恋と知る②

 提出書類をまとめ終わり、明日の授業内容を考えながら教本をいくつか鞄に入れていた時、窓の外から声が聞こえてイルカは顔を上げた。
 窓から覗けば、案の定、この寒い中、子供達がアカデミーの裏庭ではしゃいで走り回っている。
「早く帰れよ」
 窓を開けて声をかければ、イルカだと分かった生徒達が、先生もな、と生意気な言葉を返してきた。お前たちに言われなくとも帰るし俺には仕事が、と言い掛けたものの、今日は早く仕事を上がるつもりだったのは間違いがない。イルカは言い掛けた言葉を飲み込み、いいから帰れ、だけに留めると、窓を閉めた。

 いつもより早めに上がったものの、商店街に着いた頃は既に日は落ちていた。値引きされた総菜が目に入るが、今日は大体のメニューが決まっていた。魚屋で鰤の切り身を買い、八百屋へ足を向ける。
「お、先生、今日は早いね」
 何気なしにかけられた声に、イルカは、ええ、まあ、と笑顔で返しながらも、別に今日もやるべき仕事はそれなりにあったんだけど。でもまあ、提出期限は明後日まで、今日は夕飯も作りたかったし。などと、誰に言うわけでもなく、心の中で言い訳をしてみながら。わき上がるのは気恥ずかしい気持ちで。それををぐっと抑えるように密かに唇を結んだ。
 大戦を終え若い忍が育ってはいるものの、カカシは里の稼ぎ頭なのは今も変わらない。上忍師でもなければなおさらで。任務に駆り出される事に不満もなにも漏らさないカカシの為に、夕飯を作ってあげたいと、そう思っただけだ。
 つき合って数年経つが、カカシから気持ちを打ち明けられたのがきっかけだとしても、最初の頃はカカシは遊びなんだと思っていた。
 こんな関係がいつなくなるか分からないと思っていたけど、その不安を悟られたくなくて。元々皮肉れた性格もあってか、素直になれない事があったりもする。
 実はカカシが思っている以上に惚れ込んでるとか。口が裂けても言えない。などと、もごもごと思っていれば、先生、何にする?と声をかけられ。イルカは慌てて笑顔を作り、店先に並べられた野菜を改めて眺めた。
 季節のものを食べたいから、大根や白菜、ネギを使って料理もいいが、
「茄子は、ないですよね」
 取り敢えず聞いてみるも、今はないねえ、と返され、ですよね、とイルカも苦笑いを浮かべる。蕪はどうだい?と聞かれイルカは蕪へ目を移した。
 蕪と豚肉、油揚げを入れた味噌汁にしてもいい。イルカが、じゃあ蕪を、と言い掛けた時、山芋もあるよ、と店主がかごを指さした。今日は特売だから、と追加され、じゃあそれも、とお願いする。
 山芋は予定にはなかったが、使いきれなくとも、明日の朝とろろご飯にしてもいい。きっとカカシも喜ぶ。
「先生」
 不意に後ろからかかった声に、イルカは僅かに息を呑んだ。振り返ると、カカシがにこやかな笑顔を浮かべて立っていた。羽織った防寒用のマントも、中に着ている支給服も土で汚れていた。僅かにベストには僅かだが色あせた血痕も見える。だが、カカシには怪我はない。
 内心安堵しながら、イルカはもまた笑顔を浮かべた。お疲れさまです、と声をかければ、ああ、カカシ先生、と八百屋の店主からも声がかかるのは、カカシもまたナルトの元師だと認識が広まっているからだ。カカシは、どーも、と少し照れくさそうに言いながら、草臥れた銀髪に手を当てる。そこから、カカシはイルカへ視線を向けた。
「先生は買い物?」
 八百屋に来る前に寄った魚屋の袋へ目を落としそう聞かれ、ええ、とイルカは答える。ここで今夜のメニューは、なんて口を滑らす事はないが、自分にかける声も眼差しも優しくて、少しでも自分の作る夕食を楽しみにしてくれているのなら嬉しい、と胸が高鳴った時、
「じゃあ、先生これ蕪と長芋ね。長芋は精がつくからさ、これ食べて頑張ってよ!」
 威勢のいい声と共に袋に入れた野菜を渡され、イルカは一瞬目を丸くした。勿論店主に他意はない。仕事を頑張れと、そう言っているのは間違いがないのに。後ろにカカシがいるだけで、顔が一気に真っ赤に染まった。情けないくらいに赤面して、それを止められなくて、必死にそれを隠しながら代金を支払い店を後にする。
 毎度、と声を背中にかけられながら、歩き出すイルカの後をカカシがついてきているのは分かっている。カカシは気にしていないのかもしれないが、なんだか、居たたまれなくて。何であんなタイミングで、とよく分からない後悔も押し寄せる。恥ずかしさに泣きそうになった。きっと耳まで赤い。
「先生?」
 人の気も知らずか、黙ってしまったまま歩くイルカに気を使うように、隣にきたカカシがのぞき込むように顔をこっちに向け、優しく名前を呼ぶ。イルカはぐっと唇を噛み、そしてカカシへ顔を上げた。
「あの、断じてそんなつもりじゃっ、」
 それだけは言っておきたいと、伝えたくて。声も少し大きくなる。
 その言葉を受け、カカシは一瞬驚いた顔をした後、眉を下げた。優しく微笑みながら、うん、と答える。
 その反応がなんだか慰められているようで、分かってくれているとしても、やっぱり恥ずかしいには変わらない。そんなつもりなくとも期待していないと言ったら嘘なわけで。言葉を詰まらせたまま、眉根を寄せて俯くと、ふとカカシが距離を詰めた。
「でも俺は今日先生を抱くよ?」
 ぼそりと囁かれ、それははっきりと脳に伝わる。イルカの顔がまた一気に熱を持った。ばっと、勢いよく顔をカカシに向けると、嬉しそうに微笑んでいて当たり前のような顔をしていて。低い声と共に息が耳にかかってそれももどかしくて、イルカは耳を手で押さえながらカカシを睨んだ。
「それは今外で言う事じゃないでしょう?!」
 顔を赤らめ責める口調で言えば、カカシはイルカを見つめ、くすくすと笑いながら、誰も聞いてないって、と呑気な答えを返す。
 もっと責めたいのに、お腹空いたから早く帰ろう?と言われたら、それ以上何も言えなくなった。
 それでも直ぐには気持ちが切り替えらず、ムッとしたままのイルカへカカシは、ほら、と手を差し出した。手甲から白く長い指が伸び、それは誰でもない自分へ向けられている。
 普段だったら、外で手を繋いだりしない。いい歳して、と思うが、何年も前からこうされても天邪鬼にいつも手を繋ぐのを拒んだのは自分で。それでもカカシはこうしてまた手を伸ばしてくれる。自分に。そう思ったら。ひどく幸せだと感じた。
 躊躇いながらも、イルカは手を伸ばす。カカシの手を掴み、ぎゅっと握るとカカシもまた柔らかに握り返した。手甲越し伝わるカカシの手の温もりに堪らないものが込み上げてきて、溢れそうになり、イルカは眉を寄せ目を伏せる。
 そんなイルカにカカシはまた眉を下げ幸せそうに微笑むと、ゆっくりとその手を引いて家へ向かって歩き出した。

<終>
 
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