恋の色 追記

 翌日、イルカは受付にいた。寝不足で目は少し赤いし、下半身には鈍い慣れない痛みが残っている。少しだけ顔色の悪い自分に同期から声をかけられるも、イルカは笑顔を作って何でもないと答えた。
 誰のせいかなんて明らかで、こうして仕事しながらも苛立つ気持ちをその相手にぶつけたくもなるが、出来ないのは。自分にも責任があると感じるから。
 昨夜、唇を離したカカシに、じゃあ行こっかと言われ、イルカはきょとんとした。何処へですか。素直に聞けば、カカシは間近でイルカを見つめ返しながら、俺の家。と答えた。嫌だって言っても逃がすつもりもないけどね。腕を掴んだカカシにそう続けられ、どう言う意味で言っているのか、気がつく。カカシは自分の返事も待たず、そのまま腕を引っ張ると歩き出した。
 初めてカカシの家に行き、こんな場所で、こんな部屋に住んでいるんだと感心するのもつかの間、感心しているイルカを余所に、カカシはイルカを一番奥の部屋へ連れ込む。そのままベットの上に押し倒した。
 いつも畳の部屋で、布団で寝ている自分からしたら、背中の心地よさは天と地だ。その感触にまたも感心しているうちに、上に跨がったカカシはイルカを見下ろしたまま、顔を覗き込んだ。
「随分と余裕みたいだけど、これから何するか分かってるよね?」
 その言葉に、カカシの目の置くに欲火を見た瞬間、スイッチを入れられたように、どくんと心臓が跳ねた。

 後ろから奥まで突き挿れられて、声が勝手に漏れた。カカシが尻を掴み、そこから何度も抜き差しする、その度にぎしぎしとベッドのスプリングが軋む音を立てる。どんな感じなのか、理解する前に身体で覚えさせられるも、腹部の圧迫感や快感についていけない。開いた口の端からから唾液が垂れた。拭いたいと頭の隅で思っても、カカシを受け入れる事で精一杯で、何も出来ない。ただ、あのカカシとセックスをしているんだと、鈍い頭でそう思った。
 カカシは、当たり前のように一緒に酒を飲んだり、くだらない事を一緒に笑ってくれたり。隣を並んで歩いたり。そして、自分が声をかけると、カカシは少しだけ嬉しそうに目を細め、ニコッと笑う。他の相手にはしない表情に、心のどこかでそれが嬉しくて優越感を感じていた。
「また考え事?」 
 カカシの声が耳に届くと同時に、精液で濡れた陰茎で容赦なく再奥を突かれ、あうっ、とイルカから大きな声が出た。尻を掴んでいた手が離れ、今度は前を向かされる。直ぐに挿入されイルカはその感覚に身震いした。
「あっ、ぁ、あ……、」
 カカシの固くなった陰茎が、形が、しっかりと自分の中を入ってくるのが分かる。それだけで顔が更に火照った。カカシへ視線を向ければ、カカシもまた眉根を寄せ、ゆっくりと息を吐き出す。イルカを見つめ返した。色違いの目に見つめられる。涙で潤んだ目でカカシを見上げていれば、カカシの手がイルカの陰茎へ伸びた。既に達し先が濡れているそれをカカシが手のひらで包み込むように握り、イルカの身体がビクリと跳ねた。擦られながら腰を動かされ、やぁ、と思わず声が出る。そして簡単に頭が真っ白になっていく中、不意に、ねえ、とカカシが声を出した。
「これを女に挿れるのと、挿れられるのと、どっちが気持ちいい?」
 ゆっくりとした腰の動きにじわじわと腹部に甘い感覚が溜まる。声をかけられるも、集中出来なくて、え?とイルカは聞き返した。今まで女とつき合う経験なんて丸でなくて、でもそれはカカシは知っているはずなのに、とそこまで思った時に、カカシが口を開いた。
「もしかして、忘れたとか言わないよね。先生、言ったじゃない。遊郭で遊んだ事あるって」
 その言葉に、回転しない頭で何となく思い出せば、カカシと酒を飲んでいた時、そんな事を話した気がする。
 そう、過去仲間に誘われて遊郭に足を運んだ事があった。経験がないのはやっぱりどうなのかと、そんな話題になって、そのままの勢いで。誘われるままに。でもそれは確か、カカシに話したのは一緒に飲むようになってから直ぐぐらいで。それ以降その話題なんか出てなかったから。ていうかそんな事をカカシが覚えてるなんて思ってなくて。
 カカシに勃ち上がった陰茎を擦られ、思考が中断された。
「その女、悦んだ?先生の背中に爪立てた?」
 カカシはイルカを見下ろしながら、手と腰を動かす。焦れったい動きにイルカの目に涙の幕が張った。だめ、と言ってもカカシはその動きをやめない。
 聞かれた事に返事をしたくとも、今思い出す限りでは、思い出せなかった。女を抱く、と言う事に必死で相手の事を丸で覚えていない。髪の色や顔立ちや声や着物の柄。全て目にして耳にしたはずなのに。自分には珍しい、何となくの記憶しかなかった。そんな記憶に自分らしくないと思いながら、分かる事はただ一つ。イルカはカカシへ視線を向ける。
「・・・・・・カカシ先生は、その時から、俺を好きだったんですね」
 気がついた事実を口にすれば、カカシが一瞬目を少しだけ丸くする。白い肌が赤く染まった。見たことのない表情に目を奪われるのもつかの間、カカシがイルカの足を掴みそのまま屈んで顔をイルカに近づける。奥まで咥え込んだその体勢にイルカは息を詰めた。間近でカカシと視線が交わる。
「ホント、鈍い。そうだよ。あんな事言われて、顔も分からない女に嫉妬でおかしくなりそうだったのをやり過ごすのにどんだけ大変だったと思う?今思い出してもムカつくのに」
 そんな事、とイルカが言い掛けて、直ぐにその唇を塞がれる。舌が入り込み、緩んだイルカの口内をカカシの舌が貪るように動いた。それについていくだけで精一杯で。何度も角度を変えて口づけたカカシが唇を離せば、互いの混じり合った唾液で糸が引き、カカシはそのまま腰を激しく動かし始めた。


 午後、イルカはまだ少し鈍い痛みが残る身体で、書類の山を運ぶ。
 当たり前に自分が下だとは思っていたけど。こんなに抱き潰されるとは思ってなくて。ただ、その原因が自分にもあるんだと実感した。想いを内に秘めていたカカシに、自分はどのくらい気持ちを煽っていたのか。正直、申し訳ないが想像もつかない。
 兎に角、あと数回これを往復すれば一段落だ。さっさと運んで冷たい缶コーヒーでも飲んで、と思った時、カカシが自分が歩いている少し先にいるのに気がついた。
 立ち止まり、ポケットに手を入れたまま、また見たことのないくノ一と話をしている。そして当然綺麗で胸が豊満で色っぽいくノ一で。離れた距離で、歩きながら黙って見つめていれば、カカシがイルカに気がついた。少しだけドキッとすれば、カカシはそのくノ一に声をかけ、そのままこっちへ歩み寄ってくる。
「俺が持とうか?」
 目の前にきたカカシにそう言われて、イルカは思わず睨みつけた。
「俺、男ですから。こんなの平気です」
 自分を今さっき話していたくノ一みたいな扱いをされているみたいで。何を言い出すんだと、そんな目を向けると、カカシは一瞬驚いた後、目をふわりと細める。
「そうじゃなくて、昨日無理させちゃったから言ってるの」
 痛くないの?腰。
 一瞬でイルカの顔が真っ赤に染まった。
 会話が聞こえなくとも、まださっきのくノ一も、他にも往来している人もいると言うのに。そんな事、こんな場所で言うなんて。恥ずかしさと勘違いした自分が悔しくて。ふるふると身体が震える。
 誰だのせいだと言おうすれば、カカシがイルカの抱えている書類の束の半分を持つ。
「ちょ、カカシ先生、」
 咎めれば、カカシは、いいでしょ、とイルカに顔を向ける。
 俺、あなたの恋人なんだから。
 面と向かって堂々と言われ、イルカは顔を赤くしたまま何も言い返せず、口を結んでいた。そうしている間にカカシは歩き出す。イルカはその後ろ姿を目で追った。
 恋人なんだから。
 その一言で。そうなんだと分かっていても、実感が持てないままだったのに。今まで以上にカカシが近い存在に感じた。上手く言い表せないが、丸で一瞬で世界がひっくり返ったような。そしてふわふわした気持ちが自分を包み込む。
 やばい、めちゃくちゃ嬉しい。
 顔が緩む。
 どこまで運ぶの?
 そう声をかけられ、歩きながら肩越しにこっちを見るカカシに、イルカは緩んだ頬を引き締めると、その唇を結ぶ。
 そこからイルカは恋人の元へ足を向けた。


<終>
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