ここからはじまる

火影岩の裏手に広がる小高い林に1人、イルカは立っていた。
「イルカ先生」
日も沈みそよぐ風は冷たさを持ち周りの木々を揺らしていた。
音もなく降り立ち不意に現れたカカシを見て目を丸くした。
ここは阿吽の門からも報告所からも反対方向の場所。
驚きながらも身体をカカシに向けた。
「あ……、えっと…任務でしたか」
背負う荷物にカカシは汚れた服のままニコリといつもの笑みを浮かべた。
「はい、只今帰還しました」
ゆるやかな笑みを見せる。単独任務にある過酷な内容はカカシから読み取る事が出来ない。
慌てて頭を下げた。
「お疲れ様です」
「はい。イルカ先生はもう上がったんですね」
「えぇ、今日はもう」
残業をする気分になれなかった、とは言えない。誤魔化すように軽く笑う。
「まだ報告所は開いてますから」
報告をお願いします、と目を向けた。
「はあ、まあでもその前に」
ちょいちょいと手招きされ、一歩近づけば、カカシはその場に腰を下ろし、イルカを見上げた。
「座って」
隣を指差される。イルカは戸惑った表情を浮かべた。どうして急にそんな事を言い出すのか。
「用事でもあった?」
首を傾げるカカシに、イルカは素直に首を横に振っていた。
「…いえ」
カカシらしいと言えばカカシらしいが。そんなイルカを見上げながら、カカシは指差していた場所をポンポンと叩いた。
「だったら、ほら」
目が少し細められたのが分かった。想像だか、口布の下に隠された口元は微笑みを浮かべていると、カカシの目元からそう感じた。
銀色の髪が秋風に揺れる。薄焼けから闇に包まれる空の色に、なんとも言えない色味をイルカに見せた。
ナルトの上忍師であるカカシとは、上忍と中忍というだけの間柄であり、それ以上のものは存在していないが、「只今帰りました」と報告所に顔を見せるカカシを心待ちにしていると、気がついたのは最近だ。
迎えるだけしか出来ないが、彼に笑顔で労いの言葉をかけるだけでいい。
里内外で名を知らぬ者はいない程の忍びであるカカシに、その気持ちは一種の憧れだとイルカは自分に念じていた。

穏やかに笑みを浮かべるカカシは真っ直ぐ青い瞳をイルカに向けられる。イルカは促されるままに隣に座った。
「もう少し早かったらここの夕焼けはきっと綺麗でしたね」
カカシは胡座をかいたまま両手を地面に着き、広がる夕闇に目を向けた。
夕焼けが染まる頃から此処にいたはずなのに。言われて綺麗だったかも思い出せなかった。
「そうですね」
曖昧に相槌をうち、同じ様に視線を空へ向ける。
草むらからは虫の音が聞こえ始めていた。昼間には暑さであまり感じないが、この時間にはすっかり秋の気配に包まれている。
「本当はね」
ゆったりと流れる空気に任せるままに、沈黙していた中カカシが口を開いた。
顔を向ければ、カカシは笑みを含んだ眼差しをイルカへ向けていた。
「もう報告は済ませたんです。でもイルカ先生がいなかったから、気配を探って此処に」
青い瞳は悪戯っぽい眼差しに変わり、小さく笑いを零した。
「意外に近くて助かりました」
無邪気な笑顔だと思う。
そんな事を言われて、里のトップクラスの忍びに対し浮いた気持ちを持ってしまう。子供のような邪気のない表情に見入っている自分に気がつき、視線を空へと戻した。
あまり繋がりのない関係なのに。
向き合う相手を間違えてはいないかと問いただしたくなる。
こんな気分になっている自分がおかしいと1人眉根を寄せた。
「俺に用事でも…」
言いかけた時、地面に着いていた指にふと冷たいものが触れ、視線を落とせば、手甲から伸びるカカシの白く長い指が、自分の指に重なっていた。
思っていたより冷たいな。とぼんやりと思った。その頭に入るカカシの言葉。
「俺たち、そろそろ先に進んでもいいと思うんですよ」

先に、進む。

「あなたもそう思うでしょ」
目線を上げた時にはカカシの顔が目の前まできていた。唇に触れる柔らかな感触。
固まった自分の顎にカカシの指先が添えられ軽く上に向かされた。軽く開いた口に舌が入り込む。
あがらう理由はなかった。
開いた視界に写るのはカカシの綺麗な顔。銀色の睫毛は思ったよりも長い。
絡みつく舌に、その思考も直ぐに掻き消され、イルカはゆっくりと瞼を閉じた。
長い事交わされた口付けは、離された唇で終わりが知らされた。
やがてカカシの手が肩にかかった。ゆっくりと地面に押し倒され、ヒンヤリとした感触が背中に伝わる。
やはり微笑んでる。
見上げる先にあるカカシの顔。目元から晒された口元に目線を移し、形が良い唇を見詰めた。
「こんな所では嫌です」
静かに発した台詞にカカシは口の端を上げた。
今日は長い夜になる。
カカシの背後に輝く月を見ながらそう思った。




「センセ、ちゃんと集中して」
強張ったままの四肢に長い指が這うように動く。
カカシの指と分かっただけで、身体が否応なくビクビクと反応した。
出来る訳ないだろ…、クソ。
涙で歪んだ視界から逃げるように固く瞼を閉じた。
「ダメ、こっち見てよ」
その目が好きなんだからさ。
言葉と共にイルカの秘部に滑った感覚と共に長い指が入り込む。
「はっ…あっ…」
薄っすら目を開た視界の隅には携帯用のワセリンの容器。
熱がこもる身体の中を弄るように指が蠢いていた。ある箇所を擦られ、驚愕する程の快楽を覚えた。
「ぁあ!!…な、…なに…」
「気持ちいいよね」
途端指を2本に増やされ、ぬるねると指がその箇所を攻め立てる。
怖い。気持ちよすぎて、怖い。
「あっ…やっ……だ、め…っ」
「うそばっかり。すごい濡れてるよ」
口元がだらしなく荒い息を繰り返す。
秘部から得た快楽の場所をぐりぐりと擦りながら、猛った熱の先をカカシの口内が包み込んだ。背中に走る甘い痺れ。先端から溢れていた液をヌメる唇で吸い、甘噛みする。
不意に熱から唇が離れた事により、思わずあっ、と声をあげていた。
「まだして欲しかった?…そんな強請る顔しないでよ。俺だって気持ちよくなりたいんだから」
気持ちよくなるなら一緒がいいでしょ。
そう言いながら、抜かれた指にカカシの熱があてがわれ、自分の体温で溶けたワセリンの滑りを借りながらも、解けた秘部は簡単に先端を飲み込んだ。何回か出し入れをして尻の割れ目に熱をぬるぬると擦り付ける。もどかしいと眉根を寄せ、それだけでも腰が勝手に動いた。
カカシは吐き出すような笑いを零し、ずずずと熱を内部に埋めていく。
「指と一緒、息を吐いて」
優しく、少し上気した頬を緩ませながらイルカを見下ろしながら囁く。
根元まで入れると、カカシはイルカに覆いかぶさった。頬に軽くキスを落とす。
逞しい身体が自分の身体と重なる。それだけの事に酷く胸が高鳴った。自分と同じ男だと言うのに。
「締まった…」
うっとりとした声を出し、カカシはゆっくりと腰を動かし始めた。
身体と脳が、これから支配されるだろう快感に堪らなく期待が高まる。その思考を読まれているのか、間近でイルカを見詰め、揶揄したような笑みを浮かべた。




汗が引いてきた身体にカカシが唇を落とした。
「あなたの目が好きですよ」
解けた髪をカカシは指で梳かした。
「それはさっき聞きました」
そう言うとカカシは満足そうに頬を緩めた。
「俺の目は色んな輩が欲しがるけど…イルカ先生のは俺以外に誰か欲しがった?」
「……いいえ」
それを聞いてカカシはため息のような息を吐き出して、髪を梳かす指を止めて目元へ移動させた。
整った顔に色違いの輝く瞳は苦笑した自分を写している。
「それはよかった」
目を細めた。
丸でそれは二十六夜月の形の様だと思う。この月を待つ月待ちがあったように、普段晒すことないカカシの素顔からその目を見れ、心が満たされているようだ。
「この傷も俺のものだね」
スルリと指を伸ばされた背中に出来た大きな傷跡に、イルカは身体が強張った。
ザワ、と胸がざわめき、途端に思考は今日カカシと会ったあの場所へ引き戻された。
今考えるべきではない。それなのに、カカシの指の腹で触れられた肌は、引きつるようだ。
その様子をカカシはジッと見つめていた。
「…言えば?」
何もかも分かっていると、カカシのその言葉に不安の色を見せれば、優しく頭を撫でられた。

ミズキが投獄されたのを聞いたのは今日だった。
報告に訪れた上忍が、ナルトとの騒動を全て知っていた上で、イルカに話してきた。
『お前に言っても仕方ないけどな、あの九尾を守るより、あいつを止めるのが先決だったんじゃねえのか』
大事な戦力を勿体ねえ。
立ち去る上忍に何も言えなかった。そして思った。皆がそう思っているのだと。
あの事件からだいぶ経ってから自分の耳に届いた今、仲間として認めていたあの男の行く末と、自分の未熟さに、誰に責められようが何も言い返せない。
厳しい処罰だが、彼のした事は同胞を手にかけたとされるもっとも重い罪だ。
未遂に終わった為か、三代目の深い考察と考慮における処罰は内密にされ、今まで一部の者を除き知る事はなかった。

カカシは撫でていた手を止めた。真っ直ぐぶつけられた視線を、イルカは受け止めた。
「周りから何を言われたか知らないけど、あなたが悪いんじゃない」
その言葉に言わずともカカシは全て知っているのだと悟った。

あれからだいぶ月日も経ち、影分身でミズキに勝利したナルトは、この写輪眼のカカシの部下になった。
だが、知らされたミズキの事実は、イルカに深い影を落とした。
あの上忍から言われた事は正しい。同じ仲間として自分は何もしてやる事が出来なかった。いや、それが自分の力では精一杯だった。後悔が鋭い胸の痛みとなって突き刺さる。
だからこそ、もっと早くミズキの思惑に気がついていれば。今この現実も、この先の未来も、同じ里の仲間として肩を組み笑い合えていた筈なのに。

カカシは大きく息を吐いて起き上がった。イルカももぞもぞと布団から身体を出して上体を起こす。カカシが余り負担をかけないようにしてくれたからか、怠さはあるが痛みは伴う事はなかった。
カカシの真面目な眼差しにイルカはそれを受け止めようと向き合い、口を開いた。
「俺は…力不足でした」
「意味がないよ、それは」
と言われイルカは眉を顰めた。
「何がですか?」
「仕方がないって言ってるの…特にミズキの事はね。あなたが誰か人を傷つけたって言うわけじゃないでしょ」
頷けば、
だったらそんなに頑なになる必要はないんだよね。
と、カカシは続けた。
「生きていく中でさ、敵がいない奴は味方もいないよ。言葉が足らないと思うけど、…今はそんな事考える必要はないんじゃないの」
カカシに再び頭を撫でられ、イルカはくすぐったい気持ちになり俯いた。
「彼の忍びとしての人生は…俺が駄目にしたようなものです」
カカシは笑い、否定するように首を振った。
「そんな事考えたって仕方ないでしょ。本人の問題なんだから。気にしすぎ」
それは自分でも良く分かっていた。自分の性格上、考えないようにしていても、後悔ばかり浮かび上がる。
「人として…アカデミーの教員として生徒に毎日教えを説いてる立場なのに…」
「教師失格だとか、思ってるんだ」
先を読まれ、顔を上げればカカシは小さく息を吐き出した。
「…後悔したところで何も変わらないから、人の声をあまりにも気にしすぎてあなたのやりたい事もセーブしちゃうっていうことの方が問題でしょ」
カカシはニコリと笑った。
「さっきも言ったでしょ。人を傷つけてしまったっていうことじゃないって。この商売…叩きゃホコリや血が出る奴はいくらでもいるよ」
ごろりと横になり、頭の上で手を組んだ。
「俺なんかさ、叩かれちゃったらホコリだらけな上に血だらけだよ」
あっけらかんとしたカカシの言い方に、敵わないと、イルカは吹き出した。
「だからさ、諦めなよ」
カカシはふふと含むように笑いイルカを見た。
「弱みにつけ込んであなたの気持ちを動かそうなんて思ってないけど」
「…けど?」
「あなたには俺が必要なんだよ」
言い切るカカシの顔は自信が溢れている。
「その自信何処からくるんですか」
「それは勿論」
起き上がり唇を重ねた。
そして、囁く。
「このキスを受け止めてくれたあなたから貰ったんです」


輝く月の下で。


こんな始まりから生まれる恋もあるんですよ。


カカシは目を細めて微笑んだ。


<終>



trotskyism smoke spiritsの白玉さんへ相互リンクのお礼として差し上げました。
白玉さん、これからもよろしくお願いします!

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