こいびと
「こら、なにやってんだ！」
廊下をすごい早さで駆けてきた生徒を掴まえると、イルカは手に持っていた出席簿で頭を叩いた。厚みのある出席簿で叩かれ、生徒が頭を両手で押さえる。いってー！と声を上げた生徒に、お前なあ、と呆れ混じりに屈んだ。
「よそ見して走ったら誰かにぶつかった時危ないだろう！それに何より廊下は走るな！」
今週何度目かになる説教に、生徒は何か言い返そうとするも、そこから不満そうにぷいとイルカから顔を背けた。言い返さないのは、自分が悪いと分かっているからで。あともう一言二言追加しようと思っていたが、仕方ないと、そこでイルカもため息を吐き出しながら表情を緩める。
「分かってんだったらもうするなよ」
教本で叩いた頭に今度は手のひらを乗せ、何回か撫でると生徒はその手を払った。
「ガミガミ説教ばっかしてるから先生は彼女が出来ないんだよ！」
驚きに目を丸くしたイルカに、隙ありと見たのか、べー、と舌を出してそのまままた駆け出す。
追いかけても良かったが。あんな一言で隙を見せた自分も自分だ。一本取られたなあ、とイルカは諦めるようにまた息を吐き出しながら小さく笑った。
「何騒いでたんだ？」
職員室に戻って直ぐそう同期に声をかけられ、え？と聞き返すと、ここまでお前の怒鳴り声が聞こえてきたぞ。
揶揄するように言われ苦笑いを浮かべれば、まあ、アカデミーはお前の怒鳴り声が名物だもんな。追加して言われた言葉に、名物とまではいかないが、間違ってはいない。だから、同調するように、まあな、とイルカは笑うしかない。
お前に彼女が出来ねえって？今度は別の同期に可笑しそうに言われて、それもまたイルカは笑って応えた。
「まあ、それも事実だもんなあ」
席に座った時にそんな声を投げかけられ、うるせーよ、と教材を置き、テストの答案用紙を机に広げ、採点の用意をしながらそう返す。
「いたの何年前だっけ？」
「それもうるせー」
そんな風にイジられるのはいつもの事だ。互いにそんな事をネタにして笑い合ってるのが日常で。
お前に言われたくねーなあ、と意地悪い返しをしながらイルカは赤ペンを握った。
採点を始めながら。
（･･････我ながら嘘をつくのが上手くなったな）
内心自分に感心しながらも、同期の連中に申し訳なくも感じる。イルカは机の上に肩肘を立て、額に軽く手を当てながらそんな事を思うのは。
もう半年前から恋人がいるからだ。
俺とつき合きあうのはどう？
飲みに行った帰り、カカシは会話の流れのように、さらりとそんな言葉を口にした。
へ？とその状況にに相応しい、素っ頓狂な声を上げるイルカに、けっこう合うと思うんだよね、俺たち。丸でそれがすごく良いアイデアのように、カカシは嬉しそうに続けた。
自分の中では月とすっぽんだと思った。食の好みや一緒に話す空気は合っているとは思ったが、階級も違えば見た目も性格も違う。ただ、はっきりと合っているのは性別だけだ。
一緒に酒を酌み交わすのも、どうなんだろうと言う躊躇いがあったのも事実だから。だから、飲み友達になりましょう、だったらまだ分かるのに。まさか恋人として提案をされなんて思ってもみなかった。ただ、流されるままにつき合い初めて、気がつけばもう半年経ってしまっている。
半年経つのに、自分でもまだ半信半疑な気持ちになっていることろはあり、いや、これは夢見心地と言うべきか。
ただ、カカシとつき合い、性欲も満たされることは予想外だった。
カカシと自分は経験の差は歴然だと言うことはわかっていたが、キスだけでもその上手さに舌を巻いたし、当たり前に押し倒され。そして頭では分かっていたが、自分は下で。普段は別の用途に使う場所を丁寧に、そして容赦なく慣らされた。
（結構淡泊な人だと思ってたんだけど）
報告所でカカシを見かけ、イルカの顔を見た途端嬉しそうに微笑むカカシに、ここは仕事場だからと反応しないよう必死に抑えながらも、当初のイメージと変わってきた事実に。イルカは、報告書を確認しながらもこっそりとカカシの顔を密かに見る。
俺なんかのどこがいいんだと、時々思うことがある。きっとカカシなら、望むならどんなタイプの女でも手に入れられるだろうに。カカシの過去の女性遍歴に興味はないが、その中の、自分はどんな場所を占めているんだろう、とか。
上忍仲間と話していたカカシが、向けた視線に気がついたのか、ふとこっちへ目を向ける。イルカは慌てて視線を外し、ペンを持つ手を動かした。
「先生、昼間は何考えてたの？」
跨がった自分を下から揺すり上げていたカカシがふと口を開く。何の事ですか？と額に汗浮かばせながら聞けば、腹から胸へ指を滑らせながら、ほら、報告所で。と、そう返され、鋭いなあ、と思いながらイルカは内心苦笑いを浮かべた。
「何も考えちゃいませんよ」
ただ、今日の夕飯は何を食べようかなって。カカシの動きに合わせながら腰を動かすイルカに、カカシは、そうなんだ、と答える。胸の突起を口に含まれイルカは身体をびくりとさせた。舌の先の尖った場所でなぶられ、下から緩く突き上げられ、甘い感覚にイルカは息を詰める。声を漏らした。
「今日の、鍋は、どう、でした？」
喘ぎながら聞けば、胸の先端をしゃぶっていたカカシが顔を上げる。にこりと微笑んだ。
「美味しかったよ。魚の出汁が出てて白菜も大根も甘くて、」
でも、今は先生がいい。
そう口にしたカカシに、背中に手を当てられそのままベットに押し倒される。最中なのに、急に体位を変えられ、うわ、とみっともない声を出すイルカに、大丈夫？とキスを落としながら優しい眼差しで見下ろす。
「もう集中して？」
だってそれはカカシさんが、と言う前に、カカシが唇をもう一度塞ぐと、そこから腰を激しく動かし始めた。
「もしかしてさっきの最後の一個だった？」
互いの熱が引き始めた頃、むくりと身体を起こしたカカシが、枕元に転がっていた箱を手に取りそう口にした。ああ、そうかもです、とイルカもまた上半身を起こしながら答える。
買ったのはつい最近だ。そのなくなる早さに慣れはしたが、もうなくなったのかと、自分たちのお盛んさに苦笑いするしかない。いや、そもそも一回で終わればこんな早くなくなる事もないはずだが、それを許している自分も自分だ。
内心そんな事を突っ込みながら、空箱をゴミ箱に入れるカカシの背中を目で追った。
翌週、イルカは居酒屋にいた。
週末の居酒屋は込み合う。そんな中でも待つことなくなんとか席に座れたのはラッキーだったと、仲間とテーブルを囲みながら、イルカは生ビールを喉に流し込んだ。
テーブルには唐揚げや餃子、串カツ、もつ煮など皆の食べたいものが並ぶ。これらのメニューは女が一緒ではなかなか頼めないのは事実で、合コンとなれば尚更だ。そして餃子と生ビールが合わないわけがない。美味そうに食べる同僚を眺めながら、イルカもニンニクがたっぷりと入った餃子を口にする。
酒を飲み同僚と職場の事を話していれば、自然愚痴が零れる。もっぱらよく話題になるのは人手不足の件だ。イルカからも火影に言ってくれと言われるも、既に伝えているし、その話題を口にすれば、火影には困った顔をして、そうせっつくな、と言われる。確かに人手が足らないのはどこも一緒で、実現出来ないのが里の今の現状だ。そして、里の事を考えるとそう愚痴も言っていられない。
そうだなあ、と頷きふと目線を上げたことろで、視界に入った銀色の髪にイルカはその目を留めた。
（カカシさんだ）
ジョッキを傾けながら視線を向ければ、自分たちと同じように、上忍数人と隅のテーブル席で酒を飲んでいる。
こんな風にカカシを見かけるのは珍しくない。大人数は苦手だと言っていた通り、特定の上忍仲間とだけで飲みに行く。アスマの隣で、くつろいだ様子で酒を飲んでいるカカシをイルカは密かに見つめた。
カカシと二人で飲みに行くと、たいてい喋っているのは自分だ。カカシもそれなりに話すが、聞き役になってくれているのか、話しやすくて、つい自分ばかり話してしまう。職場の愚痴なんてカカシに言っても仕方のない事だけど。
ただ、最近、同期や友人の前だと自分が聞き役になってる事に気がついた。ついさっきも、今もそうだが、なんだかんだで同僚の愚痴を聞いていた。無理をしているつもりもないから、不思議だが、周りとは違う視点で返してくれるカカシの言葉は、心地良い。
ただ、他の人と視点が違えど、先生は可愛いね、と言われた時にはものすごく戸惑った。自分の事を好いてくれているは分かったが、この自分を可愛いとか。今まで数多くの女性とつき合っただろうカカシだからこそ言い慣れているんだろうが。一度も言われた事がない自分からしたら、恥ずかしいったらない。首まで赤くなった。
一人そんな事を考えていれば、同僚から話を振られ、イルカは思考を切り替えるべく、顔を同僚へ戻した。
二杯目のビールを頼んで直ぐ、近くでカカシの名前が聞こえ、イルカはふと目を動かした。斜め後ろには自分と年齢が近い感じの女性が二人座っていた。元々そこまで広くない居酒屋で、隣り合うテーブルの距離は近い。ついさっきまでは周りの雑踏として耳に入りもしなかったが、注視すれば、当たり前だが、聞き耳を立てなくとも席が近いイルカにはその会話が聞こえる。明るい茶色の髪の女性が、酎ハイのグラスを傾けながら、でもさ、と口を開いた。
「愛想は悪いけど優しいのよ」
艶のある唇に魅力的な大きな目を少し先に向けている。その女性の視線の向きから、カカシの事を言っているのが直ぐに分かった。先述の通り、カカシが過去それなりに女性とつき合ってきたのは承知している。そこに異論を唱えるつもりもない。だけど。
カカシの事を友達に自慢するかのように話す女性が過去の他の男と比べ始め、忘れるような奴も結構いるのに、カカシはする時にはちゃんとゴムを用意してくれてたのよね、そう話す言葉を耳にして。
そうなんだ。と思いながら、運ばれてきたジョッキを口にする。
「なんか、用意周到なのが可愛くて」
付け加えた台詞を聞きながら可笑しそうに女性は笑う。どうでもいいはずなのに、イルカが口にする美味しいはずの生ビールの味はほとんどしなくなっていた。
どうでもいい事なのかもしれない。
それでも、心に引っかかったのは。
「ねえ、先生。ゴム持ってる？」
確か初めてする時、カカシがそう自分に聞いた。
アパートで自分が作った夕飯を食べて、テレビを見ながらそんな雰囲気になって。自分は家に誘った時点でそのつもりだったし、カカシもそのつもりなんだろうな、と思っていた。
ただ、自分の初めて使う箇所をカカシが丁寧に慣らし、いざ挿れる時になって、ポーチを探ったカカシが、こっちに顔を向け、ゴムがあるか聞かれた。
数多く、とはいかないが、自分も過去数人の女性とつき合いはあったから。ちょっと古いですが、と同じ部屋の押し入れに仕舞ってあったものを手渡した。それから、なんとなく家に自分が用意したゴムを使うから。カカシのを使った事がない。そもそも、まだつき合って半年で、カカシの家にさえ行った事もないが。
同僚たちと別れ、一人夜道を歩きながら、イルカはため息を吐き出す。
ーーあの女性と何が違うんだろう。
そんな言葉がふと浮かんで、イルカは思わず小さく笑った。
何がって。
性別から始まって、何もかも違うところだらけだ。
カカシは確かに優しいが。こんなむさい男相手にして、過去の綺麗な女性と同じつき合い方をするはずがない。
分かり切った事に、可笑しくなる。
同じ忍びなのに、髪の毛から爪の先まで手入れが行き届いた、お世辞ではない、綺麗なくの一だった。肌も白く柔らかそうで、女性らしい体つきは自分から見ても魅力的で。言い出したらキリがない。比べようがない細かい箇所が次々と頭に浮かぶ。いや、そもそも、自分は男だ。だから、そのくらい用意して当たり前で。
比べるつもりもなかったのに。どうしても頭から離れない。気分が沈む一方で、重くなる心に、自然と視線が下に下がった。
俺とつき合うのはどう？
カカシがそう聞いた時、その言葉に重いものは感じなく、自分が困らないように、頷きやすくしてくれたんだと思っていた。でも、反対を返せば、軽い言い方でもあり、ーー。
自分でそう言い切る事が出来なくて。思考をそこで止める。
カカシとつき合うと決めた時点で、色々細かい事を考えるのはよそうと決めたじゃないか。
言い聞かせるように心で呟いた。
翌日、外でカカシを見かけた時、イルカは思わず目を反らしていた。そこから、同じ方向へ向かうつもりだったが、その足を別の道へ向けたのは、気まずかったから。
多少遠回りだが、執務室がある建物にはたどり着ける。
そう思い背を向けた時、
「先生」
声をかけられ、ドキリとした。それがカカシだと分からないはずがなく。足を止め振り返ると、カカシが歩み寄る。何か、と言う前に、カカシが、今日ね、と口を開いた。
「俺早く上がれそうなんだけど、先生の家行ってもいい？」
いつもの笑顔を自分に向けていた。
「この前作ってくれた味噌汁食べたいな」
ほら、野菜がたくさん入ったやつ。嬉しそうに催促する。カカシの言う味噌汁は、要は冷蔵庫に残っている中途半端な野菜を片づけたくて作っただけの味噌汁で。でも、カカシはすごく喜んでくれた。
料理なんてそこまで得意でもなく、それでもやっぱりそう言われると嬉しくて。
心地の良い会話に。
これで遊びだったら。ある意味すごいと思う。
それか自分が単純なのか。
いいですよ、と答えようとしながらも、カカシが家に来るって事はそういうことなんだよな、と別の方向にも考える事ができ、イルカはそれだけで気分が重くなった。あのっ、とイルカはカカシへ顔を上げる。
「外で飯じゃ駄目ですか？」
少しだけ勢いのある口調に、カカシは一瞬、きょとんとした顔をした。
何で、と聞くわけでもない。もし聞かれたしても、今冷蔵庫に食材が少ないとか、適当に理由をつければいい。いいわけを考えるイルカの前で、じっと黒い目をカカシが見つめる。その眠そうな目で、何も話す前から見透かされそうで居た堪れない気持ちになった時、その青みがかった目が緩んだ。
「いいよ」
短く答えて微笑む。
「じゃあ後でね」
あっさり頷いた事に拍子抜けするイルカに、カカシはそう口にするとそのまま来た道へ戻っていく。
取りあえず、安堵して。イルカもまた執務室へ足を向けた。
居酒屋では終始楽しくて、いつもそうだが、カカシと飲むと酒が進む。それでも三杯飲んだことろでカカシと席を立った。
店を出て、夜風の寒さにイルカはぶるりと身体を震わせた。空を見上げれば雲一つなく、星が頭上でいくつも輝いている。
「寒いね」
イルカの後から店を出てきたカカシもまた、身を震わせながら両手をポケットに突っ込み、イルカの隣まで来る。
「でも、ほら。星が綺麗ですよ」
そう言えば、カカシは言われるがままに夜空を見上げる。ホントだ、と呟いた。本当にそう思ったからのか、自分に合わせたからのかは分からない。まあ自分も好んで星を眺める事もなく、残業の帰りに疲れて空を仰いでそこで気がつく事がほとんどだ。つき合って半年くらいしか経ってないが、カカシが何に興味があるのか。よく考えたら、そこまでよく知らない。自分は一体カカシの何を知っているんだろう。
二人並んで歩き出しながら、そんな事を考えた時、そう言えばさ、とカカシがこっちへ顔を戻した。ただこっちを見ただけなのに。月夜で照らされたカカシの顔と、その目の色に、何故かドキリとする。
「先生は月見ってしたりするの？」
自分の中では不意な質問だった。思考を切り替えるように頭を動かす。
「月見って、十五夜の？」
聞き返せば、そう、それ、とカカシは答えた。
「サクラがに教えてもらって初めて知ったんだけど、先生は月見をするのかなあって」
ようやく意味が分かり、ああ、と相づちを打つものの、十五夜で月を見たのは記憶にある限りない。知識として知っているものの、教師であるくせに色んな行事にとことん興味がなく、生徒から笑われたりもするくらいだ。だから、
「全くです。俺どっちかと言えば花より団子なんで」
そう返すとカカシが笑った。
「俺もね、そこまで興味はないんだけど。月見ながら先生と酒飲むのもいいなあって」
そこで言葉を切ってカカシがイルカへ顔を向ける。
「ね、来年一緒に月見しようよ」
嬉しそうに微笑み、何気なく口にするカカシに。素直にうんと頷けない自分がいた。十五夜なんて来週でも、一ヶ月先でもない。一年くらい先の事で、正直、今の自分にそんな先の事まで考える事は出来ない、というか、想像が出来ない。返答に困り、そうですねえ、と口にしながら言葉を探せば、
「ま、俺も任務が入るかもしれないし、絶対って訳じゃないけどね」
はっきりとした返答をしない自分に、答えやすいように促してくれたのか。そう思ったら、胸が痛んだ。
そんなつもりじゃない、と言いたくても。じゃあどんなつもりなんだと聞かれたら、それを上手く説明する自信もない。
もんもんとする自分に、俺ってこんなんだったのか？と嫌気がさす。過去、つき合った女性に暢気すぎると言われたくらい深く考えない性分だったはずなのに。
あんな名前も知らない女の一言で。こんなに心が乱されるなんて。
自分らしくないなあ、と情けなくなるイルカの横で、先生、明日は早番？とカカシに聞かれる。いえ、と首を振れば、
「じゃあ泊まって行ってもいい？」
そう続けたカカシに、また自分の判断力が簡単に鈍る。それを顔に出さないように努めるのが精一杯だった。
いや、でも。今さっき、自分でぐだぐだと考える自分はどうなのかと思ったばかりじゃないか。直ぐ即答出来ずにいれば、無理だったら、とカカシが言い掛け、あの、とイルカは遮るように声を出し顔を上げる。
「カカシさんの家じゃ、駄目ですか？」
イルカの言葉に、カカシは驚いたのか、目を丸くした。
「ごめんね、散らかってて」
玄関の扉を開け、イルカを先に入れたカカシにそう言われ、いえ、と返しながら。明かりが点いたカカシの部屋を見渡した。無性に心臓がどきどきとする。
どんな感じなのか、想像さえしてなかったけど。
自分の部屋なんかよりもずっと広く、そして片づけられていて、そして、当たり前だが、自分の部屋ではない匂いは、カカシのもので。それだけで、何故か緊張した。
勢いで。自分の部屋に連れてきたくなくて、言ってしまったのだが。
（･･････急に良かったんだろうか）
今さら申し訳なく思うが、カカシは驚きながらも、頷いた。
「なんか酒でも飲む？って言いたいことろなんだけど、実は何もなくて」
眉を下げて言うカカシに、いやっ、とイルカは首を横に振った。
「さっき店で結構飲みましたし、何もいらないです」
ここに来たいと言ったのは自分だ。それだけで十分厚かましい。大丈夫です、と強めに言うと、カカシは小さく笑った。
「お茶くらい出させてよ」
言われて確かにそれはそうだ、と思い直し、すみません、と言うと、冷蔵庫を開けながら、それにもカカシは困ったように笑う。
「あー、やっぱり水しかないや。水でもいい？」
冷蔵庫を見て、そこから取り出した、ペットボトルのミネラルウォーターを見せられ、イルカは、はい、と強く頷いた。
コップに注がれた水を飲みながら。そう言えば、初めて自分の家に招いた時、暖かい緑茶を飲むのは久しぶりだとカカシが言ったのを思い出す。
自分の家で急須を使ってまでお茶を煎れる事は、同期も含め、最近の若い人間はしないかもしれない。
「前はインスタントのコーヒーを煎れたりもしたんだけどね、」
ふと横で同じように水を飲んでいたカカシが口を開いた。
「それも今は面倒くさくて。今は先生のところにばかり行ってるのもあるけど。コンビニで何か買ってくれば良かったね」
聞きながら、それは確かにその通りで。自分が残業を持ち帰ったり、遅番だったりする時は遠慮してもらってるが。そうでなければカカシは自分の家に来る。居心地が良いと言ってもらえた時は、そこまでの事ではないはずのに。嬉しかった事を思い出す。
そう、何でもないカカシの一言が、いつも自分の中で心に残るくらいに嬉しくて。
楽しい、とか。美味しい、とか、ーー可愛い、とか。
「先生」
その声に漂わせていた視線を戻そうとすれば、目の前にカカシの顔があった。あ、と思う間にカカシと唇が重なる。何度も合わせながら、徐々に深くなる口づけに、慣れているはずなのに。心臓の鼓動が早くなった。頬が熱くなる。
「･･････イルカ先生」
口づけの合間に名前を呼ばれ、再び絡まる舌に、背中がぞくりとした。腰までくる甘い痺れに、眉根が寄る。
いつもそうだ。カカシの口づけで自分は受け入れるだけが精一杯で、腰砕けになる。
ーーでも、この流れは。
柔らかい大きいソファに、ゆっくりと押し倒され、そのまま身を任せそうになり、イルカに焦りが沸き上がる。唇を浮かせ、あの、と声を出した。耳に入っていても当然続けるつもりなのか、カカシがもう一度唇を重ねそうになり、待って、と思わず腕でカカシの胸を押す。
「やっぱり、無理ですっ」
そこでようやくカカシの動きが止まった。急に何を言い出したんだろうと、そして驚きも含まれた表情で見つめていた。
「･･････無理って、何で？」
聞かれてイルカは困ったように視線を外し目を伏せた。唇を軽く噛む。
「だって、俺、今日ゴム持ってません」
言いたくないけど、実際持っていないし。いや、何かあった時の為に、とカカシとつき合うようになってから一つは持ち歩くようにしていたけど。それも最近やめていた。
なんか、そんな自分が馬鹿らしくて。
嫌々口にしたイルカはそっとカカシへ目を向けると。まだよく分かっていない感じでこっちを見ていた。
「･･････ゴム持ってないから、無理なの？それが理由？」
少しだけ問いつめるような、そんな口調で言われ、イルカは怪訝そうにカカシを見つめ返した。そうですけど、と素直に答えると、カカシは、そう、と息を吐き出した。ため息の理由が分からないままカカシを見ていれば、青みがかった目がまたこっちを向く。
「別の理由はないんだよね？」
カカシの言葉にイルカは首を傾げた。別の理由って何ですか、と問えば、えっとね、とカカシは銀色の髪を軽く掻く。
「ただ、俺とシたくないとか、嫌いになったとか、」
何でそんな方向に行ってしまっているのか。並べられる言葉にイルカは首を横に振った。
「違いますよ、そんな事、」
「じゃあ何で」
「え？」
聞き返すと、カカシは困惑したような、そして真剣な顔をしていた。だってさ、と口を開く。
「先生、何か今日おかしかったじゃない。家に連れてきたくなさそうだったし、会話もどこか上の空で。なのに急に俺ん家来たいって言うし、」
気がついていたのか。そう思うも、カカシが、何も気がついていないはずがないと思い直す。でも、じゃあ何て説明をすればいいのか。頭の中で整理しようとするイルカにカカシは続ける。
「ゴムって、何で？それが理由で朝から変だったの？自分の家に行きたくなかった理由もそれ？だったら何で俺の部屋、」
「だって、カカシさんの家に来たら、ゴムがあるかなって、」
思わず出た言葉に、カカシは意味が分からないのか、微かに眉を寄せるから、だから、とイルカはまた勢いで口を開く。
「俺ばっかじゃないですか。ゴムを用意するの。別に俺女でもないし、だから俺が用意するべきなのかもしれないですけど、」
カカシの表情は変わらない。イルカがなにを言いたいのか理解しようとしているかのように、じっとこっちを見つめている。そこから、えっと、と迷いながらも、カカシは喋り始めた。
「･･････切らしたままだったのは認めるけど。それが嫌だったんだよね。じゃあ俺今からコンビニ行って買ってくるから、あ、でもそれか家の中探せばあるかも、」
ちゃんと言えたはずなのに、これじゃ何か自分が変な拘りでカカシを困らせているだけのようで。違うんです、と立ち上がろうとしたカカシの腕を掴んだ。
「そうじゃなくて、あの、カカシさん、俺意外の人とする時は、自分で用意したんですよね？」
言っちまった。
カカシの腕を引っ張ったまま、心の中で留めてた言葉が、口から出ていた。後悔しようが、言ってしまった言葉を引っ込める事は出来ない。しまった、とそんな顔を浮かべるイルカを、カカシは見つめた。そして、暫くの間の後、何を言いたかったのか理解したのか。ため息混じりに、ああ、とカカシが呟いた。誰に聞いたのか知らないけど、と言いながら、イルカへ視線を戻す。ソファへ座り直した。
「俺さ誰も信用してなかったんだよね」
カカシが話し始めるから、イルカはただそれを聞くしかない。はあ、と相づちを打った。
「だから向こうが用意したやつなんて使うつもりなかったし。する時は自分で用意するようにしてたんだけど、先生は違うから。信用してるから。だから先生が用意してくれたんならそれを使えばいいって、そう思ってた」
ま、でも男は孕む事はないんだけどね。カカシは言葉を切って苦笑いを浮かべる。
カカシの言葉を聞きながら。絡まっていた糸が簡単にするすると解けていくのが分かった。同時に恥ずかしさで、情けなくて。俯き顔が熱くなる。イルカは膝の上に置いていた拳にぐっと力を入れた。
カカシを信じていたくせに。女の言葉を鵜呑みにして。情けない。
ふとカカシの手が伸び、イルカの手に自分の手を重ねた。顔を上げれば、カカシが優しい目でこっちを見ている。居た堪れなくて顔を真っ赤にしながら、あのっ、と言い掛けた時、ふっとその目を細めた。
「ね、先生ゴムなしでしよっか」
当たり前だが、へ？と間の抜けた声がイルカから出る。
「別になくても出来るって知ってるよね？」
確かにそれは、そうなのかもしれない。それでも。
「でも、」
「俺が後で掻き出すから」
「なっ」
身も蓋もない言い方に更に顔を真っ赤にさせるイルカに、カカシは顔を近づけるが、それを拒む理由はない。受け入れるようにイルカもまた口を開いた。
「カカシさ、も、だめ･･････」
イったばかりの敏感な身体を、カカシは、ごめん、と言いながらも、濡れた肉棒を挿入したまま、激しく腰を動かす。涙で視界が霞んだ。
開いた口からは唾液が垂れシーツを濡らす。
「･･････いい」
行為に夢中になっているのか、カカシがぼそりと呟いた。覆い被さったまま奥に何度も突き挿れる。目を向ければ、カカシの額ににも汗がじっとりと滲んでいた。
カカシの熱を直接感じ、固く膨らんだ先でいいところを何度も突かれ、声にならない声が漏れる。その唇をカカシが荒々しく奪った。
つい少し前までセンチメンタルになっていたのが嘘のようだ。それに、安心したからなのか。一回達したはずなのに、擦られるだけで少しでも収まっていた身体に再び火がつくのが分かった。でも身体は限界で。や、と言えば、カカシがぐっと身体を近づける。
「大丈夫、俺が全部面倒見るから」
熱い息を吐きながら、耳元で囁いた。
そうじゃなくて。
そう言いたいけど、燃え上がってるのには変わらない。
カカシも。自分も。
そこから、カカシはいつも以上に激しく腰を突き始め、頭の中が真っ白になっていく。前を触られてもいないのに、濡れそぼった陰茎で、貫かれる、その快感に一際大きな声を上げた瞬間、自分のものが精液を吐き出して腹を汚し、カカシが強く最奥を突く。腰を震わせながら、断続的に熱いものが注がれる。その今まで感じた事がなかった感覚にイルカは身震いした。
翌朝、イルカは受付にいた。
目が覚めた時、一瞬自分がどこにいるのか分からなかった。でも、腕をまわして自分を抱き締めるように寝ているカカシの顔を見て。
ここがカカシの部屋なんだと思い出した。
あまりにも心地良さそうに寝息を立てているカカシを見たら、自分も眠くなり、でも、枕元に置かれた時計の針を見て、目が覚める。勢いよく起きあがった。
そこからカカシより先に部屋を後にして、服はもちろん昨日のままで。着替えは、休憩時間を利用して、その時にアカデミーのロッカーに置いているやつを使おうと思いながら仕事をしていれば、カカシが受付に現れる。イルカは恥ずかしそうに視線を逸らした。
起きた時、身体の鈍い痛みはあるものの、奥から何か出てくるとか、そんな事はなかったから。きっとカカシが後始末をしてくれたんだろうが。
中に出されると言うのは。カカシが達してるのが直接伝わるからなのか。無性に満たされるものを感じるものの、恥ずかしいものは恥ずかしい。
持ったペンをがりがり動かすイルカに、カカシが目の前に立つ。イルカは書類から、カカシへ目を向けた。
「では、よろしくお願いします」
カカシの任務を一通り説明し、丁寧にぺこりと頭を下げれば、カカシが手渡された任務表を持ちながら。もう用は済んだのに、ねえ、と声をかけ、ふと屈んでイルカへ顔を近づける。
「帰ったら、またたくさんしようね」
受付で。耳で囁かれた言葉に、一気に首まで赤くなった。
後ろに火影もいるのに、何言ってんだ。
口には出さずとも、額に青筋を浮かべ責める目で見るイルカに、カカシは、何のことはない、にこりと微笑む。イルカの笑顔が引き攣った。
カカシが出て行った後、憤りを感じながらもそれを誰にも言えるわけでもなく。黙々と仕事をする。
少しだけ開けられた窓から風が入り込み、イルカの髪を揺らした。冷たい風が熱くなった頬に心地よくて。何故か頬の熱さに何でもない幸せを感じて。恋人であるカカシの帰還を待ちわびるように、イルカは窓向こうの景色へ目を向けた。
<終>
廊下をすごい早さで駆けてきた生徒を掴まえると、イルカは手に持っていた出席簿で頭を叩いた。厚みのある出席簿で叩かれ、生徒が頭を両手で押さえる。いってー！と声を上げた生徒に、お前なあ、と呆れ混じりに屈んだ。
「よそ見して走ったら誰かにぶつかった時危ないだろう！それに何より廊下は走るな！」
今週何度目かになる説教に、生徒は何か言い返そうとするも、そこから不満そうにぷいとイルカから顔を背けた。言い返さないのは、自分が悪いと分かっているからで。あともう一言二言追加しようと思っていたが、仕方ないと、そこでイルカもため息を吐き出しながら表情を緩める。
「分かってんだったらもうするなよ」
教本で叩いた頭に今度は手のひらを乗せ、何回か撫でると生徒はその手を払った。
「ガミガミ説教ばっかしてるから先生は彼女が出来ないんだよ！」
驚きに目を丸くしたイルカに、隙ありと見たのか、べー、と舌を出してそのまままた駆け出す。
追いかけても良かったが。あんな一言で隙を見せた自分も自分だ。一本取られたなあ、とイルカは諦めるようにまた息を吐き出しながら小さく笑った。
「何騒いでたんだ？」
職員室に戻って直ぐそう同期に声をかけられ、え？と聞き返すと、ここまでお前の怒鳴り声が聞こえてきたぞ。
揶揄するように言われ苦笑いを浮かべれば、まあ、アカデミーはお前の怒鳴り声が名物だもんな。追加して言われた言葉に、名物とまではいかないが、間違ってはいない。だから、同調するように、まあな、とイルカは笑うしかない。
お前に彼女が出来ねえって？今度は別の同期に可笑しそうに言われて、それもまたイルカは笑って応えた。
「まあ、それも事実だもんなあ」
席に座った時にそんな声を投げかけられ、うるせーよ、と教材を置き、テストの答案用紙を机に広げ、採点の用意をしながらそう返す。
「いたの何年前だっけ？」
「それもうるせー」
そんな風にイジられるのはいつもの事だ。互いにそんな事をネタにして笑い合ってるのが日常で。
お前に言われたくねーなあ、と意地悪い返しをしながらイルカは赤ペンを握った。
採点を始めながら。
（･･････我ながら嘘をつくのが上手くなったな）
内心自分に感心しながらも、同期の連中に申し訳なくも感じる。イルカは机の上に肩肘を立て、額に軽く手を当てながらそんな事を思うのは。
もう半年前から恋人がいるからだ。
俺とつき合きあうのはどう？
飲みに行った帰り、カカシは会話の流れのように、さらりとそんな言葉を口にした。
へ？とその状況にに相応しい、素っ頓狂な声を上げるイルカに、けっこう合うと思うんだよね、俺たち。丸でそれがすごく良いアイデアのように、カカシは嬉しそうに続けた。
自分の中では月とすっぽんだと思った。食の好みや一緒に話す空気は合っているとは思ったが、階級も違えば見た目も性格も違う。ただ、はっきりと合っているのは性別だけだ。
一緒に酒を酌み交わすのも、どうなんだろうと言う躊躇いがあったのも事実だから。だから、飲み友達になりましょう、だったらまだ分かるのに。まさか恋人として提案をされなんて思ってもみなかった。ただ、流されるままにつき合い初めて、気がつけばもう半年経ってしまっている。
半年経つのに、自分でもまだ半信半疑な気持ちになっていることろはあり、いや、これは夢見心地と言うべきか。
ただ、カカシとつき合い、性欲も満たされることは予想外だった。
カカシと自分は経験の差は歴然だと言うことはわかっていたが、キスだけでもその上手さに舌を巻いたし、当たり前に押し倒され。そして頭では分かっていたが、自分は下で。普段は別の用途に使う場所を丁寧に、そして容赦なく慣らされた。
（結構淡泊な人だと思ってたんだけど）
報告所でカカシを見かけ、イルカの顔を見た途端嬉しそうに微笑むカカシに、ここは仕事場だからと反応しないよう必死に抑えながらも、当初のイメージと変わってきた事実に。イルカは、報告書を確認しながらもこっそりとカカシの顔を密かに見る。
俺なんかのどこがいいんだと、時々思うことがある。きっとカカシなら、望むならどんなタイプの女でも手に入れられるだろうに。カカシの過去の女性遍歴に興味はないが、その中の、自分はどんな場所を占めているんだろう、とか。
上忍仲間と話していたカカシが、向けた視線に気がついたのか、ふとこっちへ目を向ける。イルカは慌てて視線を外し、ペンを持つ手を動かした。
「先生、昼間は何考えてたの？」
跨がった自分を下から揺すり上げていたカカシがふと口を開く。何の事ですか？と額に汗浮かばせながら聞けば、腹から胸へ指を滑らせながら、ほら、報告所で。と、そう返され、鋭いなあ、と思いながらイルカは内心苦笑いを浮かべた。
「何も考えちゃいませんよ」
ただ、今日の夕飯は何を食べようかなって。カカシの動きに合わせながら腰を動かすイルカに、カカシは、そうなんだ、と答える。胸の突起を口に含まれイルカは身体をびくりとさせた。舌の先の尖った場所でなぶられ、下から緩く突き上げられ、甘い感覚にイルカは息を詰める。声を漏らした。
「今日の、鍋は、どう、でした？」
喘ぎながら聞けば、胸の先端をしゃぶっていたカカシが顔を上げる。にこりと微笑んだ。
「美味しかったよ。魚の出汁が出てて白菜も大根も甘くて、」
でも、今は先生がいい。
そう口にしたカカシに、背中に手を当てられそのままベットに押し倒される。最中なのに、急に体位を変えられ、うわ、とみっともない声を出すイルカに、大丈夫？とキスを落としながら優しい眼差しで見下ろす。
「もう集中して？」
だってそれはカカシさんが、と言う前に、カカシが唇をもう一度塞ぐと、そこから腰を激しく動かし始めた。
「もしかしてさっきの最後の一個だった？」
互いの熱が引き始めた頃、むくりと身体を起こしたカカシが、枕元に転がっていた箱を手に取りそう口にした。ああ、そうかもです、とイルカもまた上半身を起こしながら答える。
買ったのはつい最近だ。そのなくなる早さに慣れはしたが、もうなくなったのかと、自分たちのお盛んさに苦笑いするしかない。いや、そもそも一回で終わればこんな早くなくなる事もないはずだが、それを許している自分も自分だ。
内心そんな事を突っ込みながら、空箱をゴミ箱に入れるカカシの背中を目で追った。
翌週、イルカは居酒屋にいた。
週末の居酒屋は込み合う。そんな中でも待つことなくなんとか席に座れたのはラッキーだったと、仲間とテーブルを囲みながら、イルカは生ビールを喉に流し込んだ。
テーブルには唐揚げや餃子、串カツ、もつ煮など皆の食べたいものが並ぶ。これらのメニューは女が一緒ではなかなか頼めないのは事実で、合コンとなれば尚更だ。そして餃子と生ビールが合わないわけがない。美味そうに食べる同僚を眺めながら、イルカもニンニクがたっぷりと入った餃子を口にする。
酒を飲み同僚と職場の事を話していれば、自然愚痴が零れる。もっぱらよく話題になるのは人手不足の件だ。イルカからも火影に言ってくれと言われるも、既に伝えているし、その話題を口にすれば、火影には困った顔をして、そうせっつくな、と言われる。確かに人手が足らないのはどこも一緒で、実現出来ないのが里の今の現状だ。そして、里の事を考えるとそう愚痴も言っていられない。
そうだなあ、と頷きふと目線を上げたことろで、視界に入った銀色の髪にイルカはその目を留めた。
（カカシさんだ）
ジョッキを傾けながら視線を向ければ、自分たちと同じように、上忍数人と隅のテーブル席で酒を飲んでいる。
こんな風にカカシを見かけるのは珍しくない。大人数は苦手だと言っていた通り、特定の上忍仲間とだけで飲みに行く。アスマの隣で、くつろいだ様子で酒を飲んでいるカカシをイルカは密かに見つめた。
カカシと二人で飲みに行くと、たいてい喋っているのは自分だ。カカシもそれなりに話すが、聞き役になってくれているのか、話しやすくて、つい自分ばかり話してしまう。職場の愚痴なんてカカシに言っても仕方のない事だけど。
ただ、最近、同期や友人の前だと自分が聞き役になってる事に気がついた。ついさっきも、今もそうだが、なんだかんだで同僚の愚痴を聞いていた。無理をしているつもりもないから、不思議だが、周りとは違う視点で返してくれるカカシの言葉は、心地良い。
ただ、他の人と視点が違えど、先生は可愛いね、と言われた時にはものすごく戸惑った。自分の事を好いてくれているは分かったが、この自分を可愛いとか。今まで数多くの女性とつき合っただろうカカシだからこそ言い慣れているんだろうが。一度も言われた事がない自分からしたら、恥ずかしいったらない。首まで赤くなった。
一人そんな事を考えていれば、同僚から話を振られ、イルカは思考を切り替えるべく、顔を同僚へ戻した。
二杯目のビールを頼んで直ぐ、近くでカカシの名前が聞こえ、イルカはふと目を動かした。斜め後ろには自分と年齢が近い感じの女性が二人座っていた。元々そこまで広くない居酒屋で、隣り合うテーブルの距離は近い。ついさっきまでは周りの雑踏として耳に入りもしなかったが、注視すれば、当たり前だが、聞き耳を立てなくとも席が近いイルカにはその会話が聞こえる。明るい茶色の髪の女性が、酎ハイのグラスを傾けながら、でもさ、と口を開いた。
「愛想は悪いけど優しいのよ」
艶のある唇に魅力的な大きな目を少し先に向けている。その女性の視線の向きから、カカシの事を言っているのが直ぐに分かった。先述の通り、カカシが過去それなりに女性とつき合ってきたのは承知している。そこに異論を唱えるつもりもない。だけど。
カカシの事を友達に自慢するかのように話す女性が過去の他の男と比べ始め、忘れるような奴も結構いるのに、カカシはする時にはちゃんとゴムを用意してくれてたのよね、そう話す言葉を耳にして。
そうなんだ。と思いながら、運ばれてきたジョッキを口にする。
「なんか、用意周到なのが可愛くて」
付け加えた台詞を聞きながら可笑しそうに女性は笑う。どうでもいいはずなのに、イルカが口にする美味しいはずの生ビールの味はほとんどしなくなっていた。
どうでもいい事なのかもしれない。
それでも、心に引っかかったのは。
「ねえ、先生。ゴム持ってる？」
確か初めてする時、カカシがそう自分に聞いた。
アパートで自分が作った夕飯を食べて、テレビを見ながらそんな雰囲気になって。自分は家に誘った時点でそのつもりだったし、カカシもそのつもりなんだろうな、と思っていた。
ただ、自分の初めて使う箇所をカカシが丁寧に慣らし、いざ挿れる時になって、ポーチを探ったカカシが、こっちに顔を向け、ゴムがあるか聞かれた。
数多く、とはいかないが、自分も過去数人の女性とつき合いはあったから。ちょっと古いですが、と同じ部屋の押し入れに仕舞ってあったものを手渡した。それから、なんとなく家に自分が用意したゴムを使うから。カカシのを使った事がない。そもそも、まだつき合って半年で、カカシの家にさえ行った事もないが。
同僚たちと別れ、一人夜道を歩きながら、イルカはため息を吐き出す。
ーーあの女性と何が違うんだろう。
そんな言葉がふと浮かんで、イルカは思わず小さく笑った。
何がって。
性別から始まって、何もかも違うところだらけだ。
カカシは確かに優しいが。こんなむさい男相手にして、過去の綺麗な女性と同じつき合い方をするはずがない。
分かり切った事に、可笑しくなる。
同じ忍びなのに、髪の毛から爪の先まで手入れが行き届いた、お世辞ではない、綺麗なくの一だった。肌も白く柔らかそうで、女性らしい体つきは自分から見ても魅力的で。言い出したらキリがない。比べようがない細かい箇所が次々と頭に浮かぶ。いや、そもそも、自分は男だ。だから、そのくらい用意して当たり前で。
比べるつもりもなかったのに。どうしても頭から離れない。気分が沈む一方で、重くなる心に、自然と視線が下に下がった。
俺とつき合うのはどう？
カカシがそう聞いた時、その言葉に重いものは感じなく、自分が困らないように、頷きやすくしてくれたんだと思っていた。でも、反対を返せば、軽い言い方でもあり、ーー。
自分でそう言い切る事が出来なくて。思考をそこで止める。
カカシとつき合うと決めた時点で、色々細かい事を考えるのはよそうと決めたじゃないか。
言い聞かせるように心で呟いた。
翌日、外でカカシを見かけた時、イルカは思わず目を反らしていた。そこから、同じ方向へ向かうつもりだったが、その足を別の道へ向けたのは、気まずかったから。
多少遠回りだが、執務室がある建物にはたどり着ける。
そう思い背を向けた時、
「先生」
声をかけられ、ドキリとした。それがカカシだと分からないはずがなく。足を止め振り返ると、カカシが歩み寄る。何か、と言う前に、カカシが、今日ね、と口を開いた。
「俺早く上がれそうなんだけど、先生の家行ってもいい？」
いつもの笑顔を自分に向けていた。
「この前作ってくれた味噌汁食べたいな」
ほら、野菜がたくさん入ったやつ。嬉しそうに催促する。カカシの言う味噌汁は、要は冷蔵庫に残っている中途半端な野菜を片づけたくて作っただけの味噌汁で。でも、カカシはすごく喜んでくれた。
料理なんてそこまで得意でもなく、それでもやっぱりそう言われると嬉しくて。
心地の良い会話に。
これで遊びだったら。ある意味すごいと思う。
それか自分が単純なのか。
いいですよ、と答えようとしながらも、カカシが家に来るって事はそういうことなんだよな、と別の方向にも考える事ができ、イルカはそれだけで気分が重くなった。あのっ、とイルカはカカシへ顔を上げる。
「外で飯じゃ駄目ですか？」
少しだけ勢いのある口調に、カカシは一瞬、きょとんとした顔をした。
何で、と聞くわけでもない。もし聞かれたしても、今冷蔵庫に食材が少ないとか、適当に理由をつければいい。いいわけを考えるイルカの前で、じっと黒い目をカカシが見つめる。その眠そうな目で、何も話す前から見透かされそうで居た堪れない気持ちになった時、その青みがかった目が緩んだ。
「いいよ」
短く答えて微笑む。
「じゃあ後でね」
あっさり頷いた事に拍子抜けするイルカに、カカシはそう口にするとそのまま来た道へ戻っていく。
取りあえず、安堵して。イルカもまた執務室へ足を向けた。
居酒屋では終始楽しくて、いつもそうだが、カカシと飲むと酒が進む。それでも三杯飲んだことろでカカシと席を立った。
店を出て、夜風の寒さにイルカはぶるりと身体を震わせた。空を見上げれば雲一つなく、星が頭上でいくつも輝いている。
「寒いね」
イルカの後から店を出てきたカカシもまた、身を震わせながら両手をポケットに突っ込み、イルカの隣まで来る。
「でも、ほら。星が綺麗ですよ」
そう言えば、カカシは言われるがままに夜空を見上げる。ホントだ、と呟いた。本当にそう思ったからのか、自分に合わせたからのかは分からない。まあ自分も好んで星を眺める事もなく、残業の帰りに疲れて空を仰いでそこで気がつく事がほとんどだ。つき合って半年くらいしか経ってないが、カカシが何に興味があるのか。よく考えたら、そこまでよく知らない。自分は一体カカシの何を知っているんだろう。
二人並んで歩き出しながら、そんな事を考えた時、そう言えばさ、とカカシがこっちへ顔を戻した。ただこっちを見ただけなのに。月夜で照らされたカカシの顔と、その目の色に、何故かドキリとする。
「先生は月見ってしたりするの？」
自分の中では不意な質問だった。思考を切り替えるように頭を動かす。
「月見って、十五夜の？」
聞き返せば、そう、それ、とカカシは答えた。
「サクラがに教えてもらって初めて知ったんだけど、先生は月見をするのかなあって」
ようやく意味が分かり、ああ、と相づちを打つものの、十五夜で月を見たのは記憶にある限りない。知識として知っているものの、教師であるくせに色んな行事にとことん興味がなく、生徒から笑われたりもするくらいだ。だから、
「全くです。俺どっちかと言えば花より団子なんで」
そう返すとカカシが笑った。
「俺もね、そこまで興味はないんだけど。月見ながら先生と酒飲むのもいいなあって」
そこで言葉を切ってカカシがイルカへ顔を向ける。
「ね、来年一緒に月見しようよ」
嬉しそうに微笑み、何気なく口にするカカシに。素直にうんと頷けない自分がいた。十五夜なんて来週でも、一ヶ月先でもない。一年くらい先の事で、正直、今の自分にそんな先の事まで考える事は出来ない、というか、想像が出来ない。返答に困り、そうですねえ、と口にしながら言葉を探せば、
「ま、俺も任務が入るかもしれないし、絶対って訳じゃないけどね」
はっきりとした返答をしない自分に、答えやすいように促してくれたのか。そう思ったら、胸が痛んだ。
そんなつもりじゃない、と言いたくても。じゃあどんなつもりなんだと聞かれたら、それを上手く説明する自信もない。
もんもんとする自分に、俺ってこんなんだったのか？と嫌気がさす。過去、つき合った女性に暢気すぎると言われたくらい深く考えない性分だったはずなのに。
あんな名前も知らない女の一言で。こんなに心が乱されるなんて。
自分らしくないなあ、と情けなくなるイルカの横で、先生、明日は早番？とカカシに聞かれる。いえ、と首を振れば、
「じゃあ泊まって行ってもいい？」
そう続けたカカシに、また自分の判断力が簡単に鈍る。それを顔に出さないように努めるのが精一杯だった。
いや、でも。今さっき、自分でぐだぐだと考える自分はどうなのかと思ったばかりじゃないか。直ぐ即答出来ずにいれば、無理だったら、とカカシが言い掛け、あの、とイルカは遮るように声を出し顔を上げる。
「カカシさんの家じゃ、駄目ですか？」
イルカの言葉に、カカシは驚いたのか、目を丸くした。
「ごめんね、散らかってて」
玄関の扉を開け、イルカを先に入れたカカシにそう言われ、いえ、と返しながら。明かりが点いたカカシの部屋を見渡した。無性に心臓がどきどきとする。
どんな感じなのか、想像さえしてなかったけど。
自分の部屋なんかよりもずっと広く、そして片づけられていて、そして、当たり前だが、自分の部屋ではない匂いは、カカシのもので。それだけで、何故か緊張した。
勢いで。自分の部屋に連れてきたくなくて、言ってしまったのだが。
（･･････急に良かったんだろうか）
今さら申し訳なく思うが、カカシは驚きながらも、頷いた。
「なんか酒でも飲む？って言いたいことろなんだけど、実は何もなくて」
眉を下げて言うカカシに、いやっ、とイルカは首を横に振った。
「さっき店で結構飲みましたし、何もいらないです」
ここに来たいと言ったのは自分だ。それだけで十分厚かましい。大丈夫です、と強めに言うと、カカシは小さく笑った。
「お茶くらい出させてよ」
言われて確かにそれはそうだ、と思い直し、すみません、と言うと、冷蔵庫を開けながら、それにもカカシは困ったように笑う。
「あー、やっぱり水しかないや。水でもいい？」
冷蔵庫を見て、そこから取り出した、ペットボトルのミネラルウォーターを見せられ、イルカは、はい、と強く頷いた。
コップに注がれた水を飲みながら。そう言えば、初めて自分の家に招いた時、暖かい緑茶を飲むのは久しぶりだとカカシが言ったのを思い出す。
自分の家で急須を使ってまでお茶を煎れる事は、同期も含め、最近の若い人間はしないかもしれない。
「前はインスタントのコーヒーを煎れたりもしたんだけどね、」
ふと横で同じように水を飲んでいたカカシが口を開いた。
「それも今は面倒くさくて。今は先生のところにばかり行ってるのもあるけど。コンビニで何か買ってくれば良かったね」
聞きながら、それは確かにその通りで。自分が残業を持ち帰ったり、遅番だったりする時は遠慮してもらってるが。そうでなければカカシは自分の家に来る。居心地が良いと言ってもらえた時は、そこまでの事ではないはずのに。嬉しかった事を思い出す。
そう、何でもないカカシの一言が、いつも自分の中で心に残るくらいに嬉しくて。
楽しい、とか。美味しい、とか、ーー可愛い、とか。
「先生」
その声に漂わせていた視線を戻そうとすれば、目の前にカカシの顔があった。あ、と思う間にカカシと唇が重なる。何度も合わせながら、徐々に深くなる口づけに、慣れているはずなのに。心臓の鼓動が早くなった。頬が熱くなる。
「･･････イルカ先生」
口づけの合間に名前を呼ばれ、再び絡まる舌に、背中がぞくりとした。腰までくる甘い痺れに、眉根が寄る。
いつもそうだ。カカシの口づけで自分は受け入れるだけが精一杯で、腰砕けになる。
ーーでも、この流れは。
柔らかい大きいソファに、ゆっくりと押し倒され、そのまま身を任せそうになり、イルカに焦りが沸き上がる。唇を浮かせ、あの、と声を出した。耳に入っていても当然続けるつもりなのか、カカシがもう一度唇を重ねそうになり、待って、と思わず腕でカカシの胸を押す。
「やっぱり、無理ですっ」
そこでようやくカカシの動きが止まった。急に何を言い出したんだろうと、そして驚きも含まれた表情で見つめていた。
「･･････無理って、何で？」
聞かれてイルカは困ったように視線を外し目を伏せた。唇を軽く噛む。
「だって、俺、今日ゴム持ってません」
言いたくないけど、実際持っていないし。いや、何かあった時の為に、とカカシとつき合うようになってから一つは持ち歩くようにしていたけど。それも最近やめていた。
なんか、そんな自分が馬鹿らしくて。
嫌々口にしたイルカはそっとカカシへ目を向けると。まだよく分かっていない感じでこっちを見ていた。
「･･････ゴム持ってないから、無理なの？それが理由？」
少しだけ問いつめるような、そんな口調で言われ、イルカは怪訝そうにカカシを見つめ返した。そうですけど、と素直に答えると、カカシは、そう、と息を吐き出した。ため息の理由が分からないままカカシを見ていれば、青みがかった目がまたこっちを向く。
「別の理由はないんだよね？」
カカシの言葉にイルカは首を傾げた。別の理由って何ですか、と問えば、えっとね、とカカシは銀色の髪を軽く掻く。
「ただ、俺とシたくないとか、嫌いになったとか、」
何でそんな方向に行ってしまっているのか。並べられる言葉にイルカは首を横に振った。
「違いますよ、そんな事、」
「じゃあ何で」
「え？」
聞き返すと、カカシは困惑したような、そして真剣な顔をしていた。だってさ、と口を開く。
「先生、何か今日おかしかったじゃない。家に連れてきたくなさそうだったし、会話もどこか上の空で。なのに急に俺ん家来たいって言うし、」
気がついていたのか。そう思うも、カカシが、何も気がついていないはずがないと思い直す。でも、じゃあ何て説明をすればいいのか。頭の中で整理しようとするイルカにカカシは続ける。
「ゴムって、何で？それが理由で朝から変だったの？自分の家に行きたくなかった理由もそれ？だったら何で俺の部屋、」
「だって、カカシさんの家に来たら、ゴムがあるかなって、」
思わず出た言葉に、カカシは意味が分からないのか、微かに眉を寄せるから、だから、とイルカはまた勢いで口を開く。
「俺ばっかじゃないですか。ゴムを用意するの。別に俺女でもないし、だから俺が用意するべきなのかもしれないですけど、」
カカシの表情は変わらない。イルカがなにを言いたいのか理解しようとしているかのように、じっとこっちを見つめている。そこから、えっと、と迷いながらも、カカシは喋り始めた。
「･･････切らしたままだったのは認めるけど。それが嫌だったんだよね。じゃあ俺今からコンビニ行って買ってくるから、あ、でもそれか家の中探せばあるかも、」
ちゃんと言えたはずなのに、これじゃ何か自分が変な拘りでカカシを困らせているだけのようで。違うんです、と立ち上がろうとしたカカシの腕を掴んだ。
「そうじゃなくて、あの、カカシさん、俺意外の人とする時は、自分で用意したんですよね？」
言っちまった。
カカシの腕を引っ張ったまま、心の中で留めてた言葉が、口から出ていた。後悔しようが、言ってしまった言葉を引っ込める事は出来ない。しまった、とそんな顔を浮かべるイルカを、カカシは見つめた。そして、暫くの間の後、何を言いたかったのか理解したのか。ため息混じりに、ああ、とカカシが呟いた。誰に聞いたのか知らないけど、と言いながら、イルカへ視線を戻す。ソファへ座り直した。
「俺さ誰も信用してなかったんだよね」
カカシが話し始めるから、イルカはただそれを聞くしかない。はあ、と相づちを打った。
「だから向こうが用意したやつなんて使うつもりなかったし。する時は自分で用意するようにしてたんだけど、先生は違うから。信用してるから。だから先生が用意してくれたんならそれを使えばいいって、そう思ってた」
ま、でも男は孕む事はないんだけどね。カカシは言葉を切って苦笑いを浮かべる。
カカシの言葉を聞きながら。絡まっていた糸が簡単にするすると解けていくのが分かった。同時に恥ずかしさで、情けなくて。俯き顔が熱くなる。イルカは膝の上に置いていた拳にぐっと力を入れた。
カカシを信じていたくせに。女の言葉を鵜呑みにして。情けない。
ふとカカシの手が伸び、イルカの手に自分の手を重ねた。顔を上げれば、カカシが優しい目でこっちを見ている。居た堪れなくて顔を真っ赤にしながら、あのっ、と言い掛けた時、ふっとその目を細めた。
「ね、先生ゴムなしでしよっか」
当たり前だが、へ？と間の抜けた声がイルカから出る。
「別になくても出来るって知ってるよね？」
確かにそれは、そうなのかもしれない。それでも。
「でも、」
「俺が後で掻き出すから」
「なっ」
身も蓋もない言い方に更に顔を真っ赤にさせるイルカに、カカシは顔を近づけるが、それを拒む理由はない。受け入れるようにイルカもまた口を開いた。
「カカシさ、も、だめ･･････」
イったばかりの敏感な身体を、カカシは、ごめん、と言いながらも、濡れた肉棒を挿入したまま、激しく腰を動かす。涙で視界が霞んだ。
開いた口からは唾液が垂れシーツを濡らす。
「･･････いい」
行為に夢中になっているのか、カカシがぼそりと呟いた。覆い被さったまま奥に何度も突き挿れる。目を向ければ、カカシの額ににも汗がじっとりと滲んでいた。
カカシの熱を直接感じ、固く膨らんだ先でいいところを何度も突かれ、声にならない声が漏れる。その唇をカカシが荒々しく奪った。
つい少し前までセンチメンタルになっていたのが嘘のようだ。それに、安心したからなのか。一回達したはずなのに、擦られるだけで少しでも収まっていた身体に再び火がつくのが分かった。でも身体は限界で。や、と言えば、カカシがぐっと身体を近づける。
「大丈夫、俺が全部面倒見るから」
熱い息を吐きながら、耳元で囁いた。
そうじゃなくて。
そう言いたいけど、燃え上がってるのには変わらない。
カカシも。自分も。
そこから、カカシはいつも以上に激しく腰を突き始め、頭の中が真っ白になっていく。前を触られてもいないのに、濡れそぼった陰茎で、貫かれる、その快感に一際大きな声を上げた瞬間、自分のものが精液を吐き出して腹を汚し、カカシが強く最奥を突く。腰を震わせながら、断続的に熱いものが注がれる。その今まで感じた事がなかった感覚にイルカは身震いした。
翌朝、イルカは受付にいた。
目が覚めた時、一瞬自分がどこにいるのか分からなかった。でも、腕をまわして自分を抱き締めるように寝ているカカシの顔を見て。
ここがカカシの部屋なんだと思い出した。
あまりにも心地良さそうに寝息を立てているカカシを見たら、自分も眠くなり、でも、枕元に置かれた時計の針を見て、目が覚める。勢いよく起きあがった。
そこからカカシより先に部屋を後にして、服はもちろん昨日のままで。着替えは、休憩時間を利用して、その時にアカデミーのロッカーに置いているやつを使おうと思いながら仕事をしていれば、カカシが受付に現れる。イルカは恥ずかしそうに視線を逸らした。
起きた時、身体の鈍い痛みはあるものの、奥から何か出てくるとか、そんな事はなかったから。きっとカカシが後始末をしてくれたんだろうが。
中に出されると言うのは。カカシが達してるのが直接伝わるからなのか。無性に満たされるものを感じるものの、恥ずかしいものは恥ずかしい。
持ったペンをがりがり動かすイルカに、カカシが目の前に立つ。イルカは書類から、カカシへ目を向けた。
「では、よろしくお願いします」
カカシの任務を一通り説明し、丁寧にぺこりと頭を下げれば、カカシが手渡された任務表を持ちながら。もう用は済んだのに、ねえ、と声をかけ、ふと屈んでイルカへ顔を近づける。
「帰ったら、またたくさんしようね」
受付で。耳で囁かれた言葉に、一気に首まで赤くなった。
後ろに火影もいるのに、何言ってんだ。
口には出さずとも、額に青筋を浮かべ責める目で見るイルカに、カカシは、何のことはない、にこりと微笑む。イルカの笑顔が引き攣った。
カカシが出て行った後、憤りを感じながらもそれを誰にも言えるわけでもなく。黙々と仕事をする。
少しだけ開けられた窓から風が入り込み、イルカの髪を揺らした。冷たい風が熱くなった頬に心地よくて。何故か頬の熱さに何でもない幸せを感じて。恋人であるカカシの帰還を待ちわびるように、イルカは窓向こうの景色へ目を向けた。
<終>
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