告白

 待機室にいた時、開いていた窓から聞こえてきたのは笑い声だった。小冊子に落としていた目を上げて、後ろにある窓へ顔を向ける。
 そこには、イルカが同僚と一緒に、お互いにたくさんの荷物を抱え歩いている。同僚の言った一言に、イルカがまた歯を見せて笑った。
「どーした?」
 その声にカカシが視線を戻すと、目の前に座っていたアスマがこっちを見てる。
「なんかよく笑う人だなあって」
 名前を出すわけでもなくカカシがそう言うと、アスマにもイルカの笑い声が聞こえていたのだろう、ふっと短く笑って咥えていた煙草を指に挟み、まーな、と答える。そのまま読みかけていた雑誌へアスマは視線を戻し、そこまで気にしていない様子のアスマに、カカシもまた自分の手元にある小冊子を読み始めた。
 イルカは、ナルトを担当して初めて顔を合わせた。今まで自分の知り合いにいないタイプだと思ったのは、喜怒哀楽をはっきりと表す人だったから。こんなに顔に表情を出すやつなんて、周りにはいなかった。だから、最初会った時、たまたま七班の任務の帰りで、抱きつくナルトを笑顔で迎え、任務の話を聞いて笑い、内容に不服を言った事に関してきつめに叱った。そして最後にイルカの説教に不満顔をしながらも頷くナルトに嬉しそう目を細めた。
 その全てを目の前で見ていて、短い会話の中で見せた表情に内心驚くカカシに、イルカは顔を向け、改めて姿勢を正し、そして緊張気味に笑顔を浮かべ頭を下げた。
 それから時々顔を合わせたり、こうしてどこかでイルカを見かける度に思うのが、忍にしては変わった人だと言う事。だって、こんな職業柄、あんなに顔に出す人ってそういない。教師で、内勤しかしていないからだと思ったが、里外の任務もあればこなし、そこそこの結果も出せている。
 大体、昔からあの手の感じは苦手で、大っぴらに馬鹿笑いをする奴はどうかと思ったし、うるさいと思ったはずなのに。つい目で追ってしまう。
 それか、何のことはない、そういう人なんだと、それだけで。アスマのように気にしなければいいはずなんんだけど。
 さっきのイルカが笑っていた話題が気になるとか。
(・・・・・・変だよねえ)
 誰かに言えるわけでもない事に、カカシは本を読みながら、さっき見かけたイルカの笑った顔を思い出し、銀色の睫毛を少しだけ伏せた。
 
 他人に興味がないが、自分の事はよく分かってる。
 分かっているから、これがどういう事なのかと薄々気がついていた。
 気がついていないフリをしていたが、ちょっと会話が増えたり、話す機会が増えれば増えるほど、誤魔化しても仕方がないんだと感じる。
 ただ、会話をしていてイルカが自分をどう思っているのかは分からなかった。自分が上忍だからか、同僚や友人とは違って距離を置かれているのは分かる。それでも見える笑顔は自然で好感があった。
 それ以前に自分は元々神経は図太い方だ。断られても、そこまで引きずらない。
 外を歩くイルカをたまたま見かけたカカシは足を止めた。この前とは違い、イルカは一人、書類を持ち歩いている。その黒い尻尾を見つめながら、カカシは止めていた足を動かした。

「イルカ先生」
 声をかけると、イルカが足を止め振り返る。自分を見つめ笑顔を浮かべた。頭を下げるイルカに、カカシも会釈を返しながら歩み寄る。
「カカシ先生、任務はこれからですか?」
 イルカも上忍の予定表を調整しているから知っているのだろう、そう聞かれ、カカシは素直に頷いた。
「うん、あとちょっとしたらね」
 そう言えば、イルカは、そうですか、と軽く頷いた。そして、どんな用事で声をかけたのかと聞かれる前に、カカシは口を開く。
「先生ってさ、つき合ってる人、いる?」
 唐突な質問に、イルカの目が予想通り、丸くなった。唐突だと思ったが、正直、この手の質問はどう切り出したらいいのか分からない。直球で聞かれ、イルカは戸惑いを隠しきれないまま、えっと、と口にする。
「いないです」
 少しだけ声のトーンを落としながらそう答え、じっと見つめるカカシに、苦笑いを浮かべた。
「俺、もてないんですよね」
 笑うイルカに、思わず、そうなの?と聞いていた。イルカの笑顔が少しだけ固まる。ナルトの事やその日の天気だったり、当たり障りのない話題しかしてこなかった相手とする話題ではないし、イルカは自分に比べたら良識を持った人間だ。困惑しているのが思い切り顔に出てしまっているが、自分なりに抑えようとしているのが分かったが、ここでやめるつもりはなかった。あのさ、とカカシは続ける。
「俺とつき合わない?」
 今度は、ぽかんとしてカカシを見つめた。いつも引き締まっている口元を小さく開けたまま、こっちを見ている。黒い目を瞬きさせた。
「・・・・・・あの、つき合うって、」
「うん、俺あなたが好きなの」
 はっきりと口にした。
 どんな反応を見せるのか、見つめる先で、イルカの目が徐徐にに見開かれる。まん丸な目をするイルカに、カカシは少しだけ首を傾げた。
「駄目かな」
 言われ、イルカは、いや、と反射的に声を出した。言ったものの、そこからイルカは書類を持っていない方の手で後頭部をがしがしと掻く。そんなつもりじゃないが、混乱がさらに混乱を招いている感じなのは明らかだった。困っているのが手に取るように分かる。だって、イルカからしたら自分は上官だ。
「その、駄目とかじゃなくて、」
 参ったな、と事で言葉を切った。何を言うのかと思うカカシに、イルカは少しだけ俯く。そして顔を上げた。
「俺、こんな風に好きとか誰かに言われたことなくて、」
「こんなに魅力的なのに?」
 驚きについそんな言葉がまたカカシの口から出ると、イルカが目を丸くした。今度ははっきりと、健康的な頬が赤く染まった。いや、全然ですから、と首を横に振るから。思わずカカシは口を開いていた。
「何で?先生の笑顔が俺は好きだよ。あと怒った顔も魅力的だし、人を見る目があるし、子供の目線でで話を聞いて気持ちを受け止めるところもすごいと思うし、」
「待って、待ってくださいっ」
 もういいですから、と強い口調でイルカに言われカカシは言葉を止める。ふと目を上げると、イルカは片手で顔を覆っていた。覆いきれていない顔は見たことがないくらいに真っ赤だ。見える額には何かを我慢しているのか、青筋のようなものが浮かび、そして、眉間には深い皺が寄っている。
 恥ずかしい思いをさせるつもりはなかった。
 やばったな。
 やらかしたんだと思うも遅い。次に口にする言葉を覚悟した時、顔を覆っていた手を、イルカがゆっくりと退ける。
 思わず息を呑む。
 自分に向けられた、イルカの戸惑いに瞳を揺らし、潤んだ黒い目に、心臓が痛いくらいに高鳴る。同時に感じた事のない感情がぶわ、と湧き上がり、カカシは背中を震わせた。
 顔にはっきり出すタイプだと分かっていたが、こんな顔をするなんて。予定外だった。
 返事をしようと口をゆっくり開くイルカを見つめながら、返事どうあれ、これは簡単に諦められそうにないと。
 湯気が出そうなくらいに顔を真っ赤にして泣きそうになっているイルカに目を奪われながら、カカシはそうしっかりと感じた。


<終>
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