金曜日はあなたと一緒に。

昼休憩が終わった午後。
イルカは受付で書類の処理をしていた。
一日受付にいる場合、混み合わない限りは書類の処理や雑務をしている。
単調な作業だからこそ集中力が必要になり、それに伴い正確さと早さもまた大切だ。
イルカは書類を確認し、判子を押して左に移す。書き足す必要があれば、ペンで書き足し判子をぽんと押し左へ。
作業を始めてから30分近く経っただろうか。ただひたすらにその単調な作業を集中して進めていた。
斜め後ろの未処理の棚には、先程置かれたばかりの束の書類が置かれていた。
ぽん、ぽん、と判子を押す音が多少の時間のズレはあるものの、受付の部屋にリズムよく響く。
「イルカ」
「……ん?」
名前を呼ばれるが、目は書類に落としたまま。作業を止める事なくイルカは答えると、また隣で同僚が名前を呼んだ。
あと数枚で一区切りになるのだから、それくらい空気を読んで欲しい。
ちょっと待って、と口を開こうとしたら今度は強めに肘で突かれて身体が揺れ、判子を押す場所がズレそうになる。イルカは眉をわずかに寄せた。
「何だよ急に、」
顔を横に向けようと視線を上げ、目に映った人影にイルカの言いかけた言葉が止まる。
目の前に怠そうに立ち、頭をがしがしと掻いているのは、上忍のはたけカカシだった。
集中していてカカシの気配に全く気がついていなかった。
「あ、カカシさん」
驚き思わず口から出たのは少し間の抜けたような声。途端カカシの眉根が不快そうに寄った。
「あ、って、何その言い方」
表情の通り、不機嫌丸出しの口調にイルカは苦笑いを浮かべた。
「すみません。ちょっと集中してまして」
言われたカカシはじとっと机に積まれた書類を見る。そこからその目をイルカへ移した。
「だからって、そんなのただの言い訳でしょ」
そう言われたら反論のしようがない。
カカシに気がつかなかったのは事実なのだ。
イルカは素直を頭を下げた。
「すみません」
ふん、とカカシが鼻を鳴らすのが聞こえ、イルカは下げた頭をおずおずと上げる。上目遣いに見上げるイルカの目と目が合うと、カカシはふいと視線を横にずらした。
ったく、これだから困るんだよね。などとぶつぶつ文句がカカシから聞こえるが。イルカは気にせず口を開いた。
「あの」
「なに」
怪訝そうなカカシに手を差し出す。
「報告書、受け取りますが」
そこで、カカシはああ、と答えるとポケットから四つ折りにされた報告書を取り出す。無造作にイルカに突き出した。
「はい」
「ありがとうございます。確認しますので、お待ちください」
そのままカカシの報告書に目を落とせば、うん。と、小さな返事が耳に届き、イルカは報告書を確認しながら密かに笑みを浮かべた。
木の葉の業師と呼ばれるカカシは、いつもこんな感じだった。
無愛想で、そっけなく口が悪い。勿論中忍からは人気があるないより以前に、恐れられてしまう事がほとんどだ。
隣に座っている同僚は、酷く居心地が悪そうにしながら、やる必要のない書類の確認作業に没頭するふりをしている。
上忍の字は基本読みにくい。解読不可能な文字もあり、報告書を読むだけでも一苦労なのだが、カカシは読みやすい方だった。
と言うか、綺麗だ。
多少書き癖を感じるが、報告書のまとめ方も上手い。適切に端的に纏められている。好感さえ持てる。
確認し終えると、イルカは赤ペンで自分のサインを書き加え、最後に判子を押す。
カカシへ顔を上げ微笑んだ。
「問題ありません。ご苦労様でした」
カカシはその笑顔を受けると、また視線をそらす。
「じゃ、よろしく」
片手を上げ背中を向けられ、イルカもまた頭を軽く下げた。
今回の報告書の任務内容は、BランクからAランクへの変更がカカシによって書き込まれていた。勿論火影には先に報告済みだろう。
上忍でもそう簡単には一人ではこなせない内容。それを怪我一つなく遂行し、カカシは里に帰還している。
だから火影もカカシに任せているのだろうが。正直凄い、としか言いようがない。
どんな内容でも、イルカが受け取る時は紙一枚に書かれた報告書のみ。
その任務の過酷さは計り知れない。
イルカは自分で判子を押したカカシの報告書を見つめていると、背を向け歩きかけていたカカシが足を止めた。
それに気がつき顔を上げると、くるりと向きを変え振り返る。
つかつかとイルカの前まで歩み寄った。椅子に座ったままのイルカは、またカカシを見上げる形になる。
見つめる先のカカシは、怒っているような。眉根を寄せさっきより気難しい顔をしていた。
何回か瞬きをしながらカカシを見る。
「……あのさ」
「はい」
「あの、……さ、」
「はい」
「金曜日は……予定、空いてんの?」
口布からもにょもにょと発せられる言葉に、イルカは首を傾げた。語尾がよく聞き取れない。
「……え?」
聞き返すと、カカシの顔が険しくなった。
「だから、今週の金曜日の夜は空いてるかって聞いてんの」
勢いよく返され、イルカは目を丸くした。
むくれているような表情の、カカシの顔がほのかに赤い。
いつも白く冷たそうな肌が見せた色が珍しくて、ついカカシの頬へ視線を奪われていると、
「イルカ先生、聞いてる?」
返事をしないイルカにカカシが一歩詰め寄った。
勢いにイルカはまた、黒い目を丸くさせていた。
「はい……金曜は、空いてますけど……」
「そ」
カカシは息を吐き出した後、視線を戻す。イルカを見つめた。
「じゃあ、……飲みにいく?」
カカシの飲みの誘いに、イルカは少しの間の後、
「はい」
頷いた。
イルカから返事を受け取ると、じゃあまた来るから、と言葉を残して受付を出て行く。
今度こそ姿を消したカカシに、周りの空気が安堵に包まれた。

「イルカ、災難だな」
当のカカシがいなくなった事に心底ほっとしながら、同僚がイルカに声をかける。
イルカは黙ったまま赤ペンを持ち、カカシの出て行った扉を見つめた。
カカシの後ろ姿を。銀色の髪に、広い背中を思い出す。
今週の金曜日の夜は空いてるのかって聞いてんの。
強気で問うカカシ。
イルカはくるりと指で回していた赤ペンを止め、唇を結んだ。
分かってないなあ、とイルカはゆっくり息を吐き出す。
本当、カカシさんは分かってない。
ーーだって。

(予定……空いてるんじゃなくって。開けてたんですよ。カカシさん)

そう心で呟いた。
月に一回。カカシは必ず自分に声をかける。それを知っているから。カカシが里にいる金曜日は、予定を空けるようにしていた。
誘われてもいいように。一緒に飲みに行けるように。
こんな事、カカシ以外の人にはした事もない。
少し嬉しそうに出て行ったカカシの後ろ姿。
それを思い出したら直ぐに顔が熱くなるのが分かり、イルカは目を伏せた。
カカシは行くのは当然、と言う自信満々な顔をしていたのに。見つめる先のカカシの目は。不安で揺れていて。なのに頷いた時の安心しきったあの顔。
イルカは微かに眉を寄せた。
そこから切り替えるように、途中になっていた書類に取り掛かるも、またイルカはペンを止め口に当てる。
(……もし。もし俺がカカシさんの為に予定を空けるんだって。そう言ったら。カカシさんはどんな顔をするんだろう)
「…………」
想像しただけで、イルカは耳まで真っ赤に染まった。
でもこれはあくまで俺の想像で、だから本当にそんな感じになるか分からないし。
などと一人悶々としながら、恥ずかしさに悶えそうになるのを耐える。
「どうしたイルカ?」
同僚に聞かれても、何でもない。と答えるしかなかった。
(言いたいけど、言えっこない……今はまだ)
イルカはそっと卓上カレンダーに手を伸ばす。そして今週の金曜日の日付に赤い丸をつけると、愛おしそうにカレンダーを見つめ微笑んだ。



<終>



えみるさん、10000hitおめでとうございますー!
この前お礼いたしましたが、今回はお祝いです!
えみるさんの素敵な絵とブログ、毎回楽しみに足を運んでいる一人として、お祝い出来て嬉しいです(o^^o)
これからも楽しみにしています❤️
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なないろ
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