恋人同士


「別にいいじゃないですか」
カカシはイルカを不思議そうな顔で見た。
ご飯を食べた後、テーブルに向かい合って座る。
「よくないです。それに、もし火影様の耳にでも入ったら・・・どうするんですか」
「はあ・・・火影様ね・・・」
とぼけた顔でお茶をすする。

カカシと恋人同士になって一ヶ月。
できるだけ他の人には隠しておきたいのに、カカシは構わず人前でいちゃいちゃしたがった。
最初のうちは嬉しかったけど、手をつないだり腕を組まれたり。さすがに人の目が気になり始めた。

「2人きりの時はいいですけど、やっぱり外に出たら普通にしてて欲しいんです」
「普通って?俺はいつも普通ですけど」
「そうじゃなくて、上忍と中忍の関係、という事です」
「・・・・いやだなあ、そういうの」
ため息をつかれて、イルカはカカシを睨んだ。
「カカシさんはいいですよ。上忍だし、誰かに気兼ねすることもないし。俺は1日中アカデミーで生徒や同僚や、上司や、それに生徒の親にだって顔を会わすんです。そんな所でどうどうとなんて出来ません!」
「じゃあ、教師やめて他の管轄にしてもらえばいいじゃないですか」
「かっ簡単に言わないでください!教師は俺にとって天職なんです。そんな理由では辞めません!!」
テーブルを叩いて立ち上がる。

沈黙が流れ、カカシの顔がみるみる不機嫌になっていく。
そのカカシの気配に、熱くなった気持ちが一気にスーッと冷めてきた。
ちょっと、言い過ぎた・・かな。
恋人同士として、普通に仲良くしたいって言ってるだけだったのに。こんな怒鳴らなくてもよかったのかも。
でも、そんな理由で教師を辞めろなんて言うカカシさんも悪いし。
カカシを見れば、無表情が更に無表情になり、険悪な雰囲気でこぼれたお茶を見つめている。
「・・・帰ります」
「え?」
湯飲みをテーブルに置くと、玄関に向かい脚絆を履き始めた。
「あ・・の、カカシさんっ」
あわてて、カカシの後を追いかける。
「すいませんっ、ちょっと言い過ぎました」
「いいです、イルカ先生の言ってる事は正しいですから」

バタンと閉まる扉。
片手を上げたまま、カカシが出ていった後の扉を見つめる。
怒った。
あのカカシが。あんなに怒るなんて、思わなかった。
頭の中で必死で原因を探る。

そんな、悪い事したのか・・・?

カカシは翌日も、その翌日もアカデミーに姿を現さなかった。
報告にはくるが、よそよそしい態度でイルカの目もみない。

重々しい空気がイルカの周りに流れていた。

あんな無視する事ないんじゃないのか。
そりゃ、言い過ぎたとは思うけど、話す機会も与えてくれないなんて。
これじゃ仲直りしたくても出来ない。

だいたいカカシさんが謝ってきてもいいはずなんだ。確かにちょっとは言葉が悪かったかもしれないけど、間違った事なんて言ってない。

そう考えて、気を取り直す。

そんな矢先、飲み会が開かれた。
年に数回行われる、中忍と上忍の親睦会。はっきり言えば中忍が上忍を接待するための飲み会。
カカシが来るはずがない。

つき合いだけの飲み会なんて行っても楽しくないし、無意味ですから。

そうカカシが言っていたのを思い出す。
そう言っていたから、上忍の席にいるカカシの姿を見て驚いた。
いつも通りののんきな顔で、上忍と言葉を交わしている。

ビールを持って、近くに座った上忍に酒を注ぎながらカカシを見た。
中忍の女がカカシの横に居座っている。
お銚子を片手にすり寄っているのが、遠くにいるイルカからでもはっきりと見えた。

なんだあれ。

ビール瓶を持つ手に力が入る。あんな近寄る必要なんてないじゃないか。
カカシは相手にすることもないが、酌を拒む事もない。
女はカカシを色気を出してまとわりついている。
カカシに触れる度に、そわそわしている自分に気がついた。

身から出た錆とはこのことを言うのだろうか。我慢して席に座り直す。

「イルカ、こっちきて酒注げよ」
カカシの横にいた上忍に指名がかかった。
任務報告所の受付嬢的存在のイルカは、上忍には以外に名前が知れ渡っている。

指名されるのはいいけど、カカシの近くに行くのには抵抗があった。
あの女がまだカカシの横にいるというのに。
「お疲れさまです」
ぎこちなく笑顔を作って、呼ばれた上忍の横に座る。
カカシもだまって女に注がれた酒を飲んでいた。

手を伸ばせば触れる距離なのに。こんな近くにいるのに。
カカシがすごく遠い。

酒を注がれて、イルカも飲む。隣の女の声が耳に入る。聞きたくもない甘ったるい声。
近寄るな。触るな。話しかけるな。
頭の中で程度の低い罵倒をする。
話しかけてくる上忍に相槌をうちながらも、話の内容が全く耳に入らない。

「ねえ」

カカシの声が耳に入る。イルカがここに座って初めてカカシが口を開いた。
何を話すのだろう。考えただけで泣きたくなる。

「それ俺のだから」

その科白に思わずイルカは振り向いた。
カカシの視線はイルカの隣にいる上忍に向けられている。
何?今この人なんて言ったんだ?

「その手、どけてくれる?」

付け加えられる言葉。
上忍の手がイルカの太股にかかっていた。
そんな事、隣のカカシが気になって、イルカ自身は気づいてなかった。
言われた上忍も驚いて、口を開けたままポカンとカカシを見ている。
「ちょっと、きてください!!」
勢いよく立ち上がると、カカシの腕を引っ張って宴会場から連れ出す。
「痛いよ、イルカ先生」
「いいから!来てください!」
ぐいぐいひっぱって裏庭で手を離した。

「なんであんな場所であんな事言うんですか!」
真っ黒い目を潤ませて、息を弾ませながらイルカはカカシを睨む。
自分はあんなに我慢してたのに。あの我慢は一体なんだったのか。
「あいつがイルカ先生に触ったからです」
「触っただけじゃないですか!酒の席では良くある事です!」
俺だって、あの女がすり寄ったって我慢してたんだ。
口に出せない科白を呑み込む。
「分かってます。我慢しようと思ってました。だけど、」
小さくため息をついてイルカを見る。
「だけど何です?」

「イルカ先生が泣きそうな顔してたから」

「・・・・・え?」
「あの女がなんかする度にイルカ先生泣きそうになるんだもん。普通にしてろって言うから、大人しく酌させてたけど、イルカ先生のあんな顔見たら、黙ってられないでしょ?」

「泣きそうになんて・・・」
「なってたでしょ?」
すぐに否定されて、見抜かれていたのが恥ずかしい。言葉を詰まらせて俯く。
「・・・俺は嬉しかったですよ。それだけイルカ先生が俺のこと好きなのかあって思えて」
更にイルカの顔が赤くなる。
「でもね、やっぱあんな顔してほしくないから、今度からはイルカ先生が酒、注いでくださいね?」
優しい顔するのはずるいと思う。
あんな顔で言われたら、どんな事だって許してしまいそうになる。
そんな自分を誤魔化したくて、黙って少しむくれてカカシを見た。
「仲直り、します?」
断るはずがないと、確信してるのかイルカの返事をずっと待つ。
結局、自分が悪いのか。
当初の原因を思い出してため息をついた。
「・・・します」
カカシの胸にもたれて頭を肩に置くと、抱きしめられる。
「やっぱり素直なイルカ先生が一番です」
可愛いなあ、と頭を撫でられて。
目を瞑りカカシに寄りかかる。
堂々といちゃいちゃされるのも嫌だけど、今日みたいなおもいは二度としたくない。
これでいいのかな、と幸せを噛みしめる。

「でも、ベットの上が一番素直で可愛いんですけどね」


くだらない科白の一言で、イルカは口をきかなくなり、結局カカシが平謝りする事になった。


<終>
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