄せる十代の女の子だ。
元々いかがわしい本を持ち歩いている事も知ってはいたから、予想範囲内と言えば範囲内だけど。
不謹慎だと責めたくなる気持ちをぐっと堪えた。
ーーそれに。
そっと視線を向けると、参ったなと言いながらカカシは頭を掻く。
「大体、キスなんて神様にお願いする事じゃないと思いますけど」
少しむくれ気味に、当たり前の事をぼそりと口にした。
だって、恋人同士なのに。
そんなイルカの言葉にカカシは驚いた顔をした後、納得していないような、そんな顔を見せる。
眉を寄せるイルカにうーんと唸ったカカシは口を開いた。
「そうなんだけど。いや、そうじゃなくって。俺はムードを大事にしたいの」
ムード。
ピンとこないイルカは首を傾げた。そんな内容を絵馬にお願いするくらいなのに、今度はムードを大切にしたいと言う。
「じゃあ。俺からしてあげましょうか?」
意地悪く聞くと、カカシは目を丸くした後頬を赤させ慌てて首を振った。
「違うって。そうじゃなくって。もー、イルカ先生はムードがないなあ」
ムードムードって、それってそんなに大事なのか?
否定され困った顔をすれば、カカシは手に持った絵馬に目を落とした。
「こういうのってさ、願いを叶えてもらうんじゃなくて、それを叶える事を誓うものでしょ。決意表明、・・・・・・みたいなさ」
自分の書いた文字をじっと見つめる。
「だから。これは俺の誓いで、決意だから」
絵馬に向けていた顔をイルカに向けた。
「ちゃんと俺からしたいから。だから、ちょっとだけ待ってて」
目の前のカカシは耳まで赤い。何を言ってるのか分かっているのに、一気にキャパオーバーになる自分の頭は、ホント情けないと思う。
こんな事で泣きたくなる感情がコントロール出来ない事も。
できる事ならば、俺はこの人とずっと一緒にいたいなあ。
イルカはこみ上げるものを抑えるようにぐっと奥歯に力を入れて、向かい合ったカカシを見つめる。
「はい」
と、それだけ答えると。カカシは嬉しそうに微笑んだ。
それが今年最初の二人のお話。
<終>
正月番組はいつもより華やいでいるが、毎年同じように見える内容。
イルカは欠伸をすると、ごろりとそのまま寝転がった。
視界に入るのは、いつもと変わらない自分の部屋。年を越した事で新しく張り替えたカレンダーは商店街でもらったものだ。
あと毎年変わるところと言えばーー。
起きあがったイルカは玄関へ視線を向ける。備え付けの古い木製の下駄箱の上に、毎年飾るはずの干支の置物である土鈴はそこにはない。
大晦日は出勤で受付で年を越した。その出勤明けのまだ人がまばらな早朝に、いつもの神社へ出向いていたのだから、その時に買っても良かったのだが、どうしてもその時に買いたいと思えなかった。
今年の干支である戌の土鈴は、まん丸くしっぽがぴょこんと上がった可愛いらしい形をしていた。
その土鈴を見て思い出したのはカカシだった。
それだけでうっかり頬が熱くなりそうになり、イルカは顔をぐっと引き締めた。
ホントに俺の恋人になってくれるの?
カカシが驚いた顔を見せたのは年末も押し迫った日。イルカの告白に目を見開いたカカシにイルカが頷くと、殆ど顔が隠されているにも関わらず、白い頬がほんのり朱色に染まったのが分かった。
任務中はおろか、普段でさえ見せない人間味溢れる表情を全面に出され、イルカもまたつられるように顔が赤くなる。
緊張したまま返事を待つイルカに、カカシはふにゃりと笑った。
嬉しい、夢みたい。
恥ずかしそうに、でも嬉しそうに。はにかんだカカシの表情に、丸で少女マンガの一コマのようにイルカの胸がきゅんと鳴った。
夢じゃないだろうか。カカシが思うよりもイルカもそう思わざるを得ない状況になり、お互いに赤面をした。
というのが年末。そのまま年末年始は恋人らしく過ごせるかと思っていたが、甘かった。
昨年のクリスマスは珍しく里で過ごせたと言っていたカカシだが、大晦日にきた任務要請は正月を跨ぐ短期任務だった。
まあこんなもんだよね、とお互いに笑って受け入れる(もちろん諦めもあるのだが)のは里の忍びであるからだ。どんな状況であろうとも任務要請はあり常に里では人が動いている。
自分も自分でアカデミーが冬休みであろうが、受付業務と歩哨にもあたっていた。
だから少し眠いんだけど。
こたつにもぐって顎をテーブルに置いたところで、こたつと日向の暖かさについうとうととしたイルカは、いかん、と頭を振った。里外で(たぶんSランクであろう)任務に出ていたカカシが今夜帰還する予定だというのに。
イルカは頭を掻きながら立ち上がった。
マフラーで覆った口元からも白い息が漏れる。歩道の脇には雪がまだ溶け残っていた。
歩きながら民家の脇で目にしたのは溶け始めている雪うさぎたった。隣には小さな雪だるまが並んでいる。マンリョウかセンリョウの実だろうか。ちゃんと可愛らしい赤い目がついていた。それでもちゃんと表情が見えるその雪だるまにイルカは目を細めながら歩く。きっと近所の子供たちが作ったのだろう。
もう来週にはアカデミーが始まる。始まったら始まったで大変で忙しい日々になるだろうと分かっているのに。子供たちが恋しくなっている自分に気が付き苦笑いを浮かべた。
4日と言うこともあり、通常の営業を再開している商店街は賑わっていた。日用品と魚を買ったイルカは八百屋へ足を運んだ。今夜、カカシは会いにくるのだろうか。出来れば一緒に夕飯を食べたい。だが、返る日は決まっているものの、任務の予定はほぼ未定と言って等しい。時間が遅ければきっとカカシは気を使って顔を出さずに自分の家に返るのだろう。
本当はどんな時間でも会いたいし、会いに来て欲しい、が本音だった。ただまだつきあい始めて何日も経っていない分、恋人としての距離を掴むのは正直難しい。そんな事をカカシに求めていいのか、言ってもいいのか。
この年で今更ながらに恋愛の悩みを抱え、イルカは野菜を眺めながら小さく息を吐き出した。
野菜の隣には果物が並んでいる。もうすぐ家にあるみかんがなくなりそうだから、みかんも少し買っていこうか。
段ボールに入っているみかんを手に取った時、
「・・・・・・イルカ先生?」
後ろでは多くの客が行き交う中、雑踏から呼びかけられた声に反応したイルカは顔を上げ背を向ける。
そこにはカカシが少し驚いた顔で立っていた。
「カカシ先生」
カカシの顔を見て、驚きと嬉しさが一気にこみ上げる。名前を呼ぶと、カカシは嬉しそうに微笑んだ。
「任務はもう終わられたんですか?」
一歩近づくイルカに、微笑んだカカシは頷く。
「うん。今回は予定よりも早く片づいたから。ね、先生、どうしたの?」
カカシはイルカの髪を指さした。
そこでようやく自分の髪型を思い出す。いつもは髪を一つに結ってあるのだが、今日はそのまま外に出ていた。下ろした黒い髪にはマフラーが巻き付けてある。カカシが自信なさげにイルカの名前を呼んだ理由が分かった。
「えっと、今日は何にもなく休みだったので無精してこのままで、」
あちゃー。内心苦笑しながら、カカシの驚きながらも見つめられる視線に、イルカは恥ずかしそうに笑うしかなかった。
晴れて想いを寄せていたカカシと恋人になったわけだが、こんな姿を見せる事になるなんて。いかに自分が今までだらしない生活を送っていたのか。
それにこうしてた方が暖かいし、楽だし、いや、変だと思ってますけど、と言い訳を並べるイルカを惚けたように見つめたカカシは首を横に振った。
「いや、そのままでも。全然」
その後は口に出さなかった。でも、分かってしまった。
伝わった本音に反応し、顔が熱くなる。
「みかん買っていくのかい?」
顔を向けると、八百屋のおばちゃんが腰に手を当て立っていた。買い物を止めてしまっていたイルカは慌てて笑顔を作った。
「ええ。じゃあこのみかんと、白菜と大根もください」
ざるに盛られたみかんを指さし、
他の野菜も一緒にお願いをする。おまけだからと数個のみかんをさらに入れてくれた袋を受け取ると、イルカは礼を言って八百屋を後にした。
「結構たくさん買ったね」
そう口にしたカカシの手には、先ほど八百屋で買った野菜とみかんが入った袋。男が持つにはそこまで重くもないが、半分持つと言われたイルカは、素直にカカシに甘えた。
二人で買い物袋を持ちながら商店街を歩く。
行き交うどの客も正月明けの買い物なのだろう、イルカの様に両手に袋を持って歩いていた。
甘えててみたものの、自分のような気の抜けた休日の服装とは違い、カカシは制服を着込んでいる。しかも短期の任務明けだ。
改めてそんなカカシに買い物袋を持たせてしまっている事に、申し訳なく感じる。
と、カカシがイルカへ顔を向けた。
「ねえイルカ先生。もう初詣は行ったよね?」
聞かれたイルカは少し視線を揺らした。日付が変わった後、仕事帰りに神社に立ち寄ったのは間違いがない事実だった。
カカシと一緒に行く約束はしていなかったものの、後ろめたさを感じるのはカカシと一緒に行きたかったという気持ちが自分にあったからだ。
だったら何で神社に立ち寄ったのかと言われたら、何も言えない。神社に向かったのは習慣に近い感覚だったから。
信仰深いわけではないが、子供たちや元教え子の事になれば別だった。
それに、隣にいるカカシが無事帰還出来るようにと。願わずにはいられなかった。
そんな事は言えないけど。
イルカはカカシの横顔をそっと見つめながら口を開いた。
「ええ、正月挟んだ仕事明けに、」
「そっか」
そこまで気にする様子もなくカカシはそう答えると、どうしよっかなーと買い物袋を持った手で頭を掻いた。
「ねえ、神社ってすぐこそだからさ、ちょっとつきあってくれない?」
「初詣ですか?」
「うん」
カカシは頷く。
「もちろんいいですよ。俺ももう一回足を運びたいと思ってたんで」
承諾すると、カカシと一緒に神社へ向かった。
いつもより人がいるものの、正月三が日を過ぎたからだろうか。神社に人はちらほら程度で、参拝にも順番を待つことなくお参りが出来た。
ポケットから小銭を取り出したカカシは、お賽銭を投げ入れた後、本坪鈴をガランガランと鳴らす。
イルカもその後に続き、手を合わせた。
正直、今もカカシと恋人同士になれたなんて、信じられない気持ちだった。浮き立つ気持ちは今もある。
目を開けて横にいるカカシへ顔を向けると、まだ手を合わせていた。信じられないのに、カカシはこうして今自分の横にいて、両腕に買い物服を下げているその姿に幻でもなんでもないと、実感する。横顔を眺めていると、カカシの目が開いた。
「ごめんね、待った?」
「いえ、全然」
「じゃあ行こっか」
がさがさと袋の音を立てながらカカシは歩き出した。
隣の社務所へ顔を出すと、もうないかもしれないと思っていた干支の形をした土鈴を見つけ、ほっとする。
たまたま社務所にいた神主がイルカに声をかけた。時々アカデミーでもお世話になっている事もあり、一礼をして挨拶をする。
会話を終えた時、カカシが横にいない事に気が付いた。振り返り辺りを見渡すと銀色の髪が直ぐに目に入った。一番奥の大きな松の下で背を向けている。
砂利の音を立てながらカカシの元へ足を向けた。カカシがいる場所に設けられているには、真新しい木製の柵。絵馬掛所だった。待っている時間つぶしに、掛けられている絵馬を眺めているのだろうか、カカシは動かなかった。
「カカシさん、何してるんですか?」
「え?わっ、」
砂利の大きな音を立てながら近づいたのにも関わらず、イルカの声にカカシは驚いた表情を見せた。
背中を向けていたカカシへのぞき込んだイルカの目に飛び込んできたのは、絵馬だった。
思わずその絵馬を持つ手をイルカから遠ざけるように上げたカカシを、イルカはぽかんとした表情で見つめ、しかし、カカシの書いた内容はしっかりと見てしまっていた。
イルカ先生とキスをする。
カカシの字で、そう書かれていた。
見ていないフリも出来たかもしれない。でもあまりにも想像していなかった。しかし誤魔化そうにもじわりと顔が赤くなるのは抑えられなかった。
素直に顔に出てしまったイルカに、カカシはしまったと少し困惑した表情を浮かべ、そこから責める眼差しをイルカに向けた。
「見たよね」
恥ずかしいのか、カカシの顔も少し赤い気がする。
が、それを見せられたこっちの方がもっと恥ずかしい。
「見たって言うか、見えちゃったんです」
好きで見た訳じゃない。
むくれて返すものの、やはり内容を見てしまったと言う負い目が強く感じてしまう。
でも。
キスって。
七夕ならまだしも、正月の絵馬に書くような内容じゃねえだろう。
まるで恋をしている初恋の相手に想いを寄せる十代の女の子だ。
元々いかがわしい本を持ち歩いている事も知ってはいたから、予想範囲内と言えば範囲内だけど。
不謹慎だと責めたくなる気持ちをぐっと堪えた。
ーーそれに。
そっと視線を向けると、参ったなと言いながらカカシは頭を掻く。
「大体、キスなんて神様にお願いする事じゃないと思いますけど」
少しむくれ気味に、当たり前の事をぼそりと口にした。
だって、恋人同士なのに。
そんなイルカの言葉にカカシは驚いた顔をした後、納得していないような、そんな顔を見せる。
眉を寄せるイルカにうーんと唸ったカカシは口を開いた。
「そうなんだけど。いや、そうじゃなくって。俺はムードを大事にしたいの」
ムード。
ピンとこないイルカは首を傾げた。そんな内容を絵馬にお願いするくらいなのに、今度はムードを大切にしたいと言う。
「じゃあ。俺からしてあげましょうか?」
意地悪く聞くと、カカシは目を丸くした後頬を赤させ慌てて首を振った。
「違うって。そうじゃなくって。もー、イルカ先生はムードがないなあ」
ムードムードって、それってそんなに大事なのか?
否定され困った顔をすれば、カカシは手に持った絵馬に目を落とした。
「こういうのってさ、願いを叶えてもらうんじゃなくて、それを叶える事を誓うものでしょ。決意表明、・・・・・・みたいなさ」
自分の書いた文字をじっと見つめる。
「だから。これは俺の誓いで、決意だから」
絵馬に向けていた顔をイルカに向けた。
「ちゃんと俺からしたいから。だから、ちょっとだけ待ってて」
目の前のカカシは耳まで赤い。何を言ってるのか分かっているのに、一気にキャパオーバーになる自分の頭は、ホント情けないと思う。
こんな事で泣きたくなる感情がコントロール出来ない事も。
できる事ならば、俺はこの人とずっと一緒にいたいなあ。
イルカはこみ上げるものを抑えるようにぐっと奥歯に力を入れて、向かい合ったカカシを見つめる。
「はい」
と、それだけ答えると。カカシは嬉しそうに微笑んだ。
それが今年最初の二人のお話。
<終>
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