告白

久しぶりに元部下を見かけたのは、まだ夕暮れ前の明るい河原だった。
背を向け河原で胡座をかいて流れる川を見つめている。
その金色の頭を見つめながら、カカシはどうしようかと後頭部を掻いて。そこから軽く息を吐き出してナルトへ足を向けた。
よ、と足音にこっちへ顔を向けたナルトに手を挙げれば、素直にナルトが微笑んだ。
立ち上がりカカシと向き合う。
「なーに、こんなところで。今日は任務じゃないから準備とかしてるかと思ったんだけど」
カカシの台詞に、ああ、と思い出したように言って少し笑う。そんなナルトを見てカカシも微笑んだ。
「ヒナタが探してるんじゃないの?」
付け加えると、かもな、と答えるその表情は曖昧だ。
結婚が決まったナルトをここ最近しばらく見かける事がなかった。幸せそのものの顔をしてはいるが。カカシから見える、ナルトの微かに揺れる目。
決まったのも突然だったし、だから言われた時は唐突だった事を思い出す。
だって。純粋に、ただ、元恩師を一途に想っていたはずだったから。
直接聞いたことも口にしたこともなかったが、見抜くのは簡単だった。
成長した今でさえ目の奥の揺らぎを易々と見る事が出来るのだから。
どうしようか。
一瞬躊躇ったが、カカシは口を開いた。
「ーー先生の事でも考えてた、とか?」
冗談交じりの口調にナルトがぴくりと反応を示した。斜め下に視線をずらしていたナルトの丸い目が、少しだけ大きくなった。
今まで一切口にしなくて、今頃ここで言う俺は十分卑怯だろう。
でもそうだとしても、いい。
それくらいナルトに気持ちを脅かされていたのは間違いようのない事実。
こいつにだけは、譲れない。
自分が明らかに子どもっぽい考えを根底に隠していた事を、改めて思い知りカカシは内心苦笑いしたくなった。
墓まで持って行ってもいいとは思ってたけど。
ヒナタから心変わりする事はあり得ないと分かっているから。
どんだけ俺慎重なんだか。
内心呟いて口布の下で口の端を上げた時、ナルトが声を立てて笑った。
あっけらかんとした声は予想していなかった。
それが分かったのだろう、青い目が悪戯っぽく緩んだ。
「いつ言ってくんのかって、ずっと思ってたけどさ。こんな時かよ」
余裕ある笑みと共に言った。
「まあねえ」
カカシも同調するようにナルトを見つめて笑った。
ナルトの気持ちに気がついたのは、上忍師に就いてすぐの時。
あの頃はまだまだ子供だと思ったが。それでもあの人のナルトに対する愛情は、素直に脅威だった。
だって、こいつが。
もしイルカに気持ちを告げたら。
イルカはどう感じてどう応えるのか。
俺に対する愛情とは違う種類だって思っているのが自分だけだったら。
色気より食い気だらけの金髪の部下が怖くなってーー。
「俺さ、カカシ先生」
ナルトの言葉に思考が遮られる。
「カカシ先生はよくばりだって。思ってたんだよね」
ナルトは視線をカカシから外して陽の光で輝いている水面へ向ける。
「よくばり?」
聞くとナルトは不満そうに鼻を鳴らした。
「…だってそうだろ?イルカ先生の全部を貰ってるじゃねえか」
少し間を置いて、カカシは、ああと声を漏らしながら笑った。
「なんだよ」
不満そうな声。
それは子供だった頃のナルトの面影と重なる。だって、昔。いつ言われたっておかしくない言葉だったから。
「どうだろうね」
「………?」
どう言う意味かと訝しむナルトを見つめた。
「あの人がお前を想う気持ちはなくなってないじゃない」
ナルトの眉間に皺が寄った。
「それだけだろ」
「俺はそれも全部欲しい。俺だけにしたい」
かつての師の告白にナルトの瞳が大きくなった。
カカシは続ける。
「俺だけの事を考えて欲しい。あの人の頭を俺でいっぱいにしたい。でもそれは無理なんだよね。だから俺をよくばりだって言うなら、それは正解か」
ポケットから手を取り出し頭を掻き、眉を下げ微笑む。
ナルトの眉間の皺は変わらない。
何かを耐えるような。斜め下に下げられた眼差しは、ぼんやりとしたまま空を見つめ。そこからナルトは息をゆっくり吐き出した。
「先生子供みてえ」
「うーん。そう言われると痛いね。でもさあ、ナルト。恋する人間なんてそんなものだよ」
俺だって人間だもん。
言えば、なにを偉そうに、とナルトが目で語って嘆息した。
「でもいいよ」
ナルトは身体ごと川に向け、背を向ける。
「だって俺、今ヒナタにそう思ってるから」
「…そりゃご馳走様」
小さく言うと、くるりと向きを再び変えてカカシへ向き直る。
恥ずかしそうに笑った。笑った顔がふと真顔に戻る。片手を上げ自分の手のひらをまじまじと見つめた。
「……俺、イルカ先生に抱き締めてもらえるのが大好きだった。事ある毎に抱き締めてくれてさ。嫌だって口では言ったけど。…あんな風に誰かに受け入れてもらえる事なかった」
だから嬉しくて。
カカシへ顔を上げる。
「この思い出は俺のもんだから。カカシ先生にはやらねー」
ニヤッと笑って。もう行く、とナルトは切り替えるように言い、
「じゃなあ、先生」
片手を上げるその顔はいつものナルトの顔に戻っていた。
河原を駆け上がる金髪の後ろ姿を眺める。
声が届かないくらいに姿が小さくなった時、
「……なーにがやらねーだ。クソガキ」
小さく呟きカカシは口の端を上げた。
事ある毎に。
そのフレーズだけが頭に浮かぶ。
言わなくても良かった毒吐きをまるまる返された気分にカカシはそこから唇を軽く噛んだ。


家に帰るなり迎え入れたイルカを押し倒した。
冷たい床板に背中をつけ唇を荒々しく奪われたイルカは、せめて布団で、とキスの合間に言い。それは聞き入れられた。
薄っすらと額を汗で濡らしたイルカを、カカシは枕に顎を置いて上目遣いに見た。その視線にイルカは首を傾げる。
あいつの思い出なんてどうでもいいと思ってたのに。
(……俺って単純)
無理矢理押し倒してもイルカは受け入れるだけで、なにも言わない。
それは昔からそう。昔はもっと酷かった。嫌な夢を見た時。不安が自分を包んだ時。些細な事でイルカの温もりを求めたくなって。
抱き潰した事だって何回もある。
腕を伸ばして頬に張り付いた髪を指で流すと、イルカはまだ潤んでいる黒い目を緩ませた。
「……何ですか?」
じっと見て。
問われてカカシは愛おしげにイルカの頬に触れた。
「ねえ先生。俺を抱き締めて?」
希望通り、イルカの腕はカカシの背中へ回された。
まだ少し汗ばんでいる、しっとりした吸い付くような肌がまた気持ちいい。その肌に唇を寄せる。
イルカの匂いを吸い込むようにゆっくりと息を吸い込み。カカシは目を伏せた。
「そう言えば。俺、昔よくナルトを抱き締めたんですよ」
思い出したようにイルカが小さく呟く。
「へえ、そうなの」
平坦な声を返すが、ザラッとした感触が胸を刺激した。気がつくはずのないイルカは、ええ、と応える。
「俺、父親に抱き締められた記憶がないんです。優しかったですがそんな父親で」
黙ったままのカカシにイルカは続ける。
「だから、言葉だけじゃない。抱き締める事で分かって欲しかったんです」
それがイルカの愛情。
「何回か抱き締めるうちに、ナルトがようやく俺に抱き返すようになってくれて。そこで俺気がつかされたんです」
「……何を?」
「逆に自分が抱き締められてるんだって」
離れてイルカの顔を見つめると、黒く輝く目を細めて微笑んだ。
「だからカカシさん。俺を抱き締めてください」

…参ったね。

込み上げるもので目頭が熱くなり、胸がじくじくと疼いた。
カカシは無垢なまま腕を再び広げたイルカに、泣きそうになるのを隠すように。
困った顔を浮かべてイルカを腕の内に入れるべく、手を伸ばした。

<終>
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